216.その頃のカルヴァン公爵家は
時間は少し遡り…アイルたちが去った後のフィフスの町では。
まさか、こんな事になるとは。システィアは頭を抱えた。ルシアーナがロリィとアイル君たちを連れて侯爵家を出て行った。伯爵家の紋章を掲げて。
それは、ロリィは侯爵家の跡を継がせないというルシアーナの意思表示だ。
なんでこんな事に…。
始まりは公爵家の爵位継承問題だ。いや、それを言うならそもそもアナベルの恋人か。よりに寄って公爵家の奥様で、元王族の女性といい仲になった上に子供まで。
それが全ての発端ではある。
が、異例中の異例で一代限りの公爵の爵位が継承されることとなり、爵位を保有していた奥様が亡くなった。
そこから子どもたちが次々と亡くなり、奥様の子であるが婚外子のラルフが残った。だから残った孫たちから圧力がかかったのだ。
ロルフに子を成すな、と。
我が家とて公爵家の騒動に巻き込まれたくはないし、ロルフにはすでにアイリーンがいる。
聖獣様も付いていて安泰だ。ならラルフの子は居なくとも問題ない。ただ、次期侯爵をロルフにしようと思っていたこのタイミングだ。だからこそ、公爵家には敵対する意志がないと示す為に、使用人を受け入れた。それがまさかあんな事に。
公爵様の意向は不明なままだ。
ルシアーナの言う通り、本来は年齢を確認すべきだ。しかし掃除婦だ。子育てが終わり、侍女などをする年齢を超えた女性ばかり。だいたいは50代。厨房だって見習いだと言われた。こちらは通常、12から15くらいの男子だ。
システィアはため息をついた。少し浮かれていたのかもしれないな。全く。
こんなタイミングだからな、厨房に入るというアイル君をほんの出来心で試したくなった。もちろん、害する気などない。なにのなぜ毒が?
食べられますよね?
アイル君の言葉に戦慄した。彼のその瞳は何も映していない。虚無だった。マズいぞ…彼を怒らせたら聖獣様が怒る。聖獣様にとってはアイル君こそが大切。我らなどチリほどの価値も無いだろう。
怒ってくれたのなら、謝りようがあった。しかし彼は毒入りの食事を自ら食べてしまった。
倒れていく彼をみて、血の気が引いた。侯爵家が終わる、そう思ったのだ。
実際に終わったのは侯爵家では無く私自身か…。ルシアーナとの関係が上手くいかなくなれば、飛び地との取引も南の伯爵家との取引にも影響が出る。
ルシアーナの出身である南の町、ドライ。北や南は王都を中心として北か南か、という意味だ。
南は温暖な気候で農産物もこちらとは違うものが沢山ある。何より海の幸は伯爵家との取引で手に入る。
それは領民の胃袋もすでに掴んでいる。
どうしたものか。いや、考えても仕方ない。ロルフが伯爵になれば、侯爵家は継げない。もう残された道はそれしか無いのだ。
ロルフがアイリーンを侯爵家の後継にしてくれたら。なら子供は他にも必要となる。
アイル君との子供がもう1人出来れば解決するが、彼はもう婚姻したのだ。
なぜひたすらに純粋な彼を試そうなどと思ったのだろう。システィアはもう何度目か分からないため息をついた。王都にも行かねばならないし。全くどうしたものか。
まずはルシアーナと連絡を取る。そしてダナンの所に向かったラルフと連絡を取り、ダナンと王都に向かう。
出来ることはそれくらいか。あ、商業ギルドに登録もしたいが…アイル君がいないから。もう少し待とう。
ルシアーナとラルフに伝書鳥を飛ばす。ルシアーナよ、帰って来てくれよ。
ダナン様の所に向かったラルフは…。
結局、例の話を兄様としないまま出てしまった。情けない姿を見せたくなかったからだ。
いや、言い訳か。怖かったんだ。お兄様に必要とされない事が。兄様は僕が侯爵家を継がない方がいいと思っている。もちろん、僕の為に。でもそれだと僕は不要になる。しかも、子をもうけられない。
尚更、僕の存在は要らなくなる。
兄様は僕を弟としか見ていない。結婚したのだって僕が望んだから。それだけだ。
そして兄様はアイルの事を…。何で僕じゃないの。兄様、僕は要らない?
そんな時に公爵家から使用人が2人入って来た。もしかして…。
彼らは僕に公爵となって貰っては困るんだ。だから僕が侯爵家を継げばいい。それならば、彼らは使えるかも。
そうして僕は出発前に少しだけ細工をした。
お父様も兄様も鑑定が使えるからきっと大丈夫。そう思って。
ゼクスに着いてダナン様と会合をした。具体的には献上品の目録作りとどこまで話をするか、だ。
こちらが引き出したいのは不可侵だけ。囲わない、構わない、無理強いしない。簡単なこと。それが守られれば、聖獣様も手出しはしない。
ここが落とし所か。しかし、頭の硬い重鎮やハク様の力を知らない輩が何かを言ってくるかもしれない。
その場にいないから余計に。
いつかは彼らに国に顔を出して貰わねばならないかもな。
そう考えていた。
その矢先にお父様から伝書鳥が来た。
僕は驚いた、そんな…まさか。アイルが毒入りの食事を食べて倒れ、お母様は兄様とアイルたちを連れて侯爵家を出ただと?
