【短編】家に帰ったら学校一の美少女が俺のパンツを被りながら気絶していた。〜俺の家のメイドになった完璧美少女の愛が重すぎる件について〜
「はぁ……なんでこんなことになったんだ……」
「斗真、なんでそんな浮かない顔してんだ?」
やけに重く感じる学生鞄を背負いながら、俺……星宮 斗真が帰路を歩いていると、後ろから走ってきたクラスメイトが俺の顔を覗き込んで話しかけてきた。
「言ったろ、今日うちにお手伝いさんが来るって。はぁ、せっかく自由を謳歌してたのに」
「あぁ、そっか。お前は一人暮らししてたんだっけ」
ここまで俺が落ち込んでいる理由……それは今日から、家にお手伝いさんが住み込みで働き始めるからだ。
つまり、自由な一人暮らしの生活が終わってしまうということを意味する。
「でもさ、家事とかやってもらえるならいいんじゃねえの?」
「そうでもないんだよ……料理は作り置きしてるし、洗濯と掃除も一気にやれば苦じゃない。むしろ、人に気を使わないといけない方が俺にはキツいよ」
1ヶ月前、両親の仕事の都合で俺以外の家族は海外に行ってしまった。高校入学が決まっていた俺は日本の自宅に残ることになり悠々自適な一人暮らしをしていたのに……あぁ、このことを考えているとまた憂鬱になってきた。
「でもさ、もしかしたらめっちゃ美人のメイドさんとか来るかもしれないだろ!? 花奏さんみたいな!」
そうして愚痴をこぼしていると、友達の口から聞き覚えのある名前が告げられる。
それは、学校一の美少女と名高いクラスメイトのものだった。
「いや、流石にないだろ」
「でも、男子なら1回は夢見るだろ? あんな超絶美少女がメイドになってくれるとかさ……」
「お前、今すっごく気持ち悪いぞ」
こいつが脳内で何を想像しているのかは知らないが、まあ言わんとしていることは分かる。
うちの高校で1番モテている美少女、篠宮 花奏。
腰まで伸ばしたピンクの髪がトレードマークな、透き通るような肌に端正な顔立ちをした、誰にでも優しくて明るい性格で成績も優秀、おまけに運動もできる完璧超人だ。
(弱点を探す方が難しいくらいだな……そりゃモテるわけだよ)
その人気はすさまじく、入学式から1ヶ月で学校中のすべての男子の憧れの的となり、フられた人数は50を超えたという噂もあるほどだ。
「まあとりあえず、家事してた分の時間は自由になるわけだしさ。今度カラオケでも行こうぜ?」
「確かに、それもそうだな。それじゃ」
「おう、また明日な!」
友達に言われた通りそう考えると、少し気も晴れてきた。
俺の家の前で別れた友達の背中を見ながら、今度ジュースでもおごろうかな、なんて考えつつ玄関のほうへと歩いていく。
「……って、電気点いてる?」
すると、なぜか中の電気がついていることに気がついた。もしかして、もうメイドの人が来たのだろうか……だとしたら、なんか入るのは気まずいな。
(どんな人なんだろ)
住み込みで働いてくれるらしいから、出来れば気が合う人がいいな……なんて考えながら、俺は鍵を開けて玄関の扉を開ける。
……そして、その先に広がっていた光景を見て絶句することとなった。
「────は?」
玄関先でメイド服を着た女の人が、布のようなもので覆われた顔から大量の血を流しながら倒れている。
そんな状況を飲み込めず、俺は思わず気の抜けた声を出してしまった。
(泥棒か何かにやられたのか!? 逃げ……いや、まずはこの人を助けないと……)
何があったんだ。どうしてこんなことになってるんだ。
理解が追いつかず今すぐかでも逃げ出したい衝動に駆られるが、俺はそれをなんとか抑える。
目の前で倒れている人はまだ息があるし、もしかしたら助かるかもしれない。そう思って、まずは顔を覆っている布を取ると……
「花奏さん? しかも、これ……鼻血?」
そこにあったのは、見覚えのある美少女……信じられない量の鼻血を出しながら気絶している、花奏さんの顔だった。
「……ってか、これ俺のパンツ!?」
さらに彼女の顔を覆っていた布をよく見ると、それが俺のパンツであることに気づく……いや、なんで?
(メイド服を着た学校一の美少女が俺のパンツを頭に被って鼻血を出しながら倒れてる……どんな状況だよ!?)
