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黒の魔術師   作者: 野村里志
第二章 黒き正義
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恐ろしさに微笑みを





「おや、レナードさん。お久しぶり。最後にあったのはいつぶりかしら」

「たしか秋にお会いして以来でしたね」

「あら、もうそんな経つのかい?年取ると時が過ぎるのが早いねえ」

「何をおっしゃいます。まだまだこれからじゃないですか」


 レナードとサラは付近の村まで来ていた。黒の魔術師を探すにしても情報がいる。そのため少なくとも付近の村ではなく、近くの栄えている町に出向く必要があった。


 レナードは師匠の姿に自分を変えて、普段利用している馬車の案内所へ来ていた。先程まで見ていた少年の面影が全くなくなっているその魔術には、サラも少し驚かされていた。


「それで町への馬車はいつ頃出ますかな?」


 レナードは案内所の婦人に尋ねる。


「それが今はちょっと出せないんだよ」

「それはまたどうして?」

「最近村の近くにまた盗賊が出始めて、危ないんだよ。規模は大きくないみたいだからこの辺の村は協力し合って対処できるけど馬車の護衛にまでは手が回らないからねえ」

「なるほど。しかし私の実力はご存じでしょう?心配いりませんよ」

「確かにレナードさんの力なら心配いりませんが現在こちらに来ている馬車がいませんので、いつになったら来るか……」


「ふむ」と頷きながらレナードは腕組みをした。その所作はまるで本当に一回り上の大人であるようでサラはますます驚いた。


「いずれにせよ、馬車が来ましたらご案内させていただきますので、しばらくご滞在ください」


 婦人はそう言うと、深々とお辞儀をした。レナードとサラは礼と挨拶だけ済ませてその場所を後にした。


「随分、うまく化けるものね」


 しばらく歩いてからサラが言った。


「歳も話し方もとても同年齢には見えなかったわ。村の人々にも随分と尊敬されているみたいだし」


 そういったすぐそばでレナードに気づいた子供が「レナードさん、久しぶり!」と挨拶してくる。


 レナードはそれに手を振って返事をすると、また歩き始める。


「師匠は長年この近辺の村の仕事を請け負ってきた。このあたりの田舎じゃ魔術師なんてほとんどいないし、いたとしても師匠のように優れている人はいない。だからこの辺の村の人で師匠を悪く言う人はいないだろうな」


 サラはその言葉に頷く。村の人々の対応がその言葉の信憑性を十分に保証していた。


「それにこれは俺の魔術によるものだ。大人びた話し方も、その副産物にすぎない」

「どういうこと?」

「俺の魔術は相手の特性を読み込み自らに体現する。この話し方や振る舞いは、全部師匠のものだ。俺はそれを模倣しているに過ぎない」


 サラは説明されて頭では理解するものの、どこか不思議なものをみているようで、心のどこかで信じられないようであった。


「それで……これからどうするの?」


 サラが尋ねる。サラが此方に訪れるときにはまだ馬車が動いていた。そのため盗賊が出始めたのは比較的最近であり、待っていれば馬車が来る可能性は十分あった。


「言われたとおり、しばらく待つ?」


 そう聞くサラにレナードは首を振った。


「ここで待てば、いずれにせよ被害が出る。元凶を断って、馬車に来てもらう方が早い。」


 続けてレナードは「それに師匠の名を上げることもできるからな」と言うと、人に見られていないことを確認して元の少年の姿に戻る。


「盗賊を退治しよう」


 レナードは強く言い切った。


「お前はここに残れ。ちょっと行ってくる」


 そう言って歩き出すレナードをサラは止めた。


「ちょっと、何勝手に行こうとしているのよ」

「何って、お前も戦う気か?」

「それは……」

「ならやめておいた方が良い」


 その言葉にサラは少し腹が立った。


「……行くわよ。私も行くわ。あなたが逃げ出さないともかぎらないし」


 レナードはそれを聞いて、「まあいいか」と特に反対もせずまた歩き出した。








「退治するって、当てはあるの?」


 二人は村からしばらく歩いた山の中に来ていた。


「このあたりの地域で盗賊がたむろする場所は限られている。その中で馬車が襲われうるとすればここしかない」


 すると遠くから男達が話す声が聞こえた。


「当たりだ。ここからは静かに行こう」


 サラは黙って頷く。


(人数は十人程度。あまり多くはないな。無論これが全てかどうかはわからないが被害の規模から見てもこの程度の規模であることは間違いないだろう)


