271.フィーヤの朝市と買い物
歩いて宿を出る。市場までは歩いて15分ほど。静かな通りをイリィと手を繋いで歩く。冷たい風に頬が冷えるけど、繋いだ手は温かくて凄く幸せだ。
冬支度の始まった町を見ながら歩いて、朝市が見えて来た。
お店の人は寒そうだけど、みんな笑顔だ。活気がある。楽しいな、こういうの。
私たちを朝市の人たちは驚いた顔で見る。黒と白のフード付きローブの私たちと(耳は隠蔽で隠し中)、明らかに貴族な2人の男性の組み合わせ。
注目を浴びるよね?ロリィもエリもとても美形さんだし。
エルを見つけた。手を上げるとエルも振り返してくれる。後ろには馬車と例の馬がいた。
「おう、来てくれたんだな!見てってくれよ、色々あるぞ。ん?知り合いか?」
「うん、色々買うよ。あぁ、僕の旦那さんだよ。待ち合わせしてたんだ」
「は?マジか…そりゃまた若いのにな。新婚か?」
頷くと
「こりゃ俺も奮発してやらんとな」
いやいや、商売なんだから。ほんとお人好しだな。
「きっとエルの事、お人好しとか思ってるよ…」
「自分の方が何倍も、なのにな…」
こらこら、聞こえてるよ、ロリィもエリも。
「それがアイだから…」
うんうん頷かないで?イリィ、もう。
私はイリィの手を引いてお店の商品を見る。
「これがアインスやツヴァイで仕入れた食材だな」
それは前にイリィが買ってくれたお米だった。イリィが私を見てふわりとフードの奥で笑う。
「あるだけ買う」
先にイリィに言われてしまった。
「結構あるぞ?」
「どれくらい?」
「麻袋大が14だな」
「問題ない」
「毎度あり!」
初めてだけどね?あ、あれは…。
「お、これは海塩だ。まろやかで美味いぞ!」
「どれくらいある?」
「麻袋小が50ほどだな」
「買えるだけ買う」
「マジか?頼まれて卸す分は別にあるから全部いいぞ」
その他は乾燥させた海藻とかお魚(干物)、干した貝とかあったからそっちも買えるだけ買った。
後ね、チリソースらしいものがあったんだ。ビクトルもチリソースって言ったし間違いなさそう。
それに近くの村から仕入れた白菜、こっちでは「しろな」って言うんだよ。
チリソースに白菜、鷹の爪…作れって言ってる?キムチを。キムチ鍋…よし、イリィの為に作ろう。
もちろん、チリソースに白菜も全部購入した。昨日、ギルドで現金を口座からおろしてたんだよ。
銀貨1000枚ほどね。だいたい100万円くらい?
だってさ、口座の残高がね…凄かったから。おろしたお金だってほんの少しだよ、それでも。
なので、とにかく大人買い。流石に生ものとかフルーツは無かった。残念。
「宿で直接渡すぞ」
「うん、お願い」
そこでエルの店から離れた。ロリィとエリは近くの店で買い物してた。1人で買えるの?って思ったら金貨を取り出してお店の人が固まってた。
私は慌てて銀貨を出して渡す。お店の人がぎこちなく笑って
「あ、ありがとうございやす…した」
もうまともに喋れてなかった。
「ロリィ、朝市で金貨は使えないよ。単位が大き過ぎる。銀貨が普通だから」
「…知らなかった」
だろうね、自分で買う事無さそう。私はロリィと同じく金貨(ナルダの町で稼いだのでエリもそれなりにお金を持ってる)を手にしていたエリに金貨をしまわせて銀貨を渡す。
2人とも気まずそうに受け取った。
「後で金貨を渡す、よ」
「貰いすぎ、もう…2人ともやり過ぎはダメだよ?」
「くふぅっ…」
「くすっ…」
「ふふっ…アイがそれを言うの?」
だってな?私はお金に常識的なんだよ。
「何を買ったの?」
話を逸らす。2人とも肩をすくめて
「秘密…」
だって。可愛いよ?そんな所が。
「僕たちは少し散策して宿に帰るよ」
私はナビィを見る。しっぽを振って
『私がついて行くから安心して!』
ナビィありがとう。
「ナビィを連れて行って。何かあったら大変だから…」
(((過剰な防御があるから大丈夫だと思う…)))
3人の意見は一致した。
ロリィたちと別れてまたイリィと手を繋いで歩く。
良く見れば、私たちの左手小指には蔦模様がある。だから2人が結婚してるって分かるんだ。
あるお店の前を通りがかると
「こ、これ…お祝い。持ってけ」
話しかけられた。そこの店主は大きな体の男性。お祝いって?
「蔦模様を見ると、新婚だって分かるんだよ」
そうなの?イリィは頷く。だからお祝い?でも売り物だよね?
すると周囲の店から笑いが起きた。
「あんな風に丸々一匹の鳥を渡されてもな?いくら珍しいからって」
「お祝いでもいらねーよな?」
「デカいだけで相変わらず空気読まねーよな」
「しかも汗だくとかな…キモッ」
その声が聞こえたのか、店主は顔を真っ赤にして鳥を持つ手が震える。
私はその鳥を見る。珍しい鳥?
