127.感謝祭2日目
ゼクスの町で感謝祭は2日目を迎えた。領主後援の屋台が人気で、「弾けるキビ カラメル味」と「キビふわふわ」と言う名のオヤツが特に注目を集めていた。
また、魚専門の屋台でもサバサンドなるものが大人気となりお昼過ぎには売り切れで店じまいする程だった。
この日は昨日、食べ損ねたり噂を聞いた人が朝から並んでいた。屋台は昨日と変わらず賑やかで一見、何も変わらないように見えた。
スーザンはため息を押し殺し、キビを焼く。ウルは今日も朝から動きに精彩をかくし、レオとルドも笑顔がなく黙々と手だけを動かしている。
ブラッドとサリナスですらやけに静かだ。ざわめく広場の中でこの屋台の中だけ変に静まっている。
朝から順調に売れていく。皿やカップはほぼ回収出来たが、やはり判をついたものは一部回収出来なかった。それでもアイルが判を置いていってくれたから足りない分には押すことが出来た。いつもは木で作っていたのに、残してくれた判は金属製だ。本当にどこまで有能なんだろうか…。
昨日の厨房を思い出す。そこにはイザークが材料を入れて渡した空間拡張ポーチと手紙があった。
さらにリル草の蜜が入った瓶と何かが入った茶色い瓶に、石鹸?のようなもの。さらに、アクセサリーと思われるものが置いてあった。
そしてもう一つ…。
それを見てウルが崩れ落ちた。そのまま呆然と涙を流し始め、俺はウルを腕に抱えた。
最後の瓶は、間違いない。例の解毒剤だ。なぜか呪いまで解呪するという。
置いていってくれたのか…?俺たちの為に。
ポーチを手にし、中身を見て驚いた。本当にお前ってヤツは…。不意に涙が出て溢れた。乱暴に拭ってポーチをイザークに渡す。受け取ったアイツも驚いていた。そりゃそうだろ。時間遅延付きで空間もかなり拡張されていた。馬車5台分くらいか、とんでもねぇな…国宝級だぞ。
そこにキビパン1000個と残りの材料が入ってた。どんだけ材料渡したんだよ!で、いつの間に1000個も作ったんだよ…。アイルの作るパンは少ししっとりしていて美味しい。それを1000個も…。
嫌な思いをして出ていくヤツが普通するか?しないだろ…。
手紙にはここで長いこと世話になった。いい宿だったと書いてあった。リアとお幸せに。お祝いの品を少し置いていくからと。
お祝いの品目録
解毒剤 解呪も可能
お揃いの指輪 自動大きさ調整付き
(内側に石をはめ込んである。そこに野営道具と薬や保存食一式入ってる)
お揃いのイヤーカフ
(防御魔法付き)
石鹸 精油入り 香り付き
精油 香りの高い薬草から抽出
もう涙を拭うことすら出来なかった。お前は…。アイル、また会えるよな…。子供にお前から名前を貰っていいか?本当にありがとう、アイル。
泣きじゃくるウルの小指に指輪を嵌める。左手の小指に嵌るのは両想いの証。泣きながらウルも俺の小指に嵌めてくれる。
表面に蔦と剣が交差する模様。宿の紋章だ…。銀色の艶消しはまさにアイルの色。忘れないからな…。
*******
渡されたポーチ。元は肩かけカバン8個分くらいの容量だった。それが時間遅延付きで馬車5台分ほどに拡張されていた。100倍じゃきかない程、容量が増えていた。
私宛の手紙もあり、少し容量増やしてます。とあった。どこが少しなんだよ!?
