27.自分のための薬草
アイルが帰った後のギルド会議室にて。
「長いことギルマスやってるが、報酬を貰うヤツに値切られたのは初めてだ」
「だろうな」
「金に困っていないわけでも無いだろう?」
「余っているようには見えない…」
「それなのに、だ。欲のないことだ」
「目立ちたくないのだろう」
「報酬が減ってもか?」
「自覚がない」
「あぁ、皆無だな」
「危ういな」
「気を付けておく。アイルは先日、フェリクスと採取に行っている」
「フェリクスと?」
「あぁ、イザークが言っていた。フェリクスが注意するように言っていたと」
「?」
「悪いヤツに使い潰されることを懸念している」
「同感だ」
「フェリクスとお前が後援にいれば簡単に手出しは出来ないだろう。侯爵家2家と敵対なんてしたくないだろうからな」
私は頷く。しかし見習いで侯爵家の人間と立て続けに知り合うとは…
ラベンダー畑を見て目を輝かせていた少年を思い出して、そっと溜息をついた。
ギルドから宿に戻る。そういえば最初にお願いした10日はもう明日だ。また10日延長しよう。
宿に戻って宿の主人に声をかける。ちなみに宿の名前はその名も「ゼクスの宿」だ。捻りも何もない。
名前を聞いた時に吹き出しそうになったのは懐かしい思い出だ。
「延長か?」
この人も心が読めるのか?
「読めないが」
やっぱり読めてるよね?気を取り直して
「うん。また10日」
後ろからキャーと声が聞こえる。何だ?ま、いいか。
「おぅ。銀貨45枚だ」
あれ?値下がってる…。
「2日分、飯食べてないだろ?」
あ、帰れなかった時の。でもこちらの都合だし、報酬は余分に貰っている。宿の主人には利点がない。
「報酬もらってるから大丈夫だ」
そう言うとポーチから銀貨48枚出してカウンターに置く。
「値下げして断られたのは初めてだぞ」
呆れたように言う。
「正当な値下げなら歓迎だが、主人に利点ないだろ?食材は仕入れてるんだろうし」
そう言って部屋に戻る。
アイルが階段を上って行くその後ろ姿を、筋肉ムキムキなゼクスの宿の主人が目を細めて見ていた。そしてその近くでは女性3人が嬉しそうに騒いでいた。
貧民街のガキ共が客を案内して来た。線の細い優しそうな少年だ。連れてきたガキ共もなんだか小綺麗だ。その少年は丁寧な言葉遣いで10日泊まると言ってお金をカウンターに置く。高いとも安いとも言わずに、値切りもせず素直に。
くすんだ銀色の髪と目。珍しい色だ。淡い虹彩の縁はほんの少しだけ青みがかっている。派手さはないがその顔は整っていて、仕草が上品だ。
年は10代半ばくらいだろう。少年独特のあどけなさが残っている。背は高いが細い。そんな捉え所のない子だ。
そもそも貧民街のガキに連れられてってのが意味が分からない。時々お使いを頼んでご飯をやっていたガキ共だ。その目は猜疑心に満ちていて、誰かに懐つく姿なんて想像も出来なかった。
その子がクエストで遠出すると言って出ていったのはつい4日前だ。念の為と言いおいて。見送れば、行ってきますと恥ずかしそうに言って出て行った。
その子が帰って来ない。1日くらいなら何か遅れる理由があるのだろうと思っていたが、翌日も帰ってこない。さらにその翌日も。
流石にこれはマズいのではと思い、久しぶりに探索者ギルドに行く。
カウンターの職員は皆んな顔見知りだ。事情を話すと小さい声で、ロルフ様の強制依頼ですと言う。驚いた。貴族案件か…しかしロルフ様なら探索者を使い潰すようなことはしないだろう。何か分かれば教えてくれるというので、宿に戻った。
帰るのがさらに翌日になる、とギルドから連絡が来たのはその日の昼過ぎだった。
ホッとした。もう若者を見送るのは嫌だ。朝、元気に出て行って戻らなかったヤツは沢山いる。探索者はそういう仕事だ。
帰ってきた少年は疲れていたが、ケガもなくパンが美味しかったと淡く笑って言った。深入りしてはいけないと分かっている。親しくなればそれだけ失うことが辛い。適度な距離感を保つよう気をつけていたのに…参ったな。
この子はスルッとそんな俺の中に入りこんでしまった。そしてそれがなぜか心地良かった。
「ねぇ、あの子まだここに泊まるのね?」「やだぁ楽しみが増えちゃうわ」「目の保養よね」「あの伏し目がちなのがいいわぁ」
捲し立てる女どもに、うるさいと怒鳴る。
「見てるだけなんだからいいでしょ」「そうよ、減るもんじゃないし」
「お前らに見られたら減るんだよ!ほら仕事のじゃまだ」