 レナードは山中に流れる川の畔で休んでいる男達を観察する。奪ったであろう荷物、食料が並べられ、リーダー格の男が貨幣の勘定をしているようであった。


「俺は見張りの人間を始末してから、順番に片付けていく。騒ぎが起こり始めたらさらわれた人がいないかだけ確認してくれ。くれぐれもみつかるなよ」


 レアードはそうだけ言うと素早く、且つ静かに移動していった。サラはその異常なまでの手際の良さや、慣れた行動にただ呆然としていた。


 ほとんど時間が経たないうちに、盗賊達が騒ぎだした様子がうかがえた。


(私も行かなきゃ)


 サラは気づかれないように気に隠れながら男達の方へと近づいていった。





「なんだてめえは!」

「敵だ!てき……」


声を上げるやいなや首元にナイフを突き立てられ、男達は次々に倒れていった。


(これで六人。観察できただけでも九人はいた)


 レナードはさらに剣をもって襲いかかる男を返り討ちにする。


(これで七人目)

 レナードの戦い方はいたってシンプルであった。加速術式をもって目にもとまらぬ速さで致命傷を与える。一撃で相手を絶命させるに十分な攻撃を淡々と、正確に加えていた。


「親分!襲撃です!もうほとんどやられました!」

「何!敵の位置は?相手は何者なんだ」

「魔術師です。小さい魔術師が一人」

「一人だ?そんなはずは」


 盗賊の頭と思わしき男はそれ以上はなすことはなかった。背中に剣が突き刺さり、抜かれた傷跡からは大量の血液が流出していた。


「そんな……」


 目の前で頭がやられるのを見た盗賊の子分はその場に尻餅をついた。しかしその後すぐにレナードによって命を失った。


(これ以上はいないようだな)


 レナードは自らの魔術によって他に敵がいないことを確認したことで、自らのナイフの血を拭った。周囲は血の臭いが充満しており、多くの男が息絶えていた。


「レナード、捕らえられていた女性二人を保護したわ。もう一人いたけど既に……」


 盗賊達に住処に使われていたであろう洞穴から女性二人を連れ出し、サラがやってくる。しかしサラは周りに充満する臭いと、その様子に咄嗟に口を押さえる。


「んっ……!」


 サラは決して吐くまいとこらえながらその惨状から目をそらす。レナードはそんなサラを尻目に淡々と死体の処理をしていた。


「全員……死んでいるの?」


 サラは背を向けながらレナードに問いかける。


「ああ」

「…………そう」

「全員人殺しだ。死んで当然だよ」


 レナードはそれ以上何も言うことはなく死体を川に放り捨てた。


「帰ろう。おばさんに盗賊がいなくなったことを報告しなくちゃ」


 サラはだまって頷いて待たせていた女性二人を呼びに行く。既になくなってしまった一人は手厚く埋めて葬ることにした。






「おや、本当ですか?ありがとうございます。すぐに確認でき次第町の方にも連絡しますので」


 案内所の婦人はうれしそうにレナードに礼を言った。無論師匠の姿をしているレナードにだ。それに対して「いえいえ」と謙遜してみせる大人の男はとても先程まで血なまぐさい戦闘に身を置いていた少年と同一人物とは思えなかった。


 サラはここ二日で自らの身に起きた出来事が、頭の中でうまく整理できないでいた。旅を共にすることになったこと男……いや少年は本当に自分の味方なのか、大賢老直々にいただいたこの指令にどのような意図があるのか。サラに取っては何もかもが分からないことだらけだった。


(でも、ここでやめるわけにはいかない)


 サラは小さく拳を握りしめ、再び自らの目的を胸に刻み込む。


(妹の仇を、家族の仇を見つけるまで。それまで)


「おーい。レナードさーん。たまたま馬車が来ましたよー。よかったですね!これで明日にでも出発できますよ」


 少し離れたところを見るとそこにはさっきの婦人と、馭者とおぼしき屈強な男が立っていた。


 どうやら盗賊におそれず馬車を出してくれていた勇気ある馭者がいたようで、渡りに船であった。


「わかりました。ありがとうございます」


 遠くの婦人に挨拶して「じゃあ宿に行こうか」とサラに話しかけたとき、レナードは既に少年の姿をしていた。 


「いつまでも魔術を使い続けるわけにはいかないからな」


 そう言うとレナードは何もなかったかのように歩き出す。


 サラにとってその屈託のない笑顔は、どこか寂しく、とてつもなく恐ろしいものに感じられた。









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