278.イリィの憂鬱
最後にアイと会ってからちょうど1週間。アイに会える。楽しみでソワソワしてしまう。何を話そう?どんな顔で会おう?
この間はハクが取り乱して、僕もアイから返事がなくて寂しく思っていた。でもニミが大丈夫というから、会いたい気持ちを抑えて我慢した。
ようやく会える。アイが作ってくれた魔道具を起動させる。アイの元へ…。
あれ?どうして…エラーになってしまう。アイ?どこにいるの…。言いようのない不安が押し寄せる。
屋敷を出てニミを探す。
「ニミ!」
楽園にいたニミに駆け寄る。
『探せないのね?』
「アイの元に、飛べない」
泣きそうに言えば
『魔力が…閉じてるわ。私が連れて行く。触れてて』
僕は頷いてニミに縋り付く。
シュン
目の前にアイがいた。
「アイ、アイ…顔を見せて?」
僕は目で見たアイに不安を感じる。だってすごく穏やかな顔だったから。ずっと張り詰めた顔をしていたのに?何で…。その変化を本能的に好ましくないと感じる。その体を抱きしめる。涙が止まらない。
「声を聞かせて」
「イリィ…」
小さく呟いた声は掠れていた。
アイ…何で?その体はあの時と同じ。温かくて触れられるのに、遠い。
僕が抱きしめても、アイは抱きしめてくれなかった。その目を見れば、変わらずに湖面のように穏やかで。僕を見ても、熱を感じられない。
その日はずっとアイにくっついて、そばにいた。アイは食事も作らないし、お風呂も入らずきれい玉に入るだけ。
穏やかで静かで…でも何かが抜け落ちたみたいだ。
不安な思いを隠してアイに寄り添う。アイは笑ってくれる。でも笑ってない。ロルフもエリアスも困惑している。ブラッドは沈黙し、ベル兄様は不安そうだ。
アイに何があったの?そう聞いても首を傾げるだけ。アイの顔をした別の人が入ってるみたい。
それでも僕はどうする事も出来ずに、ただアイのそばにいた。そして翌朝、ニミに連れられてイグ・ブランカに戻った。
このまま、なの?混乱した僕にニミが
『マズイわね…』
何が?
『あの子はね、巻き込まれたの…あちらの世界でまだ生きていられたのに…』
どういう事?神の恩情じゃないの?
『巻き込まれた…だからあの子はこの世界の歪み』
「そんな事って…何のために?」
『生かしたかった子の為』
「…アイの為じゃない?」
『私たちの話を聞いてしまったのね…迂闊だったわ』
なんでそんな事に…
「アイはどうなるの?」
『歪みはやがて淘汰される。始めから存在しなかった。誰の記憶にも残らない』
そんな…アイ。
「嫌だ!絶対にそんな事…」
『忘れる痛みも、失くした痛みも知らずに済むのよ…覚えていないのだから』
「こんな…」
一緒に過ごした記憶さえ奪われるなんて…。僕はもうどうしていいか分からなかった。
その日は朝からどんよりとした空。飛び始めてしばらくすると暗い色の雲が近づいて来た。そして、あっという間にブランごと私たちを呑み込んだ。
私は背中のみんなとブランまで含めた範囲を風魔法で包んでいる。その魔法が雲に入って散った。ブランの翼は傷付き、血を流しながら錐揉み状態で落ちて行く。背中の私たちは辛うじてジョブで透明な、ダイヤモンド並の硬さの箱を作って囲ったから無事だ。すぐにブランに治癒をする。魔法を使わなければ効果がある筈。良かった、治った。翼の傷は治ったけど、ブランは翼を動かせず、推進力が得られない。
ここままでは地面に激突する。
何か、何か方法が…。ポーチに触れて思い出す。あ、これなら…。私はポーチからそれを出すと
「みんなを助けて!」
そう叫んだ。
ブランは何とか上昇しようとするけど、魔法は使えず落下の速度が僅かに緩まるだけ。私はジョブで精一杯の空気抵抗を生み出して、落下速度を少しだけ落とした。
バサッバサッ…来た!間に合ったか?
力強い翼ばたきが聞こえる。ブラン、あと少し…耐えて!
一際大きくバサリッと聞こえると、ブランごと包み込んで大きな翼が躍動する。そして、暗い雲を抜けた。抜けてすぐに振り返ってその雲に特大の魔法を放つ。あれは雷?
