160.森の中で
アイル達が転移した国、バナパルト王国、そこから遥か北に位置するところに、かつてイグニシアという名の国があった。
そう、少し前に滅びたのだ。
それは突然だった。
国のあらゆる機能が停止した。
少し前から内部紛争が起こり、国民は疲弊し、逃げられるものは近隣国へと逃れていた。
残ったのは逃れるだけの資金がない者、移動に耐えられない年寄りや子供たちだ。
それでも細々と暮らしていたが、内部紛争は激化し、やがて王は倒された。なのに王を倒した者が暫定政権を打ち立て実権を握ることもなく。
国民は他国に逃れて、国としての体裁は保てずに瓦解した。
それからは坂道を転がるがごとく、元国であった彼の地は荒廃していった。
かつての王族がどうなったのか、王を倒した筈の軍部の人間がどうなったのか。
国民は知らされることもなく、ただ国がなくなり放置された。
しかし、痩せた土地で主産業もなく、うま味の無いその土地を近隣諸国も放置し、そしてただの荒れ地となっていったのだ。
その元国の地下で数人の、明らかにヤバそうな男たちが話をしていた。
「首尾は?」
まずまず、か。ロレンシアは混乱している。バナパルトは苦戦していたが、例のヤツを投入した」
「魔道具は?」
「ダメだな、何故だか突然爆発した」
「動ける人間だけで、やれることをやるしか」
「今は仕方ない」
「……」
そんな、不穏な会話が繰り広げられていた。
その頃、バナパルト王国のとある場所では…
早く、もっと早く。
身も心もすでに限界を超えているが、それでもボロボロになりながらも、まだ走り続ける。愛馬にも無理をさせているが、なんとか、後少し耐えて欲しい。
そうして気力を振り絞り3日3晩、走り続け…ついに馬がどう、と倒れた。
乗っていた自分も投げ出され、動けない。
もうダメなのか…、ここまで来たのに…。
「…、…」
声にならない声で、名前を呼んだ…どうか無事で。
目が覚めるとそこは暗かった。私は…不意に起き上がろうとする。
痛っ…。
「まだダメだよ」
声がした方を見るとそこにはフードを被った男性?がいた。
「ここは…?馬は?連れは…?」
その人は俺の肩を軽く押してベットに横たえる。
「安静に…」
それだけを告げて、何か食べ物を置いて部屋を出て行く。そのまま少し眠ったようだ。
くぅぅ…とお腹が鳴った音で目が覚める。そういえば、もうずいぶんと何も口にしていない。
机の上にはいつの間にか、温かいスープとパンが置いてあった。
私は空腹に耐えきれず食べることにする。傷む体を押してなんとか起き上がる。
そして念のため、鑑定をかける。ここがどこか分からない。味方なのか、敵なのかも。慎重にならざるを得ないのだ。
(野菜たっぷりのスープと普通のパン)
大丈夫か、ふうと息を吐く。途端に空腹が加速した。そっとスプーンですくってスープを飲む。
んっ、美味しい。なんて美味しいんだ!夢中で食べた。パンを浸してそちらも。
ホッと一息ついて、改めて部屋を見回す。
窓の無いその部屋は簡素で、でもシーツは清潔で居心地のいい空間だった。
私は助かった、のか?
キリウスは大丈夫だろうか。パルメは?無理をさせてしまった。
骨折などしていないだろうか。
心配は尽きないが、今はとにかく体を休めよう。
油断はできないが、この体では例え敵であっても抵抗すら出来ない。
部屋に面して出入口以外の扉がある。ゆっくりと立ち上がろうとしてふらついた。
足をケガしているようだ。手当がされているが、傷が熱を持っている。
ゆっくりと足を引きずりながらその扉を開ける。
そこはトイレだった。びっくりしたが有難い。見た途端に尿意を催したのだ。入って用を足す。
ふう、すっきりしてトイレを出た。
またゆっくりと歩いてベットに横になる。
ここはどこだろう?自分はどこまで来れたのだろうか?
