118.風殺
なんだか最後は私が落ち込んで終わったけど、ひとまず宿に帰ることにした。
イリィと手を繋いで…。私がそうしたかったから。イリィは嬉しそうに笑っている。頼ってくれて嬉しいって。アイはいつも1人で抱えちゃうからって。そんなつもりは無いんだけどな。
歩きながらさっき決めた話をした。屋台をやり切ってからこの町を出ることを。また戻るかもしれないけど一度離れたい。といっても隣のカルヴァン侯爵領かな?その前に白の森。
「そう言えば白の森ってどの辺り?」
聞いたことなかった。
「ここからは馬車で2週間くらいかな。もっと北の方だよ」
感謝祭は秋の実りの前。ここに来たのが6月で今は7月。ここはこの国でも北の方だから秋は8月から始まる。さらに2週間も北の方に行くならもう秋なのかな?
「季節は?」
「今が夏の終わりでもうすぐ秋だよ。感謝際が終わってから移動するとちょうど短い秋の終わりかな?若木が根付かなければ本格的な冬になる前に、森を出なければならない」
「…?移動出来なくなるから?」
「生命樹の加護がない白の森で冬は越せない。それだけ過酷な土地なんだよ。吹雪で視界が閉ざされて全ての命が凍る。生命樹があればその周囲は加護で吹雪などから護られる。根付かなければ冬は住めない場所なんだ。今は屋敷ではなく隠れ住んでると言ってたし…」
本当は少しでも早く帰りたいんじゃないのか?
「ファル兄様たちは先に帰らなくていいの?」
「お父様の力が戻れば大丈夫。まだ体力が戻らないからここにいた方がいい。アイのそばにいれば自然と回復が早まるから」
「…?」何でだ?
「無自覚?」
「?」
「アイはね…癒しの魔力を垂れ流してるんだよ?」
いい方よ、いい方。せめて常時発動とか言って?
「もちろん、全員じゃなくて…きっとアイが大切だと思う人限定」
マジですか?自分の手を思わず見つめる。
(健やかであって欲しいと願う人に無意識に癒しと回復の魔力を浴びせている。癒しは心や解呪後の体、回復は体の状態を治していく。自分以外限定)
自分はダメなのか…残念。
「イリィ、垂れ流すって酷くない?」
少し拗ねて言った。イリィは魅力的な微笑みで私を見て
「アイらしいよ…?」
垂れ流しが?
「そうだね…色々やらかしてるから?」
またちょっと不貞腐れてプイッとしたら抱きしめられた。もう可愛いって…。男子な今は嬉しくない。
後ろから頬にキスして
「そうやって感情を表に出してくれるのが嬉しい」
そんなに出してなかった?
「それも無意識かな?周りに悟られないようにしてたよ」
そうかもしれない。あれ?わたし喋ってないよね?
「顔見てたら分かるよ」
「…」
微妙な顔をしていたらまたくすくすと笑われた。憮然としていたら宿に着いた。そのままの顔で扉を開けるとちょうど受付にいたスーザンが私を見て
「まだダメか?」
ん?何が?
「いや、なんか怒ったような顔してるから」
それはイリィがさ…。もう怒ってないよ。
「そうか…なら伝言だぞ?明後日の朝までで都合のいい時を教えて欲しいとさ、イザークが。ギルドかサリナスたちに伝えて欲しいと。かなり萎れてたぞ?あのイザークが」
あのイザークって何さ?
「あぁ、知らないのか?アイツ、めちゃくちゃ強いんだぞ?あんなナリだけどな。ギルマスよか強い。怒らせたら全てのものが風で切り刻まれると言われている。風殺って二つ名待ちだ」
風殺だと…怖い…えっ?何それ?風で切り刻むの…?
『アル、大丈夫、僕の方がぜんぜん強い』
ハク…人間と聖獣を比較しちゃダメでしょ?
ってか私、また一言も喋ってませんけど?
「顔見たら分かる」
何でだ…?また憮然としてたらイリィが肩を揺らして笑っている。こら、イリィ笑わないの。
スーザンも笑いながら
「伝えたぞ?」
私は頷いて
「分かったよ、ありがとう。屋台の準備は大丈夫か?」
「あぁ、作り手は何とか大丈夫だろう。問題はお前だけだ」
ん?私って何で?
