131.感謝祭3日目
今日はようやく感謝祭の最終日だ。新しい特産品としてキビの栽培を始めたものの、栽培する農家の数が増えずに困っていた領主のダナン様。
そこで新しい料理を提案して栽培数を伸ばそうとここの領主とキビの産地である隣の領主が手を組んで感謝祭の屋台でお披露目をすることになった。
その屋台の出店責任者は有名な探索者で今は宿を営むスーザンだ。最近、結婚したウールリアと共に調理と接客を担当する。
他にも調理担当のルドと雑用全般と力仕事担当のレオ、さらに本来はアイルの護衛として雇ったブラットとサリナスの冒険者2人。
当日の手伝いは拒否されたが、影の主役は間違い無くアイルだ。メニューから店のマーク、紋章にあのクリームを分離する機械。判もそうだ。後は看板か…。
デカくて見栄えのする模様の。そんな事をアッサリとやってる癖に何をしたのか自覚のないヤツだ。
本人は本気で目立ちたく無いらしいが、やる事なす事全てぶっ飛んでいる。下手な貴族に目を付けられなくて良かった。この国の貴族が減るだけだ。
なんと言ってもアイルには聖獣が付いている。しかも2体だ。ハク様はもちろん、ブラン様も小さなお姿だがその聖力をひしひしと感じる。
アイルに関わる時だけ感じるのだから牽制してるのだろう。
その事に本人だけが気が付いていないとかな…。本当に世話が焼ける。
そして余りの大盛況に誰もが浮き足だった。当日は手伝わないと言い、さらには名前も呼ばないでくれと。ダナン様から直々に言われた。
なのに…ウールリアがよりによって行列の近くで、大声でその名前を呼んだらしい。
アイルがその事に怒ってこの町から消えた。
たくさんのキビパンと、スーザンたちに結婚の祝いと手紙を残して。
全くアイツらしい。責任感が強くて…どこまでも優しい。その優しさ故につい、余計な事を言ってしまう。無意識に甘えているのだろう。アイツなら許してくれると。
無自覚な癖に傷付きやすくて、なのに優しくて。ちぐはぐで目が離せない。
アイルよ…無事に屋台が終わりそうだ。ありがとよ。また、この町に戻って来い。
俺は運営のテントの中で屋台の混雑を見ながら黄昏ていた。
「ギルマス、東門の騒動は収まりました」
「力で抑えたの間違いだろ?」
イザークは笑う。コイツも大概だからな…。強いが野生の強さとでも言うのか?何しろ勘がいい。騒動を力で収めるならコイツが1番だ。
「どうかしましたか?」
「貴族のお前に敬語とかな…居心地悪いな」
「元貴族のあなたに言われてもね…」
「俺は所詮元だ」
「それなら私はほやほやなので…先輩にはかないませんよ?」
そう、俺は元々伯爵家の3男だ。貴族にしてはやんちゃだったせいか…どうせ家を出るんだか探索者になるぞ!って成人して家を出て、それなりに実績も詰んで…元貴族という変わり種が受け入れられて、貴族との交渉も多いギルマスをやらされている。
因みに探索者は引退してないから現役だ。
さて、アイルが消えるとか騒動が無かったとは言わないが概ね順調か…。キビの屋台は大盛況だ。あの機械も売れるだろうな。しかも店のマーク。あれが珍しいと誰が作ったとか俺にも作って欲しいとか凄かったらしい。
判の応用だから作れるだろうがあの模様?絵?あれは無理だな。大方アイルがこんな感じとか大雑把に絵を描いて、イーリスが仕上げたんだろ。イーリスの描画力は抜き出てるからな。
アイツらいい仲間だよな…。イーリスの方がかなり夢中に見えたが。
おっそろそろ昼か…。ギルドの職員がサバサンドとキビスープを差し入れてくれる。
キビスープは日替わりで今日はクリーム味?まろやかなスープだ。これも人気だった。初日は粒入りの牛乳仕立て。2日目は野菜たっぷりの粒入り、そして今日は粒を漉して牛乳を混ぜたまろやか味。
こんなに万能に使えるなんてな。ちなみに濾すのはアイルの作った機械で、らしい。
製品の製造と販売の登録をラルフがしていた。それをいち早くダナン様が取り入れてキビを濾してスープにした。
アイルがキビを潰すのにも使えるって言ったらしい。全くお前は…お人好し過ぎだろ?
サバサンドだって命名もアイツらしいし、何ならパンに挟むのも味付けさえもアイツの発案だとさ。
どこまでもアイルはアイルだな。いなくなっても、いやいなくなったから余計にアイツの存在は大きくて…。元気に過ごせよ?ちゃんと飯も食えよ?
