196.その夜 そして
エリをお風呂から上がらせて体を拭いて服を着せる。エリは私より背が高くて骨格がしっかりしている。
私の頬に手を当てて
「本当に、アイルは全く怖くない…不思議だな」
人畜無害だからね。
「悪意が全くなくて…」
そう簡単に悪意なんて持たないよ。
「私の体を見ても嫌らしい目で見ないし…」
それが普通だよ?
「無理やり触らないし」
それも当たり前だよ…
「襲いかからないし…」
エリ…怖かったね。私はそんな事しないよ。
「アイルなら平気だ」
だからそんな事しないから、安心して。
エリが私の涙を拭ってくれる。そしてふわりと抱きしめるとおでこにキスをする。
「こんな風に、誰かを抱きしめたのは初めて。とても気持ちがいい…なめらかな頬が気持ちいいよ」
そう言って頬にもキスをする。もう一度抱きしめると私を離した。
今日は念の為、ブランがエリのそばに居てくれる。私はもちろん、イリィとだよ。こんな時だから余計にそばにいたい。
イリィも私も今日はしっかりと服を着て装備も身につけてベットに入った。イリィの心臓の音が聞こえる。力強い鼓動に耳をすませ、夜が明けるのを待つ。
( …)
えっ?
( …)
私は体を起こす。なんだこれ…寒気がする。
「アイ…」
「行かなきゃ…」
『アル…若木が』
「ハク、乗せて!イリィも一緒に」
『ご主人!』
「ブラン、兄様たちを呼んで」
『分かった』
『アイリ…』
「ナビィはエリのそばに」
『アイリのそばにいる!』
ナビィ…でも。
『僕が!』
ミストが腕のポーチから出て大きくなる。
「ミスト、お願い」
『任せて』
『ナビィ、イリィを…ハク、若木まで転移して!』
『うん』
一瞬で若木のそば、銀の苔まで来た。何かさらに息が苦しいような…圧力を感じる。
若木が見える所まで行くと、そこには人がいた。誰?何かを持ってる。蓋を開けて…若木へと雫が落ちる。
ぶわっ…体に悪寒が走る。ダメだ!
「止めろ!」
雫は葉に落ちて…小さな双葉が一瞬で大きくなる。あっ…。
更に雫が落ちる…風魔法で飛ばせば!っなぜ…飛ばない。雫はまた葉に落ちる。また雫が…それは最後の仕上げ。させては、ダメ…早く止めないと。
走って止めようとしてももう間に合わないか?そして体当たりした時にはすでに雫が落ちていた。
その雫が葉は向かって落ちる。光景はとてもゆっくりとして見えた。
ダメ、だ…。
「律!」
*******
やっと満月が来た。サナは待ち侘びた丸い月を見上げる。これで若木が根付く。お兄様もきっと喜んでくれるわ。
私はそっと家を抜け出した。銀の苔の真ん中にある若木。今、栄養をかけてあげるよ?大丈夫、すぐに根付くよ。
私は瓶の蓋を開ける。何か聞こえた気がするけど今はそれどころじゃない。さぁ、どうぞ…。
雫が葉に落ちる。一気に成長した。やった!あと二滴。また雫を落とす。雫が落ちた葉が揺れてまた成長する。これで最後。雫を落とした。と同時に弾き飛ばされる。
私は根付いて青く茂る木を見て…えっ…?何が…
「まさか、何で?こんな筈じゃ…まさか、何で…」
僕は真夜中、ブランに起こされて、若木のそばに運ばれた。うわごとのように繰り返すサナの声が聞こえる。ブランから降りて銀の苔に足を踏み入れ、止まる。
ぶわっ…何が?何が起きて…若木が…寒気が止まらない。なんて事…
「サナ!」
「お父さん、なんでこんなこと…根付く筈よね?何が起きて…私は…」
「なんて事を…」
サナとその父親の話し声は途中から聞こえなくなった。
急速に森が氷り始めた。終わる、この森が…もうダメだ。
私は若木のそばに膝を付いた。なんでこんな事に…?
遠くから悲鳴が聞こえる。
若木は一気に50セル(cm)ぐらいまで成長し、一気に萎れてそして枯れた。葉は落ちて干からびた、ただの細い木となってしまった。
何でこんなことに…私は若木だったものに触れる。
(愛理…)
律…何故?
