112.お祝い
後書にハクのイメージイラスト載せてます…
イザークさんが正面から睨んでる。よし、話を変えよう。
「さっきアーシャさまが言ってたおめでとうって?」
この前のダナン様やフェリクス様を見てるとね…。もうイザークさんにべったりで。しかも敬愛する兄を自然に求めたって…。親子でイザークさんを取り合って?それは修羅場では?
イザークさんに軽く頭を叩かれる。
「変な想像するな。修羅場とかないぞ!家族ごと結婚したんだ…」
はて?家族と結婚?それはつまり…あぁだからお揃いを喜んでたのか…。そんなこと出来るんだね。
「おめでとう。あれ?ってことはイザークさん貴族?」
青ざめる。さっき肩抱いたり髪撫でちゃったよ…?
ニヤリと笑うと
「良く気がついたな。元々母親は貴族だからな…」
ヤバいかも…不敬罪とか不敬罪とか言われない?
焦ってイリィにしがみ付く。えっ何で手を外すの…?イリィ、嫌だよ…助けて。
するとイリィが腕の中に抱きしめてくれる。その胸に縋ったよ。すりすり…。イリィ大好き。
「不敬罪…」
ひぇっ…。イリィの腕の中から涙目で見る。
イザークさんは笑いながら
「そんなこと言わないぞ」
良かった。ぐすん…。そのままイリィの胸に顔を埋めて少し泣いた。貴族は嫌いだよ…。
もう感謝祭終わったらこの町を離れてイリィと白の森で暮らそうかな…。
「アイを虐めないで…。ぼくもアイも…この町に固執してない。どこだって…アイが行くところに僕は行くから」
私はイリィから離れたくなくてそのまましがみついていた。
『アルがここに居られないと思うのなら…僕はこの町を…。分かってるね?』
イザークさんは真っ青になって頷いた。
「そのようなことは決して…」
『ならいいけどね…?』
ハクはゆるくしっぽを振っているけど、部屋の温度が急に下がった気がした。
「君を…虐めたつもりはなくて…悪かった。照れくさかっただけだ」
私はイリィに寄りかかったまま頷く。でも貴族は嫌いだ。イザークさんを見ずに下を向く。
「う、うん。ロルフが戻ったら連絡する」
私はイリィに手を引かれて部屋を出た。ハクが横にピタリと寄り添ってブランは頬にすり寄りミストは頭に蓋を乗せて私を見上げている。
皆んな大好き…ありがとう。
もうイザークさんなんて嫌いなんだから…。廊下の扉を薄く開けてにイリィがカウンターの様子を見る。
私を見て頷く。良かった。
そのまま皆んなでくっついて外に出た。
ふぅ…一息つくと
「犬?…可愛い」
なんと、あの異世界人の女性がいた。手が震える。イリィの手がギュッと私を掴む。
ハクは動かずそのネロア(昨日ビクトルが教えてくれた)を見ている。
「あぁ、警戒しないで…昔、飼ってたのよ。犬。もう会えないけど思い出して…」
私は
「さっきカウンターにいた?」
思わず声を掛けた。
「えっ?やだ見てたの?依頼を探してたのよ。治癒関係の…」
「見つかった?」
首を振る。私は少し考えて
「2週間くらい後に感謝祭がある。今は準備に人手が足りないって聞いた。依頼を限定しなければ何かあるかも…?」
「そうなの?感謝祭ってお祭り?」
「この時期なら教会からの依頼が出てる筈。キツい割に報酬はそこまで良くないが、食事が付く。ギルドの評価も上がる」
「豊かな実りを願う神事…人が動くから」
途中からイリィが私を引っ張って歩き出す。
後ろからありがとうと聞こえた。
足早に進んでギルドが見えなくなるとイリィが
「アイ、大丈夫?」
「イリィ…ごめん。つい…」
イリィは足を止めると私を見てふわりと抱きしめてくれる。
「大丈夫。やっぱりアイは優しいね…。放っておけなかったんでしょ?」
「でも勝手なことした」
「大丈夫だよ。僕はそんなアイが大好きだし…もしここで何も言わずに通り過ぎたら少し残念に思ってしまったと…。僕のアイはやっぱり最高だよ」
「イリィ…いつも私が欲しい言葉を当たり前みたいに言ってくれる。ありがとう…そんなイリィが大好き」
