170.歓迎される
「あい分かった。使命を果たしておいで…ロリィ。そして、無事に帰って来なさい」
最初は領主として、最後は親としての言葉だった。
うん、やっぱりロリィも天然系だね。そしてそれが本心だから。隣のイリィも優しい顔をしていた。
「いつ出発するんだ?」
「早い方が…でもケガの様子も…」
「そうだな…野営は体に応える。ここから13日ほどか…」
「父上、野営はむしろ快適…」
システィア様が不思議そうな顔をする。それまで静かになり行きを見守っていたルシアーナ様が
「ロリィ、もしかしてアイル君かしら?」
「そう…」
それからロリィが出せば組み上がるテント、ふかふかの床に柔らかい毛布。さらには屋敷を丸ごと収納したことや食事、防御機能について話をした。
途中から2人とも明らかに目が飛んでいたけど大丈夫かな?
「つまり…アイルの能力で快適かつ迅速に旅が進むのだな?」
「まぁ…素敵ね!」
システィア様…色々と端折りましたね?ルシアーナ様も乗っかりましたね?
「それなら大丈夫だろう。個人で買い足したいものもあるだろうし…3日後に出発でどうかな?私もアイルと話をしたい。登録の事もあるし、王都に行く件もな」
私はイリィと目配せをして
「システィア様たちにお渡ししたいものが有ります。出しても?」
「ねぇ、アイル君…そんな他人みたいな呼び方は嫌よ?お母様って呼んで?」
ロリィをチラッと見ると優しく微笑む。違うよ、ロリィ。断れないヤツって聞いたのに…。だから可愛く首を傾げないで…そして首を振られた。あ、やっぱりダメね。
「お、母様…」
「イル…嬉しいわ。で、何かしら?」
愛称呼びだ。隣でシスティア様が私のことは…とか言ってたけど聞こえないよ?
ポーチからそれぞれ取り出す。
イリィはカトラリーと宝飾箱。繊細な作りで嫌味がない程度に煌びやかだ。
それを見てシスティア様たちが
「これは…なんときれいな曲線だろう」
「こちらの箱も素晴らしいわ。派手ではないのに華美で洗練されていて。凄く繊細な…」
そうだろそうだろ。私のイリィは天才なんだ。なぜか私がドヤっているとロリィが
「くふぅっ」
と笑っていた。何で?システィア様も笑いを堪えている。ルシアーナ様は
「もう、私のイルってば…可愛いわ」
何で笑われたの?それに私のイルって…?イリィを見ても優しく微笑むだけ。まぁいいか。
次は私。アクセサリーは止めようと思ったけど、前にイリィが見せてくれたスケッチのデザインで作りたくて、2人で紫水晶の小さな粒をたくさん使ったネックレスとシスティア様用のカフスボタンを作った。
それと化粧水に美容液と石けんだ。髪用と体用がある。
取り出すと
「「…まぁ」なんと」
システィア様はカフスボタンを、ルシアーナ様はネックレスを手に取る。
「「また繊細な」ね」
しばらく色々な角度から見つめる。そして
「こんな使い方が出来るのね?素晴らしいわ」
「あぁ、小さな石は価値がないと言われていたが…技術で補えるのか」
「これはイルが…?」
「デザインはイリィが…私は作っただけで」
「デザインももちろんだが、形にする技術がまた凄いな」
「本当に…しかも何より美しいわ」
気に入って貰えて良かった。とホッとしていると
「ロルフ」
「はい、父上…明日、意匠と製法登録を…」
「黒糖の製法登録や商品登録もある。商人ギルドの担当者を呼び出そう」
…私はそっと目を逸らした。
「イル、一緒に…」
「デザインはイリィで…」
「もちろん、イーリスも一緒に」
やっぱり逃げられなかった。
「これは何かしら?」
「ルシアーナ様、それ「お母様」は」
にこりと笑って私を見ている。言葉も思いっきり被せて来たよ?
「お、お母様…それは洗面後にお顔に付けるもので、お化粧の前と寝る前に。お母様のきれいな肌がより瑞々しくなります」
「まぁ…」
お母様の目がキラーンとしたのは気のせいかな?そして私に向かって手の甲を差し出す。あ、はい…実演をご希望ですね?
