106.感謝祭まで
最後にアイルのイラストイメージを載せています…
アイルたちが帰った後のダナンのお屋敷では…
「ふぅ、イザーク…いや、イズ。彼は何というか…とても純粋で無垢だね?そしてその能力も予想以上だ。イーリスも苦労するな」
「苦労と思わないでしょ。あれだけ想っているんだし。側に居られることこそが、彼の喜びでしょう」
「なるほど、確かにフェルの言う通りか。しかし彼は淡く消えてしまいそうだな。なんというか…存在が希薄だ」
「それは私も思いました。今までも儚い印象でしたが、心が帰りたいと暴れる…とは?」
「謎が多いが…聖獣様があれだけ懐いている。心の清らかな者しか契約者にはなれないという。彼はとても澄んだ目をしていた。悪意など欠片もない。全力で彼を守るぞ」
皆んなで頷く。
「それに彼からのこのプレゼントはとても嬉しいよ。3人でお揃いだ」
ダナの目が綻ぶ。
フェルもワクワクした目をして私たちを見る。
「このタイミングなのがね、まさに祝福だよ」
そう、実は昨日の事。
フェルとアナベルの結婚の無効が認められた。不貞による相手側の有責で、かつ関係を持たなかったことから無効となったのだ。
もちろん、子供はこの侯爵家とは無縁で継承順位は待てない。アフロシア侯爵家からの永久追放だ。
あまりにも悪質な行為だった為、アナベルは罰として軍属となり、前線で補給など命懸けの仕事をする事になる。
貴族令嬢にとっては地獄だろう。いつ魔獣に殺されるか、いつ敵に殺されるか…怯えながら暮らすことになる。
そして推定貴族を確定として、改めてダナとフェルと結婚した。これは救済制度の一環でその血を絶やすことなく次世代に繋ぐための家族ぐるみの婚姻だ。
家族との婚姻は貴族院に秘匿され、対外的には歳の近い者と結婚したと記される。
そう、俺は貴族となりダナとフェルと本当の家族になったのだ。だから他者には俺とフェルが結婚したと知られることとなる。
そのタイミングでのあのお揃いのプレゼント。
アイル、君は何気なくしているだろうが…とても…とても嬉しかったんだ。
そしてアイルは…
翌朝、目や覚ました。背中にピタリと寄り添うイリィの温もりを感じる。
昨日は泣きながら眠ってしまったんだ…この世界における自分とは一体何なのだろう。ただの異物なのか…誰が、何の為に…?もう何度したか分からない答えのない問いをする。
この町に飛ばされた異世界人たちと敢えて関わらないよう最新の注意を払って来た。でも…探すべきなのか?彼らが善人である保証は?悪人だったら…?
ジョブがチートだったらイリィが危険だ。私の防御すら突破されたら?ダメだ。そんな危険にイリィを巻き込んでは。
私にとって大切な拠り所でもあるこの人を…危険にほんの少しでも晒してはダメだ。
やはり、探すのはやめよう。そして強くなろう。誰にもイリィを傷付けさせない為に。守りたいものを自分の力で守れるように。出し惜しみなく、自分の力を把握しよう。
そう決心する。
私はゆっくりとイリィの手を解いて体の向きを変える。そこにはまつ毛に涙の雫をつけたイリィがいた。
泣かせてしまったのか…?
ごめんね。私が弱いばかりに…心配ばかりさせて。そのおでこにかかる髪を手で避けてキスをする。涙の光るまつ毛にも…。
そしてその唇に触れるだけのキスをして、頭を胸に抱きかかえる。
「大好きだよ…イリィ。心配させてごめんね。強くなるから…だから…ずっと側にいて。君を守れるくらい…必ず強くなるから」
耳元で囁いてその体を抱きしめる。
やっぱり目が覚めてたんだね…。その体は震えていて私にしがみ付くように背中に手が回される。
その頭にキスして髪を梳いて…またキスをして。
私は目を瞑った。
大丈夫…もう側を離れないよ…。こんなにも大事なイリィ。私の胸に頬を押し当てイリィが泣いている。私はさらにしっかりとその体を抱きしめる。
愛してるよ…イリィ…。
トンッと背中に柔らかいものが当たる。頭の上にも?あぁハクとブランだね…。
首すじにハクの息がかかりのしかかるように顔を舐める。ハク…ありがとう。ハク…大好きだよ。いつも慰めてくれるその温もりに何度救われたろう。
ハクの存在が自分を否定することを止めてくれる。心の楔のような…大切な存在。どれだけ強くても…たとえ国を滅ぼせたとしても…私にとってハクは慈しむべき存在だから。
ブラン…柔らかな羽毛で必死にその存在を教えてくれる。その小さな体で私を繋ぎ止めてくれる。
聖獣でも聖獣じゃなくても、大切な子。ハクの影で遠慮がちに甘えてくるブラン。そんな所も大好きだよ。
アイルは知らなかった。
神の意志で転移した人たち。彼らは常に揺さぶられその魂を試されていることに。
彼らはこの世界で生きるためにふるいにかけられ、やがて淘汰されていくのだ。そこには神の壮大な救いとその対価である試練があった。
