119.ようやく会えたね
ファル兄様の屋敷で鍛錬を始めた。走った後もまだ少し余裕がある。型の訓練。まだ無駄が多いな…。ふうふう…。なんとか…。でも腕がキツい。
木刀が重いよ。昨日よりは多く振りたい…。そうだ、あれだよ。ほら、怒りを力にってヤツ。よし、行くぞ。
貴族なんて嫌いだ! ズバン
自分勝手ばかり言って…。 ズビシ
私は便利な駒じゃない! ズババン
悔しかったら自分で考えろや! ズドン
ていや、ていやていやっ! ズバズバズババン
ふう…。よし、20回振れた。もう腕が上がらない…。
アドレナリン出てたのかな?
「いやぁアイル、今日は気迫が溢れてたね」
「打ち込みが堂にいってたよ」
「魂が籠ってたね!」
「…ぷぷっ」
イリィ…笑わないの!肩が揺れてるよ?耳元で
「貴族なんて嫌い、とか勝手なことばかり、とか思って振ったの?」
ナンデバレテルノ…。
くすくす…。
「アイは本当に分かりやすくて可愛いよ?」
なんか悔しい。でもそれが力になるなら有りかな?
その後は相変わらず次元の違う訓練を見ていた。どこに筋肉付いてるのかな?イリィの体は散々触ってるけど…分からない。
ボケッと見てたからか、隣で一緒に見ていたベル兄様が
「どうした?」
ベル兄様の二の腕を見る。ほっそりとして筋肉とか見えない。力こぶとか出るのかな?
「腕の筋肉…?」
「触る?」
頷いて二の腕を触らせてもらう。普通に柔らかくてスベスベしてる。どこに筋肉あるの?真剣に撫でていたら耳元で
「そんなに撫でられたら…感じちゃうよ?」
顔を上げたら至近距離にベル兄様の顔があって頬に熱が集まる。慌てて下がろうとしたけどガッチリ腕を掴まれて動けない。
「ふふふっ可愛いな…」
焦っていると腰を抱かれて素早くキスされた…。早業?見えなかったよ。解放されて呆然としていると後ろにシア兄様がいて耳にキスをされる。ビクッ。
背後から抱きしめられて二の腕をさすりさすりされる。
「まだまだだね…?ふふふ」
足りてない?筋肉足りてないかな?二の腕をふにふにされてそのまま肩から胸を…。
「胸筋もまだだね…」
さらにお腹に触り
「腹筋も…」
さらにさらに手が下に…待ってそこは筋肉ないから…。
「時間切れ…残念」
解放された…。ふぅ。イリィが走ってきてガバリと抱きつく。
「?」
「僕のアイに触り過ぎ!」
えっ?模擬試合してなかった?見えてたの?
「僕のアイサーチは高感度なんだよ?」
何ですか…それ?
「新しいスキル…」
そうなの?私特化のかな?
「僕のアイに触れたら分かる」
凄いなそれ。浮気なんてしないけど…凄いな…。
こうして鍛錬は終了。また走って宿に帰ると朝食。ウルさんが昨日、ギルドでイザークさんに伝えて朝8時で了解貰ったと聞いた。だから軽くシャワーを浴びてから出掛けることに。
イリィは一緒に行くと言ったけど、イリィが心配だからとお願いして私とハク、ミストで行くことに。ブランはイリィの側にいてもらう。それで安心して行ける。
7時40分くらいに迎えの馬車が来た。イザークさんが乗っていて挨拶だけして黙っていた。何か言いたそうだったけど気づかないフリをした。言い訳とかはもう聞きたくないから。
やがてダナンさまのお屋敷に到着。執事が迎えてくれた。私は軽く頭を下げるだけで無言だ。
そのまま執事に着いて行く。前にも来た応接室だ。
扉が開くとそこにはダナン様、フェリクス様、そしてロルフ様とラルフ様にその父親と思われる人がいた。
扉が閉まり、ダナン様が口を開く。
「急で申し訳ない。こちらはロルフの父親で隣の領主のシスティアだ。明後日には帰らなければならなくて…」
「アイル君、初めてまして。ロルフが世話になってる。隣のカルヴァン侯爵領の領主でシスティア・カルヴァンだ。よろしく」
「…アイルです」
フードを取らずに応える。
しばらく沈黙が落ちた。
「アイル…フードを取って欲しい」
私はロルフ様を見る。相変わらず透明な目で私を見る。流石に失礼かと思ってフードを取った。
「ほぉ、これは珍しい色だな」
私はその声の主、システィア様を見る。ロルフ様を逞しく凛々しくした感じだ。年はダナン様より少し上…?でも若いな。
「先日はラルフが失礼したね。君を縛るつもりはないよ」
もちろん、縛られる気はない。その言葉にも黙っている。私は扉近くで立ったまま
「要件を…」
と切り出した。正直、早く終わらせて帰りたい。話を進めて欲しくて言った。
私の頑なな態度に驚いたのか、困ったようにダナン様が引き取る。
「そうだな、時間もないことだし。その前にアイル君、座らないか?」
仕方なく手近なソファの端、ロルフ様の隣になるべく離れて浅く腰掛ける。ハクは私の足元で膝に頭を乗せている。ミストは腕のポーチから蓋を頭に乗せて顔だけ出している。可愛い。
「まず、店の名前だ。何か意見があれば?」
そう言って皆んなを見渡す。もちろん、私は黙っている。まだ決めてないのか、だよ。
フェリクス様が
「キビの言葉は入れたいな」
「カルヴァン領の特産であるかとも盛り込めたら」
とはシスティア様。
「アイル君、何か意見は?」
「…意見を言う立場にありません」
それだけ言って黙った。自分たちで考えて欲しい。この時間が無駄だよ、ほんと。
「…」
ため息をつくと
「決まってから教えて下さい。決めるのはそちらです」
「そうだな…無意識に君に頼っていたようだ」
「今日中に決めて下さい。それが決まらなくて止まってることが多いので」
