256.洞窟の中で
食事を食べて、寝て…。昼前に起きたら御者が目を覚ましていた。
「私は…?」
「気が付いたか?盗賊に斬られて…」
「あっ…」
驚いて体を確認している。傷が…?と聞こえた。まぁそうなるよな?兄様の傷薬でもケガは完全に治らなかった。それがアイルの普通の傷薬で見た限りでは傷が治り、しかも服まで元通りだ。
「服が…?」
だよな?俺だってそう思う。しかしその事には触れず
「ここまで運んで貰ったんですね、ありがとうございます」
まだ若い御者はそう言うと体を起こした。手伝ってやる。間近に見た顔は本当に若い。こちらを見て少し顔を赤らめる。
「どうした?」
「いえ、その…素敵な方に助けられたのだなと」
そう目を伏せて言ってからこちらをしっかり見る。
「私はライムールドと申します。ラルフリート様、改めてありがとうございます」
そう言って胸に手を当てて頭を下げた。貴族か?この礼は貴族の正式な礼だ。
「構わない。君は?」
「伯爵家の三男です」
それでか。どことなく上品だと思った。
まだ顔が赤いな。その頬に手を当てる。ん?おでこにも手を当てる。やはり少し熱があるか。
「熱が…」
「そう、ですか…体がふわふわした感じで」
「雨に濡れたから」
「ラルフリート様は大丈夫ですか?」
熱がある為か、少し潤んだ目でこちらを気遣ってくれる。
「私は大丈夫だ。君の方が…。あぁ、私のことはラルフと」
「私は大丈夫です…ラルフ様。私のことはライムと」
大丈夫には見えないが、私は看病されることはあってもしたことは無い。
「お腹は?空いてるかな」
顔を赤くして
「はい…」
僕はアイルのサバサンドとお湯で溶かすスープを出して作る。
「これを食べて。食べやすいし美味しいから」
ライムは頷くとサバサンドを手に取って食べ始めた。
「!!」
まだ顔は赤いがしっかりと食べた。スープを飲んでまた驚いている。
「とても美味しいです…」
「良かったよ。ライムはいくつ?」
「17です」
思ったより若いな。
「その、ラルフ様の食料は大丈夫ですか?頂いてしまって」
恥ずかしそうに聞く。私は笑うと
「大丈夫だ。しばらくは。雨が止んだあと、ここから出られるかだが」
「そう、ですね…」
「今はまだ寝ているといい」
「はい、ありがとうございます」
大人しく横になって毛布を掛ける。首元まで毛布を掛けてやると恥ずかしそうにこちらを見て少し笑うと目を瞑った。
まだ雨は止まない。アイルが持たせてくれた食料は約7日分。雨が止んだ後に森から出られればいいが。
森の入り口で大規模な土砂崩れが起きていた。
ライムの規則正しい寝息を聞きながら少し身体をほぐしたり動かしたりする。
このテントは高さもかなりあるから普通に立って身体を動かせる。
横になってから少し眠っていたようだ。
「う、うぅ…ふぅ、はぁ…」
苦しそうな声で目を覚ました。ライムを見ると呼吸が苦しそうだ。
近づくと息が熱い。おでこに手を当てると冷たかった。息は熱いのに?
内に熱が籠ってるのか。首すじに手を当てるとやはり冷たい。少し迷ってからシャツのボタンを外して胸やお腹を触る。冷えてる…体が芯から冷えているようだ。
どうしたら…。迷いながらも兄様ならきっとこうするなと思ったら、手が動いていた。
ライムのシャツを脱がして自分もシャツを脱ぐ。毛布をめくって中に体を滑り込ませるとライムの体を抱きしめた。
その腕も胸やお腹も冷たい。肩を優しく擦るようにして体を密着させる。首元に口を寄せて温めるように息を吐く。ふぅぅ。
無意識なのか、ライムの腕が僕の背中に回されて抱き返される。顔を上げてその顔を間近で見た。
伏せたまつ毛は密度が濃くて、震えるまぶたは青白くて。幼さの残る顔だ。大きな目は閉じられているが、可愛らしい顔立ち。
兄様とは違うタイプの子だ。頬を撫でてそっとキスをする。冷たい唇だった。
兄様とアイルもこんな風に……理解したくは無いが、緊急事態の時は何故か気持ちが昂る。何故なのか、きっと兄様なら過去の文献には、と言って教えてくれるだろうな。ぼんやりとそんな事を考えていた。
気がつくとライムの目が開いている。大きくて吸い込まれそうな薄い灰色の目。
「まだ寒い?」
頷く。その頭を抱きしめるとギユッと抱きついてきた。なんて可愛らしい。そのまま抱きしめているとふと手の力が抜けた。
落ち着いた息遣いだ。苦しいのは消えたのか?僕はライムが心配で、これからの事の不安もあってそのままライムの体を温めながら目を閉じた。
ライムの体がまた震えているのに気がつく。躊躇いはあったが、ズボンを脱がせる。自分も脱いで太ももを寄せる。なんて冷たい!その腰を撫でてそのままお尻に手をやる。やはり冷たい。
躊躇っている場合では無いな。僕は下履きも脱がせてお互いに裸の体を触れ合わせる。
太ももを重ねて熱を伝えていく。手で擦るように温めながら腰からお尻へと滑らせる。
ある程度冷たさが取れたので、私より少し小さな体をうつ伏せにして背中に体を合わせた。こんなに冷たい。そのままの体勢でしばらくいるとライムが私の手を握って来た。
「ラルフ様…お手間を…」
「構わない。今は私に体を預けて…」
その言葉をどう捉えたのか…耳まで赤くなりながら頷いた。
冷静に、第三者がこの状況だけを見れば確かに体を一つにしたように見えるのだろう。
ライムを仰向けにしてまた体を密着させる。頬にわずかな赤みがさしている。
「寒さは少し収まった?」
「はい…震えるほどでしたが、今は…ラルフ様が」
裸の体を密着させた状態で、ひたすらに恋焦がれるような、そんな目で見られて気持ちが昂る。どちらからともなく、唇を触れ合わせる。ライムは目を潤ませながら僕の唇を求めた。
見つめ合い、キスをして…やがて…。
命の危機に直面すると、生存本能から生殖機能が活性化する…そんな状態にあった年若い2人が、ごく自然と互いを求めたのは仕方のない事だろう。
2日ほどでライムの体調は安定した。しかし、外に出ても森の出口に向かう道は寸断されていた。
野営の経験はない。たとえ動物や魔獣を狩れても、どうやって食べればいいか分からない。ライムも同じで食料の調達はできなかった。
結局、アイルに持たされた食料を分け合いながら食べていた。
最後は多めに入っていた硬いパンと例のお湯で溶かすスープに干し肉だけ。
それでも温かいスープが飲めるだけ恵まれているとラルフもライムも知らない。
そうしてもう何日、10日ほどだろうか?いよいよ食料も少なくなり、ここを出てみようかと話をしていたちょうどその時だった。
懐かしい魔力を感じた。これは…アイルの魔力?
