200.誰よりも
僕は表情を固まらせたアイを残してツリーハウスに入る。
お父様はまだぼんやりしてて、お母様はどこか様子がおかしい。僕を小さな子供のように扱う。
シア兄様はずっと苛立っていて…僕はため息を吐く。
ベル兄様が寄ってきて
「イーリス、悪いな。負担をかけて。俺だけではどうすることも出来ない」
僕は首を振る。僕のせいで家族は大変な思いをしたし、悲しんだ。だから僕に出来ることはしたい。
「ベル兄様は大丈夫?」
「僕?まあ、僕は生命樹との契約にも思う所があったから。個人的には、な。ただ、お父様がな…」
「うん、心配だよ」
「アイル君が森を作るって…」
「せっかくハクたちが取ってきた木や草は枯らしてしまって…」
「アイル君には申し訳ない事を」
「兄様、明日、屋敷を整えよう。アイルが持って来てくれたから」
ベル兄様は少し考えて、そうだな。と言った。
翌日、みんなで食事を食べる。メニューはアイルが考えたものが多くて、スープだってそうだ。当たり前に享受してるのに、アイを拒絶するなんて…僕は居た堪れなかった。
食べ終わるとベル兄様と屋敷に向かう。
中は襲撃を受けた傷痕がある。ベル兄様と魔法で埃を散らしながらきれいにしていく。
そこにブランがやって来た。
「手伝うよ!」
「ブラン…ありがとう」
君がとってきてくれた草は枯らしてしまったのに。手伝ってくれるんだね。優しい子だ。
飛びながら魔法で埃を払って綺麗にしていく。凄い!あっという間に終わった。
「ご主人みたいに汚れを落としたり壊れたものを直すのは出来ないけど」
しょんぼりとする。
「充分だよ…ありがとう、ブラン」
ブランはそのまま飛んで行った。ベル兄様と顔を見合わせる。
「壊れたものはどうしよう、直した方がいい?」
「そうだな、出来れば…」
「アイに頼めば」
「また負担をかけてしまうな」
お互いに黙ってしまった。
そこにアイの声がする。
「イリィー何か手伝うか?」
窓から外を見るとアイがいた。
「うん、中に入ってー」
手を挙げて玄関から入ってくる。
「ここがイリィが育った家?」
「そうだよ」
アイは静かに見渡して、壁にそっと手を触れる。そのまま少し目を瞑っていて、目を開けると
「何をしたら?」
ベル兄様に壁の補修や壊れた家具の補修と、汚れをきれいにして欲しいと頼まれた。
分かったよ。
これは、襲撃前の姿に戻したら出来るのかな?
(時間逆行すれば可能)
時間を遡るよう想像するのか。イリィが17才の頃の屋敷に…みんなが森人として誇り高く暮らしていた頃に戻って…。
目を開ける。多分、出来たかな?私には分からない。だからイリィとベル兄様を見る。
2人は驚いた顔で、でも頷いている。
「「ありがとう」」
涙目で言われた。私は何もしてないよ。
手を振って屋敷を後にする。ここは私のいる場所じゃないから。私はどこまでも他人だ。
僕とベル兄様はお父様とお母様とシア兄様を屋敷に連れて行く。みんなは驚いて、そっと玄関から屋敷に入った。そしてエントランスを見渡す。
壁に触り、階段の手すりを撫で天井を見上げる。
「あぁ…あぁ…屋敷が」
「屋敷が…元に…」
「私たちの家が…」
そのまま踞って泣き出した。そしてしばらく泣いた後、お父様が顔をあげ
「イーリス、ありがとう」
その目はもう虚ではなかった。良かった。でも僕じゃない。
「イーリス、ごめんなさい。私は…」
「イーリス…酷いことを言ってしまった…」
僕は首を振る。
「僕じゃない。この屋敷を持ち出したのも、再生させたのも、ツリーハウスも、食事も、毛布も食べ物でさえ全てアイが…アイが全部…」
お父様たちは項垂れる。
「私たちはあれだけの恩を受けておきながら…」
「酷いことを言って、冷たい態度で」
「怒ってるのでしょうね…」
違う違うよ、アイは怒ったりしない。
「アイは怒ってない…自分を責めただけだ…」
お父様は驚いて
「彼は何も…」
「責めらるれようなことは何も…」
「どうして?」
「それがアイだから…何も出来なかった、そう自分を責めてる」
「そんな…」
みんなは驚いて…そして
「許してもらえるだろうか…」
怒ってすらいないアイは許すとか許さないとか、そんな事は言わないだろう。ただ一人で傷付いて悲しんだ。それだけだ。
「アイはただ深く傷付いた…僕たちが」
シア兄様が屋敷を出て行く。待って、これ以上アイを傷付けないで。
シア兄様はアイを探して外に出た。アイはツリーハウスの近くに放置された枯れてしまった木や草を見ていた。
「アイル君、その…申し訳ない」
シア兄様に続き、お母様も
「アイル君、ごめんなさい…」
頭を下げる。アイは首を傾げて2人を見た。
「私も、色々して貰っていたのに…」
お父様も続ける。
アイはただ困惑している。そして
「私は何もしていない。何の役にも…たってない」
そう言って枯れた木と草を収納した。その顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
ただ少し困った顔をしただけ。
シア兄様が顔を上げてアイに一歩近づく。アイはきっと無意識に…後ろに退がった。
「アイル君…」
「ネーシアさん…?」
『アイリーこっち来て!』
ナビィがやって来てアイに声を掛けると背中に乗せて行ってしまった。
「…」
「ネーシアさんって…」
シア兄様は踞ってしまった。
「私はなんて事を…」
急にイリィの上のお兄さんが謝って来た。お母さんやお父さんも。何でだろ?私は何も、謝られるようなことはされてない。むしろなんの役にも立てなかった。
どうしたんだろう?
