266.フィーヤの町
おじさんは馬車を出発させた。馬を気遣ってかゆっくりだ。御者台から
「なぁ、坊主。フィーヤには旅かい?」
「ん?そうだよ」
「お礼に何かしたいんだが」
「何もしてないのに?」
「…声を掛けてくれたからな」
そんな事で?と思った。
ロリィを見ると
(宿の紹介かな…)
(門のところで止められるよ?ロリィは探索者じゃ無いし)
(商業ギルドにも探索者ギルドにも登録してる)
(そうなの?)
(どちらも特級…)
えっ、えっー凄い?全く戦闘なんて出来なそうなのに。
(イル、失礼な事考えた?)
(えっ、いや…)
(魔法ならハク様たち以外には負けないよ?あ、イルには勝てない)
何で私?強く無いのに。
(イルの発想力とね、常に精霊たちの守りがある)
(それは私の力じゃ無いよう…)
(ふっ、同じだよ…彼らは人に力なんて貸さない、普通はね)
そうなのかな?良くわからない。
黙ってしまった私を見ておじさんは
「伝手が無いなら宿とか紹介出来るぞ?大丈夫だ、ちゃんと貴賓室のある上等な宿だ。仕事相手でな、気に入られていつも泊まってるんだ。お貴族様も泊まりに来るからな、安心しろ」
やっぱりロリィとエリは見るからに高貴だからね。エリはもう平民なのかな?微妙な立ち位置だけど、きっとロリィがなんとかすると思う。
だってどう見ても貴族だし。
ブラッドは1人でも何とかしそう。ベルは…まぁやっぱり1人でも大丈夫そうだ。
「なら紹介して貰うよ、でも気に入らなかったら他を探すよ」
「もちろん、押し付けたら礼にならない」
それもそうか、と頷く。
「おじさんは行商してるの?」
「あぁ、南のアインスからだ」
「凄い…ねぇ、南の町の香辛料とかある?」
「ん?あるぞ。見たいなら明日だな、市場横で出店するからよ!」
「見に行くよ」
「俺はエルっつんだ」
「アルだよ」
「そっか、しかし歩きで大丈夫なのか?えらく上品な人たちだが」
「色々とね?」
「あぁ、なるほどな」
「で、どっから来たんだ?」
私はどう応えるか迷って
「ゼクス」
と応えた。少し驚いた顔をして
「なぁ、俺の知り合いがゼクスに向かったんだ。もしかして噂とかになってるかもしれねーんだ。えらく顔をいいまだ若い男だ。左目の下にホクロがある」
ん…その特徴は。
「髪と目の色は?」
「金髪に鮮やかな青目だ」
「誰かを訪ねてゼクスに?」
「おう、知り合いがいるって」
間違いないな。
「名前知らない?」
「リアって名乗ってたぜ?本名というか、略してると思うんだがな」
鋭いな。
「知ってるよ!リアなら。会いたい人にちゃんと会えて幸せになってるよ」
エルは驚いてからくしゃりと笑った。
「そうか?なら良かった。凄く寂しそうな顔してたからな、時々」
あぁ、そうなのか。
「ゼクスに近い森で、オークの群れに当たってケガをしてたんだ」
「何?体は?アイツは確か肩と足にケガをしてただろ?群れだと魔法だけでは難しい」
「ケガはしてたけど命は大丈夫…群れはたまたま殲滅出来たんだ」
さらにエルは驚いている。だってね?ハクだよ。魔法だけで瞬殺だった。私はリアを少し介抱しただけ。
リアを必死に守ったラックと、ハク、見つけたブランのお陰だよ。
「そうか…何にしても良かったよ。ありがとな」
ん?何でエルがお礼を言うの?
「会わせてやりたかったんだよ、アイツをさ。想い人に。切なそうな顔してたからな。俺の息子と同じくらいの年だ。息子はあんな顔した事ない。余程の事があったんだろう。だからな、ありがとよ!」
エルって本当にいい人なんだなぁ。
「本当は俺がゼクスまで送る予定でよ、それが迂回した村から寄って欲しいって言われててな。ゼクスに寄ると時間が無駄になるからと、途中で降りたんだ。それで気にしてたんだわ。あの顔であのケガだろ?人も魔獣もみんな敵だからな…」
「確かに…」
何故か護衛の人たちの顔が強張ったけど見なかった事にしよう。
馬も大丈夫そうでなんかご機嫌でしっぽをゆーらゆーらしてる。可愛い。
やがて門の前に着いた。ちょうど依頼を終えて帰る探索者や今日中に町に入りたい商人で列が出来ていた。
その後ろに並ぶ。
しばらく待っていると門から兵士が数人走って来た。どうしたんだろう?ボケッと見てるとなんか私たちに向かってる?
