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ミツキとつきあいたい!  作者: 石戸谷紅陽
第4章 吉川美帆はガラスの靴を脱ぐ。
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土曜日の朝。

土曜日の朝。

スマホのアラームがウチを起こす。

時刻は7時。

待ち合わせは10時に駅前。

ちょっとゆっくり寝すぎたかもしれない。

ウチは布団から身体を起こした。

洗面所で顔を洗い、鏡と向き合う。

鼻の痛みはすっかり引いて痛みはないけれど、若干の青みが未だに残っている。

鼻の青みを見ると少しだけ胸が痛んだ。

でもこれぐらいなら……。

ウチは眠気と迷いを洗い流すように洗顔を始めた。


1時間ほどの時が流れ、時間は8時を回っている。

鏡の前で顔を横に振ってメイクの確認をする。

どの角度から見ても問題はない。

鼻の痣も綺麗に消すことができた。

それにしても今日のメイクはここ半年で一番の出来かもしれない。

メイクがうまく行った日は一日テンションもアガルのである。

朝の占いの大吉なんかよりもずっと、ウチの背中を押す。

やっぱりお肌の味方は充実した睡眠時間である。

待ち合わせは10時。

今から行っても早すぎるくらいだ。

意外と準備が早く終わってしまった。

時間にゆとりがあるとメイクもうまくいく。

この時間のゆとりもきっと無駄ではなかった。

「テレビでもみよっと。」

テレビの電源を入れると朝のニュースが映し出される。

ウチがニュースを真剣に見るわけもなく、アナウンサーの声をBGMにスマホをいじる。

部屋にはウチが一人だけ。

テレビの音だけが響く。

スマホをいじってSNSを流し見しているが、内容は一切入ってこない。

『続いてのニュースです。先日逮捕された……。』

テレビを消した。

このまま家にいても落ち着かない。

どうせ今から駅に向かっても松本はまだついていないのは確定なのだけれど。

早く松本に会いたかった。

早く会って、ウチの今日のメイクを見てほしい。

鏡に向き合うと、少しだけ物足りなさを自分に感じた。


待ち合わせの駅まで電車に揺られる。

ウチの今日の髪型は二つ結いにしてみた。

『京極美智子』を意識したわけじゃない。

あれほどの高い位置のツインテールではない。

どちらかといえば『おさげ』くらいの低い位置での結い分けている。

こんな髪型にしたのはきっと小学生以来かもしれない。

二つ結いにしたのはなんでもないウチの気まぐれである。

その気まぐれに松本がなんていうのか、どんな表情を見せるのかがウチの胸を膨らませる。

『次は~……。お出口は~左側です。』

この駅はこの間事件に巻き込まれた駅だ。

何もない町だったし、きっともう二度とこの駅に降り立つことはないだろう。

結局、ウチが交番に足を運ぶことはなかった。

もう事件に関わりたくなかったのが本音だ。

ウチに大義とか深い思慮などはない。

あんな痛い思いはしたくない。

あんな怖い思いはしたくない。

ウチが、ウチの一声があいつを刑務所に送れるのだとしても、ウチの正義は終ぞ動くことはなかった。

ウチは事件に巻き込まれていない。

巻き込まれたのは『京極美智子』である。

彼女はもう存在しないのだから被害者はいない。

犯人だって、三日も拘留されれば十分反省しているだろう。

逆恨みされるのだとしたらそれこそ名乗り出たくなどない。

散々考えたウチの答えは『闘争』ではなく『逃走』だった。

さて、目的の駅まで少しだけ眠るとしようか。

ウチはカバンを胸に抱き、目を瞑った。

「すみませーん!女の子を探しています!鼻に大きなケガをしている可能性があります!」

遠くに声が聞こえたのでウチは顔を上げる。

ウチの視界には声の主は見てとれない。

かすれた低い男の声……。

時間はまだいっぱいある。

ウチは声に導かれるまま電車を降りた。

「すみません!鼻にケガをした女の子探しています!高校生くらいです!男性に暴行を受けました!」

声は左から聞こえる。

声の方を向くとそこには長髪の大男がビラ配りをしていた。

顔写真のない。

『京極美智子』という名前と先日の事件の概要をまとめたビラだった。

長髪の男は見覚えがある。

あの時、車からウチをかばってくれた今井の弟くん。

あの時、男からウチをかばってくれた二つ年下の男の子。

「お願いします!彼女を探しています!ケガをしています!お願いします!」

彼のビラを手に取る人はほとんどいない。

みんな自分の生活に精いっぱいなのだ。

事件に進んで関わりたいひとなんていないのだ。

当事者のウチがそうなのだから、行き交う人々はより一層関わらないであろう。

「お願いします!だれか彼女を知りませんか!お願いします!」

ウチは我が身かわいさに警察に行かなかった。

でも彼は。

ウチをずっと探していた……?

「彼女はケガをしてるんです!男に殴られました!誰か知りませんか!」

ウチを心配して……。

『鼻……大丈夫?』

あの子だけじゃない。

ミツキもウチを心配してくれていた。

『ウチの心配はしてくれないんだね。』

それなのに……ウチは最低だ。

「お願いします!お願いします!」

必死に見ず知らずの人に頭を下げる弟くん。

必死にウチの事を探す名前も知らないウチのことを探す弟くん。


ウチが今彼の前を横切ったら……。

彼はウチに気づくのだろうか。

ウチに……気づいてくれるのだろうか……。

ウチの背中を電車が発車した。

その電車と反対方向にウチは歩みを進めた。

その足先は彼に向かっていた。

「お願いします!彼女を探しています!」

もう目前に迫った彼。

彼と目があった。

鼓動が速くなる。

足の運びも自然と早くなっていく。

彼はウチから目を逸らさない。

彼は口を開いた。

「彼女を探しています!お願いします!」

ビラを受け取ったウチは。

「はい。」

そういうのが精いっぱいだった。

そのまま、数メートル歩いて後ろを振り返ると彼はビラ配りを続けていた。

ウチには目もくれず……。



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