163.平穏な生活
少し書き足しました
その日はそのまま、拠点で過ごした。
お父様が来る前に、新しい拠点を作らないと。イーリスは家族以外の人目には晒さない。
アイルは別の意味で、人目に晒したくない。ロルフ様も然りだ。
他の一族が入れないように、家族だけの拠点を新たに作るか?
お父様がいないから、俺とお母様だけで出来ること。
まずは場所か…ユウリ様の近くはやめた方がいいだろう。若木のこともある。
だいたいの場所を決めて、お母様と相談だな。お父様が来る前に、整えておきたい。
ケガしている彼らはどうするかな。
サナの側はやめた方が良さそうだ。信用出来ない。
呪いのこともあるから、アイル君の側に?でもイーリスが危険になるか。
しかし、ハク様やブランちゃんがいる。マルクスならイーリス特化のスキルで、判別可能だ。
ならやはり、側におこう。
今までの経験もあるが、勘だ。
夕食はまたお母様とアイル君の手作りのご飯を食べる。その後、エリアスに食事を運ぶ。
スープはアイル君作の物を混ぜて。
(栄養満点優しさたっぷりのスープ)
…くすっ…やっぱりアイル君だな。
部屋の扉を叩いてから入る。エリアスはベットに座って腕を動かしていた。
「痛ッ…」
倒れ込みそうになるので、駆け寄って支える。元々白い顔がさらに白い。
俺は食事を差し出す。その表情はどこか、ここではないどこかを見ているようだ。
「冷めないうちに…」
ハッとして食べ始める。
「美味しいな…」
そう言って、ゆっくりと食べた。
俺は椅子に座ってその様子を見ていた。
「ご馳走様」
「話をしていいか?」
頷くその目は少し潤んでいた。
「気にしていたもう1人と馬のことだ。キリウスは弱っているが、生きてる。馬たちも元気だ」
えっ…。俺の言葉を落とし込むように、生きてる…無事…。そう呟くと顔に手を当てて泣き始めた。
「良かっ…生きて…うぅっ…」
「キリウスにはしばらく合わせてやれないがな。もう少し歩けるようになったら、馬には合わせてやる」
無言で頭を下げたエリアス。
「キリウスは何か…」
「何も…いい従者だな」
コクリと頷く。
「俺たちはあと少しで、ここを離れる。お前たちも一緒に行くぞ」
「…」
「どちらにしても、考えなしに動ける状況にはない。違うか?」
「わ、私は…」
「言わなくていい。ただ、まずは体を治せ」
俺はそれだけ言うと部屋を出た。無理に事情を聞く必要はない、今は。
お母様の部屋に戻ると、目で問いかけてくる。
「しばらくは注意が必要だけど、もう大丈夫だろう」
「そう、新しい拠点は早く作りたいわ」
やはり、同じ思いか。
頷きあって、昨日と同じようにきれい玉で汚れを落としてからお母様と眠った。森の騒めきを聞きながら。
翌日、エリアスの部屋に食事を持っていく。相変わらず青白く、儚げだ。
食事は残さず食べれている。そして、ごくごく僅かだが呪いが弱まったと思う。
食べ終わると
「私はどのようにこの恩を返したらいい?」
真剣な顔で問いかけられる。
「…返さなくていい」
「しかし…」
「我々も、ある人に大変な恩がある。しかし、彼は何も要らないという。ただ、笑っているその顔が見れて良かった、と。それだけで充分だと…」
エリアスは目を見張る。
「我らに恩を返さなくていい。出来ることをしたまでだ。だから、エリアスも何か出来る時は誰かに手を貸してやればいい。恩を返すのもいいが、誰かに送るのも有りだ」
「返すのでは無く…誰かに送る?」
少し考えてから
「その、恩人はなんという温かく、そして優しい方なのだろうな」
「あぁ、素晴らしい。なのに、無自覚で…」
「そうか、恩の順送りか」
「そして…」
「そして?」
「最大の恩返しは、生きることだ。生きて、幸せになること。彼はそれを俺たちに教えてくれた」
例え自分が傷付いても、お父様を助けたように。呪いが解けて、傷も治って…彼はお父様に治って良かった、そう言ったそうだ。
エリアスはまた目に涙を溜めて
「わ、私はこんな泣き虫では…」
「泣けばいい。泣けるのなら、もう大丈夫だ」
これはイーリスから聞いた話。アイルが貧民街の子供たちに話したそうだ。
―「もっと頼っていい。もっと泣いていい。泣けるのなら、まだ大丈夫」―
と。そう、泣けるだけの余裕が出来たのだから。
「その人に、いつか会えるのだろうか?」
「あぁ、会えるさ。きっと」
涙を拭ったその目には力強さが戻っていた。
そして…今日も体を拭いてやるハメになった。だから体くらい、せめて大切なところは自分で拭けよ!
