198.新しい森
抜け殻のようになってしまったイリィの家族を連れて、森から少し離れる。凍った森からは絶え間なく冷気が漂って来たからだ。
そこで野営の準備をする。そうだ、回収出来たあれを出そう。
私はツリーハウスを取り出す。
ドンッ
支えていた大きな木も一緒に持って来たし、なんなら足元の草も持って来た。少しは冷気を遮ってくれるといいんだけど。
「イリィ、お母様たちを中に」
まだ立ち尽くしているファル兄様とお母様、シア兄様とベル兄様をハウスで休ませる。
ロリィには屋敷を出して貰ってエリとキリウスとヨナもそちらでお願いしよう。
「ロリィ、イズワットの民を屋敷に泊めて欲しい」
「イルが良いなら、僕は構わない…」
私はエリの方に歩いて行く。
「エリ、彼はロリィ。この国の貴族だよ。イリィの家族たちのこともあるし、森のこともあるから。しばらくここを拠点にしようと思う。住む場所なんだけど…ロリィのお屋敷にしばらく滞在して欲しい。ロリィも構わないって言ってくれたから」
エリが跪く。慌てて彼の体を起こし
「まだ体が…」
「そういうのは要らない、よ。イズワットの民、エリアス」
エリは首を垂れる。
「ありがとうございます。私はエリアストレーザ・イグニシア、今はただのエリアスです」
「私はロルフリート・エバルデル。バナパルトの伯爵だよ。よろしく」
私は驚いてロリィを見る。ロリィは軽く頷いて後でね、と言った。今、伯爵って…何で?
「この辺りは白の森に近く、磁場の影響が強くて…森と合わせて空白地帯になっている。占領したらいいよ。ここなら、彼らも落ち着くだろう」
「しかし、彼らは森人…森と共に生きるもの。ここでは…」
「森を作ればいいんじゃない?」
提案する。無いなら作ればいい。
「イル、そうだね…作れる?」
「うん、種とか苗があれば…ね。ツリーハウスと一緒に下草も持って来れたから」
それに…私はポーチのサブアリーナに眠る枯れた木のことを考える。
ハクとブランが木や草を取って来てくれると言う。
「やり過ぎはダメだよー」
『分かったー』
いつも返事はいいんだけどな。と思ったら後ろから
「くふぅっ」
振り向くとロリィが笑っていた。笑うようなこと言ったかな?
「無自覚で天然…」
ボソッとエリが呟く。
彼らはね、聖獣だから。加減を知らないんだよ…うんうん頷いていたら微妙な顔をされた。
何でだ?
ハクとブランがほどほどに取って来た木や草をツリーハウスの近くに置く。
私はイリィにシア兄様を呼んで貰った。
「シア兄様」
シア兄様がやって来る。
「これをあの辺りに植えて」
「出来るだろ?」
少し冷たく言われてしまった。そばで木を取ってきたブランがキラキラした目で見ていたのに…。あからさまにしょんぼりしてしまった。
「シア兄様がやらないと意味がない」
そう言って、私はその場離れる。
きっとシア兄様は分かってる。頭では理解していても気持ちが追いつかないのだろう。
私は肩の上のブランを撫でる。
「シア兄…怒ってる?」
「大丈夫だよ、私が勝手にやったことで寂しい思いをさせてごめんな…ブラン」
ブランはほわほわな胸毛を頬にすり寄せる。
少し離れた所でイリィがシア兄様に声を掛けていた。
「兄さん、分かってるだろ?」
「何が?」
「ここは兄さんたちの為の森だ。アイルが作ったら意味がない」
分かってるさと呟くシア兄様の声が聞こえた。
あぁ、私はここでも受け入れられないんだ。ただそう思った。この世界にとって私はどこまでも異物だと感じる。
皆はそこにいるのに、私だけがその輪に入れない。この世界に根源を持たないということは、そういう事なんだ。
だからアリステラ様はハクやブランに会わせてくれたのかな。せめて拠り所になる様に。
「イル…大丈夫?」
私はロリィに頷く。大丈夫だよ、私は。少し孤独なだけで。どれだけ周りに人がいても、私を想ってくれる人がいても…私はやっぱり独りだ。それがとても悲しいけど。それでも、終わりがあるから。大丈夫…きっと笑顔で…そうだよね?律。
ハクが体を寄せてくる。そうだね、今は独りの方がいいね。
「ロリィ、少しここを離れるよ。何日かで戻るから」
心配そうなロリィには申し訳ないけど、私はここにいない方がいい。それに私も、少し…独りにさせて。
ハクに乗って走る。白の森の方に向かって。ナビィも着いてくる。ブランは肩の上でミストとミアはポーチの中。ベビーズはハクの背中にしがみついている。
みんな一緒だね。走り出す前に隠蔽をかけたから、私たちは見えないはず。
行かなきゃ。
すぐに森に着く。人を拒むこの森は、それでも昔に誰かが入って生命樹を植えた。誰が?どうやって?
