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異世界転移 残りものでも充分です〜  作者: 綾瀬 律
第5章 イグニシアへ

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277.異物の憂い

 私はアイルを連れて自由地帯のテントに飛んだ。

 ハクが寄ってくる。

 眠るあの子を見てその顔を舐める。ナビィもあの子を舐めて寄り添う。

 ナビィが世界を渡ったのはせめてもの罪滅ぼし。それでアイルが救われる訳では無いのに。

 それすら自分の為。無理やり転移させた事、その罪の意識を軽くする為。アイルの為じゃ無い。

 私も含めて、みんな自分勝手だ。



(そのうち目覚めるわ。今日はこのまま動かずにいなさい…)



 私はそう告げてイグ・ブランカに戻った。




 テントの中は静かだ。透明な繭の揺りかごの中でイルは体を丸めて眠っている。僕はその冷たい頬に手を添えてその顔を見る。

 色白の頬はその色を失い、陶器のように無機質に見える。イル…君がこの世界の異物なんて…。

 どうしたら?このまま北を目指していいのか?そこにアイルの思い描く未来はあるのか…。

 愛おしさが込み上げてくる。僕も一緒に…連れて行って?イル。




 グレイの言葉、私が目を瞑った後に交わされたグレイとアーシャ様の会話。

 ニミがやって来てからの会話。私はやっぱり異物なんだ。しかも、()()()。馴染めなくて当然だ。

 本来ならこちらで生きる事すら出来なかったのだから。あちらには帰れず、こちらにも馴染めず。なんて中途半端なんだろう。


 やっぱり私は死ぬ為にこの世界に生きてるんだろうか。律…さようなら。もう会う事はないよ。

 それでいいよね?

 それならば、与えられた使命を遂行するだけ。目的が分かって良かった。もう悩まなくていい。

 何の為の転移?律の為。

 何の為の試練?律の為。

 全部、律の為。ハッキリしたしスッキリした。

 私に会話が聞こえてるとは思っていないんだろうね。でもね、この周りは私の魔力が展開されている。全部聞こえてるよ?

 ありがとう、お陰で本当に覚悟が出来た。ならば残り少ない時間を慈しもう。



 こうして、私は目を開けた。


 ハクとナビィが飛びついてくる。温かい。私はその体をゆっくりと撫でる。柔らかくて温かい。ハクの草原のような匂い。ナビィの慣れ親しんだ匂い。

 ロリィが上から私を覗き込む。ロリィ…グレイの想い。私はグレイからロリィへの贈り物。そこに私の意思はなくて…勝手に私の生き方は決められてしまう。何一つ、自分では選べないまま。

 それこそが私の生き方ならば、諦めもつく。自分の為ではなく、誰かの為の存在。



『アル…アル…ごめん…アル…』

『アイリ…』

 私はただ静かにハクとナビィを撫でていた。

「イル?」

 私はロリィを見る。

「大丈夫?」

 頷く。もう大丈夫だよ。目的が分かったからね。

 私はハクとナビィを体から離して起き上がった。そこはテントの中だ。

 箱庭は閉じた。今は私しか入れない空間。



「イル、今日はここで休もう」

 ロリィの提案にまた頷く。体を起こした時に繭は消えている。私はローブを着てフードを深く被り、さらに頭まで毛布を掛けて丸まった。

 まだ怠くて眠い。今日はここにいるのなら、寝させて。


 多分、私はそのまま翌朝まで眠った。目を覚ますと毛布の中にナビィが入り込んでいた。温かかったのはナビィか。そのふわふわな体を撫でる。小さくなったナビィは腕にすっぽりと収まっている。その頭にキスをして起き上がった。ナビィは伸びをすると体を震わせて私の膝に乗ってきた。

『アイリ、おはよう』

(おはようナビィ)

 心の中で応える。

『アイリ?』

(何?)

『何でもない…』


 ハクは少し離れた所にぺちゃんと潰れていた。上目遣いで私を見る。私はハクのそばに行ってその首元を撫でる。

 いつも通りにもふもふの毛だった。冬毛だからさらに密度アップかな?

 ハクのしっぽが緩く振れて、やがてブンブンと大きくなる。我慢できなかったのか、立ち上がると正面から抱きついてきた。受け止めて抱きしめる。

『アル…?』

(何?)