なんでそんな事に。
でも目的は達せられたか?僕が侯爵家を継ぐ。きっと兄様は伯爵になるだろう。でも後継が…。
あと1人は最低でも兄様の子がいる。僕と兄様には子が作れない。なら…兄様、僕を望んで欲しいのに、それは叶わない。
そんな物思いにふけっていたからか、護衛もいるしきちんとした宿だから油断していたのか。
僕は攫われた。宿の中で、だ。乱暴な扱いはされなかったが、何が起きたのか分からず混乱する。
なぜ僕を攫う?もしかして殺す気なのか。怖い、怖いよ兄様。
体が弱かった小さな頃。眠るのが怖かった。2度と目覚めないのではないかと思って。2度と兄様に会えないのではないかと思って。
久しぶりにその恐怖が襲って来た。
そのまま馬車に押し込まれ、どうやら町を出たようだ。どこに行く?僕はどうなるんだ。
そのままどれくらい走っただろうか。途中で食べ物と水が出された。僕は両手を魔力縄で縛られていたが、体の前だから不便だけど手は使えた。
首には魔力阻害の首輪が付けられて、どうすることも出来ない。
アイルにあんなことをした罰かな。侯爵家の食料に毒を仕込むなんて。彼が厨房に入ると聞いて、公爵家から来た使用人にちょっとした下剤だと言って仕込んでもらった。
それはその罰なのかもしれない。何処かで諦めた自分がいる。兄様…最後にキスしたかったよ。
そんな事を考えながら寝ていたようだ。馬車が止まる音で目が覚めた。
今何時だろう?ずいぶんと走った?何度かの食事とトイレ休憩を挟んでうとうとして、起きて。二日?三日?時間の感覚が無い。
馬車の扉が開く。
フードを被った男に僕もフードを被せられて運ばれる。屋敷?見たことがない。
その屋敷の一室に連れて行かれる。窓のない部屋だ。粗末ではないが狭いその部屋のベットに寝かされる。僕は突然怖くなった。
何をされるんだ?ベットに寝かされてされることなんて、一つしか思い浮かばない、
僕を攫ってどうするのか…。あ、血筋か?今、公爵を継げる唯一の子が僕だ。僕との子が出来れば優位、若しくは僕自体を公爵にしてその伴侶となろうと?
僕と兄様の結婚はまだ公にはなっていない。兄様以外の人との間に子どもがもし出来たら、婚姻無効を訴える可能性もある。
なぜなら、兄様には僕以外との子どもが既にいるから。
怖い、僕はどうなるのだろう…。寝かされて転がされている状態から恐怖で動くことが出来ない。
兄様…助けて。目を瞑り恐怖に耐えていると扉が開く。誰かが入って来た。恐る恐る目を開けると視界に若い男性が映る。
濃い金髪に薄い青目、いや、灰青かな。品のいい男性は僕を見て微笑む。
「やっと会えた」
こんな状態にふさわしくない笑みを浮かべる。
「学院でも被らなかったから。残念だったんだよ。素敵だね…ラルフリート叔父様」
私は驚いた。いや、想像通りではあるが。目の前の男性はたいして年が違わないだろう。
僕の顔を見て可笑しそうに笑う。
「驚いてくれた?叔父様」
何と返せばいいか分からず、黙っていると頬を撫でられる。
ビクッ…怖い。
「怖がらせちゃった?」
また頬を撫でる。愛おしそうに、優しい顔で。
「紹介がまだだったね。僕は、もう分かってるよね?ラルフリート叔父様の母親の長男の息子だよ」
上から僕を覗き込む。相変わらず微笑みながら
「名前はハウラルだよ。ハウラって呼んで?」
「ハウラ…」
「くすっやっと話してくれた。ずっと見てたんだ。叔父様の事。あぁ、年も近いのに叔父様はないか、ラルって呼ぶよ?僕の方が年上なんだ。23だから、学院ではすれ違いでさ。でも研究室にたびたび顔を出してたから、僕は良く知ってるよ」
「何故?」
「何故?もちろん公爵を継ぐ可能性があるから。もっともすでに侯爵家の後を継ぐと聞いていたから安心してたんだけど。ロルフリート様の研究成果が最近、目覚ましいから。万が一って思って。ふふふっでも、僕はあまり爵位には興味が無くてね」
「ならどうして?」
「もちろん、ラルと話をしたかったから」
「これを外して…」
手枷を見て言う。
「残念だけど。外したら帰ってしまうでしょ?」
「当たり前だ」
「それは困るんだ。だってラルを僕のものにしたいから」
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