169.その頃の侯爵家
その日、ゼクスで荷物をまとめた兄様がここに来る。少し滞在してすぐにまた出発してしまうけど。
兄様と結婚してから2人で過ごした時間は僅かだ。それでも、確かに僕たちは結婚して伴侶となった。その事実は間違いない。
なのに、兄様とアイルに子が成った。言いようのない焦りを感じる。
兄様がアイルを見るその目は、僕に向けられることのないもの。
兄様に取って僕はいつまでも弟だから。分かっていた。それでも、兄様を誰にも渡したくなかったのだ。
ここに滞在している間に、少しでも長く兄様と触れ合おう。兄様が受け入れてくれたら、きっと僕たちにも子が成るはず。大丈夫…。なのに、どうしてこんなに不安なんだろう。
その日、お父様に呼ばれていた。執務室ではなく書斎に向かう。
扉を叩くと中から入れ、と返事があった。部屋に入る。
お父様は正面の机に座っている。その顔は侯爵家当主の厳しい顔だ。嫌な予感がする。
私は正面に立つ。
「参りました」
「うむ。お前に伝えることがある」
そこで一度黙って僕を見る。嫌な汗が背中を伝う。
「お前は自分の親を知っているか?」
「お父様の…妹」
「その相手だ」
「そこまでは…高位貴族としか」
また黙るお父様。そして机の引き出しから手紙を取り出し、私に渡す。
読んでいいのか?お父様を見れば頷いたので、その場で読み始める。
まさか、そんな…。何かが揺らぐのを感じた。
「そういう事だ。分かるな?」
「…はい」
それ以外の返事など、はなから無いのだ。
「我が家にはロルフの子がすでに成った。それが全てだ…そうでなければ、内紛になる所だった」
それは、そうかもしれない。我が侯爵家とて直系の後継は必要だ。そして僕は長子じゃない。
僕は頷くと退室した。そのまま部屋に戻り、ベットに体を投げ出す。
涙が溢れて来た。僕は…やっと思いを遂げたのに。兄様…早く会いたいのに、同じくらい会いたくない。
どうしてこんなことに…。
突然、屋敷が騒然とした。ぼくは涙を拭う。部屋で耳を澄ませていると、執事が呼びに来た。
「家族の居間でシスティア様がお待ちです」
執事に付いて居間に向かう。何があったんだ?
部屋に入ると青い顔をしたお母様をお父様が抱きしめていた。私を見ると
「ロルフたちの馬車が魔獣の横断に当たった」
僕は青ざめる。兄様は?
「大丈夫だ、ロルフは無傷だ。もちろんリツ様も子の実も。ただ、詳しいことはまだ分からない。速報で伝書鳥が来た…今は待つしかない」
私は頷いた。そして、もし襲われたのが私だったら…お父様とお母様はこんな風に慌てないのだろうな、と思った。
私は部屋に帰る。兄様…。ふと、兄様のそばにはアイルがいるような気がした。
その後、続報で衝撃的なことが分かった。
横転した馬車を起こしていたら敵襲があり、2人が重症。駆けつけていたハク様とアイルも意識が戻らない、と。
一体、何が?聖獣であるハク様を傷付けられるなんて…兄様の無事は確認出来たけど、今日は野営すると言う。
連絡が来たのが午後3時ころ。ここまでは約4時間の距離で、今から軍を出すには遅い。ひとまず無事が確認出来ているのでその日は待つことになった。
翌朝、お兄様の護衛として領軍の隊長が総勢10名の精鋭を連れて馬で出発した。僕は見送ることしか出来ない。町に近づいたらせめて門まで迎えに行きたい。
お父様も頷いてくれたので、隊長に連絡をよこすよう伝えた。
待つ時間は長かった。執務をしていても、つい手が止まってしまう。今日はお父様も注意しない。
そして、ついて連絡が来た。馬車で南門に向かう。領主の屋敷に近い門から入るようだ。
南門の馬車寄せで待機する。僕の顔はある程度知られているので外には出ない。そしてついに
「ロルフリート様が無事、到着されました」
従者が兄様の馬車を見つけて教えてくれる。
僕は馬車を降りる。
門から騎兵に続き、馬車が3台入って来た。兄様…侯爵家の簡易紋章を掲げた馬車に歩いて行く。
他の馬車から降りていたリベラが扉を開けると、中から兄様が顔を出す。
「ラルフ、来ていたのか…」
「はい、兄様…お帰りなさいませ」
胸に手を当てる。貴族の正式な礼だ。敬愛の意味もある。
「うむ、詳しいことはまた後で…」
それだけ言って兄様はまた体を馬車に戻す。
兄様に気が付いたら周囲からは
「ロルフリート様だ!」
「ロルフリート様ー」
声が上がる。兄様は窓を開けて軽く手を振る。
「「キャーー!」」
「「うぉーーー!」」
私に手を振ったとか、いや俺にだとか…相変わらず大人気だ。
兄様の研究による薬の複合作用。その功績はこの国に広く知れ渡っている。それこそ、貴族だけではなく一般市民にまで。
それほどの成果なのだ。そして、その優秀さと美貌も相まって兄様は領民にとても人気がある。
私は自分の馬車に戻る。兄様と一緒に来た探索者の護衛とイーリスの従者は町の宿に泊まるため、ここで離れた。
こうして領軍10名、アフロシア軍2名と兄様たちの一行は領主の屋敷である侯爵家に向かった。
南門からは馬車で10分ほどだ。
屋敷に着くと、執事のバーナムが迎える。
兄様の馬車に駆け寄り、扉を開ける。恭しく差し出したその手に兄様の細い指がかかり、洗練された動作で降りて来た。
「お帰りなさいませ…ロルフリート様。よくぞご無事で…」
「ただ今、バーナム。話はリベラから聞いて」
「はい、後ほど。システィア様とルシアーナ様が居間でお待ちです」
兄様は後ろの馬車に向けて手を差し出す。その手に捕まりアイルが降りて来た。珍しそうに屋敷や庭を見ている。
そして今度はアイルが手を差し出し、イーリスが降りて来た。もちろんフードを被って。
そうして兄様たちは執事に案内されて屋敷に入って行った。
僕は呼ばれなかった…。
やっとフィフスに戻って来た。1日ぶりなんだけど、長く感じたよ。
ラルフ様が迎えに来ていた。でもやっぱ人前だからか、しっかりと兄弟をやっていたよ?
