没入感。
遥々隣の県まで足を延ばしたというのに。
知人とのエンカウントを避けたいがために有給とガソリンを消費したのに。
「車を使うのはマナー的にはご法度ですよ?」
どうして彼女は僕のモノローグ語り掛ける?
「いえ。声にでてますよ?」
こいつ!直接脳内に!
「だから声にでてますって。」
終わった。
このヒーローショーアリーナライブだけが僕の人生の支えだったのに。
半年前からこのイベントだけが僕の心の支えだったのに。
隣に彼女たちがいてはおちおちライダーの応援もできない。
「奇遇ですね。これだけ大きな会場で隣の席になるなんて。」
「そうだね。僕はきっと八百万の神々に恨まれる何かをしでかしたに違いない。」
「京平さんも福引ですか?」
「福引?」
福引だと?
そんなわけないだろう。
どんな倍率だと思っているんだこのガキは。
僕は半年前のブルーレイ1巻に封入されている前売り券の抽選券から応募しては外れて、2巻を購入しては外れて、泣きのラストチャンス3巻の抽選券でやっと当選したというのに。
「なんで泣いてるんですか?」
「僕の涙は血の色になってはいないかい?」
「なってませんけど。」
安原さんは感情なく抑揚なく答える。
「僕は福引じゃないけれど、君たちは福引で当たったのかい?」
「ええ。商店街の福引で。」
何者だよ商店街。
ここかなりの前列だぞ。
「京平さんは福引でなければなんで来たんですか?」
「なに!?福引でなければきちゃダメなんですか?違法なんですか?法律で禁じられているんですか?」
僕は泣きいながら訴えた。
「いえ。動機じゃなくて手段を聞いたんですけど。」
「僕?僕はね。」
僕は何を恥ずかしがっているのだろう。
好きなものは好きでいいではないか。
やれやれ。
人間というものは加齢とともに素直さを失っていく生き物だ。
彼女に僕は何を隠し、何を取り繕うというのか。
僕は偽りのない答えを彼女に向けた。
「僕は抽選で当たったんだ。」
多少、答えは省略したが大した問題ではない。
「へえ。」
そう関心のなさそうな声を出すと安原さんはステージに目を向ける。
そうそう。
そうやって、キャストにだけ集中していればいいのだ。
こういう場で知人に会っても声をかけるのはマナー違反ではないだろうか。
僕も今日は声を出しての声援は我慢しよう。
痛み分けというやつだ。
僕は力強くこぶしを握った。
「私は別に痛みないんですけど。」
こいつ!直接!
「声に出してますから。」
安原さんは興味なさそうに呟いた。
今日は大人しく見てよっと。
ライブの醍醐味は参加型の応援であり、自分がいかにもその場にいるかのような没入感が得られないのであれば、テレビのCGで演出された番組を見るほうが何倍もマシである。
僕はふてくされて背もたれに腰を掛けた。
「わかります。こういうところって少し恥ずかしいですよね。」
安原さんが僕に同情する。
君は何もわかっていない。
僕が高校生の時は気恥ずかしさもなく見ることができたさ。
高校生はむしろ適齢期さ。
一番ライダーを楽しむことができる年代といっても過言ではない。
「君が恥ずかしがる理由はないよ。」
「そして、知り合いにあったりなんてしたら平常心じゃいられませんしね。」
じゃあなんで話しかけた?
なんで君は僕に話しかけた?
安原さんの横顔は僕の方など見ずにステージからの明かりで光っている。
「でも楽しんでいいと思いますよ?」
安原さんは僕に笑いかけた。
「プールで戦った仲じゃないですか。ライダーブルーと怪人デリートの。」
さっきまで無表情だった彼女の顔はいまだ無表情のままで。
その頬はほんのり赤くなっているように見えたのはカラーライトのせいか、はたまた僕の思い上がりか。
僕は笑う。
不敵にほくそ笑む。
思い出した。
あの時、あの旅行でどうして僕はあんなにも堂々としていられたのか。
どうしてあんなにもライダーごっこに没頭できたのか。
それは単に状況の違いである。
それは大樹の有無。
子どもの同伴である。
くしくも今は同じ環境ではないか。
僕はいつも肩身の狭さを感じていた。
いい大人が一人でヒーローショーに参加するという肩身の狭さを。
僕は何を悲しんでいたのだろうか。
むしろ幸運。
今日の僕はついている。
八百万の神の祝福のもとにあったのだ。
それで参りましょう。
僕は今日は大樹の……。
「今日は大樹のおじさんということで。」
「お兄さんな。」
僕は高速で安原さんを切り伏せた。
危ない危ない。
若造はすぐに年齢でマウントを取りたがる。
僕は顎下の汗をぬぐった。
それでは気を取り直して参りましょう。
今日の僕は大樹のお兄さんだ!
「ブルー!がんばれー!」
僕は会場一の大声で贔屓のライダーを応援した。
「ぶるー!ブルー!ぶー!るー!うー!」
彼に僕を助けてもらえるようにアピールをするように?
否!
画面越しでは届かない声援を直接届ける為ある。
すると僕の右手を柔らかい感触が包んだ。
視線を落とすとそれは安原さんの小さな左手だった。
よほどの勇気で僕の手を握ったのか、彼女の顔を赤面というレベルではなかった。
彼女は震える声で告げた。
「やっぱり。他人でお願いします。」




