177.そんなつもりでは
私は毒が仕込まれた食べ物を分かっていて食べた。
「ぐはっ…」
分かっていたけど、やっぱり苦しかった。
気を失う前にイリィの泣きそうな顔が見えた気がする。
苦しいなぁと思っていたら柔らかいものが唇に触れてふっと体が軽くなった。でもまだ少し怠い。毒ってきついもんなんだなぁ。
その後はぬるいお湯に使ってるようなとても優しい時間が過ぎた気がする。これはハクの魔力?あぁ魔力循環か…心配させたよね。怒られるかなぁ。
そんなことを考えなが揺蕩うような心地で意識を完全に手放した。
優しい腕に抱かれているような心地がする。背中には柔らかくて温かいものが。足元にも温もりを感じる。首周りがふわふわ?
なんだか凄く幸せだな…このままずっと眠っていたいよ。
ふと意識が浮上する。あれ?ここは…?
イリィ?ロリィも?
ぐはっ…ハク、ナビィ。お腹はやめて…。
『ごめん』
「もう…いつも言ってるのに…」
『でもアルが悪いよ』
『そうだよ、自分で毒入りの食事を食べるなんて…』
「…」
うっ怒られた。
やっぱり怒ってるよね。
イリィとロリィを見る。ごめんなさい。イリィがなんで怒ってるか分かってる?って聞くから、毒が入ってるってわかってて食べたこと?って聞いたらそれだけって。
1人で解決しようとしたから?って言ったらやっぱりそれだけ?って。
それ以外に思いつかなくって黙ってしまったらイリィがアイが自分を大切にしないから。そう言って泣いてしまった。
私はそんなつもりじゃ…そう言ったけどロリィにも
「イルが自分たちの為に傷付いて、僕たちが何も感じないと思っているの?そんな訳ないんだよ」
ロリィが私をジッと見つめる。
「私が君の為に傷付いて、君は平気なの?」
私は青ざめる。
「そんなつもりじゃ…」
「同じこと…同じことなんだよ…」
「…」
そう言ってロリィの目から涙が零れ落ちた。
泣かせてしまった…?
私はやっぱりどこかで自分なんか、とか自分がとか思ってるんだろうか。意識して自分が傷つこうって思っているわけではないけれど。自分のことを軽く見てると言われたら、そうなのかもしれない。
そんな風にあちらで思ったことはない。それが転移したことによるものなのか。
今ここで生きていることが、あるべき運命ではなかったとどこかで思っているからかもしれない。
ここにいる私は、あちらにいる私では無いの?私は本当にここにいる?私はここに存在してる?
それは正しい姿?
イリィが握ってくれている手は確かに暖かいし、魔力が体を巡っているのもちゃんとわかるけど…私は本当にここで生きているの分からない。
今ここにいる私は誰?私は本当に存在していいの?
あちらの世界の知識はこの世界の異物でしかない。
拳銃がハクを傷つけたように、あってはならない歪みをもたらしていないのだろうか?
怖い…自分と言う存在がとてつもなく恐ろしい。
落ちていきそうな思考の中で、それでも確かに信じられるものがある。イリィやロリィの…ハクやブラン、ミストに子どもたちの存在。
ナビだって世界を渡って試練を超えて私を探しに来てくれた。
ならば私自身が自分の存在を受け入れて、大切にしなければ、彼らの思いまで消えてしまう。
私がこの世界で生きるための、これも試練なのかもしれない。
私は自分自身を全く信じることができないけれど、それでも私を想ってくれるイリィやロリィの気持ちは、ハクやブランの存在は確かにそこにあって…信じられるから。
だから、もう少し自分を大切にしよう。私を想ってくれる人たちを泣き顔じゃなく、笑顔にするために。
「イリィ、ロリィ…私はとても不安定で…何処かでここにいる自分をまだ受け入れられない。私が私であると信じられていない」
言葉にするのはとても難しい。この、私が感じている違和感をどう伝えたらいいのだろう。
「私が異世界に飛ばされた、選ばれたのは多分、あちらでの生が終わりに近かったからだと思う。まだ若いのに、何かが原因でまもなくその命が亡くなる。それを哀れんだ神が、この世界に私たちを託した。でもそれは大きな代償が必要で…それが異世界で生き抜く為の試練、根源を持たない魂を定着させる為のもの。そう思う。死ぬはずの運命を捻じ曲げてこの世界に来た。それはイレギュラーで、この世界では異質な存在。それが、私たち転移者…だよね?ハク、ナビィ」
『アル…気が付いたんだね』
『アイリ…』
「不思議に思ったんだ。ユーグ様もハクもアーシャ様も…この世界に定着した、って言ってた。だいぶ後で気が付いたんだけど。ナビィもこっちでは、とか言ってたよな。だから…。考えたくなくて、無意識に考えないようにしてたのかも」
「アイ…」
「イリィも何処かで気が付いてたよね?」
「アイ…アイはちゃんとここにいるよ。生きてるよ…だから消えないで…僕を1人にしないで…」
イリィは抱きついて来て、その肩を震わせて泣いている。
『アルは確かにここにいるよ。僕とブランとこの子たちがその証…だから心を強く持って』
私は死ぬ運命だった、その私に生きる価値があるのだろうか?
『ここにアイリがいる、そのことこそに意味があるの!だから私は使徒なんだよ』
ナビィ…本当にもう…。
その柔らかくて大きな体は私の存在を確かにしてくれる。
抱きついているイリィと私の手を強く握るロリィと。確かにそこにあって感じられる。この温もりを道標に…。
「自分を大切に生きてみるよ。ごめんね…そしてありがとう。大好きだよ、みんな。だから一緒に生きて。迷いそうになったら呼んで。落ちそうになったら引き上げて。私自身の力でしか私を生かせないから」
「ずっとそばに…アイ」
「見守っているよ、イル…」
『生のある限り、そばにいるよ!』
『アイリがその生を全うするまで…私が、私の腕の中でアイリを見送るから…今度こそ、ずっと一緒だよ』
『ご主人のそばにずっと寄り添う…』
『そばで守るよ!』
イリィ、ロリィ、ハク、ナビィ、ブラン、ミスト…
『わふん』『あふん』『わうわぅ』『わぅっ』
『ぴぃ』
ハル、ナツ、リリ、ルイ、リツ…は相変わらず個性的鳴き声だね?
『アイル…ユーグ様から伝言だよ』
アーシャ様の声だ。姿は左目の中にそのまま。
『私の愛し子よ。イーリス、ブラン、ナビィとの子が実った。しばらくは私が抱いているよ。おめでとう…その生を全うして…強く生きなさい。
白銀狼の魂の契約者、唯一無二の契約者として…
森人の、運命を乗り越えて今を確かに生きているイーリスの番として…
そして人と共に生きることを選んだ白大鷲の契約者として…
迷わず生きなさい。愛し子は生きることを望まれた…だからこの世界に来た。これは神の恩情…愛し子は選ばれた』
いいんだ?私は生きてていいんだ…不安だった。振るい落とされる為の試練なのかと、怖かった。
試されているのは生きる気持ち。捻じ曲げてまで与えられた生を諦めずに掴み取る力。
1人じゃない…私は1人じゃない…。
ユーグ様…ありがとうございます。生きてみます。直向きに。ありがとうみんな。
神様、私をここに転移させてくれてありがとうございます。
ナビィを渡らせてくれてありがとうございます。
この世界に来て、初めて…来たことを心から感謝した。
……そう、この時はそう思っていた。
アイリが転移したその理由が明かされました
それは神の恩情、偉大な優しさ…?
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