173.白の森
その森はフィーヤから1週間ほどの距離にある。とても過酷な場所で、ただ人なら入り口近くまでしか入れない。
まず、明確な道がない。次に植物が特殊だ。いわゆる食人植物がいるのだ。そして環境。
国の中でも北に位置するこの辺りは元々厳しい気候だ。森の中はそれが一層強い。
冬は常に吹雪いていて人が住める環境ではないのだ。
しかしそこに住む種族がいる。
森人だ。
しかしいかに植物と相性が良くても、白の森の冬は越せない。ここに住めたのは生命樹があり、生命樹に宿る精霊のユウリが結界で覆っていたからだ。
その生命樹が絶えた。そのことは一部の情報通の貴族に知られている。しかし、白地地帯は国の管轄外だ。生命樹の元である神聖国の世界樹…に宿ると言われる精霊王のユーグ・ド・ラシルだけが全生命樹の様子を把握していた。
白の森に向けて馬車が走る。森の近くは磁場があり、魔力が乱れる。慣れていないと魔力酔いを起こすのだ。
ヨナも馬車の中で横たわっている。魔力酔いは初めてだと言っていた。なら森の近くは通らなかったのか?
後4時間ほどで着く。結局、3日短縮出来たか…アイル君の能力、いや、彼の思いやり…のお陰だ。
やがて馬車が止まる。
「ファル兄様、少し早いけどお昼にしよう」
「そうだな」
この先はさらに磁場が強くなる。今のうちにご飯を食べよう。
ヨナは食欲もなさそうだったが、アイル作のスープと…サバサンドを完食した。そして
「あれ?何か体調が…」
顔色が良くなった。スープが何か…?
(アイル作の具沢山スープ 疲労に効く 魔力が整う効果あり)
ぶふっ…。
「お兄様?」
「ぐほっ…だ、大丈夫だ」
ヨナが小さな手で背中をさすってくれる。優しい子だな。その頭を撫でて
「顔色が良くなったぞ」
笑った。うん、可愛いな。
まぁアイル君だし?気にしないぞ。
素早く片付けて進む。御者は交代した。
森に向けて磁場が乱れるが、途中からは磁場が整う代わりに地中の魔力が濃くなる。
私たちには心地よい濃さだ。ヨナも平気そうだな。
こうして昼休憩の後に一度休憩をし、また御者をリベールに交代して出発した。
懐かしい森が見えて来た。やはり何か騒めいている。ヨナのことと言い、何かが起きているな。もしかすると…。そのまま森に入り、ネーシアの魔力を追う。
隠蔽と撹乱をしているが、家族の魔力なら追える。途中で馬車から降りた。
ヨナを馬車の死角に連れて行き、ベルがポーチに収納して馬だけ連れて行く。
そして、大きな木が乱立する辺りで…。
「ファル…」
キャルが私の胸に飛び込んで来た。その華奢な体を抱きしめる。
「ファル…お帰りなさい」
「あぁ、ただいま…キャル」
泣きながら笑うその頬にキスをした。
「ファル兄様、ベル…お帰り」
「あぁシア、ご苦労だったな、後で話を」
「はい」
「兄様、ただいま」
そして皆の目がヨナを見る。
「途中で助けた子だよ…」
「ヨナ…です」
「そう、また後で話を聞くわ。まずは拠点に入りましょう」
馬も一緒に地下の拠点へと入っていく。ヨナがいるからか…皆静かだ。
まずはヨナの部屋に案内する。事情があるから1人で外に出ないように言い含めて、家族用の部屋へ行く。
入るとそこは居間だ。
「キャルとシアで?」
「ほとんどシアよ…ねぇここを1日で作ったのよ?」
「それまた…アイル君の何か、か?」
「はい、例の魔力を倍にするという…」
「あれか…」
「ファル…顔を良く見せて?」
キャルが目に涙を溜めて、私の頬に手を当てて言う。
「キャル…ここを守ってくれてありがとう」
「本当に良かったわ…もう会えないかと…」
「もう大丈夫だ。イーリスも素敵な人と恋をして…結ばれたんだよ。あの子が…教会でアリステラ様から真名も授かった。もう契約に縛られることなく、生きられる」
「アイル君ね?早く会いたいわ…」
「皆が大好きなんだよ…困ったことに」
「共有は?」
「イーリスが嫌がって」
「そんなに?」
「僕も…好きなんだけど」
「俺もだよ…どんどん惹かれる」
「まぁ困ったわ…」
キャルはくすくす笑う。
出会いがないわけではなく人気もあるのに何が気に入らないのか、シアもベルも相手がいない。
だからその2人が気に入ったアイル君をイーリスと共有出来たらと思ったのだろう。
森人は子供が出来にくい体質だから、機会を逃したく無いのだ。
「ブランと交わったから子はやがて成る」
「ブランって聖獣の白大鷹?どういうこと?」
「魔力循環で交わるんだ。肌を触れ合わせればいいからね!」
「人との交わりとは違う」
「白大鷹と?」
「人型でだよ」
キャルは誤解しているようだ。聖獣との交わりは素肌が触れ合っていて魔力を循環させれば交われるのだ。
体が繋がる必要はない。
出発の前の日、皆で寄り添いながら魔力を巡らせた。それはとても甘美で優しい時間だった。
