166.アレ・フィフス2
フィフスの町はゼクスから伸びる街道から少し逸れた所にある。町の周囲は広大な農地で、北には川が流れている。
町のすぐ北側に流れるその川は、町から東に向かって川幅が広くなって行く。
町のすぐ北側に橋をかけるのは大変だったから、川幅が細くなった所にかけた橋と街道が繋がった。
だからゼクスからフィーヤに繋がる街道からは離れているのだ。
しかしそのままでは色々と不便だ。ゼクスから北に向かう途中にフィフスほどの都市はない。
補給をしたり休みたいが、フィフス自体に用事が無ければ、それだけの事にかなり時間を要してしてしまう。
そういう背景からフィフスと街道を繋ぐ場所にアレ・フィフスの町が出来た。フィフスの前という意味でフィフスのいわば、出先のような町だ。
探索者ギルドと商業ギルドの出張所があり、もちろん宿も食事処も商店もある。規模は小さいが治癒院もちゃんとある。衛兵だって小隊(50人)が常駐しているくらいだ。
旅人に必要なものは全て揃っているのだ。
街道を進むと、フィフスへ向かう道とそのまま北上する道とに分かれる。その分岐点からフィフスへは2時間、アレ・フィフスへは1時間。直線で進む分、アレ・フィフスに早く着ける。
サリナスたちが出発したのが午後2時半くらい。荷馬車だから早くはないが、それでも午後6時前には町に着ける。
荷馬車はロザーナの黒馬で、夜でも走る。賢い馬の事だ。自分の主人が馬車にいることは分かっているだろう。ならば、多少暗くとも走ってくれる筈。
こうして移動した僕たちは、野営場所で馬車から降りた。テントの設営だ。もっとも、広げたら組み上がるんだけど。
僕は4人用の大きなテントを張る(だす)。アイとハクにナビィ、そしてロルフ様と寝られるように。
「ロルフ様も一緒に」
「ありがとう…」
やはり分かっているか。
きっとアイはロルフ様を危険に晒す事は避けるだろう。アイリーンとリツもいるし。それなら、アイの側で重ねがけされたアイの防御の中にいた方がいい。
マルクスは外で見張りだ。彼には僕の防御に特化したスキルがあるから、夜通しでも起きて警戒できる。
シグナスとロルフ様の使用人たちも同じテントで過ごすようだ。きっとアイが渡したテントだから、防御は手厚い。それに、彼らは非戦闘員だ。シグナスがそばにいれば安心だろう。
ロルフ様の執事リベラさんと料理人のソマリさんは食事の準備を黙々とする。
ここは何処だろう?腕の中のハクはグッタリしている。いや、息をしていない。
何で?どうして…こんなことに。
目の前がボヤけて来る。怒りが湧き上がり、全て駆逐してやる…。
ハクを傷付けられて、怒りの感情が溢れ出して止まらない。全部、全部壊して…ハクと一緒に…全部壊れてしまえ!
「…ッ!」
『……リッ!』
「アイ!行かないで…戻って来て!アイ!!」
『アイリ!アイリー置いていかないで…もう独りにしないで!アイリー!!』
呼ばれてる。誰、私を呼ぶのは。
あ…この声はイリィとナビィ…?そうだ、私は誓った。イリィと共に生きると…。
ナビィをもう独りにしないと…。そうだ、そうだった。私のいる場所は異世界だ。
例え元の世界に帰れると言われても、私は帰らない。選べたとしても、選ばない。私の居場所はもうこちらだから。
待ってて…いま、戻るから。そこで意識が途切れた。
テントに入ろうとしたら、んっ… アイが身じろぎした?
アイ…?
