258.それぞれの気持ち
一体何が起きている?
何にせよ、明日だな。どこまで話をして貰えるのか。魔力が込められた石についてもだ。
野営の常識が変わる。是非とも魔術師団に採用したいが。
さて、ライムに向き直る。確認しなければ。
「大丈夫か?」
何がとも言わずに聞く。その質問の意図を汲み取ったであろうライムは少し驚きつつ苦しげに顔を歪めて
「分かりません…」
と応える。こういう事態が初めてで、かつ魔術師団のような教育を受けていないならその反応になるか。
ダウルグストは無言でライムのそばに行くとその頭を胸に抱きしめた。
「無理をするな、心が悲鳴を上げる。こんな時は何も考えずにもたれろ。ラルフリート殿がいて良かったな。いや、お互いにか。それでもどこかで緊張していた筈だ。もう大丈夫だ。俺は強いぞ?ハウラルもあんなだが、魔法操作は一流だ。イザークも、フェリクス殿もとてもお強い。命の危機は去った。今日は何も考えずに寝ろ」
胸元から小さな嗚咽が聞こえる。怖かったのだろう。守るべき人がそばにいて、でも何も出来なかった事がどれほど悔しいか…。
ラルフリート殿には見せられない弱さをずっと我慢して隠し、耐えたのだろう。
まだ幼いとってもいいくらいの少年だ。俺にしがみ付いて泣く様は、新人の隊員が一度は通る道だ。
泣けばいい。次に進む為に必要な事だ。しばらく抱きしめていると力が抜けた。眠ったか。
そのまま横たえて毛布をかける。少し周りを確認したら俺も寝るかな。早い時間だが、精神が疲れている。少しは眠ろう。
予想通り、ラルフ様は生きていた。食料が心許なかっただろうが体は大丈夫そうだ。アイルのする事は本当に的確だ。魔力を感知しただけで、体ではない危機を感じた。食料を持たせたのはそういう事だろう。
どうやったらあんな小さなエンブレムに食料やら調理道具が入るんだ?しかも俺が出張る事を見越したかのように、調理道具まで。
魔鳥の卵は栄養が豊富だ。飼育に成功したお陰で、毎日卵を産む。ダナに了承を得て一つ持って来た。
夜にみんなが起きたら、これを調理するか?いや、夜はやっぱり肉と魚と野菜だな。
そんな事を考えていると
「イズ?」
フェルがこちらを見ていた。
「どうした?」
「こんな時、僕は全く役に立たないなって」
急にどうした?
「そんな事ないだろ。フェルは強い。魔獣の討伐だって余裕だろ?」
「それはまぁ。でも僕より強いイズに言われてもね?」
「俺は物心ついた頃から野営だったからな。比べるのがおかしいだろ」
「分かってるけどさ…僕が一人でこいうい状況になったら。耐えられないなって。あぁ、もちろんアイルのこのテントや食料は凄く有り難いよ?」
フェルなりに今回の事で何かしら思うところがあるのだろう。
「忙しいだろうが、そうだな…時間を見て教えるか?」
「イズ…ありがとう」
頬を染めて笑う。何をフェルが目指しているのか、俺には分からないが。強くなりたいと思うのなら手伝いはする。ただな、アイルのテントや食料があるこの状況では野営とは言えない。快適すぎるのだ。
まぁ少しずつかな。
フェルは抱きついて来た。嵐の後から責任者として奔走したからな。今は甘やかしてやろう。
その体を抱きしめ返してしばらくその体温を感じていた。
まさかハウラルが探しに来てくれるなんて…。それに、アイルからの食料。誰のために…その言葉を聞いて凄く嬉しかった。
僕は兄様にただの人として、弟じゃなくて男として見て欲しかった。でも兄様はいつだって弟として僕を見ていた。それでもやっと気づけた。その方が特別だって。
ただの男ならば、すれ違ってしまえばそれで終わり。でも家族だから…僕たちの絆は決して無くならない。
そんな大切な想いを僕は感じた。
どうして人として愛してほしいって事に拘ってたんだろう。僕は今でも充分に愛されているのに。
兄様…。もうこのまま、ここから出られないのでは?そんな事が頭をよぎった時、頭に思い浮かんだのはやっぱり兄様だった。
「ラル?」
ふとハウラに声を掛けられて意識を戻す。
「ロルフリート様の事を考えてたんだな?」
どうして分かるの?