全く彼らしい。無自覚に、本当に心優しい少年だ。国宝級の空間拡張に時間遅延。恐ろしくて他言など出来ない。今、俺の他はスーザンしか知らない。それでいい。
一度、彼らの使っていた部屋に俺とスーザンで入る。ウールリアは自宅の方で休ませた。
「他言…」
「分かってる。言えるわけねぇ」
頷き合った。スーザンはキビパンだけ取り出して、自分のポーチに移し替える。ポーチは返された。
「そんなもん怖くて持ってられるか」
だよな…。
商標登録とか、諸々あったがもう遅い。俺たちで手分けして登録するしかない。
ため息をついて部屋を出た。その部屋は少し前まで誰かが使っていたなんて分からないくらい、きれいになっていた。
俺は意識を屋台に戻す。客はまだまだ途切れない。
サバサンドもアイルの発案らしい。そっちにもキビパンを渡す。しかし、アイルのパンじゃない。アイツのはこちらで使う。なんなら100枚は自分用に確保した。
イザークも100枚確保してたな。分かるぞ、アイツのパンは美味いしな…。
順番に休憩に行く。昨日はアイツらが座っていた有料席も今日は休憩用となり、誰も座っていない。それがやけに寂しくて、迂闊にも涙が出そうになる。
まさか、アイツに泣かされるなんてな…。目を閉じれば自信の無さそうな優しい笑顔が思い浮かぶ。困ったような…ごく僅かな笑顔。表情が豊かではなかったが、考えていることが手に取るように分かるヤツだった。
はぁぁ、元気にしてるのか?なんだか色々と巻き込まれてたからな…。左手の小指を見る。忙しくてまだ用意出来ていなかったお揃いの指輪。イーリスに頼んで作って貰おうか、なんて話をしていたのにな。
アイルがお祝いに作ってくれるなんて…。そのデザインはアイルで作画は多分、イーリスだ。
大きさの自動調整とかまたぶっ飛んだことを当たり前にするようなヤツだからな…。また誰かに絡まれたりしてないかな…。アイル、いつでも戻って来いよ。あの部屋はお前の為に空けておくから。
さて、戻ろう。アイルが残してくれたものはたくさんある。まずは屋台をやり切るぞ!
両手で頬を叩いて気合いを入れた。行列はまだまだ続いている。
その頃、ロルフは1人で死の森に向かっていた。領主であるシスティアや次期領主のラルフはあまり長く領を離れられない。ロルフはラルフと婚姻してカルヴァン侯爵家に戻ったが、お披露目をしていないので比較的自由に動ける。だからダイヤモンド鉱山について調べる為に単身、死の森に来た。
なんとなく、ここに来れば彼に会えるような気がして。
昨日の夜、アイルが町から出たらしいと聞いた。何となく、そんな日が近い内に来ると思っていた。感謝祭の最中だとは思わなかったが。
父上とラルフは昨日の内に領地に帰った。例の黒砂糖を作る為の算段に、だ。あれは急ぐ必要がある。
私は今日、ラルフが占領したこの森に来ることを決めた。アイルのことだから、きっと何かしてくれている。そう確信があったから。
彼がいなくなったと聞いた後、その際にキビパンをたくさん作って置いていったと聞いた。彼らしい。
私への手紙には黒砂糖の件は全てこちらで、とあった。報酬さえも貰ってくれないのか…。
ギルドに依頼を出して、達成扱いにしたら彼の口座にお金が入るか…うん、そうしよう。
ギルマスに相談だな。
そんなことを考えている内に森の入り口に着いた。御者には3日後に迎えに来るよう伝えて森に入る。入り口付近は静かだ。
彼と採取に来たのはもう1ヶ月以上前か…懐かしいな。
ほんの少し前なのに…随分と長い時間が経ったようだ。そうして進んで行くとガサッと音がした。そちらを見ると立派な体躯のグレイウルフがいた。
緊張が走る!っとそのグレイウルフの背中から
『みゃうん』
ん?この声は…。
グレイウルフの背中から頭に小さなグレイウルフがよじ登ってこちらを見てしっぽを振る。
「ミスト様…?」
さらにしっぽをブンブン振って
『みゃうみゃう(そうだよ)』
私はそっとそのグレイウルフを見る。目が合うとそのしっぽを軽く振った。
『ロルフ殿だな?ハク様よりアイル殿の所に案内するよう承っている』
そう言って歩き出した。
私はそのグレイウルフに並ぶと背中のミスト様がこちらに伸び上がって来たので両手で抱き上げる。
短いしっぽをふりふり、可愛い。
少し歩くとハク様の縄張りに入った。目印があるわけではないが、何故かそれが分かった。圧倒的な空気感とでも言うのだろうか…。
そこからまた少し歩くと目の前に建物が見えた。建物?死の森に…?