女どもは文句を言いながら、やっと出かけて行った。ったく、本人は目立たないようにしてるつもりだろうが目立ってんだよ。色々と。こりぁ気をつけてやらんとな。
知らない間にアイルの保護者が増えていた。
部屋に戻るとハクがしっぽふりふりで迎えてくれる。「ハク〜」抱きついてすりもふする。首すじに顔を埋めてスーハースーハー。よし、ハク成分補充。
顔を上げるとハクが口元をペロペロ舐めてくる。そのまま好きにさせておく。耳の後ろをかいてやり、背中を撫でる。可愛い。温かい。もふりん…。
口元ペロペロが終わると膝の上にドンと座って寛ぎ始める。時々こちらをチラ見するのはお約束。
くぅ可愛い。なんか最近忙しかったからこういう時間が嬉しい。膝の上にハクの温もり…眠い…。
『アル起きてー』
ハクに起こされる。むう、もう少し…と、部屋の扉が叩かれる。
慌ててハクを抱っこしたままドアを開けると、主人がいた。ギルマスからの伝言で、都合のいい時に来るようにということだった。
ん?まだ何かあったか……?あ、魔法契約。はぁ、あの案件は終わってなかったか。もう今日は行きたくない。明日は1日薬草採取で、その後はラベンダーとジャスミンの精油作り。
その後は野営道具を作ろうかな?それならハギレだけじゃなくて布が欲しい。うん、3日後でいいな。
主人にお礼を言ってドアを閉めようとすると、名乗ってなかったな、スーザンだと言って階段を降りて行った。
…確かにいつも心の中で筋肉とか筋肉とか筋肉とか言ってたな。ごめんなさい、スーザンさん。でもなぁあの筋肉だしターザンの方が覚えやすかったな…
そうだ、思い出した。採取した水晶と紫水晶をハクの首輪と、お揃いのアクセサリーにそれぞれ付けて貰いたかったんだ。
水晶は高品質で、私なら魔力を込められると洞察力さんが教えてくれた。私ならってのが良く分からないけど。
魔力を込めた石を革に溜められたらオシャレでいいのでは?
左耳にだけあるポストピアスの石も付け替えられたらなおいい。
早速あの革工房にハク連れて向かう。もちろん、ハクの首には青い首輪。私の耳と腕にもお揃いのアクセサリー。少し長めの髪で左耳はほとんど隠れている。でもそれでいい。
宿から大通りに出て中央広場から西門の方に歩いて行く。今日も工房からは賑やかな音がしている。
あ、あった!目的の革工房。相変わらず雑多な品が置かれている。
入っていくと例の店主がよぉアイルと声をかけて来た。覚えていてくれたんだ。びっくりしていると、そんな珍しい色のヤツ忘れないよ!だって。
目立たない色なのに?首を傾げていると、周り見たら分かんだろって。確かに金髪多いよ、でも淡い金髪と変わらないと思うけど…?
「で、今日はどうした?」
「あぁ、加工をお願い出来ないかと思って」
「オーダーか?」まずは素材を見せろということなので、奥のカウンターにヘビ皮と水晶、紫水晶をおく。
「これはビックパイソンとポイズンスネークだな。こっちは水晶とこの紫のやたら綺麗なのは何だ?」
さすが革工房の店主。革を見ただけで種類が分かるんだ。
「紫水晶」
「ほぉ、これをどうしたいんだ?」
「水晶は前に買った革に付けたい。で、革は何か小物を作りたい。紫水晶はピアスにしたいけど、流石にここでは無理だよな?」
「小物か…厚みがあるから胸当てでもいいかもな。ピアスの加工は出来るぞ!はめ込む部分に革を使えばいい。革は余るな。こっちの犬の首輪。予備で作るか?」
「それもいいな。あ、野営用にスプーンとかフォークをしまう入れ物を作れるか?」
「そんなもん、わざわざ入れ物に入れんのか?」
「何となく剥き出しってのがな…縦長で蓋の先端を細くして革の帯に入れる感じで」
「分かんねぇよ。絵かけるか?」
紙とペンを渡されたので、簡単に書く。万年筆ケースみたいなヤツ。それを見ると、なるほど。金具が要らないのか…
「やってみよう。余った紫水晶はこちらで買い取れるか?」
少し考える。魔法契約の内容が分からないから、流通させない方がいいかな。
「いや、余りは回収する」
「そっか、残念だが仕方ないな。全部作るなら…オーダーだしそうだな、銀貨35枚だ」
「先払いか?」
「はぁ?んな訳あるかよ。出来上がったら連絡する。宿はどこだ?」
「ゼクスの宿」
「んぁ、親父んとこかよ」
そう言って頭をガシガシかくと、また連絡する。紙に預かった物を書いてこちらにサインをしろ、と言うのでサラりと書いてから店を出た。
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