(雪鳥 この地域にしかいない 貴重
栄養が豊富でその身は歯応えがあって非常に美味
エルとの会話を聞いて慌てて捌いた)
美味しいんだ?それにエルとの会話を聞いてってそんなに時間経ってない。物凄く急いで捌いてくれたんだな。でもどこから仕入れたんだ?
(自分で取って来た 優秀な猟師)
店主は真っ赤な顔のままで差し出した手を引こうとしたから、私はその手を握る。店主も周りも驚いたようだ。
「ありがとう、素敵なお祝いを…」
店主は赤い顔のまま、目を潤ませて
「おう、美味いぞ!」
「代わりに、これを。お湯に溶かしてこの鶏肉を入れて、塩で味をつけたら美味しいよ。白菜も入れるといい」
店主は驚きながら私が差し出した陶器の壺を受け取る。鶏ガラスープの素だ。
「これは?」
「調味料だよ…作り方は秘密。凄く美味しいからぜひ」
「あ、ありがとな」
「お礼を言うのは僕たちだよ?慌てて捌いてくれたんだよな。これ使って。汗が冷えたら体に悪い」
店主は戸惑いながらもそれを受け取ると私と布を見比べてから笑った。
「おう、幸せにな!」
「うん、ねぇこのお店はきっと繁盛するよ?だってこんなに優しくて、あんなに短時間で完璧に捌ける腕があって、珍しい鳥を仕留められる技術もあって…流行らないわけないよね?元気でね、ありがと」
最後のは周りへのちょっとした意趣返し。働く人の汗は尊いんだ。バカにするなんてね?ダメだよ。
アイルが渡した布はもちろん白蜘蛛の糸で作られた布。貰った鳥の何倍もの価値がある。そして、鶏ガラスープの素も。
後にそれに気が付いて店主がひっくり返るのも、鶏ガラスープの味に感動して試行錯誤し、ついには一年かけてその味を再現して町でも有数の猟師兼商人となるのもまた別の話。
さらに、この話を聞いた領主が店主を領主邸との取引相手とすると認めた事で、店主は一躍時の人となるのだった。
鳥を貰ってポーチにしまう。普通の鳥より少し大きかったけどね?
で、その後も食材とかお揃いの小物とかアクセサリーを買った。作るのもいいけど、こうして一緒に見て買うのも楽しい。
歩き疲れて、少し休憩。市場が途切れた辺りにベンチがあったからね、並んで座った。ピタリと寄り添うイリィの熱が心地良い。
その肩にもたれて甘える。イリィの唇がおでこに当たって、その柔らかさにすり寄る。
どれくらいか、そうして寄り添ってからまた歩き始めた。
市場が終わると、普通の商店が並ぶ通りだ。
お店も開いてるから歩きながら気になったお店をのぞいて買い物をして行く。
色違いの服も買ったよ?こちらは寒いからね、温かい服が多い。上着とかズボンとか。肌着や下着は白蜘蛛の布があるからね、他のものはもう着れないかな。
買い物が一通り終わるとお昼だ。
悩みながら食堂を見て、あっと2人が思ったお店に入る。
お魚料理が中心のお店。珍しい。やっぱり内陸だしね、お肉が多い。
そこは主に川魚を使った料理で、焼いたり茹でたりと色々な工夫がされてて美味しかった。
満足な食事を終えて、今度は観光。
フィーヤの町から少し離れた所に氷の洞窟があるんだって。観光地になってて馬車が出ている。だから2人で乗り合い場所に乗って行った。
氷の洞窟は少し青い色の氷で出来ていた。
「きれい…」
「凄いな」
それはまさしく絶景。もしあちらの世界にあったら、間違いなく「死ぬまでに見たい世界の絶景」に選ばれてるだろう。それ程、圧倒的に美しい。
繋ぐ手に力が入る。また一つ、イリィの為の記憶を贈れた。覚えていて、イリィ。この景色を…2人で見た景色を。
立ち尽くす私にイリィがそっと寄り添う。
「アイ、また来よう。2人で、ここに。きっとだよ?アイ」
涙声で囁くイリィ。私は応えられない。ただその手を強く握りしめた。
しばらくそのまま寄り添ってから歩き始める。中はぐるっと回れるようになってるんだ。氷の壁は冷たくて…何かの記憶が頭をよぎる。何だろう?
ゆっくりと回って入り口に戻った。私は振り返る。またここに来たいな、とそう思って。
帰りの馬車でイリィは静かに前を向いていた。何かに耐えるみたいに。私はイリィの肩にもたれて目を瞑った。
町に戻ると空が茜色に染まり始めていた。あっという間の時間。2人で過ごす時間、温かくてもう2度と戻らない今という時間。君とここで過ごせて良かったよ。
忙しなく行き交う人々を見ながらイリィと町を歩く。宿に戻るとロリィとエリも戻っていた。
「ただいま」
「お帰り…食事は箱庭だよね?」
「うん」
「今日はそのままあちらで過ごしたらいい」
「分かった、また明日ね」
イリィと手を繋いだまま、箱庭に移動した。
お祝いの話はフィフスで教会からの帰り道の話として考えていて…入れ込めなくてここに採用してみました…
※読んでくださる皆さんにお願いです※
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