自分。
金曜日、ウチはいつものように教室に顔を出す。
「おはよ~。」
「おはー。」
ウチと一緒に教室の引き戸をくぐるのはミツキだ。
昨日ちょっとピリッとしちゃったけど、今日も何もなかったように待ち合わせ場所にいてくれた。
昨日のことを触れるわけでも謝るわけでもない。
ホントに昨日は何もなかったかのようにいつもの朝だった。
いや、むしろウチが謝るべきなんだけど。
ミツキに悪い点は一切ない。
だけれど、今更ウチに問題を掘り返す勇気はなかった。
ただそれだけの事である。
ウチとミツキは前後隣合わせである自分の席につく。
ウチは前、ミツキは後ろ。
ミツキの隣の早枝ちゃんの姿はまだない。
ミツキの後ろがハラッチである。
「おはよう。」
ハラッチはウチらより少しだけ遅れて席に着いた。
「お、ハラッチー。今日もギリギリだねぇ。」
「よっしーたちとそんな変わんないでしょ。」
ハラッチは無表情のままカバンを机の横に下げた。
大樹くんの件があってから、ハラッチの感じは大きく変わった。
大人な雰囲気のあったハラッチにはいい意味で隙ができた気がする。
「おはよう。よっしー。」
声の主の方を振り向くとそこには松本が立っていた。
指で頬を掻きながらウチに話しかける。
「その、明日の話なんだけどさ。待ち合わせ……。」
「あ~。その話ね。それ松本に任せるわ。うん。決めたらラインちょうだい。」
「テキトーだなおい。よっしーから誘ったんだろ?」
「そういうのは男が決めなさい。」
「あ~。もう言い分が無茶苦茶だよ。」
松本はウチにひきつった笑顔を見せる。
悪い、松本。
今はちょっとその話はできない。
ウチの後ろにいるミツキの目が気になるのだ。
ウチが今、犯罪者を刑務所にぶち込める期限を握っているのに、好きな男子とデートに行くなんて都合のいい話に聞こえるに違いない。
「よっしーと松本くん。明日どこかにいくの?」
ミツキが笑顔で松本に話しかける。
少し遅かったようだ。
察しの良いミツキには筒抜けだったようだ。
「ああ。ランドに遊びにいこうかなって。」
「ランドー!いいな!」
「……ランド!」
ランドの単語にミツキだけでなく、後ろのハラッチまで反応する。
ランドの魅力は単語だけでも十分すぎるほどの力を持っていた。
「あ~。そう。そうなのよ。ミツキたちも良かったら……一緒に行かない?」
これは独り占めしようとした罰だ。
自分のやるべきことから逃げた罰に違いない。
それにみんなで行った方が絶対楽しいし。
「悪い。ミツキ、ハラッチ。俺はよっしーと二人で行きたいから。今回は譲ってくれ。」
ウチは自分の耳を疑い見上げると松本が申し訳なさそうに手を合わせていた。
「そう?残念だけど今回は遠慮するよ。ね?ハラッチ?」
ハラッチは少し残念そうに首を頷かせた。
松本はちらりと教室の出入り口に視線を移すとウチに向かって手を振った。
「じゃ、よっしー。あとでラインするわ。」
「あ、うん。」
ウチも軽く手を振った。
松本は教室入り口から入ってきた早枝ちゃんに声を掛ける。
「お~。おはよ泉野。今日のポニーテールいつもより下がってんぞ。」
「あんた、ホント指摘がいつも絶妙にキモいわよ。」
二人はそんなやりとりをしていた。
何気ないやりとりが自然な二人。
ちょっと前までウチも出来ていたやりとり。
ウチは本当にどうしちゃったんだろう。
ウチは常にやりたいことをやってきた。
なりたい自分になってきた。
でも……今は……。
「それで、なんでここにくるんですか。」
放課後、ウチは生徒指導室の机に突っ伏していた。
「ちょっと整理がつかなくて。」
「うちは生徒指導をするところであって、恋の相談窓口じゃないんですけど。」
練山は風紀委員の日報を整理しながらウチにを突き放した。
「練山が持ちかけたんじゃない。松本と付き合えるようにって。」
「僕は作戦というかキッカケづくりをするだけです。あなたの傷心のケアまでする義理はありません。」
「はああああ。」
生徒指導室には練山のキーボードを弾く音とウチのため息だけが響いた。
すると練山にもため息が移ったようだった。
「はあ。どっちで悩んでるんですか。警察ですか?早枝さんですか?」
「どっちもよ。」
ウチは机に頬を乗せた状態で勝手に話を続けた。
「警察に行かないといけないのは日に日に理解していってるのよ。ウチが行かないと犯罪者がまた世に放たれてしまうのだとしたらウチは行かないといけないし。」
「じゃあ、行けばいいじゃないですか。」
ウチの沈黙に練山は声を荒げる。
「あ~。もう本当に面倒な人ですね。なんで嫌なんですか。」
「だって……。京極美智子がウチだって。絶対バレたくないし。あんな自分……誰にも知られたくないし……。」
ウチはもう一度机に顔をうずめた。
「でも……。この期に及んでまだそんなくだらない保身に走っている自分は、『京極美智子』より嫌いで。ウチどうしたらいいのかわかんなくて。」
だれにも言えない悩みをウチは練山にぶちまけた。
「やりたくないことをやらない自分が嫌いなの。昔から。」
それがウチのモットーの昔からある大きな矛盾だった。
「はあ……。」
練山はまたため息をつく。
「これは僕の個人的な意見ですが。吉川さんは行かなくてもいいと思うんです。警察に。」
「え?」
練山は絶対行くべき派だと思っていた。
「どうして?」
「僕はトラブルに巻き込まれない一番の方法は悪を裁くのではなく、悪にかかわらないのが一番だと思うんです。」
「それって、自分が良ければいいってこと?」
「僕は自己中心的は護身においては必要だと考えています。」
「でも、それって他の誰かが犠牲にならない?」
「それはあなたのせいではないですよ。犯罪を犯す方の問題ですし。」
「とても風紀委員の発言とは思えないわね。」
「風紀とは自らの言動と精神を律するもので他人を更生させるものではないので。」
「じゃあ、ウチも見逃してよ。」
ウチは茶髪を触った。
その時、練山のキーボードを打つ手が止まった。
「吉川さんは犯罪者と同じなんですか?」
練山はとても冷たい視線をウチに向けた。
ウチは返す言葉が見つからず沈黙していると練山は再びキーボードを打ちだした。
「好きな自分になろうとするのは素晴らしいことだと思いますが、納得できる自分になる方が無難ですよ。吉川さん。」
そう告げる練山はウチの顔を見ることはなかった。




