萎れた恋。
「おはようございます。吉川さん。」
僕のせっかくのご機嫌挨拶を吉川さんはさも迷惑そうな眼差しでお返しになられます。。
「そんな嫌そうな顔で見ないで下さいよ。」
「なによ。練山。」
吉川さんの素行は依然として品性のかけらもありません。
こうなったのも僕の計画の甘さが生んだ結果だとすれば、一概に彼女ばかりも責められないのです。
僕の甘さのせいで吉川さんに失恋させてしまったのですから。
「挨拶に深い意味はいらないんですよ?吉川さん?」
まあ、僕に罪の意識など欠片もないのですが。
僕のモットーはトライアンドエラー。
失敗は証明の成功であり、大きな前進につながるのですから。
「今日も生徒指導の時間ですよ。」
「いや、間に合ってるんで。」
吉川さんが手をひらひらさせて、目の前を通り過ぎようとしたところを僕は逃がしません。
僕は思いっきり吉川さんに抱きつきました。。
「お願いします。僕にも風紀委員としてのメンツがあるんです。どうか話しだけでも聞いてくれませんか。聞いてくれる振りだけでも構いませんから~!」
「ちょっと!抱きつかないでよ!うっとおしいなもう!」
吉川さんは腰にしがみつく僕を懸命にはがそうとしますが、僕も負けません。
僕にもあとに引けない理由があるのです。
僕は必ず吉川さんを更生させるんです。
学校で一番素行の悪い彼女を更生させることができれば直に始まる生徒会長選挙はだいぶ上がることに疑いの余地はありません。
今のままでは風紀委員長が関の山でしょう。
なにせこの学校の生徒数は2000人を軽く上回っているのです。
その中で手っ取り早く昇り詰める為にはわかりやすい功績が必要なのです。
吉川さん、あなたには僕の生徒会への礎となっていただきましょう。
「よっしー?ほら、後輩君も困ってるみたいだし。一応形だけ着いていってあげたら。」
一緒に吉川さんと登校しているお友達が助言をくださりました。
「そうです。今度は帰らせるようなことはさせませんので。どうか。どうか。」
「だからなんであんたはミツキはスルーなのよ!」
あれから少しばかりのすったもんだがありましたが、なんとか吉川さんを再びこの生徒指導室にお連れすることができました。
吉川さんはまたも不機嫌そうに足を組んで椅子に座っておられます。
「なに?手短にお願い。」
美しかった黒髪はまたも人工的な茶色に染められてしまいました。
「あ~あ。また茶色くなってしまわれて。」
「あんたもいいって言ったんでしょうが。予約までして。」
「それもそうですが、ならどうして予約したお店に行かなかったんです?」
「それは……。」
彼女は鼻に当てられた大きなガーゼにそっと手を触れました。
「ボロそうなところで気が乗らなかったの!」
「ボロそうって……。予約必須の名店ですよ?外観だって綺麗だったでしょう。」
バツが悪そうに顔をしかめました。
「もう。話ないならウチ教室行くわよ。じゃあ。」
「まってください。」
吉川さんは背を向けたまま大きくため息をして肩を落としました。
「練山がなんと言おうとウチは……。」
そう言いかけた彼女の口は最後まで言い終えることなく言葉を止めました。
おそらくホワイトボードを再び出した僕の姿を見たからかもしれないのですが。
ホワイトボードに書きだした僕の議題は『松本大地と付き合うには』です。
「いやいや。ウチはもういいんだって。告白してもうすっきりフラれたからもうお構いなく。」
いけない。
やはり彼女の恋はもう萎れてしまっているようでした。
「いやいや。吉川さんがフラれたかどうかは些細な問題でしかないのですよ。」
「些細?」
「ええ。重要なのは吉川さんがアメリカに行くかどうかですよ。」
幻滅といった表情で吉川さんの顔が横に揺れました。
「あのね。フラれたってことはそのあとも何もないの。これ以上はストーカーまがいとの境界線よ?ウチは一昨日のあの日に友達の線引きをしたの。これからはそうやって過ごすの。」
「友達……ですか……。」
僕のわざと含みを持たせた発言に吉川さんは反応を示しました。
「なによ。」
「いえ。友達、ということはですね。いつも一緒にいるミツキ……さんでしたか?彼女も、その……お友達ですか?」
「もちろんよ?」
「ミツキさんとは二人で遊びに行かれるのですか。」
「当然じゃない。友達なんだから。」
僕は懐からチケットの入った封筒を取り出して彼女に差し出しました。
彼女はそれに視線を落とすも手に取ろうとしません。
「なによこれ。」
「どうぞ?差し上げます。」
恐る恐る手にとると封筒に指を指して開けてもいいのかと尋ねるジェスチャーをする吉川さん。
それに対し、僕は肩を少しだけあげてどうぞと促しました。
吉川さんが封筒を開けました。
その中身は日本屈指のテーマパークのチケットです。
「すごい!いいの!練山!ウチ行ったことないんだけど!」
吉川さんのテンションはさっきまでのキレ気味とはうって変ってハイに振りきっていました。
「どうぞ。この間のお詫びです。」
「やったー!ありがとー!ヤバっ!ちょーうれしーんだけど!」
彼女がチケットに頬ずりをして喜んでいると、その感触の違和感に間もなく気付いたようでした。
「ねえ。なんで2枚あるの?」
「深い意味はありませんよ?せっかくのランドを一人というには味気ないでしょうから?どうぞお友達を誘ってください。」
「お友達って……。」
吉川さんがそう言いかけた時、生徒指導室を誰かがノックしました。
「よっしー?入るぞー?」
「えっ?!」
彼女が声の主に驚いて、ノックされた扉を振り向くとそこから松本さんが顔を出しました。
「松本?!」
「おお、おはよう。どうした?呼びだしたりなんかして。」
松本さんの手には僕が書いた呼び出し状。
全てを察した吉川さんは鋭い眼光で僕を睨むも、すでに僕は物陰に隠れていた為見つけることは出来ていないようでした。
「よっしー?
「んえ?!ああ!そう。そうね。松本を呼びだしたのはね?その。」
吉川さんはスカートを片手でスカートをこねくり回し、後ろ手にチケットを握りしめています。
「その。あの……。」
「よかったら、ウチとランド行かない?」
意を決した赤面で彼女はチケットを松本さんに突き出しました。
一度萎れてしまった恋ならもう一度水をあげればいいのです。
咲いていない恋は絶対に散らないのだから。




