197.町の近くで
第4章始まります
そこはまだ若く小さな森。ごく小さな木々がその勢力を伸ばそうと日々、横に縦にと広がり森としての姿を整えていく。
下草も勢いよく生えていき、やがて小さな生き物がその森を棲家としさらにて、森として成長していた。
その小さな森はおよそ500メル(m)ほどか。その中程に屋敷があった。
屋敷のそばには立派な木々にまたがり家がある。木の上にあるその家は大きくて、急勾配の階段で登れるようになっている。
その階段を勢いよく降りて来たのは子どもだ。
「兄様!」
向かった先には青年がいて、その子に応えて手を挙げる。
階段を降りた勢いのまま抱き付くその子を、青年が危なげなく抱き止める。その表情は優しく、その子の頭をぎこちなく撫でた。
青年はふと森を見る。まだ小さく頼りないが、その成長は著しい。その成長を支えているのは森の中心にある屋敷、ではなく、ツリーハウスでもない。
地面に埋まっている鉱物。アルミニウムだ。
軽くて加工し易いその鉱物は、この森に欠かせない資源となっている。
まだまだ地中にはたくさん埋蔵されているらしく、生活の基盤を整えるのに必要な量は充分ありそうだ。
あの日、しばらく世話になった場所を出て、ここから少し離れた場所で野営をした。
野営とは過酷なものという認識を覆すほど快適なものだった。
世話になった人たちはまるで抜け殻のように佇むばかり。何か彼らのために出来ないか…そう考えていた時、彼が言った。
森を作ろう、と。
何を言っているのか、そう思った。でも彼ならばあるいは。そう思える人だ。
そして本当に作ってしまった。
「みんなの力だよ」
なんて事なく言う。特別なことをしたという自覚はなく、ただ必要だと思ったからした。彼からはそんな気持ちが透けて見えた。
そうだね、君はそういう人だったね。
彼は沢山のものを残してくれた。遠くを見つめる。君はみんなの心にたくさんの大切な想いを残していったよ…。
ねぇ、どこかで見てるかい?アイル…。
物思いにふけっていると呼ぶ声が聞こえる。
「エリアス!」
声の方を見ればそこには優しい笑顔でこちらを見る青年。
「ネーシア」
青年は歩いてくると
「まだ無理はするな。解呪の影響はまだ残るらしい。焦るな」
そう言って頬を撫でる。その手に自分の手を重ね
「大丈夫、もっと早く…ネーシアの家族を笑顔にしたいから」
そう言うエリアスをネーシアは笑顔で見つめる。
「ゆっくりでいい…ゆっくりと時間をかけて、エリアスの心も…癒していこう」
そう言って肩を叩く。
こんなに優しい触れ合いを私は知らなかった。それを教えてくれたのもアイルだ。
彼を想う。彼のくれたもので溢れているこの森で、彼の愛したイーリスの家族と共に。
あの日、動けないネーシアたちを連れて少しだけ白の森から離れた。ギリギリ森が見える位置で野営する。
ネーシアたちを私とイーリスとアイルで世話をする。
動かない人形のようになってしまった彼らを手分けして。
その中で立ち直りが早かったのがリベールで、次にネーシア。関わりが深かったファーブルとその妻はしばらく抜け殻だった。
安心して休めるように、アイルが出したのは大きな2本の木。
えっ?木…?階段が付いている。これは…見上げればあのツリーハウスだ。はっ…?何でここに?
理解が追いつかずあっけに取られていると
「イリィ、お母様たちを中に」
はい?
ツリーハウスを見上げて呆けていると
「イルはいつもこんなだから…気にしたら負け」
貴族然とした美形の青年が言う。
何に負けるんだ?と思ったが、もう気にしないぞ。そう思ったけど、気にしたら負け、と言った本人が何処からか屋敷を出した。
はい…?屋敷?何故ここに屋敷?いや、その前にどこから?
もう頭が混乱して固まっていた。
「ほっほ…アイル様のすることに驚いていたら疲れるだけですぞ。あるがままに受け入れるのが良い」
きちんとした身なりのいかにも執事然とした壮年の男性が言う。
何で執事がいる?
そらにその奥では何やら台が出て来て、白い帽子を被った男性が手際良く食材を刻み、料理をしている。
野営で?しかもいかにも料理人だ。本職の料理人が帯同している野営?
もう何がなんだか分からない。
「兄さん、気にするな!驚くだけ無駄だ。まだまだ序の口だからな」
探索者風の男性が言う。人懐っこそうな優男といった風体の彼はテントを組み立てていた。いや、出したら出来上がっていた。
はぁ?
