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周防優希乃の事情  作者: 葉泉 大和
第一章
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12月7日(木)①

 私が周りとズレていることを自覚したのは、およそ三年前。


 年齢も祟ってか身体の至る所に不調を感じた祖母が、念のために病院で検査をした。幸か不幸か、その検査によって祖母が命に関わる病気を患っているということを知ることが出来た。

 余命は約半年、もって一年だろうということだった。


 祖母はそのまま入院をすることになった。病院で生活をすることになった祖母に、親族はみな代わる代わる付き添って看病をした。もちろん、その親族の中に周防家も含まれていて、私も祖母のためによく病院まで足を運んだ。


 ベッドの上で生活を送る祖母は、ほとんど歩くことは出来なかった。祖母の看病でやることと言えば、祖母の様子が急変した時にナースセンターに連絡をすることくらいで、あとは一緒の空間にいてあげることしか出来ることはなかった。

 だから、共働きして忙しかった両親に代わって、周防家代表としてよく祖母の病室に行った。最低でも週二回は足を運んでいたと思う。当時、中学三年生になりたてで受験生であるにも関わらず祖母の見舞いをする私に、両親は私のことを気遣ってくれたが、むしろ静かな空間で勉強が出来るから有難かった。


 祖母が入院する前、周防家は一、二ヶ月に一度くらいの頻度で祖母に会っていた。だから、私は祖母と同じ空間で過ごすことに抵抗はなかった。


 ――なかった、はずだった。


 しかし、祖母の病室で過ごすようになった私は、息苦しさを覚えるようになった。


 最初の数回は感じなかったはずの違和感を、私はだんだんと抱き始めていた。初めて感じたもやのような胸の痞えは微弱だったが、訪れる度に増していく痞えに、気のせいだと無視することは出来なかった。


 けれど、明確な理由は分からない。

 私は違和感を心の内に隠しながらも、変わらずに祖母の見舞いに行き、真っ白な病室で勉強をしていた。


 そして、じめじめとした雨が続く梅雨の時期、そのとある一日。私は微かな違和感の正体をハッキリと認識してしまった。


 その日、思うように体の自由が利かなくなった祖母が、窓際にある花瓶を誤って落としてしまった。


 私は参考書から目を上げて、窓の近くの床に散らばった花瓶に視線を当てる。自然と祖母の姿が目に入った。

 その姿を見て、私の頭の中で――。


 ――え。


 私は咄嗟に立ち上がった。そして、その流れで窓辺に向かって歩く。突然立ち上がった違和感を祖母に与えないための、応急策だった。


 私は今頭の中に過った考えをなかったことにするように、割れた花瓶の掃除を始めた。そのまま椅子に座っていたらヤバい、と私は直感していた。


 花瓶の破片を拾う時、祖母に視線を向けることが出来なかった。ただ何かを言いたそうにずっと私のことを見つめていることだけは、背中越しでも分かった。心臓が一気に速くなった。


 私は一秒でも早くこの割れた花瓶を片付けて、この部屋から出たかった。

 今祖母に話しかけられたら、私は冷静さを保つことが出来ないだろう。


 急いで床に散らばる破片を片付け、立ち上がった。


「――優希乃ちゃん、ごめんね」


 その時、祖母の声が私の耳に入った。手を伸ばせば触れてしまいそうな近い距離にいることが、耳から分かった。


 改めて、祖母を一度だけ見ると、床に視線を落とした。もう花瓶の破片は落ちていないはずなのに、まだ拾い残しがあることを願ってしまっている私がいた。そして、このまま何も言わないことは不自然だということに気付き、「……お祖母ちゃん」とやや遅れて反応を示した。


 すると、祖母は私を気遣おうとしたのか、そのしわがれた手が私の頬に伸びた。そして――、


「そんな顔しないで……。優希乃ちゃん、ああ、可愛くて優しい私の大切な孫。優希乃ちゃんはいつまでも笑顔でいてね」


 その瞬間、はっきりと身の毛がよだつのが分かった。私はハッと顔を上げ、祖母を見た。無理をしているのか、無理やり絞り出したような儚い笑顔――、今に力尽きても不思議ではない、そんな表情を祖母は浮かべている。


