107.邂逅
他愛もない話をしながら進んで行く。こういう日常が送りたいよ。すると何処からか…女性の金切り声が聞こえて来た。
「だから私は治癒師なのよ?仕事させなさいよ!」
私はイリィと顔を見合わせ、ハクを見る。即座に隠蔽の透明化を発動する。
隠蔽だけだと看破や鑑定で見えるから、背景に溶け込むよう透明化も併せる。
触られたら本当は分かるけど、感覚も隠蔽して触っているのにそう認識させないようにしている。
これはもう私の妄想による成果だ。
『お仲間か?』
『分からない。でも会話の内容から察するに可能性は高い』
会話が聞こえるギリギリ遠くまで離れる。相手のスキルを確認する前に念の為離れた方がいいと判断したからだ。
遠見で様子を窺うと、20才くらいの女性が民間の治療院の前で騒いでいる。
「だから何度も言ってるだろ?実務経験のないヤツは雇えないと」
「私は浄化のスキルも持ってるのよ?治癒だってすぐ出来るようになるわ」
ビクトル、出番だ。ビクトルが人格を持ってから、その会話は念話と同じでハク、ブラン、イリィと共有出来る。
(ネロア(寧々) 18才(21)異世界人
ジョブ 治癒師 スキル 浄化
ジョブもスキルも上位なので、使いこなすのに2年近くかかる。今はまったく使えない。お金もほぼ使い果たし焦っている。
知られたら絡まれるので、全無視をお勧めする)
『ビクトル、上位のジョブとスキルって?』
(上位のジョブとスキルは発動条件が厳しい。
治癒師の場合は1万人の治癒をしてから発動する。
浄化は教会で2年毎日かかさず祈りをささげ、奉仕活動してをしてから発動する。)
『私の生産と洞察力は?』
(生産は産業系ジョブなので発動条件は困っている誰かの為に力を使うこと。
洞察力はパッシブスキルで真理を見極めること。スキル自体の真理を見極めたので発動出来た)
『…深いな。ちなみにスキルの鑑定は?』
(鑑定はアクティブスキルで、初期設定は自分で必要な情報を集めてから発動する。例えば薬草についてアイルのように図鑑で調べてあればその情報は実物を見て判別出来る)
『知らない知識は見れない?』
(その通り。スキルが成長すれば知らない情報も見えるようになる。それには10万回の違う鑑定が必要)
…マジですか。
『ジョブの勇者とか聖女とか賢者は?』
(勇者は上位の魔物1万体の討伐、聖女は教会での奉仕活動1000日と毎日の祈り、賢者は新規の研究論文を100発表し、学会の承認を得る。
かつ、全ての上位ジョブは正しい心と慈愛を持っていることが発動条件)
思うに我先に、とジョブを選んだ時点でアウトなのでは?やっぱり悪意の塊じゃないか。
『誰が仕組んだにせよ、悪質だな』
『それを悪質と取るか、それだけ強力なジョブなのだから当然と取るか…でも発動条件を知らなければ…地獄だよね?暗闇の中を行き先も分からずひたすら進まなきゃならない』
『それもだろ。発動条件を知っている人に教えてもらえるような人間なのか、とか』
『あぁ、だから正しい心と慈愛ね』
『多分な』
『まるでふるいにかけるみたいな…選別されてるのでは?』
心配そうにイリィが言う。
そうかも知れない。私の心が何度も揺らいで折れそうになるのは…試されている?
それでも私は皆んなに支えられて踏みとどまっている。でも、そういう人たちに出会えない人は?
私は本当に彼らを見捨てていいのか?