そして、魔力の流れが整うので体調まで整う。
「聖獣との子は?」
「大鷹として生まれる」
「種族はどうなるの?」
「大鷹で人型にもになれるらしい。聖獣ではなくな」
「森人ではない?」
「ん?どうなのだろうな」
「ブランに聞けば分かるな」
「森人でもあり大鷹でもあるような気がする」
「子は実るかしら…」
「それも聞こう」
「また楽しみが増えたわ」
「さて、シア…異変は?」
キャルとシアが顔を見合わす。
「人と馬が森に倒れていたの」
「森が?」
「分からないの」
「生きてか?」
「えぇ。ただ…」
「ただ?」
「呪われてるわ…かなり強く」
「なんだと?」
「あの紫のアザのようなものは間違いなく…お父さまと同じ」
「そうか…容体は?」
「アイル君の作ったスープを混ぜた食事を取って、小康状態で…」
「うむ、彼の薬は止めた方がいい」
「そう判断して、敢えて食事を僅かだけ」
「この国の?」
「いや、イズワットの民です」
「イズワットだと?そう言ったのか?」
「出自は言っていませんが特徴的な色が」
「白髪に薄い水色の目か?」
「ぬけるほどの白い肌、間違いありません。それに…」
「あぁ、ヨナも同じ色だな」
「一緒に逃げて散り散りになったという?」
「まだ分からない。ヨナは2人になって逃げて…1人は魔獣に、とだけ。助けた時は1人だった」
「まだ会わせない方がいいわ」
「そうだな…様子を見よう。アイル君が来れば色々分かる」
「そうなの?」
「多分…」
彼は間違いなく何か特殊な能力がある。物を作る方の能力とは別の何かだ。
目だろうか?もしくはハク様か…。聖獣には神眼が宿るとも言う。何にせよ今はまだ待つしかない。
その日の夕食はまたアイル君の食事で大いに食べた。本当に何を食べても美味しいからな。
そして拠点では新しく設置されたアイル君作のお風呂に入った。もちろんキャルとだ。
心配をかけた妻はいつになく甘えて来て、その夜はまぁ仲良く過ごしたのだった。
キャルの柔らかくて少し甘い匂いのする体は瑞々しくて…最高の抱き心地だった。
翌日からは他にも拠点を作る為に動いたり、屋敷の周囲を確認したり、ユウリ様の若木を仮植えした場所を確認したりして過ごした。
他に人がいないかや痕跡がないか調べたが、それもなかった。
少し足を伸ばして森の外まで出ても、やはり痕跡は無かった。
その間、イズワットの3人は時々外に出したりした。エリアスもキリウスも呪いの症状は進行することなく、体のケガが治っていった。
イーリスたちの出発は私たちが出てから早ければ1週間、遅ければ2週間と聞いている。
出発からちょうど2週間経った。もう出発しただろうか…なんとも待ち遠しい。
イーリス、早くキャルにその姿を見せてやってくれ。
待ってるぞ。
その頃、エリアスは…。
このままでいいのだろうか?しかしまだ体も満足に動かない。パメラはちゃんと手入れをして貰っていて、国にいる時より調子が良さそうだ。
そして私の介助をしてくれるネール。真っ直ぐな目で私を見つめる。その色で種族も分かるだろうに…何も聞かずに。
新しい拠点に移ってからはお風呂に入れてくれた。髪の毛も体も優しく洗ってくれる。
私は1人で何も出来ないのだな。改めてそう思って情けなかった。
でもネールは私のこの呪いに犯された体を見ても気味悪がることもなく、淡々と世話をしてくれる。
彼は森人だ。なぜこんなにも親切にしてくれるのだろうか?
美味しい食事、暖かい毛布、清潔な部屋。時々外にも連れ出してパルメに乗って散歩もしてくれる。警戒されてるのか1人では馬に乗せないし、部屋は外から鍵が掛かっているが。
それでも監禁されているというよりは用心だろうか。
事情を話すべきなのか…しかし。他の者の行方も分からない。
そして不思議なことに蠢くように進行していた呪いが止まった。無くなりはしないがあまり蠢かなくなり、進行もしていない。むしろごく僅かに減っていると思う。
何が?可能性は…食事だ。
鑑定しても美味しいスープとか具沢山とか栄養満点としか出ない。
しかしあまりにも美味しいのだ。
体の調子も段々と良くなって来た。疲労と心労で助けられてすぐはとにかく体も心も怠かった。
それが、ネールが現れてから心も体も軽くなった。
もしや彼に何かしらのスキルがあるのか?全ては彼が私の元に顔を見せに来てからだ。
ネールの顔を思い出す。森人らしい整った顔に細く見えるがしっかりとした体付き。
物静かでクールは見た目と違い、その手つきはとても優しい。私の体を見ても変な目で見ない。
自分の内腿や腕の内側のキズを思い出す。ネールはそんな私を見ているのに、何事もないように接してくれる。
信じていいのだろうか…。
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