181.穏やかな時間
皆で朝食を食べる。とても美味しい。今朝はちゃんと食べられた。少しだけ多かったからハクやブランにお裾分け。ん?ナビィも?ならナビィにもお裾分け。
朝食の後に居間でお茶をする。
お母様が
「ねぇイル…その、甘味を作る予定だったって聞いたの。作ってくれないかしら?」
膝枕をして貰ってからお母様は私を息子のような目で見る。恥ずかしいけどとても嬉しい。
「材料はせっかくだからこの産地ものを使いたくて…牛乳とチーズと新鮮な卵、あとは黒糖も」
「それだけでいいの?」
「あとは手持ちの材料で」
「すぐ取り寄せるわ」
こうして侯爵家で作る予定だったお菓子を作ることにした。
私は紅茶を飲む。香り高くてあっさりしている。うん、美味しい。
大丈夫、うん。
紅茶の色と白磁のカップの対比が美しい。そのカップの優美な線は海外の有名な食器メーカーを思い出させる。
もう少し薄く滑らかにして絵を描こうかな。絵心は余りないけど、模写は得意だったから花の絵を書く。
そうだ、お皿にはハクたちの絵を描こう。
やりたい事が沢山ある。
生きているうちに…楽しまなきゃ。
お菓子も食事もたくさん作ろう。旅にも出たい。楽しみだなぁ。こんなに楽しいと思えたのは久しぶりだ。
イリィが私を見ている。どうしたの?何も、という風に首を振る。
良く分からないけどまぁいいか。もう大丈夫だよ。目標が出来たから。
にこにこと嬉しそうなアイルをハクとブランとナビィがジッと見ていた。無表情の中に寂しさを湛えて。
『アイリ、2人で遊びに行こう!』
突然ナビィが言う。どうしたの?2人でなんて。
『行っておいでよ!せっかくの自由な時間だし』
ハクが言う。変なの、絶対付いていくっていいそうなのに。
イリィを見るとふわりと微笑まれたからいいのかな?
「じゃあ2人で川に行こう」
こうしてナビィと連れ立って離れを出る。
朝行ったように森を抜けて川へ。本当に大きな川だ。
『おっきいねー』
「そうだね」
『前みたいに抱っこして!』
そう言って小さくなった。
私はその体に下に手を入れて持ち上げる。しっかりと安定するよう腕に抱えて。その重さは命の重さで、改めてナビィを感じる。
「ナビィ…私ね、気が付いたんだ。私がこの世界に来たのは正しく死ぬ為だって。それは与えられた生を全うすることでもあるけど、死ぬ場所を探す為に今を生きること…そう思ったら色々と腑に落ちたよ」
だからもう迷わない。
『アイリ…たくさんお話しよう、たくさんキスしよう、たくさんたくさん触れ合おう。だからなるべく永く生きて…それが死ぬ為でも構わないから。そばにいさせて』
「もちろんだよ。みんなどうしてるかな?お兄ちゃんは、私かいなくなった後…ナビィを可愛がってくれた?」
『カズハは不器用に撫でてくれたよ。一緒に寝てくれたよ…アイリのことを心配していたよ。カズハはアイリのことが可愛くて仕方なかったからね』
「そうなの?いつもアイリは不器用だって言われてたけど」
『その後にでもそれが堪らなく可愛いんだよなって言ってたよ』
「知らなかった。お兄ちゃんは地味な私といるのは嫌なんだと思ってた。一緒にいる時に友達に会ったら嫌そうな顔してたし」
『それはいつも友達にアイリが可愛くて可愛くてって言ってたから恥ずかしかったんだよ』
「そうなの?」
『可愛いアイリに告白したいって言った友達はそれから家に呼ばなくなったし』
「私、お兄ちゃんに疎まれてると思ってた。いつも律はしっかりしてるとか、律みたいに、とか言ってたから」
『その後に、でもやっぱりそんなアイリが可愛くてって言ってた』
「そっか…」
そっか…お兄ちゃんもたいがい不器用だ。私のこと散々不器用だって言ってたのにね。
もう今さらだけど…
「ナビィ?」
『何?』
「こうしてナビィと会話が出来て嬉しい」
『私もー』
そのままナビィを抱いて川のそばに座ってボーッとする。風は少し冷たくて、それがとても心地良い。
ただ静かにナビィの温もりと川のせせらぎと風を感じていた。
『アイ、食べなくていいの?』
「気が付いてた?」
『もちろん…ハクもブランもね』
「栄養は取ってるから大丈夫だよ」
『ずっとのつもり?』
「分からないよ…」
『ちゃんと食べてほしいけど』
「気が向いたらね」
『…』
ナビィの頭を撫でてキスをする。
アイルのその目は川を見ていてもどこか遠くを見ているようだった。
「そろそろ材料が届いたかな?」
『そうだね、戻ろうか』
こうして束の間の散歩は終わり。さぁお菓子作りだ。
離れに戻るとリベラが材料が届いたと知らせてくれた。そのまま厨房に案内して貰う。ナビィは部屋に帰ると言うのでそこで別れる。厨房には入れないからな。
厨房にはソマリがいた。
「アイル様、材料は届いています」
「ありがとう。卵と牛乳と黒糖を使うよ」
用意された卵をボウルに割ってしっかりと混ぜる。ザルで漉してから牛乳を入れて黒糖も入れる。この一手間が滑らかさにつながる。
そのままカップに入れて蒸す。
蒸し器は無いので簡単な足つきの鍋に入る台を作って水を入れて…それで蒸す。
次に牛乳に黒糖を少し入れて火にかける。温まったらゼラチンを溶かして混ぜる。よく混ぜてから型に入れて粗熱がとれたら冷蔵庫で冷やす。
小麦粉に黒糖を入れて卵を入れて牛乳も少し加える。そこに果物を乾燥させて小さくした物を混ぜる。
パウンド型に入れて空気を抜いてオーブンで30分ほど焼く。
蒸し器のものはプルンとしてちゃんと固まった。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やして。夕食かな?
