165.アレ・フィフス
僕たちは馬車で、移動している。もう少しで陽が沈む。そろそろ野営場所を決めなくては。
先頭にいたシグナスが止まる。
「今日はこの辺りで野営をしよう」
そうみんなに声を掛けた。
森から少し離れていて、見通しがいい場所。見張りやすいので、奇襲などはしにくい。
僕は膝の上で目を瞑るアイを見る。その頬は青白く、生気がない。その頬を撫でる。
確かに生きているその温もりに少しホッとした。だって、あのまま消えてしまうかと思ったから。
あの時、アイを追いかけてナビィに乗っていた時…アイの魔力が強まり…
ナビィが
『森に!』
森に向かう。
アイの元へ早く。気持ちがざわつく。いったい何があった?アイ…無事なのか…?こんなに魔力が溢れているなんて。
ナビィが体勢を低くして魔力圧に耐えて前に進む。見えた!えっ…
アイ、なのか?
そこにはハクを抱いて水色の光に包まれたアイがいた。アイ、だよね?
その圧倒的な魔力で輪郭がボヤけている。何が?ダメだ…行かないで。アイが消えてしまいそうで…僕は必死に手を伸ばす。
触れた!アイの腕だ。掴む。絶対に離さない…。
ナビィも体ごとアイにぶつかって行った。
すると、アイを覆っていた光が終息していく。それでもボンヤリと光りながら、アイはハクを見つめる。その目はハクを見ていて、でもその瞳には何も映していなかった。
アイはハクの首元のキズに指を入れる。ハクはぴくりとも動かない。そして、何かを取り出した後にハクのキズを指でなぞる。
するとハクの胸が静かに上下し始める。
アイは目を閉じるとその体はゆっくりと倒れかかって来た。僕は腕の中にアイを抱き止める。
顔にかかる髪を避けてその顔を見ると真っ青だった。頬を撫でる。良かった。
ちゃんと温かい。あの時、水色の光に包まれている時、なぜかアイがどこかに消えてしまうと思った。
アイ、僕は君を繋ぎ止めることが出来たのかな?ねぇアイ…早く目を覚まして、アイ。
ナビィはハクの鼻をペロリと舐めて寄り添っていた。
ふと顔を上げると
「グワッ…ワンワン、ウーワン!」
しっぽをピンと立てて唸った後に吠えた。そしてアイの腕ポーチからミストを咥えて地面に降ろす。
ミストは体をプルプルさせると、その体は大きくなりおよそ1.5メル(m)ほどの立派な大きさのグレイウルフになった。
「ウォーーーーーン!」
空に向けて遠吠えするとナビィと一緒に駆け出した。背中にベビーズを乗せて。えっ…ナビィどうした?
後ろから足音が聞こえる。振り返るとロルフ様、ブラットとサリナスだった。
ロルフ様は少し離れた所で止まり
「アイルは…?いったい何が…魔力が暴走して」
その距離はロルフ様の誠意の表れだろう。でも、その手は震えている。
「僕にも分かりません」
「イル、は…」
「気を失っているだけです…」
ロルフ様は崩れ落ちるように膝を着いた。消えてしまうかと…小さな声で呟く。
「その、ハク…様は?首から血が…」
「すでに傷は塞がっています」
「ナビィは?声が聞こえだが…」
首を振る。
「何処かに走って行って」
ブラッドが
「様子を見てくるか?」
ロルフ様は首を振る。
「いや、帰ろう。私がハク…様を。イルは頼むよ」
ハクをその細い腕で軽々と横抱きに抱き上げるロルフ様。
僕はアイをそっと抱き上げて、ヨロけた。ブラッドが背中を支えてくれる。
「重いのか?」
「いや、大丈夫だ」
逆だ。軽すぎるんだ。今までもアイを膝に乗せたり抱えたりした。だからだいたいの重さは分かる。
なのに…まるで羽のように、比喩ではなく本当に羽のように軽かった。
僕はアイを見る。アイ、君はちゃんとそこにいるよね…?