困っていたらナビィが呼びに来てくれた。良かった。なんだか居心地が悪くて。
「ナビィこのまま森に行きたい」
『それは無理かな』
「何で?」
答えは目の前にあった。ロリィだ。
「イル、どこに行くの?」
「…散歩?」
「一人で?」
「ナビィと」
「それは一人と同じだよ」
「じゃあ一人で」
「どこに…?」
珍しくロリィが問い詰めてくる。いつもなら空気を読んで、聞かないでいてくれるのに。
「僕も行く」
「でも…」
「運動不足だから…散歩に行きたい」
「…」
『アル、諦めて連れて行こう』
ハクがそう言った。でも拒まれるよ…ロリィの安全が保証出来ない。
『多分、アルに触れていれば大丈夫』
「ロリィ、私から絶対に離れないで…必ずどこか触れていて」
「分かった…」
私はハクに跨り、ロリィは後ろに乗ってくる。
「しっかり腰に掴まってて」
ロリィは後ろからしっかりと抱きついてくる。
「ハク、手前で一旦止まって」
『分かった!』
風を切って走る。早いな…すぐに着いたよ。ハクは森の手前で止まる。振り向いてロリィにふわふわのローブを着せる。
「寒いから…」
「アイは?」
「私は大丈夫…」
そしてロリィごと包むように結界を張ってハクに進んで貰う。片手でお腹に回されたロリィの手を握って。
森に一歩入る。
「ロリィ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。何もない…」
そのままハクに進んでもらう。そしていつもの場所に着いた。私たちはハクから降りる。
ロリィの手は私の腰に回されたままで、わたしはロリィの手をしっかり握っている。
銀の苔があった場所に足を踏み入れる。そこに入ると私は本当の姿になった。
ロリィが息を呑む。
「イル、それは…」
「魔力を大地に流してるんだ、たから」
「それでは、イルが…」
そう言いかけて、口を噤む。そして私を泣きながら抱きしめた。
「イル、りつって誰…?アイリーンのそばにいるリツじゃないよね。あちらの世界の大切な人…?」
「うん、律だよ。親友。私より私の事を良く知ってる女の子」
「でも、それではイルが…」
泣きながら抱きしめてくる。ロリィはやっぱり賢いな。当事者ではなく、私に関わるという意味では全くの部外者でもなく、俯瞰的に物事を捉えられるから。そしてその明晰な頭脳。だから気が付いたんだね。
知ってしまえば辛くなるから…そう思ったのに。
「どうして…イーリスもハク様もブラン様もナビィも…私だっているのに」
「気が付いてしまったから…」
「イル…自分の幸せは?自分は…」
「気が付いてそのままにしたら、私はそれをずっと背負い続ける。何かある度に、突きつけられるんだ。お前は余所者だって。辛いよ、とても。そこにいるのに、皆はそこにいるのに…とても遠いんだ。触れているのに。孤独で」
「イル…」
「人がたくさんいても、孤独なんだよ」
「でも、ハク様は」
「うん、分かってるよ。気が付かなければ良かったのにね」
私はロリィを見る。
「ごめん」
ロリィは私を抱きしめたまま首を振る。
「僕も一緒に」
「ダメだよ、ロリィには家族がいる」
「それならイルだって、イーリスが。アイリーンも家族だ」
ごめんね、ロリィ。自分だけが幸せになってもダメなんだ。見捨てたら、私はもう心から笑えない。
ロリィの手を握ったまま、地に手を当てる。魔力を注いで、なるべくたくさん。早く、早く…。
「イル、その時は一人で行かないで。私を連れて行って。置いて行ったら…一人で森に入るよ」
私は断ろうとして、ロリィの目を見て頷いた。きっとロリィにとっても譲れないのだろう。
「それから、食事を…きちんと摂って」
やっぱりバレてるか。
「ちゃんと、見てるよ」
「頑張るよ」
「でも、見た目はどうやって?触っても分からなかった」
「隠蔽だよ、見た目だけでなく感触も全て誤魔化している」
「そんな事が…イルは悪い子だから、後でお仕置き」
そう言って笑う。でも、と続ける。
「その前にエリアス、だね。彼は生まれ変わろうとしてる。イルが促したんだよ。責任を取って…」
「ロリィは知ってた?」
「名前と風貌。イルを見る目…凍った心を溶かしたのはイル、だよ」
「だから責任?」
「また心を凍らせないように、完全に溶かして…」
「ロリィには敵わない」
また私をしっかりと抱きしめる。まるで存在を確かめるように…強く、強く。
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