反省文。
翌朝、教室で不機嫌そうな顔で窓の外を眺める。
また雨が降りそうだ。
どんよりとした暗い雲を僕は睨む。
君のせいで頭は重いし、朝は髪の毛もうまく決まらなかったのだ。
朝から憂欝な思いをさせてくれるな低気圧よ。
こめかみの少し後ろくらいを僕は人差し指で押さえた。
その時教室の扉が勢いよく開かれる。
その音は教室中に響いた。
「吉川京へ~い!」
そして彼女、風紀委員である京極美智子の声もまた教室にはよく響いた。
怒りを露わにする美智子の手には一枚のプリントがあり、それを僕の机の上に叩きつける。
「これは?」
「反省文よ。」
ですよね~。
面倒なことになったという僕の昨日からの予感は確信に変わる。
目の前に叩きつけられたプリントを拾い上げる。
「反省文ねえ。」
「で?昨日のバイトは?」
「バイト?ああやめたやめた。昨日店長に辞表をたたきつけてきたよ。」
嘘だけど。
なんならバイトは4つ掛けもちしている。
僕は美智子の顔を見ずにテキトーに答えた。
どうせバレっこないし、次はうまくやるよ。
「よし。やっぱり京平は話が早いわ。」
マジか、こいつ超絶ピュアかよ。
「うん。だからね?このプリントは……。」
「それとこれとはべ・つ。」
「ええ~。一緒だよ~。」
すると後ろでこんな会話が聞こえてくる。
「吉川くんかわいそ~。」
「お母さん亡くなってそれどころじゃないのに。」
「バイトしないと生活できない状況だってクラスのだれもがわかるのに。」
「ほんとお構いなしね。」
「自己満は結構だけど押し付ける人考えろよ。」
クラスのみんなは勝手を言いなさる。
プリントを眺めながら文章を考えていた僕はちらりと美智子の顔を見る。
美智子は伏せ目がちに、それでも僕と目が合うことはない。
「ほんっと。学校来なきゃい……。」
僕は美智子がやったよりも大きな音でプリントを机に叩きつけた。
その音を一番近くで聞いた美智子は身体を跳ねらせて驚く。
教室は静まりかえり誰も言葉を発しない。
その沈黙に僕は言葉を差し込む。
「反省文。帰りまででいいか?美智子。」
美智子の目尻にはほんの少し涙が溜まっている。
美智子はキョロキョロと周りをうかがう。
「僕は美智子に聞いてるんだけど?」
ようやく彼女と目が合う。
陰口は影で言え。
陰口とも言えない会話をしていた連中はより小さな声で何かを語り始める。
吐息のような言葉に耳を傾けるつもりはない。
汚い言葉が僕の耳に届かないだけで教室はこんなにも居心地の良い空間になるのだ。
第一、僕を気遣うふりをして僕を美智子を攻撃する材料にしたのが気に食わない。
気に入らない美智子を叩きたいだけではないか。
そんな奴らよりも一人でクラス中の連中を敵に回しながらも風紀を守る美智子の方が何倍も筋が通っている。
相対的だが、お前の評価が少し上がったぜ?美智子。
僕は美智子にほほ笑む。
「だめ。昼休みまで。」
やっぱこいつ面倒だわ。
放課後、僕はそうそうに自転車に乗り込む。
今からガソリンスタンドで19時30分までバイトである。
現在は15時30分。
16時にはもう業務を始めたい。
急いで出勤せねば。
「よ~し!今日も勤労するぞ~!」
僕は一番乗りで駐輪場を飛び出すと高々と拳を振りあげた。
「吉川~!京へ~い!」
朝聞いたフレーズが僕を呼びとめる。
僕は急ブレーキをした。
美智子がものすごいスピードで走り寄ってくる。
「美智子さん?まだなにか?」
ちゃんと昼に反省文は提出している。
「ず…はぁ。ずいぶんと……はぁ。急いで……はぁ。」
「息を整えてからでいいよ?」
息の乱れた美智子は一呼吸つき、腕を組んで胸を張る。
「ずいぶんと急いでるじゃない。どこか用事でも?」
「よくまだカッコつけられるね。」
「いいから答えなさい。」
美智子は顔を赤くして怒鳴る。
「妹を迎えに行くんだよ。お迎えだよお迎え。」
嘘ではない。
20時からという情報を伏せただけだ。
「あっ……。そっか……。」
ピュアか。
それにしても少し含みのあるリアクションだ。
恐らく彼女なりに今朝の事は思うところがあるのだろう。
でも俺はあいつらと違って恨んだりしないぞ。
美智子は美智子の立場があるだろうて。
「じゃあ僕はこれで。」
「あっ。」
このままこの場にとどまるのも美智子を気まずくさせてしまうだけだし。
僕は早々にバイトに向かわせてもらうよ。
僕は校門に向けて自転車をこぎ出した。
「ありがとうございました!」
ごめんじゃなくて?
振り向くと美智子が僕に向かって頭を下げていた。
「朝、庇ってくれてありがとう。」
ピュアか。
どういう観点で見たらそうなるの?
「私、知ってるから。みんなにどう思われてるか。」
え?
これ聞く流れ?
バイト早く行かないとなんだけど?
ここ、これから下校の生徒であふれるんだけど?
「昨日みたでしょ?姉が先生だとさ。色々と妹の私も視線が厳しいんだよね。特に先生たちの。」
ほら、玄関から第二陣が迫ってるよ?
「本当は風紀なんてどうでもいいんだけどさ。どうでもいいことに何マジになってんだろって思うんだ。私。」
なにこの子。
天然なの?
バカなの?
ピュアなの?
「だから、こんな私なんか嫌われて当然だから。京平まで一緒に省られることないから。」
美智子はスカートを粗暴に掴む。
「私は……これからも……ひとりでいいから。」
バイトがやばい。
早く話しを区切っていかねば。
「別に。美智子を庇ったんじゃない。美智子を責める理由に僕が使われたのだ不快だっただけだ。」
美智子は俯いたまま口角をあげる。
「そっか。ごめんね。」
「それに、あんな奴らに嫌われたって嫌われたうちに入らないと思うよ僕は。」
「僕は美智子のことそんな風に思ったことないから。」
美智子はそのアホみたいな顔をただ僕に向けるだけだった。
「じゃ、僕ほんとに行くから。また明日。」
僕は硬直した美智子を校門に残してバイトへ急いだ。