真実に近づいた、と思うのに…。分からない…。こうやって悩むことすら想定されたことなのか。だとしても、誰かの悪意であったとしても…私は守りたいものがある。
試されてるのなら、受けてたとう。負けないから。皆んなの為に、そして私の為に…もう会えない家族の為に。
離れても…私の幸せを願ってくれるであろう家族に、胸を張って私は頑張って生きてると言うために。
苛立った声が怒鳴る。
「すぐに使えないから雇えないんだろ?何回言えばいいんだ!営業妨害だ。今すぐここから立ち去れ!」
そう言って女性を押すと扉が乱暴に閉まる。
「だって…もうお金もないし…どうしたらいいのよ…」
うずくまって泣き出す。そこにまだ少年だろう男の子が立ち止まる。そして
「姉ちゃん、無理だよ。ジョブもスキルも発動してないんだろ?」
女性はキッと睨むと
「誰よあんた!何よ偉そうに。何で発動しないのよ!」
また泣き出す。
少年は困った顔をして
「前にさ、お金を落として途方にくれてたら…通りかかった姉ちゃんがさ…そんなはした金って言いながらも銀貨3枚くれたんだよ。覚えてない?」
「そんなの、覚えてないわ。だから何よ?笑いに来たの!」
「違うよ。昨日もここで見かけてさ…困ってると思って、知り合いの兄ちゃんに聞いたんだよ。その…治癒師?のこと。そしたら、完全な発動には条件があるって…」
女性は驚いて
「その条件を教えなさいよ!」
「詳しい条件は教えられないって。師匠から弟子へ伝えられることだから。でも必要な技術は少しだけ教えてくれた」
女性は焦った顔で青ざめながら
「な、何よ…?」
「水魔法の特級と他の魔法属性も上級がいるって。どの属性かは教えて貰えなかった。使えば使うほど少しだけは発動はするみたいだけど、完全に発動するには条件が厳しいって」
「大事なことなのに何で聞かないのよ!使えないわね!」
「それも…弟子にならないとダメだって」
「そんな…」
「そもそもさ…水魔法と薬である程度のケガも病気も治せるだろ?」
「えっ?」
女性の顔は青を通り越して白くなっている。
「あ、もう行かなきゃ」
少年は去って行った。残された女性は座り込んだまま放心していた。
(彼はあの子の為に雑用を何日も手伝って…さっきの情報を教えて貰ってるね。ただ一度、お金を貰っただけのあの子の為に。
治癒師は貴族とかお金持ちの商人のお抱えとしての役割が多いから。アイルだって魔法でもジョブでも治療も治癒も出来るだろ?そういうことだよ)
ビクトルが教えてくれた。
『アイ…どうするの?』
『…どうもしないよ。私が彼女の為に出来ることはない。行こう』
しばらく無言で歩いて行く。
「アイ…本当にいいの?」
わたしはイリィを真っ直ぐに見て
「手を貸すのは簡単だ。でも、自分で乗り越えなければダメなんだ。今だけ乗り切ったとしても、やがて行き詰まる。自分が努力して、結果として周りが助けてくれるのはいいんだ。私がそうであるように。でも、それは支え合える人だから許される。一方的に頼るのは支え合いじゃない。単なる依存だ。それではダメなんだ。
自分で努力して考えて悩んで動いて…そして答えを見つけないと…答えを与えられるのではなく、辿り着く必要がある。だから手を貸せない。自己満足の為に手を差し伸べたとしても、結果を先延ばしにするだけ。甘えは許されない…」
『あぁ…本当に私のアルは優しいね。手を差し出す方がアルに取っては楽なのに…敢えてそれをしない。しないことの罪悪感を抱えてでも…君は見守る方を選ぶんだね…』
「それが今、わたしに出来る最善だから…」
ハクがそのもふもふな体を私に擦り付けて来る。ブランはふわふわの胸毛を頬に当ててくる。イリィは私の手をギュッと握ってくれる。大丈夫。私は1人じゃない…皆がいる。
それにしても…あのジョブとスキルの選択、やっぱり悪意があったんだな。
右上のタイマー。秒だったんだけど、気が付いた時は920秒だった。察するに、始めは1000秒だったんじゃないかと。秒だから減るのが早く見える。
1000秒だとしたら、15分強。焦るほど短くない。でも減っていくタイマー、減っていく有名ジョブ。
焦りで良く見ずに選んだ人も多いのでは?
彼女も発動条件があることすら知らなかった。
あの透明な板の表示。ジョブ名の横に説明が書いてあった。実はジョブの文字をタップすると詳しい説明が読めたんだ。
私の生産者は説明が「◯◯◯を作ることが出来る」で、タップしたら
(物に限らず、事象など想像出来るもの全てを人の為に作れる)
となってた。だからそこまで見に行ければ発動条件があることは分かったのではないか。
私はこの「人の為」が結果的には本当に偶然、困っているレオとルドの為に作ったから発動出来た。
本当に今思えばなんて幸運だったのかと思う。
『違うよ、アル。それはアルが優しいから。自分よりも誰かの為にっていつも思ってるから。偶然でも幸運でもない。アルの力だよ』
(アイルの…人の為に何かをしたい、その気持ちがよりジョブの能力を向上させている。
私が成長しているのも、誰かの為に私を使っているから。その純粋な優しさが私を成長させている)
そうか、そうなのか…。ハク、ビクトル…ありがとう。
イリィが私を見て優しく微笑む。
「私の大切な人はこんなにも皆んなから愛されてるんだね…もちろん僕もだよ」
ありがとう、決心が付いたよ。
この町に飛ばされた人のことを探してみる。接触はしないつもりだけど…知っておくべきだって思うから。例え見捨てることしか出来なかったとしても。
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