あ、アイル君ならまぁ…拭いてあげるけどな。
その頃、ファーブルとリベールは…
ネーシアがブランに乗って、森に先行した翌日。急いで馬車を進めていた。
「お父様…何か良くないことが?」
「うむ、危険という感じではないのだが…森が騒めいている。何かが起きているのは確かだろう」
「出来る限り、急ぎましょう」
「あぁ、だが無理は禁物だ」
それでも旅は予想以上に捗った。まず、食事。朝晩は冷えるのだが、温かいスープを飲める。
そして寝床。アイル君のくれたテントが快適過ぎる。温かい。そして、ふわふわの毛布にふかふかの床。防御機能満載で、見張り不要。
さらに、馬車。お尻が痛くないようにクッションを渡してくれた。
極め付けはきれい玉という名の、髪も体も、服さえもきれいにしてくれる物だ。
普通の宿より快適なのでは?というくらい。疲れが残らないから体が動く。
馬にはアイル君の作った餌を与えている。だからなのか…馬もまた元気に良く走る。
順調では無い理由がなかった。
そして、ネーシアを送り出してから5日後には目的地の白の森まで後1日となったのだった。
ゼクスからは普通の馬車で2週間以上の距離だ。それが9日で走り抜ける。馬も疲れを見せず、さらに力強く大地を蹴る。
逸る気持ちをなだめ、野営の準備をしていた。その時、私はリベールと顔を見合わせる。
「ベルはここで待て!」
言って走り出す。森が教えてくれる。近い…どこだ?
見つけた!
フードを被った誰か、まだ子供か?がブラックベアの爪に今まさに引っ掻かれようとしている。風魔法をブラックベアの腕にぶつける。
「ぐるぁ…」
気を晒した隙に、その人物を抱えて飛び退く。やはりまだ小さい。
ブラックベアは私を敵認定したようだ。私はその子を抱えたままブラックベアに風魔法を、今度は刃のようにしてぶつける。
過たず、その首を掻き切った。えっ、魔法の威力が増してる?今までなら首を断ち切ることまでは出来なかった。それが、あっさりと…。
腕の中に抱えた子は小さく
「うそ…」
と呟いた。その子を見る。
「ケガをしている。森の中は危険だ。近くに馬車を止めている。来るか?」
わずかにフードの中の頭が動く。
私はその子を抱えたまま、馬車へと戻る。もちろん、戻る前にブラックベアはポーチに収納しておいた。アイル君が作ってくれた時間遅延の、だ。
馬車の側ではリベールが森を向いて待っていた。
私に声を掛けようとして、抱えている子に気がつく。リベールはフードを被り
「ファル兄様、その子は?」
「ブラックベアに襲われていた」
驚いていたが、それ以上は何も聞かなかった。
「ケガをしている。薬を」
リベールは普通の薬を取り出して、その子の足につける。これはアイル君の普通じゃない普通の薬ではなく、町で売っている本当に普通の薬だ。
かすり傷だったので、じきに治るだろう。
「食事はどうします?」
リベールが聞く。私はその子を見て
「これから食事をするんだが、食べられるか?」
くぅぅ…。その子のお腹が可愛いく鳴る。
リベールを見れば頷く。抱えた子は俯いたままだ。野営用の椅子に座らせて、正面から顔を見る。
フードの奥から警戒している目がこちらを窺っていた。
「私はファールと言う。君は?」
「…ヨナ」
「そこにいるのは弟でリールだ」
コクンと頷く。
「ヨナは1人か?」
また頷く。
「私たちは旅をしている。ヨナはどこに向かっているのだ?」
答えない。
リベールはこの間に食事の用意をしている。アイル君のスープに普通のパンだ。彼の作ったものなら疲れが取れるだろう。癒しの効果が乗ってるからな。
食事が終わるまで待つか…。
間も無く、食事が出来た。まぁほぼ出すだけなんだが。いい匂いが漂ってくる。明らかにソワソワしているな。
折りたたみの椅子を出して、ヨナから少し離れた場所にリベールと座る。
「おかわりもあるぞ?」
そう言って私たちはフードを取って食べ始めた。
フードを取っても、アイル君の認識疎外が重ねがけされているから本当の姿は見えない。
普通なら出来ないだろ魔法の重ね掛けだ。
―「ファル兄様たちは、その…とてもお顔が整っているから、危ないので。私みたいな地味な感じに見えるよう、調整しました」―
…アイル君だって充分、整っているんだよ?自覚してないのか?…私たちは顔を見合わせる。それをどう受け取ったのか
「あの、私みたいに地味なのは嫌かもだけど…その分、安全だし」
恥ずかしそうにそう言う。いや、そうじゃ無くて…それなりに目立つんじゃないかと。
でももじもじしながら必死に言いつのるアイル君にそうだ、とも違うとも言えず
「ありがとう」
そう言うのが精一杯だった。
そもそも認識阻害の見え方すら調整出来るなんて有りえないんだよ?全く無自覚な様子だけど。
そんなアイル君とのやり取りがあったのだ。
フードを取った私たちに驚いたようだが、何も言わずにヨナもフードを外してスープに口を付ける。
「…美味しい…」
呟くような小さな声は、やがて泣き声に変わる。
リベールと顔を見合わせ、そのまま無言で食べ進めた。
しばらくすると、しゃくりあげながらヨナがスープを飲む。
温かい…囁く声が聞こえる。
食事を終えた私たちはヨナを見つめる。この子は…。
ヨナは食べ終わると、ご馳走様でしたと言ってペコリと頭を下げた。
面白いと思って貰えましたらいいね、やブックマークをよろしくお願いします!
励みになりますので^^




