11.妖精の涙
しばらくイザーク視点が続きます。
西門に着くとまだイザークさん達は来ていなかった。良かった。貴族を待たせるとかあり得ない。
ちなみに今日はハクは留守番だ。かなり遅い時間で門はもう閉まっている。これ出られるのかな?と考えていると馬車がやって来た。
馬車は目の前で止まると御者席にいた騎士が降りてきてアイル殿だな?と聞く。
頷くと馬車の中でフェリクス様とイザーク様がお待ちだと言う。
えっ?これ乗るの?聞いてないよ…。
「自分は歩きでも…」
と言ったがそれはダメらしい。仕方なく開けてくれた馬車の扉に近づくと中から
「やぁ待たせたかい?」
フェリクス様の声がした。少し前に来た所だと言って促されるままに馬車に乗り込む。
門は場所を見た衛兵が素早く開けてくれる。さすが貴族の馬車。
馬車の中では進行方向に向かってフェリクス様とイザークさんが並んで座っている。私は空いている向かいの席にに座る。
「着くまで2時間ほどかかるから寝てていいぞ」
そうイザークさんに言われたけどこの状況で眠れるほど図太くない。
「宿で寝たので大丈夫です」
と答えた。フェリクス様は軽く微笑んで
「私は少し寝るよ」
と言いイザークさんの肩の頭を乗せて寝始めた。
イザークさんはフェリクス様を優しく見つめてからこちらを見た。
「本当に寝なくて大丈夫か?」
「帰ってすぐ夕食まで寝てたから」
頷くと
「俺も少し寝るから」
そう言って目を閉じた。
改めて2人を見る。イザークさんもフェリクス様も淡い金髪で密度の濃いまつ毛が目元に影を作っている。今は閉じているその目は濃い青。色白でイザークさんの方が少しがっしりしている。それでも見た目は充分細い。
フェリクス様の方が少し年下みたいだ。イザークさんは切れ長の目で少しキツイ印象を受けるが細い鼻と薄い唇で精巧な人形のように整っている。
フェリクス様はイザークさんと同じ髪と目の色で、顔立ちは似ている。雰囲気も似ているけどフェリクス様のほうが少し柔らかい印象だ。2人で並んでいるとかなり目立つだろうな。
自分は腐女子ではなかったが、確かにこんな美形同士なら絵面としては有りだろう。
それにしても探索者に登録したばかりの人間の前で無防備に寝てもいいのだろうか?
私ごときにヤラレはしないと思っているのか、そもそも無防備に寝ていないか。
どちらもなんだろうなと思って軽く息を吐く。肩掛けカバンから水筒を出して一口飲む。なんか色々疲れるなぁと思いながらぼんやりと寄り添って眠る2人を眺めていた。
*******
アイル君が帰った後にイズが
「何か気になるのか?」
と聞いてきた。
「分かる?」
と返せば
「当たり前だろ」
と頭を軽くこづく。
「あの子さ、剣を向けられているのに落ち着いてたんだよね。それに何か隠しているみたいだ。でも悪い子じゃない。だから何か気になって」
そう、何というかちぐはぐなのだ。優しくて弱そうな見た目なのに肝が座っていて、私が貴族と分かると嫌そうで。
何かを隠している、それは分かるけど全く悪意を感じない。だから気になってつい初依頼を妖精の涙にさせた。
「フェルが妖精の涙って言って驚いたぞ。あいつは知らないだろうがな」
「あ、フェルって呼んでくれるんだ?嬉しいな…さっきは名前呼んでくれないからさ」
「フェルって呼ばなきゃ怒るだろ?」
「当然だよ。僕を愛称で呼んでいいのはイズだけだよ」
以前、他の人の前でフェリクス様と呼んだらその後が大変だった。イズは僕が嫌いなのかと詰め寄られ、違うと言っても聞かず。結局宥めるのに夜中かかった。あんな思いをするらくらいなら人前で名前を呼ばなきゃいい。
そう考えているとフェルが頬を撫でてきた。
「僕がいるのに何を考えてるの?」
拗ねたように言う。手をのばしてその髪の毛を軽く梳いてやりながら
「昔のフェルを思い出していた」
と返す。
「僕のことを考えていたのなら仕方ないね」
嬉しそうにそう言って目を細める。
「一度屋敷に帰ってからイズの家に行くよ」
「あぁまた夜に」
こうしてギルドの仕事に戻って、夜に付き添いをする届出を出して帰宅した。
ギルドにほど近い待ち家だ。それなりに大きくて一人暮らしには向かないが、フェルが最低でもこれぐらい必要だと言って聞かなかったので妥協した。
もちろんフェルの部屋もある。ここしばらくは忙しかったのかここには来ていなかったが。
来ると言うなら食事もここでするのだろう。簡単にサラダとスープを作り、着いたら魚を焼くとしよう。
フェルは肉より魚が好きだから保冷庫には魚が保存してある。下味を付けて用意した状態で紅茶を入れて飲む。
まさか初依頼が妖精の涙でしかもフェルが来るとは。黄昏ていると玄関からノックの音がした。
開けるとフェルが胸に飛び込んでくる。
「ただいま」
その髪を撫でて
「お帰り」
と言えば嬉しそうに抱きついてくる。後ろの騎士が気まずそうに
「我々は馬車で待機しています」
と言って馬場に戻って行った。
フェルを促して家に入って聞く
「ご飯食べるだろ?」
「もちろん!イズのご飯久しぶりだな」
嬉しそうにまた抱きついてきたのを優しく引き剥がしてキッチンに向かう。