本当に理解が追いつかない。
なんで花奏さんがここにいるんだ? なんでメイドの姿をしてるんだ? なんで俺のパンツを顔に被りながら鼻血を出して倒れてるんだ!?
(いや、落ち着け、冷静になれ俺。何か事情があるのかもしれないし……)
「……あれ、私……?」
そうして自分で自分を宥めているうちに、目の前で倒れていた花奏さんが目を覚ます。
目覚めたばかりで少しぼーっとしているのか、あるいは鼻血を出し過ぎたのか、彼女はこちらを見るだけで何も反応がない。
「えっと……花奏さん、大丈夫?」
あまりに血が出ていたので心配になり、おそるおそる声をかけてみると、ようやく意識が覚醒したのか彼女は少し驚いたように目を見開く。
そしてその直後、彼女はこちらを見ながらゆっくりと立ち上がり────
「────お帰りなさいませ、ご主人様!」
「……はい!?」
満面の笑みを浮かべながら、血まみれの顔でそう告げた。
◇────◇
「……ということで、今日からここで働くことになりました! よろしくお願いしますね、ご主人様!」
「その呼び方はやめてくれない?」
俺のパンツを被りながら鼻血を出して倒れていたピンク髪の美少女、篠宮 花奏。事情を聞くと、どうやら彼女が今日からここで働くことになったメイドらしい。
「まあ、色々聞きたいことはあるんだけどさ……まずはなんで倒れてたの?」
なんでよりにもよって俺の家でメイドをするのかとか、そもそも高校生が住み込みのバイトをして親が心配しないのかとか、質問は山ほどあるけれど……とりあえずこれを聞くのが先決だ。
「それは不慮の事故というか、仕方ないというか……」
「事故で人のパンツ頭に被って鼻血出して気絶するってどんな状況?」
マジで何があったんだよ。もはや恐怖を通り越して純粋に好奇心が湧いてきたわ。
「まず、斗真くんの家に入るでしょ?」
「そういえば合鍵はもう貰ってるんだね」
「うん、郵送で今日貰ったの。で、洗濯物が干してたから取り込もうとするでしょ?」
「あぁ、すっごく助かる」
ここまで聞いても、特に事故が起きそうな要因はない気がする。なんというか、普通にメイドをしてくれているというか……
「で、斗真くんのパンツを見つけたから被るでしょ?」
「どうしてそうなった?」
はい前言撤回、何も普通じゃなかった。
なんでパンツを見つけたから被るなんて思考に至るんだ。パンツは被るものじゃなくて履くものだろ、履けよ。いや履くのもアウトだよ。何も注目せずに畳んでくれ。
「私、何か変なこと言った?」
「それ、本気で……ううん、いいや。続けて」
まるで何がおかしいのかわからないという風にキョトンとした顔でそう聞いてくる花奏さんを見て、俺は問い詰めるだけ無駄なことを理解する。
「で、そのまま洗濯物畳んでたら鼻血が出てくるでしょ?」
「パンツ被りながらやることじゃないね」
「でも、洗濯物に血がついちゃいけないから離れようとするでしょ?」
「パンツ被るのをやめるだけでいいよね」
なんでこの人はかたくなにパンツを頭から取ろうとしないんだろう。メイド服着ながら頭にパンツ被って家事とかどんなプレイだよ。
「そしたらスマホのGPSで斗真くんが家の近くまで来たのが分かってさ」
「待ってGPSは初耳なんだけど」
いつの間に俺の位置情報がこの人に筒抜けになっていたんだ。さっき過ぎ去ったはずの恐怖が今戻ってきたわ。
「だから、出迎えようとしたんだけど斗真くんにこれを見られたらどうしようって思うと何故か鼻血が止まらなくなって……」
「奇遇だね、俺も鳥肌が止まらないよ」
なるほど、理解した。要するにこの人は変態だ。生粋のド変態だ。男子に恥ずかしい姿を見られて興奮するなんて、そんな人だとは思っていなかったのに……
「で、でも安心して! こんな風になるのは斗真くん相手だけだから……だから、この家に働きにきたんだし」
「さらに安心できなくなったんだけど?」
まさかの俺限定だった。全くこの人に執着されるような心当たりがないから余計に怖い。
「やっぱり、気持ち悪いよね?」
そうして花奏さんの不可解な行動に唖然としていると、急に彼女の笑みがぎこちないものに変わった。
「私、つい暴走しちゃって……斗真くんの物なんだって思うと、全部愛おしくて……」
(想像の3倍くらい重いなこの人……!?)