さらに箱型の建物が設置される。私が見ているのに気が付いたのか、振り返って
「お風呂とトイレだ」
「…」
さっきの人が言った通りだ。考えてはいけない。あるがままを受け入れ…
ドンっ
もう一つ屋敷が出現した。
「アイル、これは?」
「ん?屋敷だよ」
「いや、そうではなくて…」
あぁ、というふうに頷くと
「大丈夫、他からは見えないように隠蔽してあるから」
なるほど…いや、そうじゃなくて。聞きたいのはそこじゃない。
って隠蔽?この屋敷を…?
ふらっ…
「エリアス様」
キリウスが支えてくれる。
「考えちゃダメなヤツですよ」
頷くしかなかった。
そんな感じでテントが立ち、屋敷が2つにツリーハウス(大きな木ごと)が設置された。
どこぞの町かな?
森から離れた側には小屋が建っていた。いつの間に?馬房らしい。
パルメとアエラ、ワッツにもう1頭で小屋一つ。
軍人が連れてる馬と馬車を引いていた馬たちでさらに小屋一つ。
ネールたちの家族の馬の小屋が一つ。
白く凍った森からは冷気が漂って来る。それを防ぐために木が植えられた。ネールたちがその木を成長させ寒さを防ぐ。
さらにテントは地盤を嵩上げし、風除けの塀まで建った。
町かな?ここは。
アイルは貴族然とした青年と話をしている。そして私の方に歩いて来た。
「エリ、彼はロリィ。この国の貴族だよ。イリィの家族たちのこともあるし、森のこともあるから。しばらくここを拠点にしようと思う。住む場所なんだけど…ロリィのお屋敷にしばらく滞在して欲しい。ロリィも構わないって言ってくれたから」
私は跪く。慌ててアイルが私の体を起こし
「まだ体が…」
「そういうのは要らない、よ。イズワットの民、エリアス」
私は首を垂れる。そう言ってくださるのか…。
「ありがとうございます。私はエリアストレーザ・イグニシア、今はただのエリアスです」
「私はロルフリート・エバルデル。バナパルトの伯爵だよ。よろしく」
横でアイルが驚いた顔をしている。ロルフ様は軽く頷いて後でね、と言った。
「この辺りは白の森に近く、磁場の影響が強くて…森と合わせて空白地帯になっている。占領したらいいよ。ここなら、彼らも落ち着くだろう」
「しかし、彼らは森人…森と共に生きるもの。ここでは…」
「森を作ればいいんじゃない?」
「イル、そうだね…」
「作れる?」
「うん、種とか苗があれば…ね。ツリーハウスと一緒に下草も持って来れたから」
それに…。
「森人がいるからね、すぐだよ!」
『近くの森から木を持って来たらいい?僕が飛んで取ってくる!』
『僕もちょっと行って、転移で持ってくるよ!』
「ブラン、ハクーやり過ぎはだめだよー!」
「くふぅっ…」
ロルフさまが吹き出している。
「どの口が言う…」
全力で同意した。
「ロリィ、どうした?」
本人は真剣に聞いている。誰かが無自覚で天然だって言ってたけど、激しく納得だ。
こちらの心にスルッと入り込んで来る。それが心地よいのだ。
『取って来たよー』
元気に大きな犬と鷹が帰って来た。犬はアイルのそばまで来て盛大にしっぽを振っている。褒めて、という主張が聞こえてくるようだ。鳥は小さくなって(なんでやねん!)その肩に止まる。
「お帰り、早かったね。ちゃんと木も草も残して来た?」
『うん!どこに植えるの?』
「ツリーハウスの近くがいいかな?」
『分かったー』
犬たちは応えるとその近くに木や草を出した。
「シア兄様」
答えてネールがやって来る。
「これをあの辺りに植えて」
「出来るだろ?」
ネールは少し冷たく言う。アイルはその言い方に怒るでもなく
「シア兄様がやらないと意味がない」
そう言って、離れて行った。
ネールは憮然としている。そこにイーリスが
「兄さん、分かってるだろ?」
「何が?」
「ここは兄さんたちの為の森だ。アイルが作ったら意味がない」
ネールは悔しそうに唇を噛む。分かってるさと呟いて。
アイルは少し離れた所にいるが、きっと会話は聞こえている。彼は悪くない。むしろ良くしてくれている。それが余計に彼らには辛いのだろう。
私にはその気持ちが分かる気がする。でもアイルに当たるのは間違っている。
「ネール、木を植えよう」
「後でやる」
「ネール…私を見て」
ここを離れようとしていたネールは立ち止まって私を見る。何も映さないその目は、どういった感情を抱いているのだろうか。
「アイルは良くしてくれている」
手を強く握る。
「分かっている」
「なら」
「分かってるんだ!ただの八つ当たりだよ…自分では何も出来ないくせに」
「彼が傷付いていないと思うのか?」
それでも私は言う。
「…アイルにはイーリスがいる。ロルフ様もハクやブラン、ナビィだって…俺には、もう」
「私がいる、よ…ネール」
その震える体を抱きしめる。
「大丈夫…私がいる」
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