117.そしてアイルは
また予約忘れ…
彼らが帰ったダナの屋敷で。
皆しばらく無言だった。
「牛乳の使い方として新しい革新的な方法だな。しかし…」
システィア様が言えば
「あの機械…あれがなくては」
「誰かに作らせるか?」
「魔道具師に依頼を…」
「だとしても発案者である彼には相応の報酬が必要だ」
「商業ギルドの管轄だな」
皆が難しい顔をしている。結局、彼の承諾が無ければ動けないのだ。
カラメルはまだいい。しかしあの機械は…。
さらにイザークは言いにくそうに
「それだけではなく…ラルフが占領した死の森の近くに…ダイヤモンド鉱山が見つかって…」
「何だと?」
「ダイヤモンド…?」
システィア様とロルフが反応する。
「まさか、それも…?」
「アイルが見つけた…まぁ、珍しいものがあると伝えられて向かったと」
「誰にだい?」
「グレイウルフ…だと」
「獣じゃないか…?」
「高位の獣は話すことが出来ると…文献にあった」
ロルフの言葉にシスティア様が聞く。
「そうなのか?」
ロルフは頷くも
「実例は聞いたことがないけど…」
どちらにせよ珍しい事なのだろう。
「そしてその子供…先祖返りの子を保護して、その子に寄ってきた高位精霊から祝福を貰ったと…」
「彼だけが?」
「いえ、皆んなだそうです。ただ、高位精霊の祝福は彼だけ。他は普通の精霊の祝福だと」
「なぜその先祖返りの子に精霊が?」
「グレイウルフは霊獣と人の子孫…霊獣寄りなのでは?」
さすがはロルフ。専門外とはいえ豊富な知識だ。
「その通り、霊獣の魂があるとかで…種族的には霊獣なのだとか…」
「…」
「彼には2体の聖獣と1体の霊獣が付いていると…?」
「はい、しかも聖獣は特殊個体で霊獣は先祖返り…全てが特別なものばかり…」
「なんてことだ…」
システィア様は頭を抱えた。彼を知らなければそう思うのだろう。しかし、私たちはどこかで彼なら許してくれると思っている…。
そう、彼ならば…。
「システィア、いつまでこちらに居られる?」
「…最大伸ばしても明後日の昼にはここを出なければ」
「すぐに彼に連絡を取ってなんとか、都合のいい日にここに来てもらえるよう頼もう」
結局、それしか方法がない。すぐに俺がスーザンの宿まで行く事にした。1番長く彼に関わっているからと。
何とか…。
焦る気持ちを押し込め、馬車で向かう。宿に着くとスーザンが出て来た。
「今度は何の用だ?」
「アイルは?」
「まだだ」
「その、彼に伝言をお願いしたい。明後日の朝までのどこかで都合のいい時間を教えて欲しいと。ロルフの父親が帰る前に…何とか。お願い出来るか?」
スーザンは嫌そうにしながらも
「伝える」
と言ってくれた。俺は返事はギルドの俺か、ブラッドかサリナスに。そう言い置いてまたダナの屋敷に戻る。
居間に入ると少し緊張が解れたのか…ソファに座って談笑していた。
俺が部屋に入るとダナが聞く。
「どうだった?」
「まだ戻っていなかったので伝言を頼みました」
「何とか会えるといいのだが」
頷く。
その後は、一見何事もなかったかのように…和やかにお互いの家の婚姻について祝福をした。そう、それすらも全てアイルがこの町に来たことによるのだ。そのことには触れずに…。
やがてシスティア様たちは帰って行った。俺はため息をつく。彼は来てくれるだろうか…?感謝祭まで後10日。店の名前も決めなくてはならないのに。
イザークはある意味常識の通用しないアイルにどう対応していいか分からなかった。
その夜、例のブラックベアの肉を調理させた。
そしてそれは分厚いステーキなのにとても美味しかった。その水分で魚を漬けて焼いたものは身がほろほろと柔らかくふっくらとしてとても美味しかった。
単に硬い肉を柔らかくするだけではないのか…。その調理法が確率したら色々と常識が覆るぞ。
イザークたちはまたしても頭を抱えたのだった。
そしてアイルは…
目を覚ますとイリィに抱かれていた。その規則正しい音は今も私を安心させるかのように…すぐそばにある。
私は安心してその胸に頭を預けてまた目を閉じる。頭の上にイリィの柔らかい唇を感じた。顔を上げると優しく微笑むイリィの顔が間近にあって…何度見てもやっぱり圧倒的に美しい。
