閑話 ダナンの回想
本日の夜投稿から第3章が始まります…
ふと仕事の手を休める。少し休憩するかと思い、立ち上がって窓際に行く。空は澄んでいて、羊のような形の雲が一つだけ浮かんでいた。
私はまだイザベルがこの屋敷にいた子供の頃を思い出した。
「兄しゃま、あしょこに羊しゃんが浮いてましゅ」
ぷくぷくとした手を頭の上に必死に上げて、真剣な顔で空を指差すイザベル。
僕は自分の部屋で始めたばかりの勉強をしていた。
教師役である執事のブラウンがイザベルを見て微笑むと
「少し休みましょう。坊ちゃん」
それを聞いてイザベルはパァぁと顔を輝かせると、その小さな手で僕の手を掴むと窓の方に引っ張る。
目の前で揺れる幼児らしいふわふわとした髪の毛を揺らしながら必死に歩くイザベルはとても愛らしい。
窓の少し手前で
「あしょこでしゅ!」
また真剣な顔で空を指差す。イザベルの横から見上げれば、確かに雲がある。羊なのか?は分からないが。イザベルには羊に見えたのかな。
「雲があるね」
うんうんと頷いた。どこか得意そうで、幼児体型のぽこりんとしたお腹。腰に手を当てて僕を見上げる様子はひたすら可愛い。
「くすっ、イザベルは可愛な!」
満更でもなさそうに、でも少し恥ずかしそうにもじもじしながら
「うん!兄しゃまのお嫁さんになるから、賢く無いとダメなんでしゅ」
なんて可愛い、僕のお嫁さんになってくれるなんて。可愛らしい発言だ。
「イザベルは僕と結婚してくれるのかい?」
真剣な顔で大きく頷く。
「うん!兄しゃまはか、かしこ、えっと…かしゅこくて、カッコいい!」
ぶぶっ、言えてないよ?多分、賢くてって言いたかったのかな。本当にイザベルは天使みたいに可愛い。
そのぷくぷくした体を抱きしめる。イザベルは頭を僕の胸にすりすりして背中に手を回す。全然届いて無いけどね。
そのまま抱き上げて窓から離れ、ブラウンが淹れてくれたジュースが置いてあるソファに座った。両手で僕にしがみ付く妹はとても温かくて柔らかい。
ジュースを手に取って
「飲む?」
と聞けば、目をキラキラさせて頷いた。くくっ、本当に可愛いな。
コップを持ってストローをイザベルの小さな口にくわえさせる。一緒にコップに手を添えて必死な顔で飲む。何故か鼻息が荒い。ぷくっ、ずっと見てても見飽きないな。半分飲むと
「ぷはぁ、美味しい!兄しゃまもどうじょー」
僕はイザベルの飲み掛けを飲んだ。なんだかご機嫌で僕の膝の上ではしゃぐ。
「兄しゃまと一緒に飲んだにょー」
あぁ、一緒が良かったのか。子供は可愛いな。いや、僕も子供だけど。
その羊の雲の時は確か私が5才でイザベル、イズは4才だったな。
小さな頃はぷくぷくとして本当に愛らしい子供だったイザベル。真面目すぎる私とは対照的に元気で明るい子に育った。
小さな頃は兄さん兄さんと付いてきた子が、いつからか兄様と呼ぶようになり、寂しさを覚えたのは10才からだろうか。呼び方は変わっても相変わらず、私とお揃いや一緒がいいと時々駄々をこねたイズ。
そしていつからか、私の後をついて来なくなり、お揃いも一緒になくなった。思春期の頃はお互いに距離を置いていたような気がする。
愛らしかったイズは美しく成長し、どこかでイズを見た貴族のご子息たちから熱心に手紙を貰っていた。
やがて私は貴族学院に入学する為、実家を離れて王都に行った。離れてからはイズと頻繁に手紙をやり取りするようになった。
実家の様子も気になったし、一年後にはイズも貴族学院に入学するからだ。
一年後に王都に構えた小さな屋敷にイズがやって来た。堅苦しい学院生活は、勉強と他の貴族との出会いがあり、それなりに充実はしていた。
イズが入学すると、噂になった。私もそれなりに整った見目をしていたようで、イズと歩いていると
「まぁ、なんてお似合いのお二人でしょう」
とか
「輝いて見えますわ!」
などの賛辞もあれば
「チッ、田舎家族が!」
とか
「あの子は可愛いが実家の侯爵家は地味だな」
などなど。
そう言うさまざまな言葉を聞いても、イズは全く揺るがすに微笑んでいた。
「お父様とお母様が大切にしている領地よ。誰が何を言っても気にならないわ!」
私よりしっかりしているなぁと思ったものだ。
貴族は学院の前期である、13才から15才までは未成年なので婚約も婚姻も出来ない。