分からない、分からないが…とにかく体を…。
そこで睡魔が襲ってきて目をつむった。
そこは鬱蒼とした森の中、かなり奥深いところだ。大きな木が林立するその付近は人里からも離れ、訪れる人はいない。
一度森に入ると、迷い、道を見失い、やがて森に呑まれる。そんな森の深い場所に人がいた。
大きな木のウロから、人が出て来る。そして、森に分け入っていく。迷いなく。
彼らは植物との相性が良く、木々と会話をする。そうやって、森の中でも迷わず進むことが出来る。
そうして狩りをしたり、薬草などを採取して暮らしている。しかし、もう朝晩はかなり冷える。
森の恵も減り、厳しい冬が近い。暮らしも厳しく、細々と暮らしていた。
そんなある日、木のウロから2人が出て来た。
「森が騒がしい」
「ざわざわしているな…あちらか。見に行こう」
そうして連れ立って、ざわめきの大きい方へと進んで行く。
一際、大きく木々が騒つく。
そこには、人と馬が倒れていた。馬は脚を折ったのか、苦しそうにもがいている。
「あちらにも、何か…」
少し進むと、もう1人倒れている。そして側には先ほどと同じように馬が倒れていた。
私たちに気がつくと、倒れたままで威嚇する。さぞかし大切にされていたのだろう。手負いで主を守ろうとするなど、余程だ。
私は怖がらせないように、その馬の鬣を横から撫でる。
よしよし、そう、いい子だね…もう大丈夫。
私は薬草を出して、折れた脚に当てる。近くの枝で添木を作ると、脚に当てて布で固定した。
「さぁ、私も手伝うから…起きてごらん」
馬は嘶くと前脚を踏ん張って起きようとする。私は土魔法で体の下の土を隆起させ、補助する。
よし、起き上がれた。
馬は横たわった状態では内臓が圧迫されて、すぐに死んでしまう。早く起こしてやらなければ命を落とすのだ。
もう1頭の馬にも同じ処置をする。そしてなんとか、起き上がれた。痛そうではあるが、歩ける。
「おい、人より馬かよ?」
「人は専門外」
「チッ」
「死んでないでしょ?」
「あぁ、衰弱してケガをしてるがな」
「ならいいじゃない」
「よくないだろ。どうやって運ぶんだよ?」
「2往復すればいいでしょ?」
「手伝おうとは思わないのか?」
すると
「ケンカしてる場合なの?森が落ち着かないわ。早く連れて帰りましょう」
もう1人、この場に合流した。その一声に
「「はーい」」
結局、2人で背負って木のウロを目指す。馬は後から合流した1人が風魔法で体を軽くして、補助しながらゆっくりと進んで行く。
「本当に拠点に入れるんですか?危険では?」
眉間にシワを寄せて1人が言う。
「馬だけでも…」
「おい、馬はいいのかよ」
またケンカが始まる。
「森が受け入れた。なら、大丈夫」
「でも…」
分かっている。それなら何故?
人の命が掛かっている。馬が手負で威嚇してまで助けたいと思う主人ならば、さぞかし大切にされていたのだろう。だから助けてやりたい。
それに、今ここで放置すれば人も馬も命はない。そんなことは出来ない。だってあの子ならきっと助けてって言うから。
私は愛しい子のことを思い出す。過酷な運命を背負いながら、どこまでも優しい子。だから見捨てない。見捨てられない。
こうして、ケガ人と馬は木のウロから拠点へと入って行った。
ネーシアは目を覚ました。あれ?俺は寝てたのか…。
昨日の夜はテントの外で、ポーチから温かいスープとキビサンドを出して食べた。
その後、ポーチにあった
(きれい玉)
を見つけた。ブランに聞くと
『えっとねー、きれいになる』
ごめん、分からないよ?
『うーんと、入れば分かる!魔石に魔力を流してー』
言われた通りに魔法を流すと、体全体が暖かい物で包まれた。えっ?これはお湯?お湯に包まれてる!
い、息が…。口を手で抑える。あれ?息が苦しくない。
『大丈夫だよー』
「ブラン、これは?」
『髪とか、体とか、服がきれいになるー』
「…えっ…」
『もう大丈夫だよ!』
すると、体の周りにあった膜のようなものが消えて、手には元の丸い玉が乗っていた。
『どう?』
あ、確かに…うわ、髪がさらさらだ。しかも、なんかいい匂いがする。
「ブラン、これはとんでもないぞ!」
『そう?だって、ご主人だから…』
そうだった…。本当に、アイル君。君は…。
その後、テントに横になって…そこから記憶がない。
「ブラン、もしかして見張ってくれてた?」
『ううん、寝てたよ!だってご主人の守護結界に守られてるしー、隠蔽もかかってるからとっても安全。だから見張りは要らない』
おうふ、流石だ。見張の要らない野営なんで、天国じゃないか。
『ご主人だからね!』
本当に、それだな。私はブランの胸毛を撫でると、朝ごはんを食べる。
(スープの素)
ん?何だ、これ。
「ブラン、スープの素って?」
『お湯をかけるとスープになるよ』
「…えっ?」
『温泉でご主人が作ってなかった?』
そうだったか?覚えてない。試しにカップにそのスープの素を入れ、魔法でお湯を出してカップに注ぐ。
スプーンでかき混ぜればいい匂いがする。
これはキビかな?