近づくにつれ、その周りに華やかな光が舞い始める。これは…まさか妖精?
無数の光は優しく舞っている。幻想的な光景だった。そして気がつけば建物の中に入っていた。そこは屋根があって、でも外と一体になった不思議な空間だった。
虹色の蝶が舞い、妖精が飛び、精霊が木に腰掛けて休んでいる。ここはまるで聖なる楽園…サンクチュアリのようだ。
この空間の奥にある建物の扉が開く。すると今まで静かだった周囲がざわめく。
(アイルが来たよ)(主が来たよ)
(なんて澄んだ心)(静謐な空気)
(アイルの側は心地よい)
同じようなことを囁きながら光が舞う。
アイルがこちらに気がついて歩いて来る。
「ロルフ様…私がここにいると?」
「多分…そう思って」
「お1人で…?」
頷けば困ったように
「危ないですよ」
…心配してくれるんだね、君は。
思わず手を伸ばし彼の頬に触れる。ビクッとしたけど逃げなかった。そのままその頬を撫でると
「アイル、君はどこまでも優しい…だからこんなにもたくさんの精霊たちがここに…」
彼はさらに困ったように
「ハクの神聖な魔力に寄ってきてるんです」
違うよ?やっぱり君は無自覚なんだね…。精霊たちが言ってるよ?君の側は心地よいって。僕もそう思うよ、君の側は本当に心地よいって。
彼をふわりと抱きしめると離れ際にその頬にキスをした。ハク様にも念を押されたし、僕はラルフと婚姻したからね…。許されるのはここまで、かな。
体を離すと彼は歩き出す。ついて行くとそこは大きな部屋だった。
「温泉に入れるんです。ここは休憩室で、奥に脱衣所と露天風呂があります」
「温泉…?」
「天然の成分の…お湯」
「もしかして…効能が?」
彼は頷くと脱衣室の扉を開けて、さらにその奥の扉を開ける。
そこには乳白色のお湯があり、湯気が立ち上っていた。凄い!お湯の側により、手を入れる。サラリとして温かい。
(硫黄成分の含まれたお湯 傷、打ち身、皮膚病、内臓の病に効く。疲労回復効果もあり)
病にも?これは凄いことだ。私はその場で服を脱いだ。すぐにでもお湯に…。と思ったらアイルに腕を掴まれた。彼は顔を真っ赤にして
「お湯に入る前に体を流して…」
あぁ、確かに。側には小さな椅子と桶にタライがあった。彼は私の手を引いて椅子に座らせ、桶で湯を掬うとタライに入れてさらに湯を掬って私の肩から湯を掛けてくれる。
そして何かいい匂いのする液体を私の体に付けると手で撫でるように洗ってくれた。彼の手は優しくて全身を洗ってくれるのが何だか恥ずかしくて、でも嬉しい。
洗い終わるとまた湯を体に掛けてくれる。そして手を引かれてお湯に入った。アイルは側で見ている。まだ顔が赤い。私の裸を見たから?湯の中から手を出して彼の手を握る。
伏せたまつ毛が震えている。あぁ、アイル…君はなんて可愛らしいんだろう。
私は握ったその手にキスをした…何度も何度も。
そして思った。許されるのなら、君を一度でいいから抱きたかったと。
彼は瞬きをすると私を見た。目が合う…。頬を染めたまま、そっと私のオデコにキスをする。
「ロルフ様…とてもきれいです」
そう恥ずかしそうに言った。
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