後片付けをしているとオーブンからいい匂いが漂って来る。
よし、焼けた。オーブンから出すと表面は適度に固くなってて良さそう。中まで火が通っているかは細い針のような物で刺して確認する。
うん、大丈夫そう。
せっかくだから味見。
端から小さく切り分けてソマリと食べてみる。うん、味は素朴だけど美味しいな。
ソマリは目を見開いて食べている。
「アイル様は天才ですな」
簡単な基本のパウンドケーキなんだけどな。喜んでくれたなら良かったよ。
「お昼ご飯ですが、何かいいものはありませんか?」
パスタとかどうかな。デュラムセモリナ粉がいいけど、ないなら小麦粉でフィットチーネ風に作るか。ラザニアもいいかも。
よし、ひき肉を作ろう。
それからソマリに肉をブロックに切って貰う。私はミンチ製造機をサクッと作って。
ミンチが出来ればトマティと作り置きの野菜コンソメでなんちゃってミートソース。牛乳と小麦粉でホワイトソース。
小麦粉を捏ねて薄く伸ばしてを繰り返して、太めに切ったものと幅広に切ったもので太めは茹でてチーズと和えてフィッチーネ風に。
幅広の方はミートソースとホワイトソースを交互に重ねて最後にチーズをたっぷり乗せてオーブンで焼く。
よし、パスタランチの出来上がり。
もちろん、試食用に取り分けてパクリ。日本食に比べるとアッサリだけど充分に美味しい。
「やはりアイル様は天才ですな!」
ソマリの賛辞が恥ずかしい。日本人なら誰でも出来そうな簡単なレシピばかりだから。
私は一度、部屋に帰る。
部屋ではイリィとロリィが作業をしていた。私が戻ると顔を上げる。
「お帰り」
「ただいま」
「どう?出来た?」
「うんそれなりに、かな」
「楽しみだよ」
期待が大きくて少し不安だけど、多分大丈夫だろう。
ソファの端に座るとハクが飛び乗ってくる。もふもふだね?可愛い。
イリィが隣に座る。私の髪を撫でて微笑む。私はハクを見て、くすっ…しっぽが凄いよ?
ロリィも席を立ってソファに座ろうとしたからさらに端に寄った。これなら3人並んで座れる。
そのままハクとむふむふしてるとナビィが膝に乗って来た。その垂れ耳をふにふにする。
膝に感じるナビィの柔らかいお腹が懐かしい。飽きることなくそのお腹を撫でた。
扉が叩かれる。
「昼食の準備が整いました。食堂にご案内します」
リベラの案内で食堂に入る。
席に着くとソマリがワゴンで食事を運んで来る。
生野菜のサラダに2種のパスタだ。ラザニアはその場でお皿に取り分ける。上にかかったチーズが美味しそうだ。
「このお料理は見たことがないわ」
「アイル様のレシピです、奥様」
「まぁ楽しみね」
皆に行き渡ったので静かに食べ始める。私も少し口に入れる。まぁ味見してるから分かってるんだけど。
「まぁ」
「これは…」
「美味しい」
良かった。私はソマリに声を掛けてハクたちの分を自分のお皿から取り分けて貰う。
そして残りを口に運んだ。
食後にはパウンドケーキと紅茶が出された。私は紅茶だけ。
昼食も残さず食べて、みんなお代わりしてた。私はそれを静かに見ていた。
3時のオヤツにはまだ他の甘味があるよ?
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