105.護衛の紹介
持ってきたプレゼントも渡せたし、紅茶もパウンドケーキも食べて満足。と思ったら大事なことを忘れていた。
「あの、すみません。ちょっと解除するの忘れてて…」
カチンと軽い音がした。終わりましたと言えばイザークさんが
「アイル、何をした?」
耳を抑えて言う。えっ?
「空間拡張の機能を解除した…」
「…空間拡張の機能を…?」
頷く。そんなに珍しく無いよね?
「アイル、この耳飾りにか?」
イヤーカフね。
また頷く。あると便利かと思って。ほら、身一つで連れ去られたりしたらね。困るから。野営に必要なものとか非常食、後は水と短剣とか袋、手ぬぐいもあるよ?
「容量は?」
「馬車1台分ほど…?」
くれぐれもやり過ぎるなって言われたからかなり控えめにしたんだ。やっぱり少ないよね?
「…この装飾に馬車1台分って…」
やり過ぎないようにって何度も言われたし、時間停止は付けていない。代わりに時間遅延を付けたよ。これならそこまで貴重では無いって言うから。
固まってたダナン様が復活して手元にある紅茶のカップに手を触れる。シュンと音がして消えた。そしてまたシュンと音がして出てきた。
あれ?何で触ったの?考えたら入るはずだけど…?不思議そうに見ていると
「アイル、何で不思議そうなんだ?」
「手で触ったから?」
「何だと?」
?何が?驚く要素はどこに…?隣でイリィがため息をつく。そして耳元で
「普通は手で触らないと収納されないんだよ」
え?そうなの…?それだと高いところの木の実とか取れないよ?
「人の物を盗めるでしょ?」
それは出来ないよ。所有者がはっきりしていてその人の物だと判断されないとそもそも入らない。条件を付けるのが大変そうだったからビクトルの思考回路を組み込んである。
自動判別だから多少は齟齬があるかもだけど、まぁ誤差の範囲でしょ。
「安全装置があるからそれは出来ない」
イザークさんが私のポーチを見ている。試してる?このポーチはそもそも防御機構が最上級で組み込まれてるから無理だよ。
私は机の上に小さな水晶を取り出して置く。
「これで試してみて下さい。このポーチは防御を掛けているので」
イザークさんは頷いて水晶をじっと見る。
「確かに無理だな」
「アイル君、すでに色々と入っているが?」
「万が一、何か事件に巻き込まれてもこれがあれば生き延びられる、という装備などを入れてあります」
「携帯食?もあるがこれは大丈夫かな?」
「ほんの少しですが…時間遅延の機能が付いているので大丈夫です」
「…ちなみにどれくらい?」
「1/3です…」
また皆んなが固まった。やっぱり微々たるものだよね?最低でも1/10にしたかったし、本当は1/100が良かったんだけど…くれぐれもやり過ぎるなと言われたから。
「充分過ぎる…」
イザークさんたちは優しいな。でも迷惑じゃない?
