175.今度こそ甘味作り?
私は泣きたくなった。ただ美味しいお菓子が作りたいだけなのに…。ボウルは戻ってきたリベラが持ってくれた。
そして皆でシスティア様の執務室へ行く。部屋の中にはシスティア様とルシアーナ様、執事のバーナムが揃っていた。
皆は手を止めてこちらを見る。ロリィと私の顔を見て驚いている。
「父上、執務中に失礼します」
「何が…あったんだ?」
「イルのことを快く思わないものが、使用人にいました…」
システィア様とルシアーナ様の目がギュッと細まる。口元はわずかに微笑んでいるのに…目が笑ってない。
怖い…。
「まぁ…我が侯爵家にそのようなものが…」
「厨房に…」
2人の顔がスッと真剣なものになる。
「誰かしら?」
横からリベラが
「横から失礼致します。女性です、ルシアーナ様。まだ若い」
このリベラの発言はかなり攻めた発言だ。まだ若い侯爵家の跡継ぎである男性がいるこの屋敷に、若い女性の使用人は雇わないのが基本だ。
ロリィはまだ公表していないから、対外的にはまだ独身だと思われている。だから余計に気を使うべきだ。
なのに若い女性がいる。それは責めた発言でもあるのだ。なぜ雇ったと言外に。
システィア様はため息をつく。
「アイル君、君に不快な思いをさせたなら、申し訳ない」
「だからお断りすれば…」
「公爵家からの打診だぞ?簡単にはいかない」
「父上…ラルフのことだけでなく?」
「あぁ…」
「ハク様を敵に回したいのなら…すればいい」
「ロルフ、それはあちらにも伝わっていない…時期が悪かったのだ」
私、部屋に帰っていいかな?関係ないよね。
イリィの手を取って背中を向けて部屋を出ようとしたらロリィに
「イル…もう少しここにいて欲しい」
「私には関係ない」
「でも…それ」
リベラの持っていたボウルは机の上に置いてある。
「何をしたかったのか分からない。でも、あんな程度の低い人間が厨房に入ることが許せない」
食中毒で亡くなる人だっている。それがわざとなんて…料理人なのに…。
たとえ加熱しても、卵は危険だ。
私を陥れる為に、誰かを危険に晒す可能性を考えないなんて。
「イル、泣かないで…」
ロリィがふわりと抱きしめてくれる。私は答えない…。
「アイル君、言い訳にしかならないが…我々に君を害する気はないよ…厨房にいるとは知らなかったんだ」
「厳正な処罰を…たとえ相手が貴族でも」
その私の発言にシスティア様は驚いて唇を噛み締めた。
「父上、衛兵を…」
これにはルシアーナ様も絶句した。
貴族の子供は貴族だが、当然個人では爵位を持たない。だから罰するとしたら平民として、衛兵に突き出す。ただ、普通は貴族家同士で話をして終わらせる。示談だ。
爵位持ちを罰するなら貴族院の管轄となる。
ロルフは貴族としてではなく、平民として使用人が貴族を害そうとしたから衛兵に突き出すと言ったのだ。
私は驚いた。それは一歩間違えば、相手の家に喧嘩を売ることになる。いや、今回は喧嘩を売られたから買ったか。
ロリィの覚悟が分かる発言だ。
「父上が呼ばないのであれば私が…」
今、ここには爵位を持つシスティア様とロリィがいる。ロリィは自分が矢面に立ってもいいから、誠意を見せようとしてくれたのだ。
私は言葉に出来ない気持ちが湧き上がる。
私の為にロリィは敢えてその選択をしてくれようとしている。ならば、私も覚悟を…。
「ロリィ…もういいよ。私はロリィを苦しい立場に立たせたくない。だから…」
システィア様に向き直る。
「私は許せません…システィア様」
そう言うとイリィとロリィと部屋を出る。扉が閉まる前に
「雑菌だらけのボウル」
そう言った。
あの料理人たちを吊し上げよう!私は怒ってるし、何よりロリィにあんな発言をさせたヤツが許せない。
こうしてリベラの案内でまた厨房に戻る。
まだ他にも仕込まれてるかもしれないから。
厨房に戻るとソマリがナダルともう1人以外の2人を拘束していた。
やはり単独犯ではなかったか。
拘束された2人は暴れている。ならば…
ドカンッ…パラパラ…。
暴れていた2人は大人しくなった。その2人の背後に巨大な氷の矢が突き刺さっているからな。
えっ…声が聞こえた気がする。床が汚れるのは嫌だし、でもね?
ザンッ…
ひぇっ!何か聞こえた気もするけど、音も消したから分からないな。
今のは床から氷の矢を出した。掠めてズボンが破けてるけど知らない。
ヒュッ…
次は顔の横スレスレに、ね。やっぱり氷の矢。厨房だしね。血が出てるけど大したことない。
そろそろかな?