『…何でもない』

 私はその顔を撫でて頭にキスをした。ハクのしっぽはブンブンと勢いを増す。


 私が消えてもこの世界はちゃんと続くし、辻褄が合う。それなら何も心配はいらない。ナビィがどうなるのかは分からないけど。

 ハクも、私の存在を忘れて新しい誰かと契約が続くのだろうから。

 イリィも…そう考えてチクリと胸が傷んだ。でも私を忘れるというより()()()()()()()()()。それなら悲しみすら無いのだから…いい事なんだろう。

 歪められ存在している今の状態が、おかしいのだから。


 私は立ち上がる。ロリィとエリもブラッドとベルも起きていた。テントを出て外に出るとヒンヤリとしていた。空気が冷たい事は分かるけど寒さを感じない。

 それも収束に向かう為の準備なのかな?

 私は土魔法で机と椅子を作ると、机にシチューをのせてパンを籠に盛った。

 テントから出たロリィとエリ、ブラッドとベルが椅子に座る。

「イル、おはよう」

「アイル、おはよう」

「「おはようアイル」」

 私は軽く笑う。心の中でおはようと呟いて。みんなで椅子に座って食べ始めた。温かい筈のシチューはその温もりも味さえしなかった。砂を噛むような食事を食べた。


 みんなが食べ終わるとテントを畳む。ロリィが何が言いたげに私を見る。何だろう?

(イル…声を聴かせて)

(…どうして?)

(イルの全てが好きだから)

 それは作られた想いだよ。


 私はロリィを見る。悲しそうなその瞳を見ても、やはり私の心は揺らがなかった。

(作られた想いだよ…)

 私は声を出さなかった。

 ロリィは目を伏せて何かに耐えるような顔をした。大丈夫、もうすぐ終わる。


 私はブランを見る。

『大丈夫?』

 頷く私になおも心配そうな表情をしたけど、ブランは大きくなって私たちをその背中に乗せた。

 空へと飛び上がる。気持ち悪さは無くならない。でももういいよね?今なら耐えられる。

 私は静かにその背中で座っていた。

 そして、私は言葉を捨てた。


 1日遅れで自由地帯を抜けた。旧イグニシアに入る。エリの目が強くなる。どんな想いなのだろうか?考えた所で分からないけど。私は帰る故郷もない。取り上げられたのだから。


 あれから夜はテントで寝ている。きれい玉があるからお風呂も不要。作り置きがあるから食事も作らなくていい。味のない食事を食べて、使命の為だけに進んで行く。ロリィとエリ、ブラッドとベル以外は会話をしない。必要がないからね。みんな口数は多くないから、とても静かで自然の音だけが聞こえていた。


 旧イグニシアに入った日、ニミがイリィを連れて来た。

『あなたの魔力は追えなかったから、私が連れて来たわ』

 追えなかった、閉じて無いのに?もう閉ざされたのかな。

『違うわ、無意識に閉じてるのよ』

 知らなかった。箱庭には時々入ってるから大丈夫だと思ったのに。


 イリィが抱きついてくる。

「アイ、アイ…顔を見せて?アイ」

 私はイリィを見つめる。その体は温かい。でもそれだけだった。沸き立つような歓喜も切なさも何も感じない。心が自分を守ろうとしてる?必要ないのに。

「アイ、どうしたの?どうして…」

 ん?私がどうしたの。いつも通り変わらない筈。なのにイリィは私を抱きしめて泣いてしまう。どうする事も出来ずにただ、じっとしていた。

 泣いてほしくないのにな。


 ようやく体を離したイリィは相変わらずきれいで、でも私はどこか他人事だった。自分を俯瞰して眺めているような感覚。これが異物であり、居場所がないという事なんだろう。

 納得してしまえば、そんなもんかと思う。


「アイ、声を聞かせて…」

 どうして?どうせ消えるのに…忘れるのに。そして唐突に理解する。私は生きたかったのだ、と。

「イリィ…」

 私をまた抱きしめたイリィはその夜、私を腕にくるんで眠った。

 翌朝、イリィはニミと帰って行った。チクリと胸が傷んだ。


 その日は朝からどんよりとした空。飛び始めてしばらくすると暗い色の雲が近づいて来た。そして、あっという間にブランごと私たちを呑み込んだ。




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