見えるし触れるし、温もりも感じられる。なのに…何故こんなにも軽いの。とてつもなく不安になる。アイ…。
「イーリス、行くよ?」
頷いてブラット、サリナスと共に馬車に向かって歩きだす。
さほど奥に入っていなかったのだろう。すぐに馬車のそばに着いた。
そこはまだ騒然としていた。
馬が倒れていて、その側に血を流した御者がいた。アイを迎えに行った時、夜に走ってくれた馬と御者だ。
そして少し離れた所にはいかにも軍人な人が、やはり血を流して倒れていた。
馬は前脚で空をかき、御者と軍人は痛そうに顔を歪めているが、意識はあるようだ。
しかし、流れる血が止まらないのか顔色が悪い。
ロルフ様は立派な馬車の座席ににハクをそっと横たえると、ケガ人の方に歩いて行った。僕はアイを抱えたまま彼らに向かう。
きっとアイが目覚めていたら、そうしただろうから。
馬はお尻の辺りから血を流している。何かが掠めたような傷だ。ロルフ様がアイの普通の傷薬を一滴、飲ませる。馬は嘶くと、立ち上がった。傷はもう消えている。普通の傷薬だよね?
ロルフ様は次に御者のそばに膝をつき、そばで介抱していた老齢の人に頷くと、御者にやはりアイの普通の傷薬を飲ませる。
その体が水色にほわりと光ると血は止まったようだ。ただ、傷は塞がらない。それでも青白かった顔はほんの少しだけ赤みがさした。
同じように軍人にも傷薬を飲ませる。やはり血は止まったが、傷は完全に塞がらない。何が起きている?これは何の傷なんだ?アイは何かを知ってるのだろうか。
ふと思い出した。感謝祭の時のことを。
アイは迷宮品の店で何かを買っていた。あの時のアイは驚いて、青ざめて…何でここにこんなものが…と呟き、付属品と思われるものを全て買っていた。
その手は震えていて、後で聞こうと思っていたのに色々あって聞きそびれていた。
どうして忘れていたんだろう。
やはりアイはこの傷の原因を知っている。あちらの世界由来のものなら、それなら、彼らの傷を治せるのはアイだけだ。アイ、早く目覚めて…僕の名前を呼んで。その手で僕に触れて…アイ、置いていかないで。
「ここは動いた方がいい。血の匂いで魔獣が寄ってくるぞ」
「だがどうやって?」
そんな話をブラッドとサリナスがしていた時、森からナビィが出て来た。その口には2人の男を咥えて。そう、咥えてだ。
その男たちをドサリと投げ出す。
皆が驚く。ナビィのその大きさに。体は2メル(m)ほどもあるから。
そして、その色。黒くて顔の一部とお腹周り、脚の一部が金色の犬はこの世界では伝説だ。そう、黒曜犬。
脚が短く胴の長い愛らしい姿も新鮮だ。
その可愛らしい大きな犬がふさふさのしっぽを振りながら、咥えていた男たちを投げ出したのだ。色々と情報が追いついていないみたいだ。
「アイの…守護犬」
ロルフ様が説明になっていない説明をする。でも皆があぁ、それならといった顔で納得した。
アイルなら仕方ない、そんな感じだ。やっぱりアイってそんな風に見られてるんだね?