「ハクもありがとう。黙っててくれて」
『アルなら助けるんだろうなって思ったから。それにあの女…悪人ではなかった。飼い犬を思う気持ちは本物だったから』
そのもふもふな背中を撫でる。私は本当に恵まれている。改めてそう思った。
また宿に向かって歩き始める。
空が茜色に染まる。その夕陽はこの世界も、あちらの世界と同じくらい綺麗だった。
そしてイザークは…
私は真実を知った。だからか…浮かれていた。そして近づけたと思ってしまった。彼の心に。聖獣様を怒らせてしまったか…。
しかし余りにも知ったことの衝撃が大きくて…。彼らが帰った後も色々考えたくて、少し会議室に残っていた。目の赤みも消したいし。
ようやく落ち着いて今日はダナとフェルに会いに行こうと決めた。
本当は2人と家族になるつもりはなかった。盗賊の子供が貴族と結婚するなんて…でもダナが…貴族が嫌なら平民になってもいい、とまで言ってくれた。その言葉が私の心を…頑なだった心を溶かしてくれた。そして今日、それが正しい選択だったと気がつく。
お母さん…この世に産んでくれてありがとう。お父さん…守ってくれてありがとう。俺はちゃんと愛されていた。それだけで充分だ。
ダナは…フェルは…喜んでくれるだろうか?
カウンターに戻るとさっき依頼で揉めていた女が戻って来た。依頼窓口の職員が緊張する。女は気まずそうに
「この時期、感謝祭の準備?依頼が教会から出てるって教えてもらったの。私でも受けられるかしら?」
職員はあからさまにホッとして
「あるぞ。教会のバザーの手伝いと孤児院の方の手伝いだな。職員は感謝祭の準備に忙殺されるから。子供が嫌いなら勧めないが」
「年の離れた妹がいたの。子守は得意よ。ケガの手当ぐらいなら魔法がなくても出来るし。その…食事が付くって聞いて」
「それなら住み込みの依頼がいいかもな。2週間は衣食住が保証される。ただし報酬の支払いは感謝祭後だ。それに教会側から認められなければ途中でも依頼は終わる。どうする?」
「受けたいわ。もう報酬には拘らないし、仕事内容も出来ることをする。依頼をしたいの」
「それなら教会に連絡をしておく。明日の朝、早めに教会へ行って。場所は分かるか?」
「教えて欲しいわ」
こうして職員と女はやり取りをして依頼は受けられたようだ。
俺は少し思ったことがあるので声を掛ける。
「お前にその依頼の話をしたのは誰だ?」
「知らない人よ。黒と白のローブ?を着てフードを被ってたわ。多分、男の子だと思う」
対応している職員を見ると頷いている。俺は目で何も言うなと語る。職員たちは彼らの情報を一切外に出すなとギルマスから言われている。分かっている職員はしらばっくれて
「そうなんだな。何にせよ決まって良かった。がんばれよ」
「えぇ、明日の朝にこの教会に行くわ。ありがとう」
そう言って女は出て行った。
「さっきは揉めていたようだが?」
「治癒院とか治療院とか診療所で働きたいと言って。そんなところの依頼はそもそもここには来ないって言ったんだけどな。それしか出来ないって」
「採取も出来ないならまるで素人だな。知る努力をすればいいものを」
「新しく登録する子は無理だろ?クランに入ってれば互助があるが…まぁあのスキルじゃ無理だな」
職員は教会へ連絡するために席を外した。
私は少し早めに帰ることを周りに告げ、ダナにこれから行くことを伝えて彼らの屋敷に向かった。
ギルドから貴族街にあるアフロシア家の屋敷までは歩いて20分程だ。気持ちが急いて10分と少しで付いてしまった。
門兵に挨拶をして玄関に向かう。そこにはいつもの執事ブラウンが迎えてくれていた。
「坊ちゃん、旦那様は家族の居間でお待ちです」
「その呼び方は…」
「やっとそう呼びかけることが出来るのです。年寄りの楽しみを取らないで下さい」
「分かったよ」
そう声を掛けて扉を入ると勢いを付けてフェルが抱き付いてきた。