重い。向けられている感情が重すぎる。嫌ってわけじゃないしむしろ光栄に思うべきことなんだろうが、正直言ってなんで俺なのか意味がわからない。
「だからここで働ける、ってことがすごく嬉しいの。本当に、夢みたい」
(そんな幸せそうな顔しないでくれよ……)
……だけど、特に危険というわけではなさそうだ。いや、俺のプライベートとか人権とかそういう面では限りなくアウトに近いが、少なくとも悪気があるようには見えない。
「別に、気持ち悪いとまでは思わないよ。実際ちゃんと仕事はしてくれてるし……まあ少し、いやかなり驚いたけど」
「そう……なの?」
すこしためらいがちにそう告げると、彼女は驚いたような顔をした後に少し笑みを浮かべ、おもむろに立ち上がり……
「じゃあ……お仕事はちゃんとするし、勉強とかも手伝うし、絶対に後悔はさせない。だから、ここで働いてもいい?」
そうして俺の手をとったかと思うと、まっすぐにこちらを見つめながら上目遣いでそう聞いてきた。
(その聞き方は反則だろ……!)
正直言って、彼女を家に置くのは色々と問題だろう。女子高生だし、変態だし、クラスメイトだし、変態だし、何より変態だし……一般的に見れば確実にアウトだろう。
……だが、それでもこんなに真剣な彼女の頼みを断ることはできなかった。
「あー……とりあえず、お試しってことで。ほら、相性とかもあるしさ」
「本当に!? ありがとう、斗真くん! 私、認めて貰えるように頑張るね!」
だから、まずは試用期間ということにしよう。何か問題が起きたり、あるいは彼女が満足することがあればその時はやめればいい。うん、我ながら優柔不断な判断だ。
(本当、幸せそうな顔してるな)
でも、無邪気に喜ぶ彼女を見ると少し気が楽になった。変態であることを除けば優秀なメイドであることは確かだし、これから上手くやっていける可能性も……
「あっ、また鼻血出てきた……」
(大丈夫、だよな?)
……まあ、なくはないだろう。洗濯物の畳み方が俺と比べると何倍も綺麗なところを見るに、少なくともメイドとしての腕前はきちんとあるみたいだしな。
(そういえば、なんで俺なんだ?)
だがしかし、まだ疑問に残ることが1つある。それは、彼女がなぜ俺にここまで執着しているのか、ということだ。
このまま何も知らないのももどかしいし、どうせならそれも聞いてしまおう。
「あのさ、花奏さん……」
「あっ、そうだ! 冷蔵庫の中見たら空っぽだったんだけど、買い出しに行ってきてもいい?」
しかしその質問をする前に、花奏さんの口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。
冷蔵庫の中身が空なんて、そんなはずはない。食料は買い出しの時に1週間分きちんと計算して買ったはず……
(……思い出した! そういえばお金下ろすの忘れてて買う量減らしたんだった!)
そうだ、確かスーパーに行く前にお金を下ろすのを忘れてて、いつもより少ない量しか食料品を買えなかったんだ。
またスーパーに行くのが面倒くさくて、その事実を完全に記憶から消し去っていた。
「大丈夫だよ、花奏さん。俺が買い忘れてただけだから俺が行ってくる。今日の晩御飯、何がいい?」
食料品売り場が閉まるまでまだ時間はあるし、陽が傾いて暗くなる前にさっさと買い出しに行ってしまおう。そう思って、花奏さんに何が食べたいか聞いてみる。
「家事は私の仕事なんだから、私が行ってくるよ?」
「でも、どうせなら1週間分買っちゃいたいし……」
「それも買ってくるから、斗真くんはゆっくりしてて」
「そんなに重いの、女子に持たせられないって!」
しかしそこから始まったのは、どちらが買い出しに行くかというあまりに不毛な議論。お互いに自分が行くと言って譲らず話は平行線となり、最終的に出た結論は……
「一緒に買い出しに行くなんて、まるで夫婦みたいだね?」
(学校の男子に見つかったら殺されるな、これ)
俺と花奏さん、両方とも買い出しに行くというものだった。
学校1の美少女と並んで歩くなんて一般男子高校生としては夢のような状況だが、俺は同じ高校の男子に見つかったらどうしようという考えで頭の中がいっぱいになっていた。
「斗真くん、どうしたの? やけに静かだけど」
「ああ、ううん、別に。何でもないよ」
いや、ダメだダメだ。せっかく花奏さんについてきてもらったんだから、せめて退屈させないようにしないと。何か話のネタになりそうなものは……
「……その麦わら帽子、似合ってるね」
何言ってんだバカ。さっきまで黙り込んでたやつが急に自分の帽子褒めてきてもびっくりするだけだろ。
もう少しきちんと考えてから発言すべきだったと反省して、すぐに話を切り替えようとする。
「斗真くん……それ、ほんと?」
「えっ? ああ、うん」
しかし、嬉しそうな笑みを浮かべながらそう返してきた彼女の反応を見るに、どうやら喜んでくれているらしい。よかった、変だとは思われなかったみたいだ。
「この帽子、私の宝物なんだ。だから、似合ってるって言われると嬉しいな」
「へー、大事なものなんだ。誰かからのプレゼントとか?」
被っていた帽子を手に取り、それを愛おしそうに見つめる彼女を見て、どうしてそんなにこの帽子が大切な物なのか少し気になってしまった。
元彼からのプレゼントとか、そういうのだろうかと質問してみるが……
「ううん。実は、小学生の頃に……あっ!」
(帽子が風で……って、あっちは!)