「屋台の名前も貴族の紋章も、皿やカップの判も材料も全部お前絡みだろ?」
材料は違うし、屋台の名前も紋章も決めるのはあちらだ。
「決まった後がお前だろ?」
まぁそうだけど…。
「宣伝するにしても名前が決まらんとな…」
それもそうか…。
「アイツらも大概身勝手だけど、今回は折れてやってくれ。俺とウルの屋台だからな」
それを言われちゃうとな…。肩をすくめて頷いた。仕方ない。もう明日の朝一とか言ってやるか?いや、鍛錬か。朝二くらいにしとこう。面倒だけど今からギルドに行ってこよう。そう思ったら
「僕、ちょうど今から探索者ギルド行くから伝言なら預かるよ?朝二くらい?なら8時だな」
えっ朝二とかって何で分かったの?鍛錬終わって帰ってきてご飯食べて…って思ったよ、確かに。
「朝は出かけてるだろ?朝ご飯の後で、ちょっと意趣返しで朝早くなら8時だろうと思ってさ。あってる?」
コクコク頷く。じゃあ預かったよ、と言ってリアは出かけて行った。ギルドに今から用事なんてあったのかな?
「アイツはお前に本当に感謝してる。ウルだけじゃない、俺もだ。だから少しでもお前の力になりたいんだよ。お前、ギルドに行きたくないだろ?」
頷く。
「だから代わりにウルが行った。そういうこった。アイツにとってはそれが用事だ」
そうなのか…。私が行きたくないと分かって代わりに行ってくれたのか…。有難いな。
「リアにありがとうって伝えておいて…スーザンも、何か言ってくれてそうだな」
「お前、空気読まないくせにそういうとこは良く気がつくよな?」
空気読まないは余計だよ、私は空気の読める子なんだぞ?
「空気読めるヤツは無自覚に色々やらかさない」
あっ、隣でイリィが大きく頷いてる。ハクまでうんうん言ってる。えっ、ブランまで羽で腕組んで頷いて…ミストはポケッとしてた。可愛い。
なんだか納得できないけど、もう諦めよう。疲れたから(といってもイリィに抱きついて寝てただけ)部屋に戻ろう。夕食を貰って部屋に戻る。
ふぅ…。床に座って食事を食べる。今日も美味しいな。食べ終わるとシャワーを浴びて寝ることにした。
イリィは私を昼間のように抱きしめてくれる。彼の心音を聴きながら眠りについた。
アイは眠ったようだ。その髪を撫でる。細くてサラサラとしたその髪…くすんだ銀のその髪は僕の大好きな色になった。キラキラしくないけど、とてもアイらしい上品で穏やかな色。その細い首から鎖骨を撫でる。
皆んなアイのことが大好きなんだよ?もちろん、ぼくが1番だけどね?
だからもっと頼って…。怒ったり泣いたり…。どんなアイでもいいから、隠さず見せて。アイは我慢づよいのか…感情を押さえ込もうとする。自分はそうなのに、人の感情には敏感で。
今日だってレオとルドにあんなに親身に接してた。親を無くしたあの子たちと、もう会えない家族を想う自分を重ねたんだね…。小さな声でお父さんって聞こえたから。
僕は君の家族の代わりにはなれない。でも君の新しい家族にはなれるよ。会えない親友の代わりにはなれなくても新しい親友にはなれる。
僕は新しい家族で新しい親友で新しい恋人。それじゃダメかな?
泣いて欲しくないけど、泣きたい時は我慢しないで。お願いだから1人で泣かないで…僕を頼って。アイが僕の心の支えであるように…僕もアイの心の支えでありたいよ。
うん…心地よい音が聞こえる。母親のお腹で聞いた音…。これは前の世界の記憶…?
目を開ける…。ここは…?あぁこちらの世界だ。イリィの鼓動が聞こえる。優しくて力強い音。トクン…トクン…。大好きなイリィのその音は私を安心させてくれる。頬をすり寄せギュッと抱きつく。
「おはようアイ。朝から激しいね…?」
えっ?激しい??あ…。
「くすくす…何もしないよ?もう少しこのままでいようね」
うん、ありがとう。頬に熱が集まる。今はまだこうしていたい。トクン…トクン…。
ようやく顔をあげてイリィを見る。優しく髪を撫でるその手が心地よい。その手のひらに軽くキスして伸びをする。
「起きる?」
頷くと唇にキスして起き上がった。イリィも起きて唇とおでこにキスをしてくれる。
ベットから降りて着替えた。さて、今日も鍛錬だな。
イリィたちと一緒にファル兄様の屋敷に向かう。さて、今日はどこまで出来るかな?
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