「イズ、お帰り」
「フェル、ただいま」
そう言ってフェルの髪を手で軽く梳く。そして驚いたように俺の頬に手を当てると
「…誰に泣かされた?」
フェルの目はごまかせないか。
「嬉し泣きだよ…ダナと一緒に聞いてくれるか?」
フェルはまた驚いた顔をして
「イズ…なんか変わったね?もちろんいい意味だよ」
やっぱりフェルは凄いな。
「あぁ…早く2人に聞いてほしくて。
フェルは不思議そうにしながらも俺の手を引いて居間に向かう。
扉を開けるとダナが立ち上がって迎えてくれる。フェルごと私を抱きしめて
「お帰り…イズ」
「ただいま…ダナ」
ダナは私の頬を両手で挟むと
「泣いたのか?誰に泣かされた…?」
俺は思わず笑ってしまった。流石親子だ。
「聞いてほしいことがある」
私を挟んで両側にダナとフェルが座りそれぞれ私の手を握って話を聞いてくれた。
アイルがグレイウルフの霊獣を連れて来たこと。その霊獣を保護したアイルに高位精霊の祝福があること、その精霊が私に母の祝福があると言ったこと。
母の死の真実と父の不器用な愛情。
私たちが出会ったのは母の命がけの祝福によるものであること。
出会ったあの森に母が眠っていること。
襲撃された俺だけが生き残ったのは父親が庇ったこと、そして祝福の力。俺の首にその祝福の印があること。
時々つかえながらも初めて知ったその話を2人に伝える。
途中から私の手を握るダナの手が肩が震えていた。
最後まで話し終えると
「イズ…出会わせてくれてありがとう。イズ…イズを産んでくれてありがとう…イズ…」
囁くような小さな声で…万感の想いを込めて…。
泣きながら私の目を見て
「イズ…産まれてきてくれてありがとう。愛してるよ…。私のイズ」
ダナの想いは私を通して母へ。きっと伝わっている。
フェルは横から私を抱きしめて
「フェルはちゃんと愛されていたんだね。僕もお父様も…愛してるよ…イズ」
「私もダナとフェルを心から愛している…出会ってくれてありがとう」
私たちはしばらく3人で抱き合っていた。
「イズ、首の印を見せて?」
俺は場所が分からない。フェルが後ろ髪を避ける。そして息をのむ音が聞こえた。
「これがイズの祝福…」
ダナの手が俺の首に触れる。
ふわりと風が吹いた。まるで私はここにいると伝えるように…。
「イズ…あぁイズ…」
ダナがその首にキスをしてそのままおでこを当てて…泣いていた。やっと会えた妹のその魂を感じているのだろうか?
「あの森にイズが眠っているんだね…。その精霊様、アーシャ様かな?お会いできるだろうか」
私は少し気まずげに
「実は…母のことと私たちの結婚についてもアイルに話をして…私が貴族になったと気が付いたアイルをちょっとからかうつもりで不敬罪…って言ったら泣かせてしまって」
ダナは少し驚いて
「イズがそんなこと言うなんて珍しい」
「私が母と父のことを知れたのはアイルのお陰で、彼だけにアーシャ様の祝福があるとかで」
「やはり彼なんだね…彼は多くの聖獣と霊獣、さらには精霊にも好かれている。それだけ魅力的な魂のあり方をしているのだろう」
「私も気分が高揚していて…彼に少しだけ近づけたと思ってしまって」
「その気持ちも分かるよ。彼が来てから…私たちには好ましい変化ばかりが起こっている。私だってきっとそう思うだろう」
「僕だってそう思うよ。だっていつだって彼は結果として私たちの想いを叶えてくれる」
「でもそれは彼が意図しているというよりも導かれているという感じで。彼自身は飲み込めていない。周りが騒ぐほどに彼は孤独を感じているように思えて」
「つい我々が彼に構ってしまいたくなる。それが彼には負担なんだね?」
俺は頷く。
「きっと彼が望んでいるのは静かで平穏な生活。でも周りがそれを許してくれない。霊獣のグレイウルフは先祖返りで、その父親は死の森にいる。その父親が彼に、正確にはハク様に鉱山の場所を教えて。それがダイヤモンド鉱山だと」