「しかし鑑定で見えるのでは?」
抜かりはないよ。
「それは大丈夫。隠ぺいを掛けてあって…鑑定では分からない。看破でも見れないし触っても感触も隠ぺいしているので大丈夫です」
ふふふっ五感全てを隠ぺいしているのだ。
「たとえ温度を見てもそこにはただ体温があるだけ。見えません」
「私たちには見えてるが?」
「知っている人とか見せてもいいと思う人には自動的に見えます。見せてはいけない人を判別するので」
ビクトルの思考内蔵だからね。
「そうか…これは凄いな。もう家宝にするよ」
え?そんな中途半端な機能しかないものを?ダメですよ。
「何にせよ有難いことだ。一応聞くけど…これを作ったのは?」
「私です…」
すみません、中途半端で…。ッと目を逸らすと
「いや、素晴らしいね。これは本当に気を付けないと…」
そう言って少し考えている。
「イザーク、ギルドから来る探索者はまだかな?」
「もう少し後です」
「なら先に彼らを呼ぼう」
手を叩くと執事が扉を開いて入ってくる。
「ダーナムとシグナスをこれへ」
恭しく礼をして出ていく。
やがて重い足音がして扉が軽く叩かれる。
「入れ」
執事が扉が開けると2人の男性が入ってきた。
「ダーナム中隊長ただ今参りました」
「シグナスただ今参りました」
「うむ、紹介しよう。お前たちの護衛相手だ。私の前の少年がアイル君、隣がイーリス。君たちにはこの2人を護衛してもらう」
「ダーナムだ。よろしく頼む」
「シグナスだ。よろしくな」
「「よろしく」」
「それから2人とも、私にちょっと殴りかかってこい」
「「はい?」」
唐突にダナン様が言う。2人は驚いて戸惑っている。
「何、ちょっとした実験だよ。気にしなくていいから」
ダナン様は立ち上がって部屋の隅に移動した。私は念のため彼らの回りに防御を展開する。魔法じゃなくてジョブでね。
顔を見合わせてから2人はダナン様へ殴り掛かって行った。ある程度まで近づくとバチッっと音がして2人が吹っ飛んだ。その先に防御を厚くして包むようにする。2人はコテンと床に転がった。
私とイリィ以外はそのまま固まった。ん?どうしたのかな…。
「今のは一体…?」
イヤーカフの防御機能です。
「吹っ飛んだぞ?」
はい、5メルほど飛ぶ仕様です。
「彼らは何かに包まれて…?」
それは私がジョブで包み込むような防御をしていたから。
「優しく転がされていたぞ?」
本来は吹っ飛びっぱなしですよ?今は確認だから。
『アルらしいね…だいぶ抑えたみたいだけど。これくらいアルに取っては呼吸するくらい簡単に出来るんだよ?アルはしないけどね』
ハク…そんなに簡単じゃないよ?威力抑えるのが大変だったんだから。
「はははっ流石は聖獣様の契約者だ」
それを聞いて転がっていた2人がシュバっと起き上がった。そして緩くシッポを振っているハクを見て私を見てまたハクを見て…跪いた。頭を下げて胸に手を当てる。
「「お初にお目にかかります。聖獣様」」
おぉ、見事なシンクロだね。
『そういうのいらないよ!ただ僕のアルを悪意から守って』
「「仰せの通りに」」
『頼んだよ』
立ち上がった彼らは改めて
「アイル殿、よろしく頼む」
「いや、その普通に呼び捨てにして欲しい」
「しかし…」
「俺も呼び捨てだから大丈夫だ」
イザークさんフォローありがとう。殿とかほんと止めて。顔の白いお殿様を思い出すから。
「私はダム、シグナスはシグと呼んでくれ」
「分かった。よろしく」
これで領軍の護衛とも顔合わせが済んだ。その後はギルドから来た2人も挨拶をして屋台の話とか打ち合わせをしてようやく解散。
ダナン様が
「アイル君、会えて良かったよ。たくさんのプレゼントありがとう。大切にする」
そう言って手を握ってくれた。
フェリクス様も
「ありがとうな。お揃いで作ってくれて。大切にする」
いつもの軽い調子ではなく真剣な顔で言ってくれた。
イザークさんはいつもながら無表情だけど
「相変わらず危なっかしいがプレゼントは嬉しかった。ありがとな」
明日からはしばらく屋台の手伝いがあるから領軍の2人は待機。
ギルド派遣の2人はロルフ様が指名依頼を出すのを待って正式に護衛に。
こうして無事?顔合わせが終わった。ホッとしたら眠くなっちゃったよ。宿まで送って貰う馬車でイリィにもたれて少しだけ眠った。
宿に着いたので起こされてファル兄様と扉の前で別れる。
イリィと宿に入るとスーザンが厨房からお帰りと声を掛けてくれる。
ただ今と軽く答える。
「もう夕食出来てるから持ってけ」
貰って部屋に入る。あー疲れた。
夕食を食べてシャワーを浴びに行く。
脱衣室に入って言った服を脱ぐ。イリィが私をじっと見ていた。
「ねぇアイ…」
?