ほんの一握りだけでいい、どうか生きて。その試練を乗り越えなければ、世界を跨いだ救いは出来ない。それは生に関わる重大な取り決め。
アイルの心が不安定なのも、その試練の故。
心を揺らし、試練を与え。必要なのは乗り越える力と生きる覚悟。どちらも必要だ。ただひたすらに、その試練を課され続ける。
新しく生きる為の試練を…。
『アル…どうか耐えて。僕がいる。決して離れないよ。僕たちはもう1つの魂だから。誰にも邪魔はさせないよ。例え相手が神であっても…必ずアルを生かしてみせる』
そのハクの呟きはアイルには聞こえないくらいの小さな声だった。
扉を叩く音で目が覚めた。そっと胸元のイリィを見て静かにベットを抜け出す。ハクが口元を舐めてしっぽを振る。その背中を撫でて肩の上のブランに頬ずりする。
扉を開けるとスーザンが朝食を持って来てくれた。
「…大丈夫か?」
「?」
「目が赤いぞ。ケンカでもしたか?」
首を振る。
「たくさん食べろ。お代わりが欲しければ持ってくる」
不器用な優しさが心に沁みる。お礼を言って受け取るとイリィがベットに座っていた。
私はその前に跪くとイリィの頬に手を当てる。
「おはようイリィ」
「アイ…おはよう。ぼ、僕…」
俯いてしまう。頬に涙が溢れてくる。その涙を指で拭うと
「大丈夫。側にいるから…」
イリィは私の目を見て
「本当に…?」
「こんなに大切な人を残していなくならない…」
イリィは震えながら抱きついて来る。そっと抱きしめて頭を撫でる。
落ち着くまでそうしていた。
私の背中にはハクが寄り添い、頭にはブランが乗る。皆んな心配してくれるんだね…ありがとう。
しばらくして顔をあげると
「アイ…大好きだ」
目を閉じてキスをしてくれた。私もキスを返して…お互いに涙目で笑い合う。
「さ、食べよう!」
頷いたイリィは私を椅子に座らせ、その私の膝に座る。照れた顔で
「一緒に食べよう」
と言う。う、可愛い…私のイリィが可愛すぎる…。
倒れなかった私を褒めて欲しい。
美形が膝に乗って抱きつきながら上目遣いで言う台詞だよ?まだ朝食は食べてないけど…ご馳走様です。
食べ終わって本当にご馳走様をすると階下に降りる。お店の名前は昨日の時点でまだ未定。そろそろ決めないといけないので、それはダナン様たちに一任した。
ということで、当面することはホップコーン(弾けるキビ)のフレーバーかな。
キビパンのソースは塩だれとトマトベースのものでほぼ決まり。マヨネーズは異世界人にバレそうなので封印した。
やっぱりポップコーンは塩とキャラメルかな?イチゴ味とか色々あったけどこっちにあるか分からない。キャラメルなら砂糖と牛乳、生キャラメルは砂糖と生クリームで作れるからね。
生クリームは牛乳から作れるし。
その辺りでは新鮮な牛乳が手に入る。ロルフ様の領地で畜産が盛んなので、取り寄せ可能とのこと。
乳脂肪分だけを分離させるのには遠心分離機が必要で、しかも完璧には無理だ。ただ泡立てないなら問題無いので遠心力で水分と乳脂肪分を分離出来る道具を作った。
手回しね。だからこの作業は探索者とレオでやる。
牛乳は届いたら殺菌処理のために一度加熱するので、ある程度は日持ちする。
出来た生クリームはこうして保冷庫で保管しておく。
そうすれば生キャラメルフレーバーのポップコーンが出来上がる。
問題はコスト。砂糖は貴重品だから。そこでフェリクス様とイザークさんに提案しようか悩んでる。
そう、サトウキビの収穫。
でもな…これ自体が一大産業に成りかねない。まだ早いかな。
多少なりとも甘ければいいなら、量を減らして砂糖を普通に使うという手もあるし。
物資の調達はフェリクス様だからやはりイザークさんに相談だな。
屋台の準備はひとまずこれぐらい。なら少し他のことをしたいかな。イリィだってずっと市場を休んでる訳にもいかないだろうし。
よし、ファル兄様に鍛えてもらおう。
イリィにその一連の話をすると、市場は屋台の準備の合間に再開しようとしてた、という。
私とイリィが別々に動くなら護衛は領軍の人に付いて貰えるか相談だな。探索者は屋台にかかりきりだから。
ということで、今日はファル兄様と鍛錬の話をする。そしてイザークさんに砂糖の話と店名について、後は護衛の手配を相談。
その後は私はハクと採取に行きたい。温泉の方に。鉱石とか土とか欲しいから。
今日の方針が決まったのでイリィとファル兄様の所へ行く。借家なので、貴族街に近いエリアらしい。南の方だね。
一緒に歩いてゆく。もちろんハクとブランも一緒に。
最近は慌しかったのでこうしてゆっくりと歩けるのが嬉しい。
他愛もない話をしながら進んで行く。こういう日常が送りたいよ。すると何処からか…女性の金切り声が聞こえて来た。