思わず耳飾りを触る。
するとガサッと音がした。咄嗟にライムが僕を後ろに庇う。
「ラル、ラル…!」
ハウラ?何でハウラが。
足音と共に呼びかけられる。驚きすぎて声が出ない。
「ラル、なのか…?開けても?」
「ハ、ウラ?」
テントが開いてそこにはハウラがいた。魔術師団のローブを羽織った少しやつれたハウラだ。
私を見てライムを見てまた私を見る。ハウラはその場に踞った。
「ラル、良かった…生きて…」
泣いてる、のか。ハウラ…僕はライムの後ろから出てそっとハウラの背中に手を当てる。ガバッと起き上がったハウラは僕の顔をまじまじと見て、体を見てまた顔を見てくしゃりと顔を歪めると僕に抱きついて泣き出した。
そこに顔を出したのは
「やぁ、ラルフ。やっぱり生きてたな」
「ラルフ様…皆が心配してます」
フェリクスにイザークだ。その後ろからはイカつい人が顔を出す。
魔術師団の制服、あのエンブレムは第一か。
その人はハウラの頭を軽く叩くと
「おい、しっかりしろ!ラルフリート・カルヴァン殿だな?」
「はい」
僕は頷く。
「そこの彼は御者だろうか?」
「ぐずっ、俺の従者だ…レイニール家の三男」
「おい、お前は!そんな大事な事なんで言わない?」
「ぐずっ…だってラルが…」
その人はため息を吐いた。
「ラルフリート殿も、レイニール伯爵家の者も、ケガなどしていないか?」
どこまでも冷静だ。
フェリクスはテントの中を見回してへーとか言ってるし、イザークは相変わらず淡々とライムと僕を観察している。
「はい、ライムはケガをしていたのですが。薬で治りました」
「ラルフ、どっちのだ?」
僕はそちらを見て頷く。理解したらしいフェリクスはだろうな、と呟いた。
ハウラはまだ僕に抱きついて泣いている。その背中を優しく叩きながら僕はやっと助かったのだと思った。
「お腹が空いてるよな?食料はもったのか?」
フェリクスが聞いてくる。
「最後はパンと溶かして飲むスープと干し肉だけ…」
「ならば、今用意する」
イザークがカバンから何やら出して組み立てた。机のようだ。そこに鍋とかフライパンと皿やフォーク、スプーンを出した。
鍋からスープをたっぷりとよそう。蓋を開けた途端に芳しい匂いがしてお腹がぐぅと鳴った。目を真っ赤にしたハウラが顔を上げて涙を拭い
「ごめん、まずは飯だよな…気が付かなくて」
僕は大丈夫というように笑って、その頬の涙を指で拭う。
イザークはキビサンドに肉サンド、野菜のサラダまで出してくれた。フライパンからは焼きたて?という感じの肉ステーキだ。お皿に食べやすいよう切って載せてくれた。
ライムのお腹もぐぅとなる。さらにはハウラのお腹も。顔を赤くしたハウラは
「安心したら腹が減った」
と笑った。
「みんなで食べよう」
フェリクスの言葉で各自、食べ始める。
まずはスープを口に運ぶ。まろやかで野菜がたくさん入っている。ホクッ…美味しい。これは牛乳?まろやかで奥深い味。野菜は良く煮込まれていて口の中で溶ける。
久しぶりの野菜はシャキシャキで瑞々しい。
肉は柔らかくて爽やかな味がした。正直、重い肉は無理かと思ったが後味がサッパリで食べやすくて。
キビサンドはもうお馴染の味だ。美味しい…しかも体が軽くなるような気がする。
食べ物を見る。
(アイルの愛情たっぷりのクリームスープ 体も心も温まる 魔力体力知力を向上させる)
ぐふっ、吹きそうになった。横でイザークがすました顔をしながら目配せした。あぁ、なるほど。
だからか、美味しいはずだ。僕は笑い出した。これは敵わない。兄様が夢中になるのは当然だ。だってフェリクスもイザークも、もちろん兄様も…アイルの事がとても大切なのだから。
笑い出した僕をハウラが心配そうに見ている。
「大丈夫だよ…美味しいな」
「あぁ、とても。何だか体が軽くなるようだ。食事は大切だな…」
ハウラは優しく笑ってそう言った。向かいでフェリクスが吹き出した。イザークはすまし顔だが鼻がピクピクしてる。笑いを堪えてるな、これは。
こうして和やかに食事が進んでいった。
長くなったのでまた分割…
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