コクン…美味い。流石だよ。野営の辛さはテントでの窮屈さと夜の見張り、そして食事だ。
携帯食は美味しくないし、テントは窮屈で硬くて体はバキバキになるし寒いし。
それが広くて快適で温かな寝床、温かい食事、見張も不要なんてもう、楽しいだけだろ。
本当にアイル君は…。涼しい顔でこんなにも尽くしてくれる。
参ったな…。イーリスの番なのに、どんどん惹かれていく。はぁ、切ない。
『シア兄、どうしたの?』
「あぁ、君のご主人は最高だなって思って」
『でしょ?最高に優しくて最高に清らかでとにかく、最高なんだ!』
ブラン、本当にな…。
私はテントを畳んで(自動でシュッと小さくなった)ポーチに仕舞うと
「ブラン、お願いするよ」
『任せて!』
こうして、また空を飛ぶ。ブランはどこか焦っているような、そんな気がした。
太陽が真上に来る頃、ブランが地上に降りた。
『休憩ー。お腹空いたでしょ?』
「ありがとう。ブランも食べてな」
『うん、ご主人の魔力があるから僕は食べなくても平気だけど、でも嬉しい』
そう言って、一緒にサバサンドとスープ、果物を食べる。もちろん、全てアイル君のポーチに入っていたものだ。
食後は少し休み、また空を飛ぶ。どれくらい経ったろうか…。ブランが高度を落とし、速度もおちた。
風景が見える。えっ…?
『そろそろ着くよ!』
まさか、いやでも…確かに白の森にほど近い町が見えて来た。
10日の距離を1日半で?
『どこに降りる?』
「森の中に、少し開けたところがある。そこに降りられるかな?」
『んーと、あそこ?この大きさでは無理かな。近くでホバリングしたら、風魔法で飛べる?』
「木の少し上まで寄れたら大丈夫だ」
『やってみる』
さらに高度を落として、木の上スレスレまで寄ってくれた。
「降りるよ!」
そう声をかけて、飛び降りる。風魔法で体を浮かせて、落下速度を調整しながら地面に降りた。
すぐに小さくなったブランが肩に止まる。
『シア兄、ここでいい?』
「あぁ、ありがとう」
『僕はもう行くよ!またね』
言うが早いか…もう豆粒くらいの大きさだ。速い!
ブラン、きっとアイル君の側にいたかっただろうに…ありがとう。
私はブランが去った方向に向かって深々と頭を下げた。
さて、皆はどこにいるだろうか?うっすらと魔力を感じる。辿ろう。
森の奥へと続く、良く知った魔力を追う。
近いな…ここは。あぁ、皆いる。
私は巨木のウロに入って行った。ウロの先は広い空間だ。そこを抜けると階段を降りて行く。
バタバタと走る音がして
「兄様!」
ドンとぶつかって来る。
「こら、サナ。危ないだろ?」
「兄様、お帰り」
相変わらずだな。
「皆、元気か?」
「うん!」
奥から人々が出てくる。
「シア?」
「お母様…」
「シアなのね、ファルは?どうしたの…」
駆け寄って来て聞く。真剣な顔だ。だから俺は笑顔で
「大丈夫、皆、無事だ」
「ファルの体は?」
私の肩を揺すって聞く。私はお母様の肩を抱き寄せ
「体はもう大丈夫。魔力も戻ったよ」
お母様は目を目を見開く。
「呪いも…?」
大きく頷けば目に涙を溜めて、良かった…と呟いた。
そのまま、私に抱きついて泣いていた。この細い肩で、耐えてたんだな。私もお母様もギュッと抱きしめる。
しばらくすると、お母様が顔を上げ
「シアも、何か変わったわ。なんて言うか、自信が付いた、かしら」
さすが、お母様だ。
「そうかも、しれない」
優しく微笑むと私にキスをする。会えない時間を埋めるかのような、長くて温かいキスだった。
私は拠点の奥に案内される。サナも着いて来たがったが、お母様が拒否した。
「家族の話だから、あなたは控えなさい」
不満そうにしながらも離れて行った。
そう、サナは私の妹ではない。親戚ですらない、近所の子だ。森人はそこまで数が多くない。この森に住む森人は更に少ない。
生命樹の守人は限られた者しか出来ないから。サナは私たち一族の補佐をする者たちだ。
距離は近いが、線引きはきちんとしている。サナはイーリスに会ったことすら無いのだから。
私はお母様と2人だけになった。
「何があったの?ファルの呪いは…解呪出来るような呪いじゃなかったわ」
「うん、本来なら。お父様もここにはもう戻れない覚悟でイーリスを探しに行ったんだ。お母様ともお別れをしてただろ?でも、そう奇跡。奇跡が起きたんだよ」
そして、私はアイルとイーリスのこと、ハク様のことを話始めた。
お母様は途中から目を開いて固まった。
「お母様?」
呼びかけるとハッとして私を見る。
「気のせいかしら?聖獣とか、精霊王とか、愛し子とか聞こえたんだけど…」
そう思うよな?だから私は笑いながら
「驚くのも無理はないけど、全部、本当だよ」
「えっ?私のイーリスは番を見つけて、その人は聖獣の契約者で精霊王の愛し子…その子がファルの呪いを解いてくれた…?」
「そうだよ」
「私、夢を見てるのかしら?白昼夢?」
「夢じゃないよ…すべて現実だ」
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