私は嬉しくなって同じく微笑み返す。その手が頬を撫でてツと顎にかかる。そしてその唇が降ってくる。柔らかくてどこまでも優しい。労わるような優しい口付け…。離れると無言で見つめ合う。
その体をギュッと抱きしめて
「もう少しこのまま…」
「もちろん、アイの好きなだけこうしていよう」
囁くような返事が耳元でする。幸せを感じて…その音に耳を済ます。トクン…トクン…。途切れることのないその音は優しく私を包む。
私がいてイリィがいて…。そして背中にはハクの重みと熱ともふもふを感じる。そして足元にはブランとミストのほわほわとふかふか。
大切なものに囲まれて…私は本当に幸せだ。
そう思えればこそ…感謝祭の屋台はキチンとやり遂げよう。そう決心がついた。中途半端に放り出すのは私には無理。気になるなら最後までやる。でも指図は受けない。そう決めた。私が曖昧な態度を取れば、周りを巻き込んでしまう。いや、もう巻き込んでいる。
これ以上、心配をかけたくない。毅然とした態度で行こう。でも貴族との話し合いにイリィには留守番して貰う。危険だ。
よし、決めた!そうすると気持ちが楽になった。皆のお陰だた。
特にイリィ…。腕の中にしっかりと抱きしめてくれて。とても心地よくて安心出来た。大丈夫、私にはこんなに力強い味方がいる。
それでもまだこの居心地の良さから動きたくなくて…イリィの鼓動を聴きながら…ハクとブランとミストの柔らかい体と少し高い体温を堪能した。
いつの間にか微睡んでいたようだ…。ハクが背中で動く気配で目が覚めた。
『子供たちが帰って来る』
そうか、名残惜しいけど起きるかな…。流石にこの姿は見せたくない。身じろぎして顔を上げると腕を緩めたイリィが聞く。
「大丈夫?」
私は頷き、少し伸び上がってその唇にキスをして
「大好きだよ…イリィ」
少し驚いた顔をして頬を染める。おうふっ…美形の照れ顔は最高だね。寝起きに眩しいよ…。
イリィは軽くキスをしてから一緒にソファから体を起こす。背中のハクは飛び降りると体をプルプルした。
足元のブランとミストは私の足をよじ登って来るので手でそっと抱えて頬ずりする。ふかふかとほわほわ…。こちらも最高です。
起き上がった体勢で私を抱いていたイリィと一緒にふかふかとほわほわを堪能する。そしてソファ…に座ったイリィの上から立ち上がるとハクの首に抱きつく。ブランとミストも一緒だ。後ろからイリィも抱きついて来て…なんか家族みたいだなって思った。
イリィを顔を見合わせて笑い合う。その時、私は確かにとても幸せだった。
少しすると廃墟の扉が開く音がした。イリィの工房の入り口には滞在中と、滞在中(声かけないで)、不在の札が掛けられるようになっていて、今は滞在中の札がかかっている。
それを見て扉が叩かれる。
「兄ちゃん、ここにいたんだな。スーザンが心配してたぞ?」
「ん、そうか…。少し嫌なことがあってな」
「ふーん?でも元気そうで良かったよ」
私はレオとルドの頭を撫でて
「ありがとな」
2人は屋台の手伝いを正式に請け負っている。もっともギルドに登録出来ないからスーザンの手伝いとしてだが。それでも毎日3食、食べられているからか…会った時よりは少しふっくらした。と言ってもまだ標準よりはずいぶん細い。
「その、服とか足りてるか?洗濯も大変だろ?」
「兄ちゃんが作ってくれたあの脱水?が出来るヤツ、あれすげーよな!あれで水を取ったらさ、すぐ乾くんだ。だから困ってないぞ」
「服の替えはあるのか?」
「村から持って来たのがあるし、死んだ人の持ち物も持てる分は持ってきたから。服は大きいけどな」
「調整するから出しな。少しだけ大きめにしとくし」
「いいのか!やったー待ってて」
走っていくとすぐに8着ほどか…?持って来た。
そのまま縮める感じで、出来れば多少のサイズ調整は自動で…防汚は付けとくかな…。
よし…出来た!
側で見ていた2人はポケッとした後に
「えっえっ?」
「…?」
「縮んだ?」
「凄い!」
口々に言う。イリィはまぁアイだからね…って。えっ何で?
