お終い。
「お願いします!お願いします!」
駅前に着くと弟の健太郎が頭を下げながらビラを配っていた。
「彼女を探しています!お願いします!」
時刻は9時を過ぎていた。
俺は弟に声を掛けた。
「健太郎。」
「お願いします!」
「健太郎!」
「お願いします!」
「もうお終いだ健太郎!」
俺は健太郎の肩を掴んで無理やり止めた。
「朝からいないと思ったら……昨日の夜で終わるって約束だったろ。」
「兄ちゃん……。」
俺はスマホの時計を健太郎に見せる。
「もう9時を過ぎた。拘留時間は終わった。もう。」
「ちがう。ちがうよ兄ちゃん。俺は。」
健太郎はビラを握りつぶす。
「俺はただ彼女に……。」
ビラを握りつぶした拳を見るに、彼ももうわかっているのだろう。
ならば……。
「彼女に……もう一度……。」
「そうか。じゃあ……。これ以上はお前のエゴだ。」
ならば、やめる理由になってやらねばなるまい。
エゴという言葉は健太郎に深く刺さったようで複雑な表情を俺に向ける。
「ちがう。俺は彼女が心配で。」
「それだけか?」
「それと……謝りたくて。」
「それだけか?」
健太郎はそれ以上言葉を続けなかった。
「これほど探しても彼女が出てこないところを見ると、彼女はこのまま戻ることが望みなんだ。それ無下にするほどのことか?」
健太郎はなにも答えなかった。
ひどい兄ちゃんでごめんな。
でも、このまま健太郎がいつ現れるかもわからない女の子を追う生活をするのは兄として見ていられない。
「お前は十分やったよ。あとは彼女の気持ちを尊重してやるんだ。」
健太郎は静かに頷いた。
先日相談した交番に顔を出す。
「ああ、君たち。」
交番のお兄さんが俺たちに気づき、声を掛けてくれた。
俺と健太郎は会釈する。
「すみません。彼女は……。」
「いやぁ。お疲れ様だったね。彼女。今朝来てくれたんだよ。」
「え……?」
俺と健太郎は一瞬言葉を失った。
「京極さん……来たんですか?」
「え?……あ~うん。少し前にね。」
「あの今は。」
「うん。署の方に同行してもらってね。被害届作成に協力してもらってる。これで起訴まで持っていけると思う。」
俺は健太郎の顔を見てみたが、彼は俺の方など見向きもせずお巡りさんの顔をだけを見て逸らさなかった。
「あの、彼女は……。そのケガは。」
「う~ん。僕が見た感じではそれほど重大な外傷は見当たらなかったよ。」
俺はとりあえず安堵の息をつく。
あの出血量を目の当たりにしていただけに心配してた、怪我の程度が軽くてよかった。
健太郎もこれで一安心に違いない。
「よかったな。健太郎。」
しかし健太郎は俺の言葉に返事はなかった。
「あの、彼女に会うことはできますか?」
「それは難しいかな?個人情報だからね。」
「一言お礼を伝えたいだけなんです。」
お巡りさんは首を横に振る。
「それはできない。でもお礼を伝えることはできる。彼女に君の事は伝えておくよ。」
「伝言じゃダメなんです。直接謝りたいんです。直接じゃないと伝わらないこともあります。」
お巡りさんは机の引き出しから一枚のビラを取りだした。
「それは。」
それはこの三日間必死になって健太郎が配り歩いたビラだった。
「彼女、君からこのビラをもらって捜査に協力する気になってくれたみたいだよ。必死になって自分のことを探してくれている君の姿に心を動かされたそうだ。」
健太郎はビラを手にとる。
「彼女からの伝言。『ありがとう』と『ごめんなさい』だそうだ。」
健太郎のビラを掴む手は震えている。
「これでも直接じゃないと伝わらないこともあると思うかい?彼女の気持ち、君に届いていないのかい?」
「いえ……。」
健太郎はビラを机の上に戻した。
「いえ……。十分伝わった……と思います。」
「健太郎……。」
健太郎の今の気持ちを俺は推し量ることができなかった。
「あの。僕も一つだけ伝言を頼んでもいいですか?」
「もちろん。」
お巡りさんは内ポケットから小さな手帳を取りだした。
「どうぞ?」
お巡りさんの合図で健太郎は言葉をひねり出した。
「ご無事で安心しました……と。それと……。」
健太郎の一言一言を丁寧にメモ帳に記した。
「はい。確かに預かりました。これは本官が責任をもって彼女に伝えさせていただきます。」
お巡りさんはその場に立ち上がると綺麗な敬礼を俺らにして見せた。
「この度はたくさんの協力を感謝します。」
そのあまりに綺麗な敬礼に俺たち二人はただ頭を下げることしかできなかった。
家への帰り道、俺と健太郎の間に特にこれといった会話はなかった。
気まずい。
兄弟にこれほど気をつかったことはあるまいて。
せっかく嫌われ役をかって健太郎を引き留めたのに、彼女が登場したとあってはお兄ちゃんも嫌われ損である。
彼女の登場……。
彼女のケガが大したことがなくて。
彼女が被害届をだして。
俺たちの目標は全て解決したのに、未だ釈然としないのは。
きっと、彼女にそれほどの恩を俺たちが感じているからであろう。
いいようのない存在感がこの三日間で増してしまった結果なのかもしれない。
こと健太郎に至っては……。
「兄ちゃん……。」
「え?お……おう。どうした健太郎。」
「今日バイトじゃなかった?」