花奏さんが話している途中に突然吹いてきた風によって、彼女が持っていた麦わら帽子が飛ばされてしまった。
そしてその帽子が飛んで行った先にあったのは、非常時に使う水を貯めているため池。俺は頼むから岸の部分に落ちていてくれ、と思いながら急いで帽子を追いかける。
「……あぁ、ダメだったか」
「帽子が、池に……」
しかしその願いも虚しく、花奏さんの帽子は溜め池の真ん中あたりに着水してしまっていた。
ここから大体10メートルくらいはあるだろうか……風向き的にこちら側に流れてくることはなさそうだし、向こう岸で待つにはあまりにも遠すぎる。これは、仕方ないな。
「……行こっか、斗真くん。あれじゃ取れないよ」
花奏さんは悲しそうな顔をしながら帽子を取るのを諦めてスーパーの方へ歩き出そうとする。だが……
「花奏さん、ちょっと待ってて」
「えっ? 斗真くん、なんでシャツを脱いでるの!? まさか取りに行くつもりじゃ……あっ、鼻血が」
「そこまでブレないのは流石だと思うよ……じゃあ、行ってくる!」
俺は周りに誰もいないことを確認してシャツを脱いだ後、スーパーに行くついでに捨てようと思っていたペットボトルを抱えて柵を越え、ため池へと飛び込む。
ズボンを履いている分プールよりは泳ぎづらいけど、ペットボトルが救命胴衣の働きをしているから溺れる心配はなさそうだ。
「……っ、取れた! 取れたよ!!」
「斗真くん、大丈夫!?」
「大丈夫! あと、シャツ投げてもらってもいいかな!」
そうして帽子を回収した後、俺は体力が残っているうちに急いで岸の方へと戻っていく。
濡れた手と足で貴様で登れるか心配だったが、斜面部分にかかっていたネットを掴んでなんとかため池の外へと帰ることができた。
「本当、ありがとう。怪我とかしてない? 寒くない? どこかぶつけたとか切ったとか……」
「全然、大丈夫だよ。さすがにこのまま買い出しには行けないけど……それより、帽子を回収できてよかった」
花奏さんのカバンの中に入っていた少し大きめのハンカチで水気を取り、俺は少し濡れてしまったシャツを着直す。
流石にこのままスーパーに行くのは恥ずかしいから、一旦家に帰らせてもらうことにしよう。
(……そういえば、昔もこんなことあったな)
そんなことを考えていると蘇ってきたのは、俺が小学5年生だった頃の懐かしい記憶。
妹と散歩していた時に、川に帽子が飛んで行ってしまい泣いていた女の子を見つけて……全身びしょ濡れになって帰ったから、かなり親に怒られたっけ。
「はい、これ。もう飛ばしちゃダメだよ」
「……………………あっ、うん。私の、帽子……」
「どうしたの、そんなボーッとして」
取ってきた帽子を花奏さんに渡そうとすると、彼女はなぜか動かなくなってしまった……俺に何かを重ねているような、そんな目でこちらをじっと見つめながら。
「……ううん、何でもない! やっぱり斗真くんのこと好きだなぁ、って思っただけ!」
「なら良いけど……良い、のかな?」
「嫌なの?」
「別に……嫌じゃ、ないよ」
やはり花奏さんの真意は分からないまま、俺たちは2人で家へと引き返していく。
「ねえ、斗真くん」
「どうしたの?」
「……手、冷たくない?」
「いや、そんな……ううん、ちょっと冷たいかも」
さっきまでは何も持っていなかった右手に、人の暖かみを感じながら。
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