置き傘。
翌朝、僕は教室でどんよりとした暗い雲を睨む。
秋はどうしてこうも雨が続くのか。
さすがにそろそろ晴れて欲しいところだ。
僕はこめかみの後ろを押さえる。
低気圧は本当に苦手だ。
そろそろ秋晴れを拝みたいものだ。
そして教室の扉は乱暴に開かれるのだった。
「吉川京へ~い!」
美智子の声がまたも教室に響きわたる。
あいつの声が頭痛をさらに呼び起こすのは気のせいか。
美智子はカバンも下ろさず僕の目の前に来ると僕の机を勢いよく叩く。
「おはよう美智子。」
「昨日お姉ちゃんに聞いたら保育園は17時までらしいじゃない。」
おっ、さすが先生だ。
「昨日のあんたは早すぎるのよ。」
そんなこと自慢げに言わなくても。
「早く迎えに行く分には問題ないんだよ?」
「急ぐ必要はないわよね?」
美智子は鬼の首をとったかのように自慢げにほほ笑む。
「白状なさい?昨日は急いでどこへ行ったの?」
「なんてことない。スーパーだよスーパー。」
「スーパー?」
美智子の自信に満ちた顔が曇る。
たったこれだけの事で僕を問い詰めるつもりだったのか。
参ったな。
僕めちゃくちゃ怪しまれてるじゃん。
「そう。スーパー。妹連れて買い物するのも一苦労だから先に買い物してから保育園に迎えに行ったの。なにか問題でも?」
彼女が歯を食いしばっているのが見えた。
「スーパーでなに買ったのよ。」
「そんなこと聞いてどうすんだよ。」
「昨日買い物に行ったんならスラスラ答えられるはずよ。それができないのは昨日……」
「レトルトカレー、ライダーのレトルトカレー、ふりかけ、チルドの餃子、チルドのシュウマイ、チルドのハンバーグ、袋の焼きそば、そーめん、納豆、冷ややっこ、それから」
美智子が小学生みたいな理論で得意げにまくしたてるものだからフライングして答えてしまった。
論破途中だった美智子は口を開けたままフリーズしている。
昨日はスーパーに行っていないがいつも買うものは決まっているのでスラスラ答えるくらいわけはない。
「まだ何か?」
「いや、でも。」
そろそろ仕上げと行きますか。
美智子を仕留めるトドメの一言で。
僕は机に肘をつき、そして頬杖をついた。
「うれしいなぁ。美智子は家に帰って家族に僕の話をするほど僕に関心があるんだねぇ。」
効果は抜群のようで美智子の顔はみるみる赤くなる。
「そんなわけないでしょう!あなたの尻尾を掴むための作戦会議よ作戦会議!今に見てなさい。絶対捕まえてやるんだから。」
「気をつけま~す。」
美智子はプンスカ怒りながら自分の席へと向かう。
その後ろ姿からもわかるほど耳が赤くなっていた。
面倒だなぁ。
バレない自信はあったんだけど眼をつけられてしまったら流石に難しいか。
まあ別にいいか。
僕がやめるつもりないのだから誰になんと言われようと大した話ではない。
僕はまた窓の外を眺めていた。
放課後、僕はまたもダッシュで駐輪場へ向かう。
外は昼から続く雨が依然止まない。
これは今日は自転車置いていくしかないか。
すると玄関で僕の足が止まった。
外は昼から続く雨が依然止まない。
雨に足を止めたのではない。
「置き傘がない。」
傘立てに常設している僕の傘がないのである。
誰かに借りパクされたに違いない。
置き傘は常にそのリスクをはらんでいる。
しかし僕の傘は柄もライダー、開いてもライダーの園児ご用達の傘だ。
盗まれるリスクは限りなくゼロだと思っていた。
甘かった!
僕は親指の爪を強く噛んだ。
あの傘を恥ずかしげもなくさして帰れる人間が僕以外にもいたなんて。
きっと相当な羞恥だったにちがいない。
なおのこと僕は憤りを感じる。
いやいやさすなら盗るなよ。
窃盗罪だぞ。
返せよ。
直接返せよ。
そしたら僕は犯人にこう問うだろう。
『ライダーは好きですか』と。
僕が顔も知らぬ盗人に脳内説教を垂れていると後ろから堅いものが当たったようだった。
振り向くとそれは傘の柄が僕の背中に突きつけられていた。
「美智子?」
美智子が僕に傘を突きつけていたのだ。
「傘。困ってるんでしょ。」
「え?ああ。」
「この傘貸してあげるから。感謝しなさい。」
美智子は僕の顔を見ずに告げる。
「いやでも。」
「いいから!遠慮しないで!傘を盗まれたのは風紀の乱れ。私たちの責任でもあるんだから。」
その言葉に疑問が残る。
「なんで僕が傘を盗まれたと?」
そして美智子はまたも僕に食いかかる。
「あんな恥ずかしい傘使ってるのは京平くらいよ!別にあんたに興味があって把握してたとかそんなんじゃないんだから!」
「あの傘のどこが恥ずかしいんだよ!」
「全部よ!良い年こいて何がライダーよ!」
「なんだと!許せない!撤回しろ!」
「いーやー!」
美智子の顔はそっぽを向いた。
こいつとは絶対話が合わない。
僕はこの時確信したのだ。
「ほら。いいから。傘持って行きなさい。私はお姉ちゃんの車で帰るから。だから……」
美智子がもじもじしながらもう一度僕の方を見る。
その時は僕はレインコートをまとっていた。
「僕自転車で帰るから。じゃ。」
僕は玄関に美智子を置いて雨の中に飛び出した。
ごめんな相棒。
置いては帰らないよ。
一緒に行こう、バイトへ。
僕は雨の中、自転車をこいでコーヒーショップへ向かった。