腕の中にいるアイの瞼が震える。そして、ゆっくりと瞬きをして…その目が開いた。また何度か瞬きをして…真っ直ぐに僕を見る。
「イリィ…?」
「ア…イ…」
涙が溢れ出す。アイ、良かった。目を覚ました…もっとその顔を見たいのに、涙でアイが見えないよ。
優しい手がその涙を拭ってくれる。
アイは困ったように僕を見る。
「また泣かせちゃったな…」
その言葉にまた涙が溢れる。良かった、アイだ。僕は目をつぶってそっとその唇にキスを…
しようとして
ドンッ…
押された。
「…ナビィ」
アイの顔をペロペロと舐めるナビィがそこにいた。ナビィ…今、凄くいいところだったのに…涙が引っ込んだよ。
アイは驚きながらもそっとその首元を撫でている。
ナビィの圧でヨロけると、後ろからしっかりと支えられた。
ロルフ様だ。細いのになんてことなく受け止めてくれる。その長いまつ毛が震えている。良かった…そう小さな声で呟いて。
アイの目がロルフ様を捉える。
「ロリィにも心配を…」
「目が覚めて良かった…ハク様はまだ」
そうだ、ハクがまだ目覚めない。僕はアイを抱えたまま、馬車に戻る。ロルフ様とナビィも続く。
『わふん(パパ)』
『わぅ(パパ)』
『ふわぅ(パパ)』
『ふゎん(アル)』
『ぴぃ(パパ)』
ベビーズがハクの胸元で呼んでいる。リツも一緒だ。アイリーンはリツのそばに置いてある。
僕はアイを離すことなく、ハクのそばに屈む。
アイはハクに手を伸ばしその頭に自分の頭をつけた。目を閉じる。アイの魔力だ。その優しくて暖かな魔力はハクへと流れ込んで行くのが見えた。魔力循環だ。なんて優しくて温かな魔力。
ハクの体が水色に光る。限りなく優しい光…そしてハクの体がピクリとすると、その目が開いた。
アイも目を開けて見つめ合い、ハクの頭ににキスをした。1人と1頭は銀色の光に包まれて…。
『アル…ちゃんと約束を守ったよ!』
「あぁ、そうだな。私もだよ」
『命ある限り、そばにいる…これからもずっと』
「もう1人で行かないで…ハク。もう失いたくない…」
アイはハクの頭を抱きしめた。
ハクは、その姿が変わっていた。薄かった背中からしっぽまでと胸元の逆三角形…白銀狼の象徴のその色が、輝くばかりのキラキラした銀へと変わったのだ。
垂れていた耳もピンッと立っている。その姿は白銀王に相応しい凛々しい姿だった。
アイはその姿を見て驚くと
「ハク、色が…耳も…」
『最終形になったよ』
「カッコいいよ、ハク…」
『えへへっ』
アイはハクの首に顔を埋める。しばらくそのまま動かなかった。
ようやく顔を上げると僕を見て
「イリィ、もう降ろして?」
「嫌だよ…」
「お、重いでしょ?」
上目遣いで僕を見る。そう、少しだけね。でもその重さが泣きたいくらい嬉しい。だってさっきはあまりにも軽かったから。
アイは頬を染めて僕の胸に頭を預ける。
「外に…」
そうだ、ここは馬車でいかに広いとはいえ窮屈だ。アイはハクに手を伸ばす。抱いて降りたいのだろう。でもさすがにハクを抱いたアイを僕は持ち上げられない。
するとロルフ様がハクを抱き上げる。
「これならいいよね…」
アイは嬉しそうに頷く。そして馬車を降りた。
「ロルフ様、お食事の用意が整いました。アイル様と他の方の分も」
執事のリベラさんが声を掛ける。
「あぁ、食べよう。イル、食べられる?」
「アイル様にはチーズ味のパン粥を作りました。牛乳が素ですので食べやすいかと」
料理人のソマリさんが伝える。
アイは頷く。
「食べるよ…皆、ありがとう」
執事と料理人は頭を下げて、後ろに控えた。
