162.謎の男
足を拭き終わり、後はお尻と下腹部だ。流石にそれは、と思うのだが、当然のように立ち上がる。
俺はため息をついて、布を湯につけて絞りその後ろ太ももからお尻を拭く。
そして、前なんだが…どうするか?
目の前の男はこれも当然のように立っている。仕方ない。屈んで内ももから股、足の付け根と男性の象徴をそっと拭く。され慣れてるのか、少し足を開いた。
色々と複雑なんだが…、一先ず拭き終えた。
ベットに座らせて服を渡すと、首を傾げる。なんだかもう…色々と諦めて下履きとズボンをはかせてシャツを羽織らせ、ボタンを留める。
脱ぐのは手伝わせたくないのに、体を拭くの良くて着させるのもいいのか。なんだかな…?チグハグだ。
「さっぱりした」
そしてその言葉か。この色といい、この人は…。
「話を聞きたい」
その男性はポツポツと話を始めた。
突然、襲撃されて家族とも離れ離れになり、2人で何日も走り続けたこと。力尽きて、馬ごと倒れたこと。
肝心なことは何も話していないが、およその事情は分かった気がする。
「名前は?俺はネール」
「エリアス」
「ネール、私の馬はどうなったのだ?」
俺は答えず、首を振る。本当に知らないから。それを死んだと思ったようだ。絶望的な顔をする。
「…」
「一緒にいたもう1人は?」
これにも首を振る。
「俺は知らない」
「そうか…」
目を瞑って、堪えるようにしばらく動かなかった。目を開けると、その目は潤んでいた。
「世話になった。行かなければ…」
ベットから起き上がって歩こうとしてよろける。駆け寄って支えると
「その体ではまだ無理だ」
「しかし…」
「ここは安全だ。急いでもいいことはないぞ」
唇をかむ。
「体を休めろ」
素直に頷いて横になった。
こうして部屋を出た。外で待っていたお母様と歩いて馬房に向かう。そこにはサナがいて
「兄様!」
かけて来る。俺に飛びつく前にお母様が俺の前に出て
「サナ、前にも言ったけど、あなたに兄様呼びを許した覚えはないわ」
毅然と言い切るお母様。
サナは俯く。立場としては使用人に近いのだから、お母様の言う通りだ。
「拠点を出なさい」
「でも!」
「口答えは許しません」
サナは悔しそうな顔をして拠点を出て行った。家に戻るのだろう。
「あの子は我が儘過ぎるわ、イーリスが帰ってくるなら…近寄らせてはダメ。シアも甘やかさないで」
私は神妙に頷く。甘やかしてはいないんだがな。面倒だから適当にあしらっているだけだ。
馬房、そこには俺たち家族の馬と、見たことがない2頭の馬がいた。
俺を見て近寄って来る。その鼻面を撫でる。頭を俺の手に擦り付けてくる。
立派な黒馬だ。体高があり、脚も太く逞しい。後ろ脚にケガをしている。痛いのか、宙に浮かせた後ろ脚が痛々しい。
俺はアイル君の傷薬を取り出すと、馬の口元にかざしてからその口に少し垂らす。嫌がることなく飲み込んだ後、後ろ脚が水色に光った。
すると馬はあれ?という顔をして後ろ脚を見ると、恐る恐る地面に降ろす。何度かそれを繰り返し、やがて力強く脚を踏みしめる。そして
ひひぃぃーーん
力強く嘶いた…。
「シア?」
お母様が俺を笑顔で見る。笑顔なのに、寒気がするのは気のせいか?
「アイル君の傷薬だよ」
「どういうこと?」
「彼には人を癒す力がある。彼の作るもの全てに…その力が宿るんだ。傷薬なんてもう、分かるだろ?」
「本当に…なんて子なの」
「この傷薬だって、少し効き目がいいって渡されたんだ」
「少しって…」
お母様はもう驚きを通り越して呆れていた。
「骨折してたわよ?」
馬を見れば、ケガをしていた後ろ脚で地面を力強く何度も蹴っている。余程、嬉しいのだろう。
「…まぁアイル君だから?」
「そうね…」
顔を見合わせて笑う。
「本当に、なんて子なのかしら」
もう1頭乗り馬は骨折こそしていないが、うずくまっている。立ち上がる気力がないのか?