私はそれを周りの苔ごと包むように持ち上げて両手に抱えた。
『アル、もう森はダメだ!』
そう言ってハクが私を咥えて背中に放り投げる。ハッとする。
「ブラン、兄様たちを!」
『任せて』
呆然として動かない兄様たちをナビィが咥えてブランの背に放り投げる。
私はハクに乗ってイリィを乗せたナビィとツリーハウスに向かう。
ツリーハウスに着くと
「ミスト!エリを連れて森の外へ!」
と叫んだ。
『分かった!』
ミストが駆け出すのを見送る。ロリィ、無事で。
そして今度は地下拠点に向かう。後はお母様とキリウス、ヨナと馬たちだ。
「ナビィはイリィをお願い」
「アイ、僕も…」
イリィを見る。
「イリィは一緒に。地下に入ったらお母様を連れて森の外へ、ナビィお願い!」
『分かった!』
ハクと私は地下拠点に転移する。まずはヨナの元へ。
ハクは壁をぶち抜いてヨナの部屋に入った。ベットの上で震えていたヨナを走り抜き様に私が抱える。腕に抱き込むと馬房に向かう。
馬も異変を感じて前脚を掻いている。
柵を外して手綱を手にキリウスの元へ。やはり壁を打ち抜きなからキリウスの部屋に突入。
「ここを出る!私の手に掴まって」
キリウスが手を掴むとハクが地上に転移した。
もう近くまで…。
怯える馬に
「君たちの大切な人を運んで。大丈夫、私が君たちを守るから」
馬は嘶くと大人しくキリウスの騎乗を待つ。
そういえばヤンは大丈夫だろうか?走ってくる人影を見つける。ヤンだ。良かった、無事だ。
「馬はあるか?」
「ここに!」
肩に乗せた人はそのままでひらりと馬に乗る。
「ヤン、先頭を任せる!キリウス続いて」
そう言って私たちは背後に迫る森の異変から逃げ出した。
あ、地下拠点のもの…仕方ないか。
そのまま夜の森を走る。満月の夜、それでも森は暗い。目印は空を翔けるナビィの金色のしっぽだ。月に照らされて輝くそれは、暗い夜の森の道標となり森の外へと誘導する。
馬も震えながらひた走る。
イリィの育った屋敷の横を通り過ぎた。私はその姿を目に焼き付けた。
そして、見えた、森の外だ!
私たちは外に出てもそのまま走り、待機していたみんながいる場所まで一気に走って行った。
そこには集まって森を見るみんなの姿があった。
ブランが連れ出したファル兄様、シア兄様、ベル兄様。
ミストが連れ出したエリ。
馬で逃げて来たお母様にナビィに乗ったイリィ。
私が連れて来たヨナと馬に乗ったキリウス、そしてヤンともう1人。
ハクから降りるとイリィが抱きついて来た。
「アイ、一体何が…」
分からない、森に何があったのか。でも一つだけ確かなこと。それは若木は枯れた。それだけが私にわかる間違いのない事実だ。
「森が、閉じていく…あぁ…」
ファル兄様の嗚咽が聞こえる。お母様も兄様たちも呆然としたまま動かない。
そんな中、私の腕の中にいたヨナは
「エリ、兄様…?」
その声に気が付いたエリがこちらに駆け寄る。ヨナはフードを被っていたから気が付かなかったようだ。
エリもフードを被っているが、そこから僅かに白い髪が覗いていた。
「ヨ、ナ…ヨナなのか?」
「エリ兄様…うわぁぁん」
エリに抱きついた泣いた。そしてキリウスは
「エリアス様…ご無事で」
「キリーも…馬に乗れるまで回復を?」
「アイルのお陰です」
ひとしきり抱き合い、再会を喜びあった。
「ぶるぅっ…」
ヤンが乗ってきた馬がエリに頭突きをした後、待機していた2頭の馬のうちの1頭に寄り添った。それを見たエリが
「アエラ…」
そう呟いた駆け寄る。その馬もエリを見て頭を振り上げて喜んでいる。
「何故ここに?」
「エリ、その話はまた後で。今は森の方が…」
その言葉でエリも森を見る。森は急速に閉じようとしていた。
多分、間違っていない。人を拒み閉鎖していく。
その姿をただ、呆然と見ていた。
生命樹の消えた森はその姿を大きく変えてしまったのだ。いや、違うか。元の姿に戻ったのだ。森にとってのあるべき姿に。
ヤンはシア兄様に声をかける。
「コイツは死なせない。真相を知ってるのはコイツだけだ。ここにいさせるのは危険だ。仲間がいるからここを離れる。また連絡する」
シア兄様が
「そうだな…生かして聞き出さなくては」
ヤンは
「ロルフリート様、一旦離脱します。仲間に託したらまた合流します」
「真実を詳らかに…」
「はっ!」
「ヤン、町までは?」
「そちらを馬を借りたい」
「町にいる彼らに渡して…」
「承知」
こうしてヤンは馬に乗ってここを去った。
森に目を向ける。今はもう完全に白い姿となり、人を寄せ付けない。そう、氷に閉ざされたのだ。
そこだけがまるで別世界のように、白く輝いている。
満月に照らされたその光景はとても幻想的で、でも厳しい現実を突き付けていた。
これにて第3章完結です
引き続き第4章もお楽しみください
※読んでくださる皆さんにお願い※
面白い、続きが読みたいと思って貰えましたらいいね、やブックマーク、↓の☆から評価ををよろしくお願いします♪