氷のナイフをその喉に当てる。
「動けば死ぬかもよ?」
と言えばもう青ではなく真っ白になっていた。
「そのまま立ってて、動いたら危ないよ」
頷くことすら出来ない。それでいい。そこで良く見たらいい。
私は厨房を見て材料を手に取る。卵は半熟にして、生の野菜に崩して絡める。
チーズは細かくして上からかけて。
牛乳と卵と黒糖を混ぜて蒸し器に並べる。少し柔らかめに、火を全て通さずに仕上げる。
果物を潰して厨房に用意されていたパンに乗せる。
下拵えの終わっている魚を焼く。
出来ていたソースをかける。
そして彼らを見る。
「自信作だよ。これを領主様に食べて貰う。僕は信用されてるから、毒味は要らないよ。ソマリ、そうだよね?」
「アイル様、もちろんです」
「では運んで」
「畏まりました」
「…って…待って!」
「大丈夫、ロリィは薬の研究者だ。体調が悪くなっても大丈夫。即死以外ならね」
「ひ、ひぃ…」
厨房に悲鳴が響く。
リベラがシスティア様を食堂に呼ぶと、それに応えて来てくれた。その顔は青ざめている。
私は例の2人も連れて行く。もちろん、氷で動けないようにして。
それを見てさらにシスティア様の顔色が悪くなった。
「どうぞ、僕が作りました。厨房の材料で」
カタカタカタ…背後で音が聞こえるけど知らない。
「も、申し訳…ぐふっ」
煩いので鳩尾に空気砲を喰らわしたよ。あ、ほら動くから顎に氷が刺さったよ。
「これは…なんでこんな事に?」
システィア様が聞く。それは私こそが聞きたい。
「どうぞ?食べて下さい。厨房に用意されていた物で作りました」
「アイル君…」
「食べられませんか?システィア様…」
システィア様は固まっている。
「なら…」
そう言って私はその食事を食べ始めた。
しばらく誰も動かない。私は黙々と口に運ぶ。そして…ぐはっ…やっぱり苦しい、な…。
急速に意識が遠くなった。
「アイ…なんで?」
「イル…」
僕はアイを抱えて食堂を出る。ハク…ブラン、ナビィ…早く来て!
ヒュン!
『アル!』『ご主人!』『アイリ!』
飛んで来たのか、というくらいの速さで寄り添うと
『部屋に!』
僕は走って部屋に入る。中から鍵を掛けてベットにアイを寝かせる。その口から流れる血を拭く。
『イーリス、解毒剤を!』
アイから渡されたネックレスの瓶を開けて口に含むと口移しで飲ませる。
体が水色に光る。苦しそうだった顔は穏やかになった。
『もう大丈夫。強い毒ではなかったけど、アルは耐性がないから。無茶して…』
ハクは人型になるとアイと体を重ねる。魔力が乱れているのが僕にも分かるから。これはハクにしか出来ない。魔力循環で整えないと。
アイ、どうして?どうしてそんな無茶を…。
食堂には私と父上と母上がいた。
「父上…」
「ロルフ…」
私は未だかつて人に向けたことのない目で父上を見た。こんな形でイルを試すなんて…。何て言えばいい?何て謝ればいい?イル…。
イーリスが認めてくれて、やっと愛し合ったばかりなのに…大切な、大切な人なのに。
私は顔を上げられなかった。こんなに愛しているのに…自分の頬を涙が伝うのが分かった。
君を傷付けたく無かった…。血を吐いて倒れたイルが頭から離れない。
私はそのまま食堂を後にした。イルが心配だけど合わせる顔が無い。
せっかくイーリスが認めてくれたのに。なぜ、この日に父上はこんな事を…。
私は部屋に帰ってベットに座る。胸元のリツが体をよじ登って私の肩に乗る。そして口元をペロペロと舐めた。リツ…慰めてくれるのか?リツ…。
私はリツをそっと抱きしめて泣いた。
イル…イル…イル…ごめん。
何故こんなことに?そんなつもりではなかった。何故、誰が厨房に入れた?
「バーナムなぜ厨房に?今日、アイル君が顔を出すからと念を推したはずでは」
「私にも何故かは…」
「今すぐ確認しろ!そして公爵家の者を呼べ、今すぐだ。わたしとロルフに毒を盛ろうとしたと言え。1時間以内に来なければ家の指示と解釈して貴族院に申し立てる」
「はっ、すぐに!」
バーナムが部屋を出て行く。
誰だ?誰が毒を…?私はそんなこと支持していない。
「システィア様…」
「ルシィ?」
「話を聞かせて下さいます?」
「ルシィ…」
「システィア様、ルシアーナですわ…」
その目が細まる。
「ルシアーナ…」
敬語を使うルシィは久しぶりだ。これは大変だ。怒っているとかそういうレベルでは無い。
今すぐここを出て行く覚悟で聞いている。
「公爵家からの提案については、話したな?」
「聞きましたわ」
「2人ほど見習いで働かせてほしいと言われたことは?」
「1人しか聞いておりませんが」
「1人は御者、1人は掃除婦として雇って欲しいと」
「性別や年齢は確認しましたの?」
「…」
「していませんの?」
「御者は男性しかなれないからな。掃除婦は子供が巣立った妙齢の女性や貴族の寡婦だ、普通は。まさか若い子が来るなんて…しかもよりによって今日、厨房に入れるなど」
「それを言うならこの時期に家に入れたこと自体が問題では?」
「それはしかし…」
ルシアーナの目がさらに細まる。ゾクリとした。
「そうそう、実は従姉妹の子が近々結婚するんですの」
急に話が変わった?なぜか背中が寒い。これはマズい。
「折角ですし、ロリィと顔を見せに行きますわね。今日今すぐにでも」
顔がサッと青ざめる。
「ルシィ?」
「ルシアーナですわ、ご当主様」
これは本当にマズい。
「では失礼致します」
丁寧に礼をして部屋を出て行った。本当にマズいぞ。
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