後期の16才から18才で婚約と整え、学院卒業を待って結婚する人が多いのだ。
もっとも、女子は学院に通わない人も多いので成人した16で結婚する人もいる。
だから前期で人脈を作り、狙いを定めておく人が大半だ。そして私はその大半から漏れた方だ。いや、漏れたと言うか…貴族の女性がちょっと。
母上もイズも貴族の女性だが、なんと言うか…怖い。
だから敢えてそういう話からは遠ざかっていたのだ。結果的にそれが後々の騒動の発端になるとはこの時は知らずに。
前期の最終年であるら15才の時。天候不順で雨が降り続き、視察を兼ねて両親が川のそばの町に向かった。その町に向かう少し前に川の上流で大雨が降っていた。それを知っていて、両親に町の様子を見に行くよう言ったのが後に結婚する女の両親だった。
その女の家は伯爵家で、我がアフロシア領と農産品の取引をしていた。
収穫間近の小麦などを取引品目としていたので、雨が続いたことから気になるが大丈夫かと問い合わせが来たのだ。
それなりに大きな額の取引だったので、災害で困っていないか確認するために父上が1人で現地に行く予定だった。
それをあの女の父親の伯爵が、そのまま視察ついでに会談をしましょうと言い、ぜひ奥様もと言われて。
結局、2人で出掛けて行った。
娘と俺との婚約を遠回しに打診していたらしい。俺の苦手なタイプだったから、全く考えては居なかった。イズもなんとなく嫌そうにしていたし。
しかし、上流で降った大雨の影響で川が氾濫。両親は町の人たちと避難している最中に、川にのまれて流された。遺体が発見されたのは3日後。だいぶ流された先でだった。
会談すると言って母上まで連れ出させた伯爵は、橋が落ちたからと結局、屋敷から一歩も外に出ていなかったと知ったのはかなり後のことだ。
父上が亡くなり、急遽15才で領主となった私は1人ではどうすることもできなかった。あの女の父親に手伝って貰い、なんとか領地の運営を軌道に乗せた。それが全て、娘を私と婚約させるためだったのだろう。
ここまでしてもらっては断れなかった。イズは嫌がったが、私の力ではどうすることもできなかった。
そして、イズが出かけた先からの帰り道で攫われた聞いた時は頭が真っ白になった。
イズ、イズ、イズ…私を置いていかないでくれ。
その後、たまたま捕まえた男からイズが盗賊に攫われたことを知った。そして、私のイズをそんな目に合わせた超本人が同じ屋敷にいるなんて。
すぐに追い出した。なるべく殺さずに、苦しませるよう執事に伝えて。
イズ、どこかで生きててくれたらまた会えるか?
そんなやらせない思いを胸に、唯一の肉親となった一人息子はフェルを大切に育てた。
そしてフェルが5才の頃、運命に導かれるようにもう1人のイズに出会った。
懐かしいような、湧き上がるような自分の気持ちを抑えきれず、イズと一つになった。
なんて愛おしい。しかし、そのイズを息子も想ってしまったのは誤算だった。いや、さすが私の息子と言うべきか。
なのに、無理矢理にと頼まれて打診した結婚にフェルが頷いたのには驚いた。
それに合わせてイズは屋敷を出て、寂しさを覚えたものだ。
そして、私たちはアイルと出会う。彼は幸せの女神なんだと思う。無自覚に周りを巻き込んで、とんでもない力を秘めて。聖なるものに囲まれたアイル。
なのに優しくて、どこまでひたむきで。
そんな彼と知り合ってから、イズもフェルも少し変わった。
その後、フェルトはお互いにイズのこともあって誤解をしていたことが分かり、さらに結婚したアナベルは不貞を働いていて離縁したのだ。
そして、貴族法に則り私たちは家族としてイズと結婚した。
そして、アーシャ様からイザベルの想いを聞かされた。自分の寿命と引き換えて、イズに施した祝福は確かにイズの首元にあった。
あぁ、イズ。君はここにいたんだね…。出会わせてくれてありがとう、イズ。安らかに眠って。
私のイズは全力で幸せにするから。
全てはアイル君と出会ってからのこと。あっという間に私たちの心に入り込んで、強烈な印象を残して去ってしまった。
君は今、何をしている?
元気かい?笑っているかい?
幸せかい?
私はゼクスから君の幸せを願っているよ…アイル
※読んでくださる皆さんにお願い※
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