 そして、まるで蛇が体中を這うように、祖母の手が顔から首、そして腕を伝って右手へと伸びたところで、


「っ」


 私は反射的に右手を引っ込め、胸の前に持って来ては左手で覆い隠した。祖母の顔が不思議そうな、いや、哀しそうな表情へとみるみる変わっていく。


「……か、花瓶の破片が刺さったら危ないよ。私、捨てて来るね」


 祖母の顔を見るのが怖くて、何か言われるのが怖くて、私の心を見抜かれるのが怖くて、私は割れた花瓶を抱えて病室から逃げ去った。


 音を立てて閉じた扉の音が、私の心に隔たりを作るような音に聞こえた。


 それから、受験勉強に集中したいという如何にもそれらしい理由を作って、私は祖母が亡くなる当日まで病室に訪れることはなかった。


 あの弱り果てた姿で割れた破片を拾おうとする祖母を見た瞬間、私の感覚が普通の人とは違うということを悟った。私は人とズレていることを認めるのが怖かった。

 だから、ボロを出さないためにも、あの日から人と関わることは極力避けるようになった。


 そして、病室に通わなくなってから、八か月後の二月。祖母は亡くなった。雪が降る寒い日だった。外は寒いのに、祖母の眠る部屋の中は暖房と人の熱気で温かった。それにも関わらず、中にいる人の心に冷たい悲しみの風が吹き荒れていた。

 祖母を看取っている親戚一同は、皆涙を流していた。私の両隣にいる父と母も同様だ。けれど、私は――。


 私の中で、何かが終わりを告げた。


 人として大事な機能が凍ってしまったように、何も感じることはない。

 より一層、私は人とのズレを意識するようになった。


 その事実から目を背けるように、私は生まれ故郷を離れ、丹苑にある蓮見学院に来た。


 あと二ヶ月も経てば、祖母が亡くなって三回忌を迎える――。


 ***


 喧騒とする昼休みの廊下を、キョロキョロと首を動かしながら私は歩いていた。

 私が昼休みの時間を図書館以外で過ごすのは珍しい。ましてや、誰かを探すために校舎の中を歩き回るのは初めてのことだった。


 私が不慣れな行動をしている理由はただ一つ――、嘉神の言う協力者と接触するためだ。


 自ら協力者に関わりに行くことで、余計にカガミプロジェクトに首を突っ込むことになり、嘉神の思う壺だということは分かっていた。しかし、素性も知らない人物に私の行動を一週間も見られているというのは心地の良いものではない。

 だから何としても協力者とやらに会って、その正体を知らなければならない。そして、私を観察するのを止めるように言う。


 けれど、昼休みに入って無闇に廊下を歩いてからすでに三十分以上経過してしまった。タイムリミットは多く見繕って十分。


 この昼休み、私はとある作戦を立てていた。といっても、その作戦は至ってシンプル――。


 顔を知らない相手を探すために、私はいつもと違う行動を取って、向こうから近づいて来るようにさせるだけだ。あの嘉神の関係者なら、きっと自分から声を掛けて来るに違いない。

 ましてや、人に関心がない私が、如何にも周りに関心があるように振舞っているのだ。

 この意図を、相手も気が付くだろう。


 そう企んでいたのだが、このままだと嘉神の協力者に会うことは出来ない、と何となく予想する。


 気付けば私は人通りの少ない五階にまで上がっていた。五階の廊下は、人の影さえない状況だ。このフロアには通常の教室はなく、あるのは特別な時に使う教室だけだ。しかも、三年がメインで使う教室。だから、普通の人は寄り付かない。