「あれだけ言ったのにね?」
私の頬を撫でながら迫って来る。
えっ?ちゃんと抑えたよ…。
優しい笑顔で壁ドンされる。イ、イリィ…?怒ってるの?目が怖いよ…。そのまま体をピタリとくっつける。待って…色々とよろしくないんだけ…。
「僕はね、心配してるんだよ?」
「…」
イリィ…本気で怒ってる?
「…」
目を閉じてキスしてくる。そして唇を甘噛みする。そのまま激しく舌を絡められ…。ようやく離れる。
また頬を撫でながら耳元で
「後で話するよ…?」
どうしよう…?イリィが本当に怒ってる。涙目で頷いてシャワーを浴びる。いつもより念入りに体を洗われたのは気のせいじゃない?
部屋に戻るとイリィが正面から抱きついてくる。
「僕が何に怒ってるか分かる?」
「…分からない」
「だろうね…?分かっていたらしないよね…わざとじゃないのは分かってるよ?でもね…やり過ぎ」
涙目で俯いていると優しく頬を撫でて
「本当に気を付けて…心配なんだよ?」
だって何がやり過ぎか分からない。かなり抑えたのに…。何がダメだったの?
「まず、イヤーカフの空間拡張。あんな小さなものには普通、出来ない。分かる?容量じゃなくて、そもそも出来ない。
次に隠蔽。触っても分からないって何?温度もだよ?隠蔽ってのはね、視覚だけなんだ。アイが考えてやったのは分かるんだけど…やり過ぎ。ぼくがどれだけハラハラしたか」
そうなんだ。あったら便利かなって思ったんだけど…やり過ぎなんて知らなかった。目から涙が溢れてしまう。私はこの世界では異物なんだ。そのことを改めて知ってしまった…。
流れ出した涙は止まらない。
イリィは優しく頭を抱きしめてくれる。
「アイのいた世界はこちらとは全く違うんだね…アイが何を分からないか僕も分からない…。責めてるわけじゃないんだ。ただ、心配なだけ。泣かせるつもりは無かったんだよ?」
それでも私の涙は止まらない。
ハクが
『アルのいた世界はこことは全く違うよ。技術の水準がね、比べものにならない。アルが戸惑うのは仕方ない。でもアルは優しすぎる。あったら便利なものを作れてしまう。そして人の為にその力を使ってしまう。それが問題』
「そんなにも違うのか。なのにアイは誰かの為に…?僕はそんなアイが大好きだけど…。なるべく僕以外にその力は使わないで…」
私は泣きながら頷くことしか出来なかった。
ようやく泣き止んでイリィに手を引かれてベットに入る。手を伸ばせば触れられるけど、こんなにも遠い…。ままならないな。
また溢れる涙を隠すためにイリィに背を向けて体を丸める。声を出さずに泣いていると後ろからイリィが抱きしめてくれた。その温もりはなぜか遠く感じた。
泣きながらアイは眠った。規則正しい寝息が聞こえる。その震えていた細い肩を撫でる。君はまだどれだけ苦しむんだろう…。世界の在りようがこんなにも違う。
アイは僕たちが知らない知識を持っていて、それを実現できてしまう。それが問題だ。泣かせるつもりなんてなかった。ただ、心配なだけなのに。
いつだってアイには笑っていて欲しいのに…こんなに大切なのに。こちらに背を向けているアイを後ろ方しっかりと抱きしめる。君はここにいるのに…遠く感じるよ。
どうしたらいいのか、途方に暮れるイーリスだった。
※読んでくださる皆さんにお願い※
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