僕はもちろん、アイを抱えて椅子に座る。アイは顔を赤くして
「イリィ…降ろして?」
「ダメだよ…今日はもう離さないから」
困惑した顔をする。僕は知らんぷりしてパン粥をスプーンで掬ってアイの小さな口に運ぶ。アイは恥ずかしそうに目を伏せて口を開けてパクリと食べる。
美味しい…頬を染めて言う。あぁ、アイ…本当に可愛い。その唇にキスをする。そのキスは少しだけチーズの香りがした。
さらに頬を染めて僕の胸に顔を埋める。その髪を撫でて耳元で
「さぁ、もっと食べて?」
こうしてアイにパン粥を食べさせて、僕もスープとパンにお魚を食べる。美味しいだけじゃなくてその量が絶妙だ。程よく満腹になる。
「リベラの能力…完璧な量だよ?」
僕は頷く。確かにこれは凄い。アイは優しい顔でロルフ様を見ている。
ハクとナビィ、ベビーズたちも同じものを食べていた。
「ロリィ、家持って来た?」
「持って来たよ…」
「お風呂に入りたい」
「一緒に?」
アイが僕を見る。
「イリィとロリィと一緒にお風呂に入りたい…ロリィは手伝いが必要だから」
僕は驚いた。僕もロルフ様と?
「イーリス、ダメ…?イルと分かれてからは浄化ばかりで…そろそろお湯につかりたい」
ロルフ様の整った顔を見る。ダメではない、かな。恥ずかしいけどロルフ様は僕の素顔を見ても少し驚いただけだ。
その纏う色は緑。そう、純粋な人としての好意だ。
「でもどうやって?」
「ロリィのポーチとこちらの空間を繋げて…玄関の扉から入る」
またアイが分からないことを言う。
「テントの中でね」
まぁアイだからな?
ロルフ様と僕も食べ終わると、ささっと執事が片付ける。そしてロルフ様に
「それではこれで、おやすみなさいませ」
そう言って自分たちも食事を始めた。
ハクたちも食べ終わっているな。
僕たちはみんなでテントに入る。そのまま少し休んでロルフ様は石の登録などについて、アイは僕たちが結婚したことの報告をした。
僕がミストが大きくなった事を言うとアイもロルフ様もとても驚いていた。
そして腕ポーチに収まったミストを撫でた。
『私にもその姿を見せて?』
『うん!』
アイと僕、ロルフ様はハクとナビィ、ベビーズをかわるがわる撫でながら話をしていた。
一通り話しが終わるとアイが
「お風呂…」
ねぇ、どれだけ入りたいの?
そしてロルフ様に手を伸ばす。ロルフ様がその手を握るとアイが目を瞑って…ここを繋げてこちらに扉を…どこでも…。ブツブツと言いながらしばらくそのままでいた。
ドンッ。えっ?えっ…アイ、本当に?
テントの中の、そこには立派な扉が出現していた。
「屋敷の玄関扉だね…」
ロルフ様、第一声がそれ?
「ん、イルだし…」
まぁ確かに…。
あれ?僕、声に出してない。ロルフ様は心が読める?
「読めないよ…」
くすっ…アイが笑っていた。
こうしてハクとナビィ、ベビーズも連れてロルフ様のお屋敷に入って行く。
ちなみにベビーズはハクの背中にしがみ付いて、その毛に甘噛みして甘えていた。
「ようこそ…」
ロリィが呟く。
そのお屋敷はとても機能的。飾り気はないけどとても優美だ。とそのまま進んで、ある部屋の前で止まる。
「私の部屋」
ロリィがなんて事なさそうに言う。えっ…貴族の私室なんて入れないよ。
「大丈夫、入って…」
ロルフ様は躊躇わずに扉を開けて入って行った。
…こうして何故かテントからロルフ様のお屋敷へとお宅訪問をしたのだった。
なんでこうなった…?
どこでも◯ア 欲しいな…
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