 五階は探すまでもなかった。廊下を一目見るだけで事足りる。


 ひとまず反対側の昇降口まで行って、教室に戻ろう。


 そう思い、五階の廊下を歩き始めた時だった。

 一人の人物が反対側の階段から上がって来て、五階の廊下に姿を見せた。互いに廊下の端と端にいるため、顔は見えないが背格好から男子生徒だと窺える。

 男子生徒が、こちらに向かって歩いてくる。私も反対の昇降口に向かって進む。だんだんと距離が近づいていくにつれ、相手の顔の輪郭も分かって来る。


 そして、私は廊下の三分の一の距離で足を止めた。


 ――まさか。


 その人物の顔を見て、点と点が繋がった。腑に落ちるとはこのことを言うのだと身をもって実感するほど、すとんと納得してしまう。


 目の前にいるこいつが、嘉神の協力者だ。


 今もすっとぼけたような顔を浮かべているが、昨日も似たような表情を浮かべていた。


 距離を詰めて来る相手を、私は敵意丸出しの眼でキッと睨みつけた。


 私の表情を見て、目の前の相手――、


「あはは、嫌だな。そんな怖い目で見つめないでよ、スノーさん」


 笛吹実泰は、何も気にしていないように笑っていた。


 その貼りつけたような笑みでその仇名を使うな、と心の中で強く思う。

 昨日、笛吹に会った時、どことなく誰かの顔を思い浮かべたことを思い出した。なるほど、いざ正体を知ってしまえば、納得せざるを得ない。あの時連想した顔は、嘉神だ。


 未だ敵意を解こうとしない私に、笛吹は苦笑いを浮かべて頭を掻くと、


「えっと、おじさんから僕のこと聞かなかった?」

「ええ、色々と聞いたわ」

「なら良かった。これから、おじさんに比べたら微弱かもしれないけど、周防さんの――」

「この一週間私のことをずっと見ていたって聞いたんだけど、どういうこと?」


 私は笛吹の言葉を最後まで聞かず、棘のある質問をぶつけていく。


 一瞬戻ったはずの笛吹の笑みも、またすぐに苦笑いへと変わった。


 私は目を逸らすことなく、視線で殺さんばかりに笛吹のことを見つめていた。

 色々と納得の出来ないことや気になることがたくさんある。それを今ここで笛吹実泰の口から聞かなければ気が済まなかった。


「あれ、おかしいな。おじさん、どこまで話してくれたんだろ……」


 私の敵意の籠った視線に耐えられなくなったのか、笛吹は私から目を逸らし窓の外を見た。そのまま外に視線を向けたまま、口を小さく動かしていく。予想外の出来事に、思考をまとめることに忙しいようだ。


「――」


 私は無言の圧力を笛吹に与える。


「……えっと、周防さんがどこまで聞いているか分からないけど、ずっとっていう言い方はちょっと語弊があるかな。基本、僕は校内の中でしか周防さんのことを見ていなかったよ」

「けど、私の生活を見ていたことには変わらない」

「……あはは、そうだね。それで、周防さんが校内でミッションに取り組む様子をおじさんに伝えた。でもね――」


 しかし、笛吹の言葉は、学校の空気が変わることによって遮られた。


 少しばかり下の方が騒がしくなり始めていた。まるで冬眠をしていた熊が起きて、のそのそと行動を始めるように、皆が午後一の授業に備えて、自分の教室に戻り始めたのだ。

 そして、五階に近づく足音が、静かな廊下に響き渡った。どこかのクラスが、次の授業でこのフロアの教室を使うのだろう。


 ――強制終了だ。


 笛吹は一瞬ほっとしたような表情を浮かべ、


「あ、そろそろ次の授業が始まりそうだね。話の続きは放課後、屋上でしよう」

「ちょっと、勝手に話を進め――」


 私が笛吹の提案に反発を入れようとした時だった。まるで魔法が解ける時間を知らせるかのように、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。


「お互い、授業をサボるのはよくないよ。じゃあ、また放課後に!」


 笛吹は手を上げると、そのまま私が上って来た昇降口に向かって歩き出した。背中越しに、距離が開いていくのが分かる。


 逃げられた、と思った。


 このままいけば取り繕った言葉ではなく、ありのままの言葉を聞けると思ったのに、そのタイミングを逃がしてしまう。


 私は拳を握り締めると、バッと後ろを振り返り、


「大丈夫、ちゃんと約束は守るよ」


 同じタイミングで、廊下を歩いている笛吹も振り返った。後ろ向きで器用に歩く笛吹と目が合う。余裕があるのか、笛吹は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

 そして、もう一度手を上げると、再び体を前に向けて自分の教室に向かって歩き始めた。


「……はぁ」


 私も授業に遅れないように、笛吹とは反対側の昇降口から自分の教室に向かった。


 この短いやり取りを通じても、笛吹が嘉神の関係者だという確信を、私はより強くさせていた。

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