遥か彼方から雷鳴が轟き、その雲に突き刺さる。そして雲は霧散した。そのまま大きな脚でブランを優しく包んだまま力強く羽ばたき、近くの山の麓にブランごとそっと降ろすと、その隣に降り立った。
「来てくれて、ありがとう…間に合って、良かった…」
『久しいな…。タチの悪い呪いだった』
「呪い?」
『狙われたようだ…小賢しい。呪いは返されたからな、今頃は体を切り刻まれているだろう』
『お父さん!僕は名前貰ったんだ!ブランだよ』
頭を擦り付けて甘えるブラン。
『そうか、ブラン…いい名だ』
『うん、お父さん来てくれてありがとう…僕では何も出来なかった』
「そんな事ない!頑張って翼ばたこうとした。私が作った空気抵抗にも抗って…立派だったよ」
私は久しぶりに大きな声を出すので、掠れた声で必死に言う。
『ご主人…』
ブランが私に頭を擦り付ける。その頭を抱きしめて
「良く頑張った…翼が傷付いても耐えてほんの一瞬、魔法を展開してくれた。だから間に合った」
『ご主人は気が付いた?』
「もちろん、ブランの魔力が分からない筈無い」
『必死だったから…』
『ふはっはっ…これはまた、なんと良き契約者に巡り会えたのだろうな?ブラン…翼は大丈夫か?』
『うん、ご主人が治してくれた』
『ありがとう…人の子よ』
「私は何も…」
そう、もうすぐ消える私はブランに何もしてあげられない。
『ティダ』
えっ?
『私の名はティダ』
「太陽…」
エリが呟く。
『そう、太陽』
「イズワットの古い言葉でティダは太陽を意味する」
『我に名をくれた者は太陽だと言った』
そうか、ティダ。
「いい名だね…ティダ」
アイルは契約者以外に聖獣が名を告げることの意味を知らない。それは人として認めたことの証。
ハクがロルフたちに名乗ったのも、人として認めたから。
それはとても強くて確かな信頼の証でもある。
『太陽はな、近づけば火傷をする。しかしその光は世界を照らし、その熱は氷をも溶かす…』
その真っ青なまん丸の目で私を見つめるティダ。
『そして、家族を大切にする…もちろん、その契約者も。私は諦めない、たとえ君が諦めても…』
驚いてティダを見る。
『歪みなど消さずに治せばいい。異物なら取り込めばいい。取り込めば異物ではなくなる。違うか?』
分からない、分からないけど…何かがゆっくりと音を立てて崩壊するような感覚がした。
何だ?これは…。
『諦めの悪いものはな、しぶといのだ』
そう言って豪快に笑うティダ。太陽のように底抜けに明るいティダ。壊れたのは心の氷、砕けたのは心の檻。なんて明るく熱いのだろうか。
その光は世界を照らし、その熱は氷をも溶かす…本当だね、ティダ。私の心の氷も簡単に溶かしてしまった。
私はちっぽけで、こんなにも情けなくて揺れ動いてしまう。どんな理由で転移したとしても、何の意味もない転移だとしても…今ここに私はいる。
決められた事を嘆くのではなく、楽しんで。楽しんだ先で全てぶっ壊そう。
神なんて私に何もしてくれなかった。私は使い捨ての駒で、使い潰されるだけの存在。
ならば少しでも足掻いて、見返してやろう。
私は胸いっぱいに息を吸うと
「アリステラのクソやろー、人を駒みたいに使うんじゃなーい!人をバカにするなー!そんな世界は壊してやる!全力で全力で…壊れてしまえ!」
ふぅふぅ…涙が溢れてくる。バカにするな。私の命を弄ぶな。握りしめた手の指が食い込んで血が流れる。痛みを感じる。冷たい空気も、湿った風も、木々の匂いもちゃんと感じる。
ナビィが飛びついてくる。ハクも飛びついてくる。ブランもティダも、そしてロリィとエリも。ブラッドにベルまで。ベビーズはハクの背中で伸びをしている。私は順番にみんなを撫でる。負けてなんかやらない。もう使いまわされるのは嫌だ。
『アル!』『アイリ』『ご主人』『人の子よ』『パパン』『パパン』『アール』『ピィ』
最後はリツだよね?でその前のは誰?ってハルか…。
「イル…」
「アイル…」
「「アイル!」」
「この世界を壊す…」
『ふはっはっはっ…それが良いな。調子に乗っているアリステラなど知った事か。神獣に聖獣に雷獣に幻獣に…精霊王までいる。勝ち目はある…そうだろ?神聖の森の管理者よ…いや、アイルの監視者かな』
『僕の意思ではないよ…それに監視ではあるけど、アイルではなくてアリステラの方。ユーグ様がね…』
『なるほどな、創造神は世界樹を敵に回したか』
『僕はね、この子を守りたいんだ。だから…アリステラの監視を監視してる』
『ならば同志か?』
『世界を壊されるのは困るけど、創造神を排除するなら同志だよ…あれはやり過ぎだ』
敵の敵は味方…
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