バージニアはこの後、ダイヤモンド鉱山の発見で王都に呼ばれたり各貴族から質問攻めに会うことをまだ知らない。
最終日の屋台は午後3時に終わる。そろそろ最後尾を決める頃だな。よし、一働きするか。
屋台に向かうと案の定、列の最後にまだ並ぼうとして揉めていた。ブラッドが対応しているが人選ミスだろ。
俺は割って入ると
「感謝祭の屋台は3時までだ」
「分かってるけどよ…やっと依頼が終わって来たんだぜ?」
するとブラッドが
「今回のメニューは持ち帰り専門でリアが提供するって」
「マジか?食えんのか?」
「宿の一部を持ち帰り専用の店にして、朝と昼の販売をするってさ…」
「なら仕方ないな!店が始まるのを楽しみにしてるぜ!伝えてくれよな」
そう言って列を離れた。
「おい!ラド、本当か」
「あぁ、アイツの残したものだからって。店の名前も使っていいって領主様から言われたと」
「そうか…それは俺も嬉しいな」
「隣の領にも出店するらしいぞ?」
「あぁ、ラルフのな。まぁ元はあちらが産地だからな」
こうして無事に3時を迎え、屋台は撤収を始める。それが終われば最後に舞台でダナン様が挨拶をして感謝祭は終わる。挨拶の後に紙に火魔法で灯りを付けたものを空に飛ばす。空で跳ねるように散って消えるその光景は幻想的だ。アイル…お前も何処かで見てるのか?
全てが終わるまで俺の仕事は終わらない。しかし、紙を飛ばす時には家族がやって来た。走って来る息子を抱き上げる。伴侶となる相手は10才年下の探索者だ。
「ジニーお疲れ…なんとか終わりそうかな?」
「あぁ、疲れたがな」
彼はくすくす笑うと
「その割に楽しそうだ。例の彼?」
「んあ、そうかもな…嵐のようなヤツだった」
「ジニーに聞くのと、彼の容姿が一致しないけど?」
「それな、ブラッドとかも言ってたぞ。一見、普通なのにやらかしが凄いってな」
「それなのに、皆が彼のことが好きみたいだよ?」
「だなぁ…お人好しで真面目で…優しいからかな」
「僕より?」
「比較にならないなぁ…アイツは天然物だ」
「何それ?」
またくすくす笑うと俺に寄り添った。彼の肩を抱いて息子と一緒に紙を空にそっと放つ。空に舞い上がってから…やがて跳ねるように散った。俺たち家族は静かにその光景を見ていた。
何とかやり切った。スーザンは力を抜いた。皆んな達成感に満ちた目をしている。意外に活躍したのがサリナスが急遽声をかけた黒髪の探索者たちだ。計算も出来るのだから儲けものだ。
商店のヤツからも声を掛けられていた。早くて正確だからそりゃなんで探索者なんてしてるんだ、だよな?
身体の動きを見ると実力は全くだ。商店に勤めた方が良さそうなのにな。
ウルは途中からなんとか立ち直った。小指を見つめては気合いを入れて、時々泣きそうな顔をしていたが。
お前のそんな顔は人に見せるなよ?変なのが寄って来るだろが。今日の夜も好きなだけ泣かせてやろう。
ウルが何も言わなくてもアイルはこの町を出て行ったと思う。少し早かっただけだ。
そもそも嫌われてなんかないだろ?嫌いなヤツにお祝いなんて残すか?だから安心しろ。
キビの店、やるんだろ?アイルの残したものを形にして俺たちが広めような。ウル…。やがて生まれるだろう子供の名前も、考えている。だから笑えよ?
呪われてからたくさん泣いただろ?これからはアイルがくれた新しい人生を笑って過ごそう、一緒にな。
挨拶が終わって紙を飛ばす時間だ。俺はウルと手を取り合って一緒に空に放った。新しい人生への感謝とアイルの無事を願って。
なんとか感謝祭が終わった。イザークは撤収作業を見つめる。屋台は盛況過ぎて…結果アイルが早々とこの町を出てしまったけど。
それでも彼が残した功績は余りにも大きい。ウールリアはキビの持ち帰り専門の店を始めると言う。それもいいだろうな。彼は落ち着いたら探索者に復帰するだろうし…。当座の資金集めにいいだろう。
あのレオとルドも引き続き店を手伝うらしい。貧民街から通ってるいるが、彼らはそこを離れたがらない。
暮らしに困っていないのならそれでもいいのだろう。
そうして初めての貴族として迎えた感謝祭は大切な人と心を通わせて過ごす初めての祭りで…母のことも父のことも私が存在することすら許せた日だった。
俺はダナン様とフェルを見る。2人に挟まれて…お父さん、俺にも大切な家族が出来たよ。母さん、守ってくれてありがとう。
これも全てアイルのお陰なんだな…。いつか子を授かったら君から名前を貰ってもいいだろうか?
俺たち3人は一斉に紙を空に放つ。
それぞれの想いをのせて…紙は舞い上がり空に散った。それはまるで精霊たちが舞うような幻想的な光景だった。