白の森の名前、その由来は
(氷に閉ざされた森が名前の由来)
ビクトルが答えてくれる。やっぱり。生命樹を植えたのは…契約の意味は?ここに生命樹が根付いた理由は…。
確かめなくては。そして私たちは森に入った。
私はこの世界に根源を持たない、だからこそ拒絶されない。それがきっと答えだ。
「みんな大丈夫?」
『大丈夫ー』
『平気だよー』
口々に返事がある。やっぱりそうか。
「ハク、銀の苔が生えてたところまで行ける?」
『苔が残ってるか分からないけど、場所は分かるよ』
進んで行くと確かに見覚えのある場所に着いた。銀の苔は枯れてカサカサしていた。
地面に手を当てる。
森が悲しんでる?生命樹の役割は…再生。だから昔、この地は氷が溶けて緑になった。その生命樹が消えた。辛うじて保っていた体裁は若木の存在があったから。
枯れて朽ちたあの木をまた芽吹かせれば、この森は再生し、生命樹も…。
そうなのか、私がイリィと出会ってここに来たことも。全ては一つの選択肢。私じゃなくても良かった。誰かが気付き、そして…。
どうして私は気が付いてしまったんだろう。
そっと魔力を注ぐ。出来る限りの魔力を。
そしてそこに横たわる。
『イル…』
「ハクは、やっぱり知ってた?」
しょんぼりとこちらを見て、力なくしっぽが揺れる。
『イル…』
「ハク、ごめんな…私で、私なんかで」
『違うよ!イルだからだよ…泣かないで』
「みんな、ごめん…」
私はハクを抱きしめて泣いた。ブランがナビィがミストがミアがハクの背中のハル、ナツ、リリ、ルイが寄り添ってくれる。
「みんな長生きなのに…私は…」
涙が出て止まらない。突き付けられた真実は思っていたより残酷で、終わりがすぐそこに見えている怖さと切なさと、色々な気持ちがごちゃ混ぜで苦しい。
私はこの世界を掻き回して、混乱させただけかもしれない。
ただ、幸せになりたかっただけなのに…。
その日はみんなが寄り添ってくれて、氷に閉ざされた森の中で一夜を過ごした。寒くないのは私がこの森に乞われているからなのか。
分からない、今は何も考えたくない。
アイがいないと気が付いたのは、夜になってからだ。虚な目をして座り、思い出したように涙を流すお父様とお母様に食事を出し、苛立つお兄様を宥めて寝かしつけて。やっとツリーハウスから降りてから気が付いた。アイの気配がない?
ロリィは多分、屋敷だ。アイは?ハクもナビィもいない。
近くのテントからブラッドが出てくる。
「アイルなら居ないぞ」
えっ?
「しばらく離れるって」
聞いてないよ。
僕はロリィの屋敷に行く。扉を叩くとリベラが出て来た。
「ロルフは?」
「休んでおります。イーリス様が見えたらと伝言を預かっています」
その伝言を聞いて項垂れた。
屋敷を出て適当な場所にテントを出す。ツリーハウスの近くだ。そこにはハクたちが取って来た木や草が無造作に置かれていた。草はすでに萎れている。
その姿がアイと重なって切なくなった。
アイ…今、何処にいる?また独りで泣いてるの…?君は。
ごめん、アイ。君は何も悪くないのに…。
その夜は1人で、昔アイが作ってくれたアイの色をしたクッションを抱いて寝た。
アイは次の日も、まと次の日も帰らなかった。
そして、ハクたちが取ってきたあの木と草はついに枯れてしまった。
※読んでくださる皆さんにお願い※
面白い、続きが読みたいと思って貰えましたらいいね、やブックマーク、↓の☆から評価ををよろしくお願いします♪




