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ミツキとつきあいたい!  作者: 石戸谷紅陽
第4章 吉川美帆はガラスの靴を脱ぐ。
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他の誰か。

「他の……だれか……?」

ミツキは静かに頷く。

「そう。クラスのみんなが自由に自然と生きているように見えたり、もっと自分には理想の人物像があったり。」

俺は少しだけ考えてみる。

でも考えるまでもない。

「あるよ。いっぱいある。今でも、今この瞬間だってある。でもみんなそういうものなんじゃないの?」

ミツキは俺の横に戻ってきて腰を掛けた。

ソファーがもう一度深く沈む。

そして名簿を見る作業にもう一度戻った。

「美智子ちゃんが仮に、仮にね?誰かのなり済ましだとしたら。彼女は一体誰になりたかったんだろうね。」

ミツキは名簿を真剣に確認していく。

「そして、どうして……。だれにもバラしたくなかったんだろうね。」

彼女を見つけようとしている。

その姿が真剣で。

「ミツキも誰かになりたいとか……考えるの?」

つい深く考えずに問いかけてしまった。

「ないわ。」

ミツキは即答した。

名簿を眺める目を一切止めることなく、即答したのだ。

「ミツキはやりたいことは全部やるし、欲しいものは全部手に入れてるから。」

ミツキの確認のペースは心なしか上がってるように見える。

「良太は?なんで他の誰かになりたいの?どんな自分になりたいの?」

俺も手を止めている場合ではない。

俺が始めたことだ。

ミツキにばかりにやらせるわけにはいかない。

「今の自分が嫌いだから。俺以外なら誰でも。」

「誰でも?自分が嫌いな人でも?」

「俺よりはマシだと思うから。」

ミツキは次々と名簿をめくっていく。

「なんでそんな自分をそのままにしておくのよ。良太はどうなりたいのよ。」

ミツキの言葉には抑揚がない。

頭は名簿に集中しているからなのか、俺の話題に興味がないのか。

「顔だってよくないし。」

「顔なんて、言うほどみんな意識してないわよ?要は清潔感よ。清潔感。」

「その清潔感という言葉がイケメンと同義だと思うんだけれど。俺が清潔にしたところで小奇麗なブスじゃないか。」

「不潔なブスよりは何倍もいいじゃない。まずは小奇麗なブスになりなさいよ。」

自分から振った話題だけれど、好きな人にブスとか言われると少し傷つく。

「他には?」

「他?」

「この世で自分が一番嫌いなんでしょ?他にはどんなところが嫌いなのよ。まさか自分がブスすぎてツラ~いとかメンヘラかましてんじゃないでしょうね。」

彼女は名簿を見る手を止めない。

「あるよ!ある!たくさんある。ほら。空気が読めないとことか。」

ミツキは鼻で笑った。

「まだ17年ちょっとしか生きてないけど今までで空気が読める人なんか会ったことないわよ。誰も心が読めるわけじゃないんだし。」

「でも、俺が話すと変な間があるというか。変な空気になるんだ。」

「ミツキから言わせれば、そういう間ができる時点でそこにいる全員空気が読めてないわ。」

「え?」

「空気は読むものじゃないの。そこにいる人間が作るものなの。だからそういう空気になったのは良太が変な発言をしたからじゃない。良太が何を言ってもそこにいる人間がそういう空気をつくってはいおしまい。いっちゃえば、その状況で一番空気が読めてるのは良太ってことになるはね。」

そういう考え方はしたことがなかった。

……でも。

「でも違うんだ。それだけじゃないんだ。だって、どんなグループにいても、クラス替えしても、部活でも。俺は浮いてしまうんだ。だから……俺に原因があるんだ。」

ミツキは名簿をめくる手を止めた。

「どんな……?」

「そうどこでも。」

ミツキは俺の顔を見る。

「今も?」

俺は自分の発言を呪った。

自分の恩知らずな発言の数々を恥じた。

旅行のこと。

みんなでお昼を食べたこと。

みんなで大樹くんを探したこと。

みんなでハラッチの家でアルバムを作ったこと。

そのどれもを無視していた。

「今は……感じたこと……ない。」

ミツキは再び名簿を見直す。

「まあ……。良太は前に比べたら清潔感とか卑屈な所がなくなってきたってのもあると思うけどね。」

1年生から始めた名簿の確認はすでに2年生を終えようとしていた。

「自分が嫌いな理由を周りに求めてる時点で自分のことそんな嫌いじゃないでしょ。」

言葉に棘はあるが、彼女がさも当たり前のように語るその様は、どうやら俺だけに向けた言葉のようには感じられなかった。

「他は?」

「……ないです。」

もっとあるけれど、これ以上恥の上塗りをしたくない。

「……そっ。」

ミツキのそっけない返事がこの話題の終焉を告げる。

自分が恥ずかしくて、早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいになる。

俺は確認作業を急いだ。


「ミツキは良太の事、嫌いじゃないから。」


彼女は今、なんて言ったのか。

あまりに自然な独り言で聞き取れなかった。

「え?」

もう一度聞きたい。

自己肯定感に飢えた承認欲求を大好きな女子の言葉で満たしたい。

俺は恥の上塗りをした。

「もっかい言って?」

「ばーかっ」

ミツキは俺のおでこにでこピンをした。


今の俺は、前の俺より。

確かに少しだけ好きだ。


2000名にも及ぶ名簿の中には、結局『京極美智子』の名前はなかった。


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