化粧水を手に少し出してお母様の手を取る。小さくて柔らかな手だ。甲に化粧水を乗せて軽く伸ばしてから両手で包み込む。しばらくしてから手を離す。
お母様は手の甲に触り目を見開いた。システィア様がその手に触れる。
「いつもきれいなルシィの手がさらにしっとりとして…」
そして手の甲にキスをする。お母様は頬を染め
「素晴らしいわ」
うっとりと言う。
そういうのは他でやって下さい。
お母様は当然のようにもう一種類あるわね?という顔で、また手を差し出す。はい、こちらも実演希望と。ただ今。
私は美容液も手に出すとまたお母様の手の甲に塗る。満遍なく塗って手を離す。もう見るからに艶々だ。
「システィ…」
「ルシィ…」
…だから他でやって下さい。
「ん…アイル、その私のこともお父様と…」
えっマジで?
「そうよ、お父様とお母様よ?」
お母様まで…ロリィは変わらず微笑んでいる。
「お、お父様…?」
「イル…私に可愛い息子が…」
口を押さえて震えている。そして立ち上がると後ろからガバリと抱きついて来た。えっ、えぇっ…。
「イル…本当にありがとう」
やっぱりシスティア様はロリィのお父様なんだな。なんだかほっこりしたよ。抱きつかれてびっくりしたけど。
するといつの間にか、目の前にお母様がいてガバリと抱きしめられた。いや、その…お母様のお胸が顔に当たってます。柔らかくていい匂いが…。いかん、息が…。
焦っていると横からロリィが
「母上…イルが困ってる。華奢なのに女性らしいから」
離して貰えた。危なかったよ、主に呼吸が。お母様のお山で窒息とかシャレにならない。
その後はシスティア様とルシアーナ様ががハク、ブラン、ナビィとまだ小さなミストにほわほわぽかぽかなベビーズたちを撫でて眺めて…アイリーンも撫でて、2人ともほっこりと笑っていた。
この子たちはみんなの癒しだね!
贈り物も渡せたし、それぞれ部屋で休むことにした。
私とイリィ、ハクとベビーズにナビィは客間だ。リツはこちらに合流したから、アイリーンも専用のクッションと共にいる。
案内して貰った部屋はとても広くて、ベットはいわゆるクイーンサイズ。とにかく大きい。いつもシングルベットでくっついてるから新鮮だ。
隣でイリィが「くっつけない…」って言ってたけど、多分毎朝のことで私が抱き枕なんだろうからな。気にしなくてもいいと思う。
でもなぁ、また登録か…。
ため息を聞いてイリィがとうしたの?と聞く。
「また登録かって思って」
イリィは優しく私の髪を撫でながら
「仕方ないよ…アイだし」
「イリィだって…意匠登録するんだよ?」
肩をすくめて
「僕はまぁね、本業だし」
それでも不貞腐れてる私をよしよししてくれる。だからそのままソファで横になってイリィに膝枕して貰った。うん、柔らかい太ももは癒しだ…。撫で撫でしてたらイリィが上から
「煽ってる?」
妖しい笑顔で聞く。煽ってないよ、甘えてるだけ。
「なら僕も甘えていいよね?心配させたんだから…ねぇ?」
もちろんだよ、イリィの甘えなら喜んで…。
喜んで…?あ、待ってそんな急に…まだ午前だし…その、あぅ…う、わ…
「ちゃんとその体にね、教えないと…分かった?」
散々撫で回されて…口は災の素。
愛されて疲れて目を瞑って…もちろんイリィの膝でね。柔らかくていい匂いがする…。
ドンッ…重い…ナビィ、だからお腹はダメって……そのまま意識を手放した。
「…イ、アイ…」
「んっ…」
「起きて」
「んん…」
「お昼ご飯だよ」
んっ…寝ちゃってたか。イリィの膝は心地良くて…あれ?顔に柔らかいものが。
ナビィの垂れ耳だ。あったかいな…。しばらく撫でてから起き上がる。
はだけた服を直してシワを伸ばす。食堂で食べるみたいだからね。
部屋の外で待ってた使用人の男性が案内してくれた食堂はとても大きかった。何人入れるの、ここ。
席にはロリィとラルフ様が座っていた。2人は私たちの対面だ。そしてシスティア様たちが入って来る。
向かい側に並んで座ると食事が運ばれて来た。イリィは流石にローブを脱いでいるけど、顔は認識出来ないはず。
それでも何も言われない。森人というだけで、ある程度は想像出来ているのだろう。
前菜は野菜とハムと魚。カルパッチョ風だけどオリーブオイルは使われていない。シンプルに岩塩だけかな。それでも充分美味しい。
オリーブオイルとバジル、ローズマリーをいれたら格段に美味しくなりそうだ。
次はスープ。シンプルなキビスープだ。なのに凄く味が濃い。やっぱり産地は違うな。キビの甘味が強くて、ほんの少しの塩が甘さを際立たせている。
食材の旨みを最大限活かしたスープだ。美味しい。
そしてサブメインはお肉。これは羊?