だから先ほどの傷薬を口に垂らす。すると全身が水色に光ったあと
ひひぃぃーーん
力強く嘶いた…、既視感…。
立ち上がるとその鼻を俺に擦り付けてくる。こちらも立派な黒馬だ。
そこにオークリフが入ってきた。
「ネーシア様、お帰りなさいませ。ご無事で」
「あぁ、戻ったよ。母を支えてくれて助かった」
「俺は何も…。あの、この馬たちは?」
オークリフは元気に足踏みする馬たちを見て唖然としている。それはまぁ、骨折してたら踞ってた馬が足踏みしてたらな?驚くよな。
「あぁ、サナには秘密だ。もうここは出たか?」
「はい、先ほど」
「オークリフ、このことは秘密ですよ」
「はい、キャロライン様」
オークリフは馬を撫でる。良かったな、と言って。
オークリフも我が家を支える森人の一族だ。
本来はサナもこういう態度が必要なんだがな、何を勘違いしたのか。
「もう1人に話を聞けるか?」
オークリフは頷くと、馬房を出る。
お母様とはここで分かれて、オークリフに着いていく。
部屋に入るとその人はベットに無表情で腰かけていた。
顔と手や足にも服の間から包帯が見える。それにこれは…。
「どうだ、話をする気になったか?」
オークリフが尋ねる。
「…」
「もう1人は食事を食べて、服も着替えて休んでいる。馬も無事だ」
そこで初めて表情が動く。
「無事…?…様」
何がその凍り付いた感情を溶かしたのか…。
声を殺して泣き始めた。オークリフに目配せし、俺は泣き止むのを待つ。
やがてオークリフは部屋を出て行った。
「お見苦しい所を…」
「構わない。話を聞かせてくれるか?」
男は頷くと話し始める。
「私たちは、とある国から来ました。ここより北にあった貧しい国です」
男が語った話はやはり、そうか。彼ら自身に関する話を省いていたが想像は付く。
敵に襲撃され、追われて逃げ惑い散り散りになったこと。
脚の早い馬に乗った2人が陽動で他の人から引き離し、逃げ続けてこの森にたどり着いたこと。
そこでついに力尽きて、馬が倒れ自分たちも動けなくなったこと。
「もう一人の方は、私が仕える主です」
なるほど、やはり人に傅かれる立場の人間か。どうりで体を自分で拭かないわけだ。
「エリアスだな」
「はい、ご無事で良かった」
俺は顔をしかめると
「せめて自分の体ぐらい拭けるようにしとけよ」
驚いた顔で俺を見る。そして意味が分かったのか
「そうでしたか…それなら安心です」
何かだよ、という言葉を飲み込んだ。
「まだダメだぞ」
全く、主が主なら仕える者もだな。すぐにでもここを出ようとしている。
「まずは体をしっかり治せ。傷だらけの上にその何だ…」
男は驚いた顔で俺を見て
「分かるのですか?」
「エリアスもだろ?」
「…あなたは森人ですね?私たちは森に受け入れられたのでしょうか」
「そのようだな」
「どうか、主をお願いします」
「断る」
男は項垂れる。
「自分で世話しろ。それはお前の役目だろ」
ハッとして顔を上げる。そして静かに涙を流した。
分かっているのだろう、この男からはより濃厚な呪いの気配を感じる。
自分亡き後に、主を託せる者を探していたのか。
そんなことはご免だ。お前は死に物狂いで生きろ、生き抜け。
俺はそういう思いを込めて、男を見る。
「キリウスと、キリウスと申します」
「俺はネールだ」
キリウスは深々と頭を下げた。
俺はお母様の元に行く。
「どうだった?」
「どうもこうも…まだ治っていない体でここを出て行こうとしていた。止めたが」
「まさか、あんな体で?」
「あぁ、仲間を探したいのだろうが…難しいだろうな」
この森の近くに隠れる所はない。森にたどり着けていないのであれば、他の国に逃れたかあるいは…。
どちらにしても、あの体では死ににいくようなものだ。
俺は耳飾りに触れる。
この中にはアイル君が
「万が一、身一つで放り出されても大丈夫な装備とか入れました」
と言っていた、装備とか、がある。
その中に傷薬と、解毒剤も入っていた。私はその解毒剤を鑑定で見る。
(完全解毒剤 あらゆる毒を解毒する(呪い含む))
…アイル君、君って子は…解毒剤で何で呪いが解けるんだよ。
これを渡していいのか、悩む。これがあれば彼らの呪いは解けるのだろうか?
彼を待つべきか。
「シア?」
「アイル君の持たせてくれた解毒剤なんだけど、呪いも解呪できるみたいで」
「なんですって?呪いも?あぁ、だからファルが」
頷く。
「それは彼らには渡さない方がいいわ」
やっぱりそうか。
「彼の作ってくれた食事を少量ずつ出しましょう。シアの話によれば、彼の癒しが含まれてるんでしょ?まずはそれで少しずつは傷が癒えるわ」
それしかないか、今は。
彼らは北の民、イズワットという人種だろう。
その抜けるような白い肌と白い髪、薄い水色の目が、彼らの特徴だ。
その特徴そのままの姿のエリアスとキリウス。
今は考えても仕方ない。そういえばあの馬たちは大丈夫だろうか?
「お母様、馬たちは呪いを?」
「気配は感じなかったわ。でも飼い主があれだけ…」
「見に行ってきます」
馬房に行くと先ほどの2棟が前脚をかく。
近づいて鑑定で見る。
(アイルの傷薬で骨折と衰弱が完治している 僅かにあった呪いも解呪された)
だからアイル君…。
本当になんて子なんだろうな…もうこんなにも惹かれているのに、まだ俺を惹きつけるのか?君は。
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