ルドが服を広げる。この服は真新しくて古着とは一見思えないくらいだ。そしてその服を抱きしめて泣き出した。
えっ?どうしたの?駆け寄ってその小さな背中を撫でる。隣からも泣き声がする?隣でレオも服を抱きしめて泣いていた。
「父ちゃんの…父ちゃんが着てた…。思い出の服だ…ありがとう、もうボロボロだけど捨てられなかった。蘇らせてくれて…父ちゃん…会いたいよぉ」
そうだ、この子たちも1人なんだ。私は2人をまとめて抱きしめる。その私ごとイリィが抱きしめて…彼らの後にはハクが寄り添いブランとミストは彼らの足元に体を擦り付けている。
この子たちも孤独と闘っているんだ。生きる不安が無くなったからこそ、泣ける。それはある意味喜ばしい。でもだからと言って孤独がなくなる訳ではない。
泣けばいい。泣けるくらいには…落ち着いたのだろうから。
しばらくはレオとルドの泣き声だけが響いていた。とても優しい時間が過ぎていく。
やがて目を真っ赤にした2人が顔を上げる。
「「ごめん」」
私は首を傾げる。謝ることなんて無いよ?
「2人ともまだ子供だろ?泣いていいんだよ。頼っていいんだよ…?」
涙をまつ毛に付けたまま目を見開くと
「いいの?」
「当たり前だ。こんな小さな子が我慢しなくていい」
そう言ってその頭をくしゃっと撫でる。撫でられたままでまた目に涙を溜めて
「だから兄ちゃんはお人好し過ぎなんだよ…」
2人とも体ごとぶつかるように抱きついてきた。少しよろけたけどちゃんと受け止めたよ?後ろでイリィが支えてくれてたけどさ…だって本気のタックル並みに来たから…。
またしばらくぐずぐず泣いてる2人を抱きしめて…後ろからイリィが抱きついて…なぜかハク、ブランミストまで足元にスリもふだよ。なんだか私ハーレムだよね?とても幸せな…。
涙を私の服で拭きながら…ついでに鼻水も拭いてるけどまぁいいさ。涙と鼻水はもうセットだからな。
たくさん泣けばいい。本当に辛くて心が凍ると泣くことすら出来なくなるから。泣けるうちはまだ救いがある。
よしよし…。頭を撫でり撫でりしていると鬱陶しそうに手を払われた。なぜだ?
「髪の毛ぐしゃぐしゃだぞ」
おっオサレ男子か?ん?オッサンみたいな顔をしていたら
「近所のオッサンかよ…」
まだ15才なんだけど…しょぼん。
こら!後で笑いを堪えないの。ハクたちもさりげなく離れていかない。
するとレオとルドが顔を見合わせて笑い出した。
「くくっ、兄ちゃんの顔…せっかくそこそこカッコイイのに…」
そこそこって何だよ、そりゃ一緒にいるのが超絶美形のイリィだけどさ…いい方あるだろ?いい方が。
それなりとかまぁまぁとか…。あれ?同じ意味か?
少し落ち込んでいいかな?周りを見れば言わずと知れた女神のごとく美しいイリィ。幼いながらも将来のイケメンが決定しているレオ、可愛らしさで人気のルド…。
えっ?私だけめっちゃ普通?…。泣いてもいい?
1人で考え込んでいると
「なんか兄ちゃんが静かになったな」
「自分だけそこそこ…とか思ってるよな」
「皆と比べて普通とか考えてそう」
「かなりぶっ飛んでる自覚ゼロか?」
「見た目のことだから地味だし…とか思ってるよな?」
「意外と目立ってるのにな…」
「宿に隠れファンがいるらしいよ?」
「あ、完全に落ち込んだ…」
「兄ちゃんが慰めろよ」
「ダメだろ?1番きれいなんだから逆効果だろ」
「それなら誰が言ってもダメなんじゃ?」
やっぱり…私だけ劣ってるんだ…。
昔からそうだったよ。お兄ちゃんは見るからにカッコイイ人で、律は誰もが見て美人だなって感じる子で…。挟まれた私だけ地味。
お父さんは爽やかなイケおじで、お母さんは優しげは美人。私は平凡だったから…陰口も良く叩かれたな。
良く見たら似てるけどとにかく目立たなかったから。
思い出しちゃった。でもそんな時いつもお父さんが
「私の可愛い娘。誰が何を言ったってお父さんから見たら愛理は最高に可愛い娘だ」
お父さん…元気かな…。
「…イ、アイ…」
肩を揺さぶられてふと周りを見る。黙り込んでしまったみたいだ。
「泣いてるの?」
えっ?イリィが頬をぬぐう。泣いてたのか…?
「…」
イリィを見つめる。心配そうに私を見て、頬を撫でてくれる。
「ん、大丈夫…」
「兄ちゃん急に黙るからびっくりした」
「気にするなよ。地味だっていいだろ?」
そうだな。私には大切だと思ってくれる人がいる。それでいいよね…?お父さん。あちらの世界から消えてしまった私だけど…今でも愛理はお父さんにとって可愛い娘だよね?
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