エピローグ2
馬車がガタゴトと揺れている。それはリズムよく、時にはアクセントのように激しい音を立てながら、田舎道を進んでいた。魔術都市や主要な町にはすでに魔力を動力とした魔術車が存在しており、かなり普及していた。そのためサラにとってはこれが初めての馬車であった。
本来初めての馬車はその独特なゆれと硬い素材により、尻を痛めたり、へんな酔い方をすることがある。とりわけ田舎道では多い。しかしサラにとっては先ほどの戦闘の余熱も相まって気にならなかった。
「ねえ」
サラが口を開く。
「なんだ」
レナードはぶっきらぼうに返事をする。
「あなたの師匠って、どんな方だったの?」
サラは持っていた疑問を一つ一つ聞いてみることにした。
レナードは手綱を握りながら、しばらく黙っていた。サラは一瞬「まずいことをきいたかもしれない」と案じたが、隣に座るレナードの様子からなんとなくそういうわけではないことがうかがえた。
「俺に…希望をあたえてくれた人だ」
レナードは絞り出すようにゆっくりと、それでいてはっきりと答えた。その言葉に多分な思いが含まれているであろうことはサラにはよくわかった。
「そう。なんだか私にとっての大賢老様に似ているわね」
サラは続ける。
「大賢老様は私が幼いころ、孤児として彷徨っているところを助けてくれたの。私にとって希望だったわ。何もかも恨んで、絶望して、そんなふうにいたところを助けてくれて、施設に預けてくれたの。最初のころはしょっちゅう会いに来たわ。私が煩わしいというようにふるまっても、何度も」
レナードは黙って聞き続ける。サラはレアードがきいているかも確認せず話し続ける。
「思えばそのおかげで今私が生きていれる気がするの。そのあとは魔術師としての道を示してくださって、私も必死になって努力して、それを温かく見守ってくれた。それが何より支えになっていたんだと思う。そんな期待がどこかうれしく思う部分もあって、頑張っていたところも、ないわけじゃなかったわ」
サラは以前よりもずっとしおらしく、自分のこれまでについて語った。その様子にレナードは自分と重なる部分がどこかあるような気がしていた。自分の鏡を、それも見たくない部分さえも含んだ真実の鏡を見ているようでレナードにとってはどこか複雑であった。
「あんたは」
サラがレナードの方をみて問いかける。
「あんたはお師匠様のこと、どう思っているの?」
サラは真剣な表情でレナードを見つめる。師匠の姿はこれまで魔術による復元でなんども見ている。その振る舞いも、話し方も、先ほど自分に化けて見せた能力をもってすればそうとう似ているのであろう。しかしレナード自身が師匠をどう思っているのかは直接聞いてはいなかった。
「さあな」
レナードはぶっきらぼうに答える。
「…何よ、私だけいろいろ話したのに不公平じゃない」
さらは少し口を曲げながらレナードに批判の視線を送る。
「知るか。お前が自分で話し始めたんだろうが」
「何よその言い草。あんたが物憂げな感じになっているから声かけてあげたんでしょう!」
サラはもういいとばかりにそっぽを向き、周りを見渡す。しかし周り一帯は平野でとくに目新しいものもなかった。
サラはこのままではなにかと納得いかない部分があるので、小さく呟くように奥の手を使うことにした。
「……シン」
「…………ッ⁉」
レナードはわかりやすく体を「ビクッ」っと震わせる。サラはそれを見てしてやったりとニヤニヤ笑みを浮かべていた。
「お前……聞いていたのか。男同士の、最後の会話を」
「それはもう。ばっちりと。私けっこう耳がいいので」
サラは嬉しそうにニコニコしている。レナードはなんだか興が削がれた気がして大きくため息をついた。
「何よ、いい名前じゃない。町や村に滞在するときはお師匠様の名前でもいいけど、こうしている時ぐらい本名でいてもいいんじゃないの?」
「そういうことじゃないんだけどなあ」
レナードは何か大事な感覚を台無しにされたような気がした。どこか抽象的だか、戦闘を通じて残っていた絆みたいものが。
その一方で血なまぐさい現実から一歩離れられた気もした。ひりついてばかりいる空気に新鮮で温かい春の風が入ったような、どこかぬるくも心地よい感覚をレナードは得ていた。
サラはレナードの態度が気に入らなかったのか、少し拗ねてしまっている。きれいに整った目鼻立ちをしたその顔は、どこか美しくも少女らしい可憐さを併せ持っていた。
「ん、どうしたの?」
サラは自分を注視している視線に気づく。レナードは前に向き直り「別に」とだけ答えた。
「で、この馬車は一体いつになったら町に着くの?レナードさん」
サラがわざとらしく聞く。少し間をおいてからレナードが答える。
「……シンでいい」
「え?」
「シンでいい。師匠の名前と混乱するだろ?この姿の時はシンでいい」
「……そう」
サラはどこか嬉しそうに答える。自分が対面している男が、黒い痣をもつことなど今この時に限って頭から離れていた。
「それで、シン。いつになったら町に着くの?もう暗くなるけど」
「着かん」
「……へっ?」
サラは思いがけない回答につい間抜けな声をあげてしまう。
「戦いに時間を割きすぎた。暗い中の馬車は危険だ。どこかで夜を明かす」
「それって、野宿ってこと?」
都市育ちのサラにとってそれは思いもよらない状況であった。体は砂まみれで一撃とはいえデリフィードの攻撃を食らっている。一応もらった薬で回復はしているが、とにかく休みたい一心ではあった。
「……嘘でしょ」
「本当だ。まあ血の匂いで獣が寄ってくるかもしれないが、二人で交互に見張ればなんとかなるだろ」
そう言ってのける男をサラは信じられないものを見ているような目で見つめた。そして今度はサラが大きくため息をついた。
(これでおあいこみたいなものか)
シンはそんなことを考えながら小さく微笑んだ。
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