そしてロリィはとても人気者だった。あちこちから歓声があがってて。困惑しながらも窓を開けて手を振れば、黄色い歓声と野太い歓声が聞こえて来たよ。
筋骨隆々の強面なお兄さんが感激で泣いていたのは見なかったことにした。
まぁね、目の下にクマがあっても眉間にシワがあっても美形だったからな。それらが無い今、美しさに磨きが掛かっている。
そして、カルヴァン侯爵家の屋敷はとても立派だった。ダナン様の屋敷よりもさらに機能的というか、無駄を極限まで省いたというか…。でも豪華さは失わず、より研ぎ澄まされた感じ。
どちらも私には好ましい。
執事に連れられて居間に向かう。すれ違う使用人が尊敬の眼差しでロリィを見て立ち止まって頭を下げる。慕われているんだな…。まぁ、純粋培養された天然美形だからな。納得だ。
居間に入るとシスティア様が手を広げ…た横からルシアーナ様が上品なのに素早く、歩いて来たロリィに抱きついた。
最後は飛んでたよね?ロリィは危なげなく抱き止めてだけど。
システィア様は手を広げたまま、一瞬手を彷徨わせると抱き会っているロリィたちごと抱きしめる。
「「無事で…ロリィ、アイリーン」」
いいな、家族って…。
イリィが私の手を握る。ハクは横から体をすり寄せ、ナビィは後から前脚でのしかかる。
皆を見て大丈夫、と呟く。私にももう家族がいるから。お父さん、お母さん、お兄ちゃんにはもう会えないけど…。
ロリィには転移の話をしたけど、詳しいことは伝えてないからな。
ロリィから体を離すとシスティア様が
「良く来たね、アイル君。イーリス」
「はい、お世話になります。あ、呼び捨てで」
「あぁ、ゆっくりしてくれ。アイル」
「はい」
「お世話になります」
「イーリスも良く休んで」
「はい」
皆でソファに座る。ロリィは説明するからか、私の隣だ。
執事が淹れてくれた紅茶を飲んで…ホッとしたところで
「ロリィ、何があったんだい?」
システィア様が聞いた。状況から説明しないと分からないよな。
ロリィが事の顛末を話す。敵が誰か、誰を狙ったのかは不明であること。そして、その傷のこと。
私はどこまで話をするべきか悩んだ。武器の話をするなら出自も隠せない。でもまだそれは今じゃない、そう思う。ロリィになら詳しく話してもいいけど。
「その傷はいったい?」
「分からない…」
「アイルが手当を?予想は?」
「血は止まったのに傷が治らない。なら呪いに近いかと…」
「うむ、なるほど…あり得るな」
実際、呪いみたいなものだ。嘘は言ってない。
「ギルドが犯人から聴取するのを待つしかないな。それなら…」
「待てない…」
珍しくロリィがシスティア様の言葉を遮ってまで主張した。
システィア様は口を閉じてロリィを見つめる。そしてイリィを見た。
「何か異変があると思うか?」
「分かりません…ただ、ブランが消えた」
「ブラン様が?」
「多分、僕の家族が呼んだのだと」
「どうやって?確か、先に出発したはずでは」
「羽を…それで呼べばすぐに飛んで行くと。ブランなりに何かを感じていたのかも」
多分カッコよく言いたかっただけだと思うよ?イリィ。結果、ちゃんと意味があっただけで。だってブランはあの時、ハクを見てドヤ顔してたし。
「呼んだなら、白の森に何かしらの異変を感じたとしか…」
「悪いことではないといいが…」
「悪いことならブランから連絡があるはずです。遠くても意思疎通は出来るので。ただ、異変はあって誰かが森に先行したのかと。ブランに乗って」
「乗って?」
「普段は雛のような見た目ですが、本来の姿はすでに4メル(m)以上あります。人なら4人くらいは背中に乗せて飛べます」
「…さすがは聖獣の白大鷹だな」
「だから、待てないよ…父上」
ロリィが、主張する。
「しかし…ハク様やアイルまで攻撃されて意識を失うなら、余りにも危険だ」
正論だ。どうしよう…。ロリィは後から来る?でも私といた方が安全だし。
「父上、ハク様だけではなくブラン様も、そしてナビィもいる。実戦の経験は無いけど私も魔法でなら…支援出来る…だから大丈夫」
システィア様はロリィを見つめる。そしてふと笑うと
「変わったな…ロリィ。研究とラルフ以外は興味を示さなかったお前が」
「アイルは特別な存在…だからアイルの伴侶であるイーリスも大切で…私は自分に出来ることを…」
「あい分かった。使命を果たしておいで…ロリィ。そして、無事に帰って来なさい」
最初は領主として、最後は親としての言葉だった。
うん、やっぱりロリィは天然系の無自覚たらしだね。そしてそれが本心だから。隣のイリィも優しい顔をしていた。
イーリスは
きっとアイは自分のことを棚に上げて、ロルフのことを天然系の無自覚たらしとか思ってるんだだろうな、
と思った。
そしてそれは正解だった。
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