某アイドルグループファンの場合
全4話、5000字いかないくらいでさくっと終わります。
『あなたが落としたのは異世界転生特典 金のチケットですか? それともこちらの異世界転生特典 銀のチケットですか?』
訊かれて、わたしはポカンとした。
目の前には絵本に出てくるような小さな泉と、美しい女神。
手には2枚のチケット。金と銀。
でもどちらもわたしのものではない。
なぜならわたしの持っていたチケットは、我が愛しのアイドルグループ「suman」の2年ぶりのコンサートチケットだったのだから。
金だか銀だか知らないが、はっきり言って滅多なことじゃ手に入らないプレミアチケット。
昨今の転売ヤー排除の機運が無ければ絶対に手に入らなかった奇跡の一枚なのだ。
「どちらでもありません」
わたしはきっぱりと答えた。
『なんと正直な娘でしょう。それではあなたにはこちらのプラチナチケットを……』
「いえ、わたしが落としたのはsumanのコンサートチケットです。それも今日の。拾ってくださったことには感謝しますが、早く返してください。時間がないんです」
『え、でも』
「早く! 急いでるんです!」
『は、はい!』
女神からコンサートチケットを受け取って、わたしはほっと息をついた。
これでコンサートに間に合う……。
わたしは会場へ急ぐあまり、点滅する信号を無視して走り出し、事故にあったのだ。
体がゆっくりと薄くなっていく。
『せめて、最後にコンサートを楽しめるようにしてあげましょう……』
女神の声が聞こえて、わたしは泣きながら顔を上げて、そして笑った。
『ありがとう。ずっと、ずーーっと楽しみにしてたの』
女神は困ったように微笑む。
『あなたにわたしの世界で聖女になって欲しかったのですが、仕方ありません』
「ごめんなさい」
最後にわたしはそれだけ言って、そしてコンサート会場へと旅立った。
異世界で聖女になんてガラじゃない。
わたしは最後の瞬間まで1人のsumanファンなのだ。
ああ、音楽が聞こえる。あれは彼らの……。
女神は聖女候補の娘を見送ってため息をついた。
彼女は、その能力も清らかな魂も何もかも、誰より聖女に相応しかったのに。
敗因はなんだろう。
タイミングだろうか。
でも、今この時しかこの世界への扉は開かない。次に開くのはまた別の世界への扉なのだ。
そこに条件にあう候補者がいるとは限らない。
次の候補者には選択権など与えず、必ず旅立ってもらわないと……。
よし、と両の拳を握りしめ、女神は自身に気合いを入れた。
次の候補者はもうそこまで来ている……。