「あぁ…そうだな」
「…」
「ん…次に紋章の件だが、これくらいの…大きさで」
とダナン様が体の前で手で示して
「柱の両側にそれぞれ付けたい」
「紋章の写しを下さい。大きさも分かりました。柱のどの位置に付けるのかも指示をお願いします」
「写しは用意済みだ。後で渡そう。高さはそうだな、およそ目線の高さ…1.6メルを基準に…当日に調整しよう。私も行く」
頷く。
「紋章は試作が出来次第、確認のためダナン様に見てもらいます」
「次に材料だ」
続いてシスティア様が話する。
「こちらは3日前から順次、運ぶ予定にしてたんだが…生産者からの提案で牛を連れてこようと思う。屋台で絞っているのを見せたい。その場合は例の機械で分離してクリームを作るの見せることになる。あの機械の商業ギルド登録と、クリームと残りの水についても権利登録をして欲しい。
こちらからのお願いだが、登録に際して、クリームは私と、残りの水はダナンと共同登録として貰えないか?」
「機械以外の登録はご自由に。自分は登録するつもりはありませんから」
「しかしそれでは…」
「目立ちなくないので」
「…」
「分かった。こちらの手配は私が。ただ登録にはギルド証がいるから、自分で登録しないなら預からせて欲しい」
「自分で登録します」
ダナン様とシスティア様は顔を見合わせて
「それでその…使用の権利なのだが…勝手なお願いだが、我々は免除にしてもらえないか?」
「…?」
「製作の権利はもちろん免除なしで。使用に関する方だ」
権利登録は作り方と使用の両方があったか?
「アイル、良ければ登録には私が同行しよう」
確かに1人だと大変かも?そこは素直にお願いするか。
「分かりました。それでいいです」
「あの機械の作り方は…」
私はこうなると思って遠心力の説明のために簡易な水切り器を用意していた。
木で出来た直径20セルくらいの円柱の容器に、内側にセットする足つきのザル、回し手付きの蓋だ。
容器にザルをセットし、カットしたキャベチを水で濡らす。それをザルに入れて蓋をして、ロルフ様に回すよう言う。
頷いて回し始める。しばらく回したのを見て
「そろそろ…」
手を止めたのを確認して蓋を開ける。ロルフ様に中を見せる。
「!」
他の人も見てから驚いていた。中のキャベチの水はしっかりと切れていた。
「これが原理です」
「これ原理は登録を?」
「しません。好きにして下さい。洗濯した後の服の水切りにも使えますよ」
「しかし…」
システィア様が口籠る。
「分かった。この原理は有効活用しよう」
ダナン様がそう言ってこの話は終わった。
「牛乳の運び方や材料の準備に俺は関わらないから、そこはスーザンと調整して下さい」
「分かった。調整しよう」
ダナン様が請け負ってくれたので安心した。
「店の名前が決まればお皿やカップに押す判のデザインも考えて案をお見せします」
それが決まれば準備はほぼ終わり。後は仕込みと当日の人手確保だけだ。
「店の名前は今日中に決める」
「大丈夫だと思いますが、間違っても俺とかイリィとかハクの名前は入れないで下さい」
「も、もちろんだ」
「聖獣とかもですよ?」
「わ、分かっている」
ダナン様の目が泳いでいるぞ…危ない危ない。
もう用事は済んだかな?
「決めることは以上ですね?」
「あぁ、そうだが少しだけ話をしたい」
面倒だから嫌だ。無表情でいると
「イザークのこと、ありがとう」
『それは僕かな…?』
突然声がした。もちろんアーシャ様だ。
『僕が話をしたから…アイルが嫌な思いをしてしまった。アイル、ごめんね…?』
「アーシャ様のせいでは…」
『そうだけどさ…結果的に…さ。祝福も…』
「それは好意なのでとても有難いから…」
「ア、アイル君?」
『あぁ、皆んな僕が見えるの?声が聞こえるの?
祝福は…
君は亡きご両親から…、君は亡き母親から…君は生命樹の…、君と君は亡き妹と、その妹から間接的に…。イザークは亡き母親からだね』
そう言ってシスティア様、ラルフ様、ロルフ様、ダナン様、フェリクス様、イザークさんと見ながら話す。
システィア様とラルフ様、そしてダナン様とフェリクス様が驚いた顔をして固まった。
「私に両親の…?」
システィア様が聞けば
「生命樹に願ったんだね…良き繁栄と…優しい大切な孫のことを」
その目に涙が浮かぶ。
「私に…母親の…?」
『実から産まれたばかりの君に魔除けの薬草を握らせて…願った。健やかな成長を…森の精霊がその願いを聞いた』
「…」
ラルフ様はロルフ様に抱きついて泣いている。
『君の妹は産まれた我が子と…君、そしていつか産まれるであろう君の子供に。その命を掛けて願った。その願いが2人をイザークと巡り合わせた』
「イズ…君は…」
ダナン様はフェリクス様とイザークさんと手を取り合っている。
『ただ人が祝福を与える為には対価が必要だ。輪廻の輪から外れ、2度と生まれ変われない。それだけのものを差し出してさえ、必ず聞き届けられる訳ではない。君たちはそれだけ強い思いを与えられているんだよ』
「…」
『人のとは違うけど、祝福が僕と生命樹の精霊王からなされているアイルが、2体の聖獣と霊獣がそばにいるアイルがどれだけ稀有な存在か分かるだろう?私か伝えたかったのはそれだけだよ』
言うだけで言って消えた…。えぇ…この空気どうしてくれるのさ。
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