208.懺悔そして
僕はなんて事を…あんなに良くしてくれたアイル君に酷いことを。ハク様やブランがせっかく取って来てくれた木や草も放置して枯らしてしまった。
彼が自分の為に作ったツリーハウスを当たり前のように独占し、作って貰った食べ物を当たり前みたいに食べて。
育った森を追われて、生活の糧も無くして生きる為に必死になるような状況にもかかわらず、僕たちは茫然としたまま食べて寝た。
食べるものがあり、安全に寝る場所がある。そのことがどれだけ恵まれているか、分かっていた筈なのに。
アイル君の寂しそうな横顔を思い出す。それでも彼は僕たちに怒ってすらいない。
ただ傷付き、悲しんだだけで。だから僕たちは出来ることをしよう。
そしたらイーリスがアイル君が渡してくれたとたくさんの種を持ってきた。まだ君は僕たちの為に、動いてくれるんだね…また涙が出てきた。
顔を上げて、また置いてくれたツリーハウスの周りに植えていく。
時間をかけて魔力と水を注げば、双葉が見えた。
「兄さん、そろそろ終ろう」
「そうだな、何日もかけて作らなければな」
こうして、夜を迎えて眠る。考えるのはアイル君のことばかりだ。
また笑ってくれるだろうか?シア兄様と読んでくれるだろうか。
彼にネーシアさんと言われたのがとてもこたえた。その笑顔をまた見れたら、また明日も頑張ろう。
目が覚めてすぐに植物の様子を見に行く。大丈夫そうだ。朝は水だけをやる。
屋敷に戻るとお母様が作った朝食を食べる。マルクスがたくさん仕入れてきたから食材は豊富だ。
食べ終わってまた森に行く。するとエリアスがやって来た。
あっ…すっかり忘れていた。僕はなんて薄情なんだ。でもエリアスはしっかしとした足取りで僕の方に来て
「ネール、おはよう。もう大丈夫か?」
「あぁおはよう。その、申し訳ない」
少し間が空いてから
「構わない。アイルが代わりに面倒を見てくれた。私の仲間も彼が助けてくれて…だから気にするな」
「アイル君が…」
「ネールを心配してたから、様子を見に来た」
僕を心配して?彼が?
「アイルはそういう子だよ」
そうだった。そういう子だ。でも僕は彼を傷付けて、イーリスも僕たちを心配してそばにいた。なら彼には誰が?
「ロルフリート様も、聖獣様たちもいる。彼を慕うものはたくさんいるよ。もちろん、私も…」
そうか、そうだな。彼はいつだって誰かの為に動く。だから自然と周りに慕うものが集まる。
湧き上がるような気持ちが、後悔なのか思慕なのか。ただ、今とても彼が愛おしい。
「ネールは何を望む?あぁアイル以外に、だよ」
僕が望むもの。平穏な暮らし、愛おしい人を胸に抱くこと。
首を振る。分からない、アイル君を求めても、手には入らない。それでも求めてしまう。気持ちとは別に体は誰かを求めている。様々なこの思いを誰かにぶつけてしまいたくなる。
ふわりとエリアスが僕を抱きしめる。えっ…今までの彼ならしないこと。
「アイルがそれを望んだから…」
君は…エリアスを離そうとするがより密着してくる。ダメだ。体が反応してしまう。
「離れて…そうしないと僕は」
「いいよ」
何を言ってる?
「壊れたりしないから」
エリアスは体を密着させたまま、キスをして来た。その唇は少し冷たくて柔らかかった。
ダメ、だ…今は。なのに俺は夢中でエリアスの唇に激しくキスをして。
「止まらないよ?」
「構わないよ、ネールなら」
僕はエリアスを抱えてツリーハウスに登り、寝室に入るとエリアスの服を脱がせる。透明なその肌には、もう呪いのアザも傷跡もなかった。
透けるような白い肌はきめ細かく、少し恥ずかしげに伏せられた目は色っぽく。
「きれいだよ…」
僕を見たエリアスの目は限りなく澄んでいて、僕はエリアスの顔中にキスをした。そして体を撫で少し開いた口から覗く舌に絡める。
細い腰に手を当てるとゆっくりとエリアスの体に自身を繋げていく。もう止まらなかった。
色々な思いを、その体にぶつけるように何度もエリアスを抱いた。
震える体も目に涙を浮かべた顔も、柔らかな体も…全部が美しくて。僕は夢中になった。
彼がどこを見ているかなんて気が付かずに。彼が誰を想っているのか知っていたのに。
腕の中のエリアスは目を開けるとゆっくりと体を起こし、僕のおでこにキスをして服を着ると部屋を出て行った。
僕はただ静かにそれを見ていた。
その時の僕はやっぱり何も分かっていなかったのだ。
アイル君の想いも、エリアスの想いも。
アイル、君がネールの様子を見に行ってと言った意味を僕はもちろん分かっていたよ。君が消えた後、すがる先を僕に与える為。1人で待つのは辛いからね。それに目覚めなかった時の事まで考えていたね。ネールの状態も分かった上で、敢えて…でも無意識に。
酷い人だな、君は。でもそれは全部僕の為。分かってるよ。でも君は僕という人間を知らないね。寒い国の人間はね、諦めが悪くて愛情深いんだよ?
そして、僕たちが口伝で伝えられたことは他にもある。僕は僕の命を君に託すよ。そばには行けなくてもね。だから君は死なない。だって僕たちもみんな、道連れになるんだから。
だから君は戻らなければならない。何年でも待つからね…。
イグニシアは深い雪に閉ざされた過酷な国だ。後継者争いで疲弊し、遂に他国に内側から食い尽くされた。豊かな土地ではないから、彼らが欲しかったのは始祖と言われる王族だけに伝わる話。
生命樹の謎に関わるこの話は特に秘匿されてきた。古い文献を読めば、イグニシアがこの大陸最古の国であることは容易に分かる。
しかし長く疲弊した国は、その誇りすら搾り取られ瓦解した。
おおかた、僕を虐待していた王妃辺りが丸め込まれて、他国の者を内側に入れたのだろう。
僕が執拗にいたぶられたのも、王子だったからだ。王子にだけ伝わる口伝、それが伝わるのを阻止したかった。
でも王妃は知らなかったようだ。10の年になった王子には天啓のように伝わることを。それは魂に刻まれた記憶だ。口伝と言われているが、実際は記憶に刻まれたその封印が解けるだけ。
どれだけ虐待し、王家に相応しくないと心に分からせたとて…記憶までは消せない。僕があの国を出られたのは、全ては神様の導きかもしれない。
僕は生きることを許されたのだ。アイルの為に、彼を生かす為に。
長い冬を乗り越える為、イズワットの民は我慢強くまた愛情深い。ただ1人を生涯愛し続けるのだ。
ネールに好意はあるが、それは人としての純粋なもので愛ではない。
僕が希うのはアイル、君だけだよ。
イズワット…その深い愛情は氷をも溶かすと言われている。
凍りついたエリアスの心を溶かしたのはアイルだ。再び笑えたのもアイルがいたから。
エリアスは生きている限り、アイルを待ち続けるだろう。彼にとってはアイルこそが生きる意味なのだから…。
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