スープを温め魚をグリルで焼き、パンを直火で炙る。
食卓に並べて食べ始めた。
「うん、相変わらずイズのご飯は美味しいね」
「それなら良かった」
にこにこと食べ進め、あっという間に完食した。
「ふーご馳走様。ちょうどいい量だったよ」
食器を片付けてソファで寛いでいたフェルの前に紅茶を置いて横に座る。フェルはこちらをじっと見て
「イズがいない屋敷はつまらないよ」
と言った。何と答えるべきか分からず黙っていると
「近いうちに色々片付くからその時はまた屋敷で暮らしてね」
そう囁いた。
俺が屋敷を出たのはフェルが結婚したからだ。俺が領主の子供でもなく、使用人でもない中途半端な立ち位置で屋敷にいるのは良くない。
彼の父親、この地方の領主であるダナン・アフロシア様に言われてそれもそうかと思った。
結婚相手のアナベルから見ても兄弟ですらない幼馴染の俺は邪魔になるだろう。
そうして今から3年前、俺が20才でファルが18才の時に一人暮らしを始めた。
それからフェルはアナベルとの間に2男1女をもうけた。次期領主としての一つの役目は果たしたのだろう。
フェルと俺の関係は一言では言い表せない。
幼馴染であり、兄弟のようでもあり何より俺にとっては大事で大切な家族だ。フェルにとっての俺もまた特別な存在のはずだ。
「ダナン様が許さないだろう?」
「…今度は文句は言わせないよ」
そう言って俺の頬をそっと撫でた。
「アナベルさんはそのことを?」
「もちろん知らないよ。彼女には知る権利なんてない」
強い口調でそう言う。そして優しく俺の頬からそっと首すじを撫でて
「本当は一緒に寝たいんだけど…出かけるから我慢するよ。少し寝るね」
そうおどけたように言って俺の膝に頭を乗せて寝始めた。
変わらないな。見下ろす位置にあるその髪の毛を梳きながら昔のことを思い出した。
俺はロクでもない父親と産まれたばかりの俺を殺そうとして父親に殺された母親の子供だ。
母親もどうかと思うが、盗賊の首領だった父親が襲った馬車にいた母親を戦利品として自分のものにし、その女との間に俺が出来た。無理やり襲われてそれは恨んだだろう。
子の実を授かったその女を父親は世話して無事に俺が産まれた。
臍のおを産まれたばかりの俺の首に巻いて殺そうとしたらしいのだからすでに正気ではなかったのかも知れない。
すぐに父親はその女を殺して俺は生き残った。それが良かったのかどうかいまだに分からない。
母親だった女が死んで残されたのは乳飲子。しかし同じ時期に父親の子の実を授かった他の女の子供が産まれたからその女に俺の世話をさせた。
そうしてその女からは虐待もされないが可愛がられることもなく、意外なことにロクでなしの父親が俺を可愛がってくれた。
そもそも襲った男との間になぜ子が実ったのか…。生命樹の謎だ。
3才になると盗賊の手伝いをさせられた。といってもまだ小さな子供だから、出来るのはせいぜい金になりそうな物を拾うことくらい。
そうして5才になったころ、父親は部下の盗賊に襲われてあっけなく死んだ。子供を可愛がるような腑抜けにはもう付いて行けないと。
もちろん俺も襲われて瀕死の重傷を負った。この時襲われたのは父親と俺、そして俺を育てた女とその子供だ。部下の盗賊は父親を何度も刺してから金目の物を持って逃げていった。父親達の死体もそのままで。
どれくらい経ったのか、気がつくとそこは知らない部屋だった。側にいたメイドらしい女性が気が付き、部屋を出て行った。少しして入ってきたのは男性で
「気分はどうだい?」
と聞いてきた。状況が分からないので黙っていると
「ご両親と弟さんは残念だけど間に合わなかったよ」
「…」
「覚えてないかな?」
「…突然刺されて…」
男性は眉を潜めると
「君たちの家族は旅をしていたんだよね?そこを盗賊に襲われたんだ。運が悪かったね」
「…」
もう少し寝ていなさい。そう言うと男性は出て行った。少し考える。どうやら俺は被害者だと思われているらしい。今回の件だけ見れば間違ってはいない。圧倒的に加害者なだけで。
それなら家族を殺された可哀想な被害者に成り切ろう。ケガが治るまで面倒を見て貰えるならその後は町を出て近くの森でひっそり暮らす。
盗賊たちと各地を転々としていたから野営には慣れている。一人でも何とか生きて行けるだろう。
そう決めてまた眠りについた。
領軍に助けられ、滞在していたのが領主の屋敷だと知るのは少し先の話だ。
動けるようになるとお礼を言って屋敷を出た。父親は用心深い男だったから子供の俺にもそれと分からないようにお金を持たせていた。自分もこれ見よがしに金貨の入った袋を持っていたが服に縫い付けたお金を隠し持っていたのだ。
親切な領主はそのお金を渡してくれた。お世話になったお礼に返そうとすると、子供がそんなことを気にするなと言われて結局受け取った。
金貨は20枚と銀貨も同じくらいあった。当面野営に必要なものは揃いそうだ。
そうして領主の屋敷を出て町で買い物をし、近くの森に向かった。
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