正義感というエゴ。
「ただいま。」
バイトを終えた俺が家に着いたのはもう22時30分を回っていた。
どうも、今井良太です。
バイトを始めてから俺が家に帰る時間はだいたいこんなものだ。
週3日から4日とはいえ、受験生のやる時間バイトではないと自覚はしている。
でも世の中にはこういった生活を送っている同年代の学生はきっとたくさんいるのだ。
生活の為、将来の為。
そういった学生に比べたら俺のバイトの理由はひどくカッコ悪いものかもしれない。
初めて惚れた女子の為といえば聞こえはいいが。
素直に言えば見栄のためである。
居間に顔を出すと両親がせんべいを食べながらテレビを見ていた。
「おかえり~。」
母親が俺と目が合い、ようやく挨拶を返す。
俺は今を見渡すと二人に質問をした。
「健太郎は?」
「さあ?今日も遅いわね。」
そういうと母親はせんべいをまた頬張った。
「昨日も日付変わる前には帰ってきてたし今日もそれくらいじゃないかしら。お風呂かぶっちゃう前に先に入っちゃいなさい。」
俺は促されるままに風呂へと向かった。
湯船につかりながら俺は頭を整理した。
今朝、京極さんを殴った犯人の身柄が確保された。
だけれど犯人とされる男は一貫して事実を否定しているらしい。
男の証言も俺たちの証言も平行線で、やはり被害者本人からの被害届がなければ話は進まないようだ。
逮捕できたのだが、拘留期間は72時間。
土曜日の朝には釈放されてしまう。
どうして京極さんは逃げたんだろう。
どうして京極さんは隠れているんだろう。
どうして京極さんは偽名なんか……。
俺は湯船に張られたお湯で顔をすすいだ。
俺の、俺たちの勝手な正義感なのだろうか。
京極さんは事件に巻き込まれたくないのだろうか。
これ以上犯人と関わりたくないのかもしれない。
だとすれば俺たちがやってることって一体。
風呂からあがり玄関の前を通り、リビングに向かうとちょうど健太郎が帰ってきた。
「おかえり。」
「ただいま。」
健太郎は俺と違ってバイトをしているわけでもないし、遊び歩いているわけではない。
子どものころからこいつは寄り道なんかしたことがないのだ。
そんな彼が人生で初めて道草を食っている理由はただひとつ。
「どうだった?」
健太郎は首を横に振る。
「兄ちゃんは?」
俺も首を横に振る。
「ウチの学校の生徒じゃないのは確定だと思う。昨日、全校生徒の名簿も見てきた。」
俺たち兄弟だけが『京極美智子』を探していた。
「『京極美智子』ていう生徒もいなかったし、似た生徒もいない。退学した生徒ももちろんいなかった。」
「そっか。」
俺が健太郎にバスタオルを投げると、健太郎の顔にかかった。
「とりあえず、風呂入ってこい。」
バスタオルを掴むと、健太郎は暗く沈んだ顔をのぞかせた。
居間でご飯を食べていると健太郎が風呂からあがってきた。
「早いな。ちゃんと湯船入ったか?」
「いや、シャワーだけ。」
「疲れとれないぞ?」
「別に疲れてないし。」
健太郎はバスタオルで頭を拭きながら食卓の椅子に腰をかけた。
「進展とはいったらなんだけれど、今朝警察から連絡があった。」
その言葉を聞くや否や健太郎は立ちあがった。
「犯人の男の身柄を確保したらしい。」
健太郎は不満そうに再び腰を落とした。
「そっちか。」
「容疑を否認してて、やっぱり被害届がない以上起訴は難しいみたい。」
「証拠なんてなかったもんな。」
子どもたちが撮影してくれたのは逃げていく車だけで傷害の瞬間をとらえているわけではなかったのだ。
「拘留期間は今朝から72時間。」
「土曜日の朝までか。」
健太郎は長いため息をついて天井を仰いだ。
「今日はどこ探したんだ?」
「とりあえずそこの駅を軸に電車の中とか、高校までの駅全部。」
健太郎は俺の顔に視線を移す。
「人も多いし、これで見つかるなら奇跡だけどね。」
そう、健太郎は俺と違ってほぼノーヒントなのだ。
彼が京極さんを見つけるのは至難の技だろう。
「でもな~。俺の手がかりも潰えちゃったしなあ。」
俺も頭の後ろに手を組み、背もたれにのけぞった。
そして彼女『京極美智子』を思い出していた。
どうして、彼女はうちの制服を着てたんだろう。
うちの生徒じゃないのに。
誰かが彼女に提供したのかもしれない。
一体、誰が……。
「京極……さん。」
「え?」
健太郎が俺の言葉に反応する。
「俺の行ってる美容師さんが同じ名前で『京極美智子さん』っていうんだ。もしかして制服は京極さんが貸したのかなって。京極さん、うちの卒業生だし。」
それを聞くと健太郎は椅子から腰をあげた。
「まてまてまて。京極さんのところはもう閉まってるから。明日俺が聞いてくるからお前はそろそろ休め。」
「でも。」
「休め。」
大きな病気はないものの、身体の弱さは相変わらずの健太郎は昨日と今日と無理しすぎである。
「一日休んだくらいじゃ罰はあたんねぇよ。明日兄ちゃんがしっかり調査してきてやっから。金曜日、必ず見つけよう。な?」
そこまで行っても健太郎は席に着かない。
もう今日彼がやるべきことはひとつもないのに。
もう十分すぎるほど頑張っているのに。
「自分のせいで大けがさせてしまったのを悔いる気持ちはわかるけど、今はどうしようもないからとにかく休んで……。」
「そんなんじゃない。」
「じゃあ、犯人への怒りか?」
「それもちがう。」
健太郎は俺の弟でありながら兄の俺よりも何倍も物知りで、思慮深い。
そんな彼がどうしてこうも非合理的な行動を取っているのか。
いつもなら一番に冷笑しているであろう行動だ。
京極さんのことは確かに俺も心配だけれど、ここ最近の健太郎の行動の方に俺は不安を感じている。
犯罪を犯した奴を裁かれもせずに世に放ってはいけないという正義感もある。
でもここまでして隠れたがる京極さんをひっぱり出してはいけないという気持ちもある。
でもなにより、こんなにも感情的に動く健太郎の力になってやりたいという兄心が今の俺を一番動かしている。
「じゃあ健太郎はどうしたいんだ。京極さんにもう一度あってどうしたいんだ。」
「わからない。……ただ。」
健太郎はリビングに置かれた『京極さん』の上履きを眺めた。
「ただ……。もう一度彼女に会いたい。」
片方だけの上履きの踵は少し折れ目がついている。
「ただ……それだけなんだ。」