目をパチパチさせてハウラを見る。
「ん、そうだな…なんて言うか、幸せそうな顔をしていた。俺には見せない顔だ」
自分では分からない。僕はハウラの事をどう想っているのだろう。兄様への想いとは違う。
「なぁ、ラル…その。抱きしめても?」
自信なさげに小さな声で聞くハウラ。愛おしい気持ちが高まる。あぁ、そうなのか…僕はやっと気持ちの整理がついた気がする。
「ハウラ…」
近づいてキスをする。驚いた顔のハウラが可愛い。
「たくさん抱きしめて…とても怖かったんだ」
怖くて、でもその時に思い浮かべたのは兄様。それでも僕は…ハウラを大事に想ってる。悲しませたくない。兄様への想いが余りにも盲目的で気が付かなかった。僕はいつだって弟だったんだ。
その心地良さに誤解していたのかもしれない。
大きな体を丸めるようにしているハウラを抱きしめる。僕の求めていたものは…とうの昔にこの手の中にあったんだ。
生まれながらに持たなかったもの。でもすぐに与えられたもの。
ふとアイルを思う。一人で家族と離れゼクスに辿り着いたと言っていた。どれほど心細かっただろう。
彼のあの優しは…大切に育てられた事の証。ならば互いに引き裂かれてどれほど辛かっただろうか。
常に必死でいた事だろう。目立たず平穏な暮らしを求めた彼を、自分は追い詰めたのだと分かった。
本当に自分は何と幼稚だったか。守るべき相手を怒らせてしまった。なのに…兄様も、そして彼も。
僕の為に。本当に敵わない。
ハウラの温もりを感じながら目を閉じた。体から余分な力が抜けて、また兄様を当たり前のように思い浮かべた。
******
その頃、ゼクスでは。
ダナンは伝書鳥が運んで来た手紙を読む。ごく簡潔な内容だ。
―ラルフ無事 魔力捜索した 驚き 明日帰る―
ひとまず、ラルフの無事が確認出来たので、システィアに手紙を飛ばす。
魔力捜索した、はアイルが魔力を込めたサファイアが導いたという事だろう。驚きはそれ自体があり得ないという意味か…。明日帰るはそのままの意味だな。
ふぅ、一息つく。
またアイル君に助けられたな…遠く、白の森から…いや、ダーナムの話では森は閉じた。伝書鳥は白の森付近から飛んで来た。定期連絡では、亡国があった場所に向かうとあった。
彼が森を凍らせたままにするとは思えない。しかし、閉じたのなら若木は?
謎だが、アイル君の行動が何かを語っているように思う。
契約者を持たない生命樹。その若木。閉じたのなら根付かなかったか、あるいは…。襲撃といい、不穏だな。注視しておこう。
そういえば、白の森に程近い町、ナルダで画期的な登録が相次いだ。
楽器や羊毛のエンブレム、アルミという鉱物などだ。
ブラッドからはユニコーンの秘宝についての知らせもあった。
銀が発掘されたと。ユニコーンなんて伝説どころか実在すら知られていない。姿を見れば即ち祝福と言われているくらいだ。
それが契約して秘宝まで。
何やらダーナムもシグナスも楽しそうだ。銀はまとまった量を譲渡され、その後は売り渡しの優先権でどうだろうか?と問い合わせが来ていた。
もちろんそれで問題ない。全く純度98%の銀だぞ?イーリスがいれば銀食器を作ってもらうんだがな。
何やら新しい産業も活況みたいだしな。ふぅ、本当にアイル君は。目立ちたくない筈なのに、やってる事は目立つ事ばかりだ。登録や何やらはロルフが手伝っているだろう。
優秀な彼の事だ。きちんと支えている筈。ラルフにしても…彼らの幸せなどこにあるのだろうな。
ロルフはアイル君を想っているし、ラルフはロルフ意外見えていなかったし。
2人に思いを馳せたダナンだった。
イザークは目を覚ました。昨日は結局みんなテントから出てこなかった。それぞれに疲れを癒したりしたのだろう。
俺も早めに寝た。ずっと寝不足だったからな。久しぶりにフェルの体温で体が温まりスッと寝てしまった。隣のフェルもまだ寝ている。
食事の用意をするかな。少し周囲も回りたいし。フェルを起こさないようにゆっくりと体を起こすとテントを出る。
周りの様子を見るが、生き物の気配は少ないがある。土砂崩れなどで移動を避けているのか?とりあえず食料になりそうな魔獣でも狩るか。
匂いを辿って掛けていく。サクッとオークを仕留めた。収納してさらに周囲を見渡す。ん?これは…。
手に取ると木で編まれたカゴだった。集落でもあったか?
見回して人の気配を辿る。
これか…?かなり希薄だな。何となく急いだ方が良さそうだ。
風魔法を駆使して木から木へと飛ぶように移動する。
辿り着いたそこは思いの外大きな集落があった。
風により倒れたのか、倒壊した家屋もある。
シュンッ…
矢が飛んで来た。物騒な…。木の間から矢を放った者を見つけた。そして驚いた。彼らは森人か!?
また矢をつがえている。
俺は風魔法で声を飛ばす。
「俺はゼクスの町の探索者ギルドの職員だ。嵐の被害を確認しに来た!俺に矢は当たらないぞ」
相手は構わず矢を放った。だから当たらないぞ。風魔法で軌道を逸らし、矢を手で掴んだ。素早く矢を相手に放った。風魔法で軌道を修正しながら。
相手の腕に矢は突き刺さり、うめいて倒れた。俺はすぐに回収しに行く。
遠くからでは分からなかったが女だ。腕に抱えると周囲を囲まれた。
「何ヤツだ?」
「だからゼクスの町で探索者ギルドの職員をしているイザークだ」
「…風殺か」
「そんな二つ名もあったな」
リーダーと思しき男が手を下げると矢をつがえた者たちが手を下ろす。
「メイナは?」
ん?メイナ、この女か。
「擦り傷だ。眠り薬が塗ってあったんだな」
女を降ろすと同時にリーダーが斬りかかってきた。想定内だ。軽く後ろに飛ぶ。ニヤリと笑えばリーダーも剣を収める。
「流石だな」
分かりやすく殺気を振り撒いていたからな。わざとだろうが。
「案内しよう。嵐の影響は酷くてな。手を貸して欲しい」
「状況によっては人を呼ぶ。森の中で野営をしている」
リーダーは驚いた顔をして、そうかと呟いた。
「俺はテトだ」
「森人だな?」
「見えてるのか?」
「まぁな」
テトは肩をすくめた。
まったり回です…
※読んでくださる皆さんにお願い※
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