(羊肉 ホエーで柔らかくし、香辛料で臭みを無くした一品 美味)
使ってるんだけ、ホエー。ナイフで簡単に切れる。うん、少し濃いめの味付けで臭みを感じない。良く見るとお肉の大きさが違う。ロリィと私は小さ目。ルシアーナ様とイリィは普通、システィア様とラルフ様は大き目。あれかな?執事さんの…見極め。
いや、ほんとちょうどいい。まだメインがあるからな…。
メインは焼き魚。皮目をこんがりと焼いた川魚だ。赤身だから鱒に近いのかな?食べるとクセのない味。鱒寿司が食べたくなるな。確かお酢はサクサとか言うんだっけ?作れるかな…。
本来だとここで食事は終わり。でも今日は食後の紅茶が出る。私が持参したからか、甘味が紅茶と一緒に出てきた。
「これは…?」
「甘い匂いが…」
「それは、イルの手作りで…焼き菓子」
そう、昨日の午前中に宿でサクッと作ったんだ。パウンド型で胡桃入りのパウンドケーキ。砂糖の代わりに黒糖を使ったから甘味が強いけどしつこくない。
「黒糖を使っていて…」
ルシアーナ様がデザートフォークで切り分けて口に運ぶ。
「まぁ…」
システィア様とラルフ様も食べて
「これは…」
ロリィは昨日食べてるから落ち着いて食べている。
「甘さが上品で…甘味が苦手な人でも大丈夫」
「そうね、ロリィは甘いのが苦手だものね」
えっ?知らなかった。ロリィがこちらを見て
「イルが作るものはなんでも美味しい…」
「苦手だって知らなくて…」
「大丈夫だよ、本当に美味しかった」
「なら良かった」
ふわりとロリィが微笑んで、そしてその顔を見たラルフ様が体を硬くした。多分、イリィも気が付いたはず。
こうして和やかな食事が終わった。
「後で居間に、ロリィも」
システィア様に言われた。これは領主としての言葉だ。イリィも私も
「「はい」」
と応える。ロリィが大丈夫というように頷く。
私も頷きイリィと部屋に戻った。
「イリィはどこまで話を?」
「僕は話というか、顔を見せるつもりだよ」
「危険だよ…だってイリィは」
「分かってる。でも、若木が根付いたら僕は森を出る。守られた場所から離れて暮らさなきゃならない。味方がいなければ、却って危険だ」
分かっている。それでも…
「アイのそばにいれば、目立たないのは無理だ。明日だって登録するだろ?公表しなくてもギルドの職員なら分かってしまう。違う?」
「私のせいで…」
「違うよそれは。アイに出会えなかったら、そもそも生活すら危なかった」
「でもマルクスがいたし」
「僕たちは戦う力がない。あの時、もし貴族に捕まっていたら逃げられなかった」
私は俯く。
「だから、ロリィの家なら信用出来る。彼にはアイとの子がいるから」
面白いと思って貰えましたらいいね、やブックマークをよろしくお願いします!
励みになりますので^^