『イーリス、コイツらだよ』
ナビィがそう伝えてくる。だから僕が
「コイツらが襲撃の犯人だ」
それを聞いたシグナスとブラッド、サリナスが魔力縄を取り出す。
ナビィは投げ出した男たちの股を前脚でゲシッと踏み付けた。
「「ぐはっ…」」
男たちの悲鳴が上がる。ナビィはさらにしっぽでその顔を強打する。
「「ごふっぅ」」
男たちは完全に戦意を喪失してぐったりと横たわった。
『これで動けないし、自殺も出来ない』
「逃走防止と自殺防止…」
ロルフ様が簡潔に説明する。
シグナスたちは頷いて男たちを縛った。
「コイツらをどうするか?」
「同じ馬車に乗せるのは…」
「フィフスに向かってももう今日中には」
「…」
コイツらをどうするか、悩んでいたその時、遠くに人の気配を感じた。
気がついた人たちに緊張が走る。あ、これはもしかして…僕はアイを抱いたまま街道を見る。
あれは…間違いない。
ブラッドとサリナスが剣に手を掛ける。
「待って、彼は僕の知り合いだ!」
500メル(m)ほど離れた所で馬車は停止した。御者台に立ち上がり、彼が僕に手を振る。
僕はアイを抱えているから手を振り返せない。でもきっと気が付いた。僕に特化したスキルを持つ彼ならば、見間違う筈がない。
ゆっくりと荷馬車は進んで来る。そして僕の少し手前で停まる。御者台から飛び降りたマルクスは、僕の腕の中で目を瞑るアイに気が付いてかけ寄る。
「イーリス様、彼は?」
「眠ってる、だけ…だ」
僕は…堪えていた涙が溢れ出す。マルクスは僕をそっと抱き寄せて包んでくれた。
しばらくして顔を上げる。
「マルクス、いい所に」
そう声を掛けた所で、近くに来ていたロルフ様が
「君がマルクス…だね?私は、ロルフリート・カルヴァンだ。よろしく頼む…」
「お初にお目にかかります。森人のマルクスです」
「マルクス、いい所に来てくれた。皆、こちらへ」
ロルフ様が声を掛ける。
「「はい!」」
「彼は、こちらのアイルの伴侶で森人イーリス。そしてそちらの彼が同じく森人で、イーリスの従者のマルクス…」
「荷馬車が来たのは有り難い」
「ヤツラをこの馬車で先行して運べば…」
「そうだな、ヤツラは探索者ギルドに今日中に…」
「俺とサリナスが運ぶ」
「ケガ人も一緒に」
「しかし、今からではフィフスに着くのは夜だ。馬が走らないぞ」
「アレ・フィフスを目指して…」
ロルフ様が言う。
「あぁ、それならなんとか夜になる前に着けるか」
「マルクス、荷馬車を借りたい。襲撃者2人をアレ・フィフスに…」
それから簡単に話し合いをして、ブラッドとサリナスがマルクスの荷馬車(中の荷は半分ほどしか積んでなかった)に犯人2人とダーナムに御者のロザーナを入れる。
荷馬車を引くのは夜でも走れるロザーナの黒馬で、御者はサリナスが。ブラッドは犯人の監視とケガ人の介助。
ロルフ様の馬車にはロルフ様とハク、僕とアイがら乗る。ナビィは馬車の横を歩いて周囲を警戒する。ベビーズは目覚めないハクにしがみついていた。
もう一台の馬車はマルクスの馬が引く。中にはリベラとソマリが乗る。
ダーナムの馬はシグナスが引いて行くそうだ。最高戦力のハクがまだ横たわったままで、いつの間にかブランはいなくなりアイもまだ目が覚めない。
残るこちらの戦力はシグナスだけだ。僕も実戦経験はない。
『私がいるよ、ミストもね!』
ナビィ、そうだ。ナビィがいる。ミストは大きくなれるんだよな。でも、戦力になるのか?
『ハクよりは少し弱いけど…国の一つくらいなら壊せるよ?それに…ハクを襲った武器、私は知っているから。大丈夫、負けないよー!』
そうなのか、やはりあれは…。
『それに、アイリの風結界はあの武器の攻撃を防いだ。アイの近くにいれば大丈夫』
アイ、君自身はこんなに防御が厚いのにね…。その心はまるでガラスみたいだ。
こうして、サリナスたちは一足先にアレ・フィフスへと出発した。
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