ロリィはさり気なく私を後ろに庇う。エリもだ。両隣はハクとナビィが固める。
ブラッドは背後でことの成り行きを見ている。剣に手をかけて。ベルは魔力をねる。みんな交戦的だね。
町で何かあったのかな?
数日前、ゼクスのダナンの屋敷にて。
俺が食堂に入っていくとダナがすでに座っていた。
「おはよう、イズ」
「おはよう、ダナ」
まだ照れ臭い。ダナは優しく微笑むと
「まだ慣れないかい?くすっ、そんなイズも可愛いよ」
朝から大人の魅力満載の笑顔にやられる。自然と頬が染まるのが分かって恥ずかしい。
立ち尽くしている俺にダナが立ち上がって来てふわんと抱きしめる。
ダナの包み込むような香りにくらりとする。
優しく頬にキスをして
「私にはしてくれないのか?」
優しく問いかけられる。顔を上げてそのなめらかな頬に唇を寄せる。
「ふふっ可愛いな、イズは」
また真っ赤になってしまった。解放されて椅子に座る。
フェルもやって来て朝食を食べる。
魔鳥の卵を使ったオムレツだ。ふわふわで濃厚。危険を冒して卵を取らなくても食べられるなんてな。
アイルが品種改良(名前付けただけ)して、小さくなって卵を産む。もちろん小さいとは言っても1メル(m)はあるが、普通なら2〜3メルあるのだから充分に小さい。
栄養が豊富でしかも卵は両手で抱えるほどの大きさだ。
アイルの時間遅延の空間拡張カバンがあるから、保存も問題ない。
こうして贅沢な朝食が終わった。
「あぁ、フェルとイズ。この後に少し時間を取って。報告がある」
フェルと顔を見合わせて頷く。
居間に移動して、バーナムの入れたアイルのお茶を飲む。ふぅ、落ち着くな。
ダナが
「北にある子爵家が管理するキウリラという町でワイバーンの目撃情報があった。街道も町も封鎖して、迎え撃つべく陣をしいたそうだよ」
ワイバーン…獰猛な魔獣じゃないか。
「メルローズ子爵家かな?それは大変だ。下手したら町が消える…」
フェルが呟く。
「そう、メルローズだよ。それがな、旅人が歩いて来てもう大丈夫と」
歩いて?封鎖中の街道を?
あ…もしかして。
ダナが俺を見て微笑む。
「そう、旅人は5人。背の高い貴族と色の白い多分貴族と白いローブの多分、少年、そして上級と思われる探索者2人だそうだ。犬が2匹一緒に」
あぁ、やっぱり。背の高い貴族はロルフ様、色の白い貴族はダーナムの報告にあったイズワットの旧王族
、そして白いローブはもちろんアイルだろ。上級探索者はブラッドとリベールだな。
「アイルか」
「アイルだね」
俺とフェルが言う。ダナは頷いて
「そうだね、あちらにはハク様と使徒様がいる…ワイバーンなど敵ではないのだろう」
そこでお茶を飲む。
「彼らは翌日、歩いて町を出発したそうだよ。次に向かう町はフィーヤだろう」
俺たちはダーナムからの報告で、白の森が凍った事やイズワットの民を助けた事、そしてアルミやミスリルの採掘にノームとの出会い、更にはランカウという楽器と毛織物について聞いていた。
彼らが何かの理由(何かまでは聞いていないそうだ)で旧イグニシアの首都、イグナシオを目指す事も。
生命樹の若木が関係しているだろうとは書いてあった。
何故かイーリスはアイルとは同行せずに白の森近くに新しく出来た村、その名もイグ・ブランカに残っているという。
さらにだ、ユニコーンまで仲間になったとか。伝説どころか、ただの御伽話だと思われていた幻獣のユニコーン。
動いて話もするそうだ。
えらく渋い声で、何やら女性みたいな話し方だとか。
ちなみに鉱山ではサファイアにルビー、銀まで見つかっている。銀はユニコーンの秘宝。
これで移民となったイズワットの民も、生活の場を追われた守り人も安定した収入が得られる。
そこまで道筋を付けて、更にはダーナムとシグナスたちの住居まで整備して旅だったらしい。
住居近くに植えた薬草や木々に精霊や妖精が寄ってきて楽園になったとか。
もう本当に何をしてるんだ、アイルは。
「だからね、ゼクスの災害を間接的に救ってくれた彼らにね…何か出来ることはないかと思って。バージニアにも相談したんだよ。それならフィーヤの探索者と商業ギルドに連絡をして、彼らの意向を聞こうって事になったんだ。ついでに伝言もね。この首にまくマフラー?とフードに動物の耳がついたローブ。これを商業ギルドに製法と使用登録して欲しいってね」
