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線香花火

「つまんなーい」


「詩音がいるよお」


「そうじゃないー」


 私は自分の部屋のベッドでバタバタと暴れていた。詩音はそれを聞き流しながら漫画を読んでいる。


 ぐぬぬ。


 ほのかが夜を好きでも、夜はほのかに興味なさそうだし(それどころか、たぶん他の誰にも興味ない)、ほのかもニャンタカに夜の様子を聞くくらいで自分からなにかなんてしてなかったから油断してた。


「でも美海は邪魔したりはしないんでしょ」


「しない。ていうかできない」


 だって夜が決めたことなら私はそれを邪魔なんてできない。今日も夜はほのかに連れ出されて図書館に行っている。


「夜も行かなきゃいいのに」


 詩音が言う。


「ほんとだよ。また午後になったら家にきてぼやくんだよ」


「それはそれで嫌じゃ無いんでしょ」


「大歓迎ですー」


「美海さあ、ほんとに夜のこと好きだよね」


 苦笑いの詩音に、そりゃそうよと答えた。

 そうなんだよ。ずっと好きだよ。あなたがいないと生きていけないなんて、ドラマみたいなことではないんだけど。夜がいないとなんだか不安だったり、ちょっとうまくいかないなってなる。私の夜への好きはそういう好きだ。

 夜もたぶん私のことを少なくとも嫌いじゃないはず。たぶん。嫌いだったらわざわざ家に来ないだろうし。

 昨日の昼前に家にきた夜は、それまでほのかと図書館にいたと言っていた。それがどうだったか詳しいことを夜は言わない。


『美海』


 そう私の名前を呼ぶだけだ。返事をするとちょっと嬉しそうに、なんでもないと首を振って、課題図書に目を落とす。


(あー好き。すっごい好き)


 その声が好きだと、私に向ける嬉しそうな顔が好きだと言いたかった。


「言えばいいのに」


「言えたらこんなふうにぐねぐねしてない」


「そうだよねー」


 でもさあと、詩音が困ったような顔で首をかしげる。


「美海は詩音が夜と仲良くしてても、そんなふうに思ってぐねぐねするの?」


「しないなあ」


「なんで?」


 なんでって。そりゃ詩音は女の子だ。服装や髪型はすごくボーイッシュだ

し、目元もきりっとしててかっこいい。夜と並ぶとかっこいいが飽和してちょっとまぶしい感じになる。それはそれとして女の子だけど詩音とほのかは違う。


「だって詩音は夜に、そういう意味で興味ないでしょ」


「……ない。わかるの、美海」


「んー、わかるってほどじゃないけどお」


 なんとなくそんな気がしただけ。だけ、なんだけど。

 夜が詩音を見ているとき、すごく優しい顔をしている。それを見ても別になんとも思わない。だってそこに照れてる感じとかキュンとする様子とかない。そんなふうに詩音が夜を見ているときも嬉しそうだし楽しそうだけど、ときめきみたいなものは感じられない。


「だから、別になんとも思わない」


「あー……そう……。いや、うん。夜にときめいたことなんか一度もないけどね」


「でしょ」


「うん……。たしかに美海が夜を見てるときって、美海キラッキラになってる

わ」


 え、そうかな。そんなつもりは……なくも、ない……ない?


「逆もそうなんだけどね」


「うん?」


「ナンデモナイデス」


 詩音は珍しく遠い目をして、ははっと笑う。なにそれ?




 一通りの不満も吐き出したし、そろそろお昼だからとベッドから起き上がる。詩音も立ち上がって


「そろそろ帰るね」


 なんて言いながら漫画を片付けてベッドの下に置いていた荷物を取ろうとして、止まった。


「あ、夜だ」


 ベッドに手をついて窓に顔を近づける。釣られて外を見ると夜が歩いていた。少し離れたところにほのかもいる。


「えー……やだー」


「やだって言われても」


 詩音と二人で窓に顔をくっつけていると夜がぱっと顔を上げて目が合った。


「よるー」


「ちょ、詩音」


 詩音は窓を開けて夜に手を振る。夜は手を振り返す。


「あそぼー」


「いいけど昼ごはん食べてからね」


「やったー。じゃあ一時くらいに夜ん家行くね」


「わかった。美海は?」


 二人のやりとりと、離れたところで怖い顔をしているほのかを交互に見ていたら突然話を振られた。嬉しいけど、ほのかの顔が怖い! それはそれとして夜の誘いは断らない!


「行く!」


「楽しみにしてる」


 そう言い残して、夜は隣に自分の家へ入っていった。ほのかは最後にこちらを思いっきり睨んでから、どかどかと去って行った。




「夜、美海のこと好きだよね」


 ほのかの姿が見えなくなってから詩音がぽつりとつぶやいた。


「そ、そう?」


 それはどうも……。いや、それよりほのかはいいのかなあ。恋敵とはいえ夜のあんまりな対応に逆に胸が痛んできた。


「あんま嬉しくない?」


「それより、ほのかが気になっちゃって」


「おっかない顔してたね」


「気づいてたんなら、もうちょっとさあ」


 けど詩音はなんで? と薄く笑う。美人がこういう顔するとめちゃくちゃ怖い。


「言いたいことは自分で言わないといけないし、言わないでうだうだしてても

なんの意味もない。美海が詩音に言ったんだよ」


「そうでした」


 それは去年の夏、私がいじけてふてくされる詩音に言ったことだ。ほのかが夜とどうにかなりたいのなら、ほのかは自分できちんと夜に言わないといけないし、それは私だってそうだ。


「じゃあ詩音帰るね。一時に夜の家。約束」


「うん」


 詩音と一緒に玄関まで行くと、そこには朝はなかったビニール袋が置かれていた。


「なんだろ。花火?」


 袋の中には花火がたくさん入っていた。なぜか半分くらい線香花火だけど。近くの部屋にいたお母さんが、それはねと苦笑する。


「それね、匠海がバイト先でもらってきたの。しまっておくと忘れそうだから出しておいたのよ。詩音ちゃんもどう? 夜くんも呼んで一緒にやったらいいんじゃない?」


 匠海は私の高校生の兄だ。けど勝手にやっていいのかな。


「お兄ちゃんが彼女や友達と遊ぶんじゃないの?」


「夏休み直前に降られたって。だから美海が花火するときにいたら誘ってあげ

て」


「うん」


 ……彼女に振られて、それを小学生の妹に慰められるのは辛くないのかなあ。まあ……いいか。


「詩音やりたい」


「じゃああとで夜とやろう」


「やったあ。ありがとうございます。じゃあ美海、あとでねえ」


 詩音はお母さんに頭を下げて私には手を振って出て行った。私も昼ごはんにしよう。


「お母さーん、お昼ごはん、なにー?」


「匠海がチャーハン作ってくれたわよ」


「うわ、すごい量……やけくそじゃん……」


 台所では兄が涙目でフライパンを洗っていた。スープもサラダも、デザートまで、お客さんでもくるの? ってくらい作られている。お兄ちゃんは高校に入ってから隣町の中華屋さんでバイトを始めたので、たまに作ってはくれてたんだけど。


「片付けは私するから、お兄ちゃん、一緒に食べよ」


「妹に慰められるのが辛い」


 お母さんはげらげら笑いながら先に食べている。私もお兄ちゃんと共に席についた。


「うまくできてると思うんだよ」


「うん、すっごいおいしいよ。お兄ちゃん」


 それから昼ごはんを終えるまで、私は必死に兄を慰めた。


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