確かに、どちらも素晴らしい。動物の耳は形もだけど何よりデザイン?耳の中までふかふかなのがいい。イグ・ブランカの羊毛を使えるならさらにふかふかだ。
彼らの耳付きローブはフィフスでアイルが作ったので羊毛は使っていない。白蜘蛛の糸を重ねて耳風にしているのだ。
後からそれを聞いてイザークが固まるのはまた別の話。
「それにね、私たちからも何かしてあげたくて。フィーヤ特産の香辛料とか調味料とか食材、あぁ肉意外だね、を彼らに渡してもらおうと思って」
「うん、そうだね。アイルはこの国に詳しくないみたいだし…きっと喜ぶよ。お金には困ってないだろうから」
「うん、そうだね。判と円外分離器だけでどれほどになってるのだろうな」
「お金を使う機会もあまり無さそうだし」
「うん、そうだ。それだよ。布とかなら喜ぶんじゃないかな?確か軽くて柔らかい素材がフィーヤの特産だったよ」
「お父様、確か鉱物で有名な…アイスブルーストーン。あれは喜びそうでは?」
「あぁ、確かに。氷のような美しい鉱物だね?ロルフも一緒だから喜ぶだろう」
「そうだね、ロルフ様がナルダの町の登録は色々と取り決めていたようだし」
「アイルはそういうの、やりたがらないよね」
「お金にも地位にも頓着しないからな、彼は」
「要らないからね?聖獣と霊獣と使徒様に幻獣までいるのだから」
「「「…」」」
改めて彼の周りの布陣を考えると震えそうになる。
でも…
「「「アイル」」君だから」
そう、そうなのだ。彼だから大丈夫。
「他にも何か伝言とか、後はフィーヤの町で彼に渡したい物や何かがあれば…」
こうしてフィーヤでアイルに何かを贈ろう作戦が幕を開けた。
俺は行商をしている商人のエル。バナパルト王国の南から北へ、北から南へと旅をしながら品物を売る。
今回の旅で、ツヴァイから不思議な人と道づれになった。周りから頼まれたからな。ただの同行人なんて邪魔なだけだ。そう思ったのに、
「僕がいるとお得だよ」
だってさ。えらく顔のいい若者だ。ケガをしているが、魔法がかなり使える。
しかも、その若者目当てに品物が売れるわ売れるわ。少女からおばさん、果てはゴツい探索者まで。
武器すら飛ぶように売れる。
「その顔で危なくないか?」
と聞くと
「だからエルなんだよ」
だとさ。
護衛にも手を出されそうになって、返り討ちにしてた。秘密があるのか?しかも時々やたらと色っぽいため息を吐く。
やめろ、周りがウザいから。
ゼクスに向かった兄ちゃんとは少し手前で別れた。ケガをしていたから心配していたが、そうか。幸せになったか。それを教えてくれたのは奇妙な一行だった。
一つ手前の街を出発した後、魔獣に襲われた。護衛に後ろを託し逃げたが、ちょうど積荷も沢山あって馬には無理をさせてしまった。
馬の様子がおかしいと気が付いた時にはもう遅かった。
まん丸な目で俺を見る。何かを悟った目だ。
嫌だ…お前を俺は。迷いながら動けずにいる。周りは足早に遠くに見える門に向かう。
そんな中、明らかに俺たちを、いや、馬を見て止まった一行がいた。
5人と犬か?歩きだ。凄く目立つ。明らかに高貴な雰囲気漂う2人と探索者の青年、そして体つきから少年か?
フードを目深に被っている。何故かとても気になる。
そして、そちらに目を向けて馬に目を戻すと足踏みしている。待て、ケガが。
ケガが…?
はっ…治って?
馬を見て脚を見てその目を見れば、期待に満ちた目で俺を見る。
まだ走れるよ!
そう聞こえた気がする。泣きながら首を叩く。
その後に何やら不思議な一行が連れた犬と話をするようにわんわん、ひひんとやり取りをした。
「大丈夫?お馬さんケガしたの?」
と声をかけられた。あの目立つ一行の、多分少年だ。
俺は顔を上げて涙を拭うと
「あぁ、ケガをしてたのに無理させて…俺のせいで」
「でも、もう大丈夫だね?良かった」
治ったことが分かるのか?
「なぁ、坊主がその…何か?」
明らかにこちらを見ていた。そして、全くあり得ない事に、脚は治った。多分、骨折していた筈だ。
「ただの通りすがりだよ?おじさん、門閉まっちゃうよ。行こう」
まさかと思ったが、何も言う気は無いらしい。それがまた嬉しかった。だからお礼がしたいと言えば何もしてないのに、だとさ。そんな訳ない。あのケガは相当だった。
本当に不思議な出会いだった。
エル…懐かしいですね
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